アルハイゼンさんが村に来てから、レンジャー仲間が何やらヒソヒソ話をするようになった。
別に悪口ではないと思う。私がそちらを見ると、ニヤリと笑うからだ。
つまり、からかわれている。何を、なんてわかりきっている。アルハイゼンさんと私の仲を勘繰っているのだ。
わざわざスメールシティからアビディアの森へやって来た。教令院の書記官が。休みを取って。
これがどういうことか。一レンジャーでしかない私に会いに来たということは。いや、でもあの人って何考えてるかわからないし。
「あの人、また来るかな??」
なぜか目をキラキラさせ、コレイが尋ねる。アルハイゼンさんがどうこう、ではなく、私のことを考えているようだ。
つまり、私が会いたがっていると。
ハッキリ言うと、コレイの思い通りだ。私はアルハイゼンさんに会いたい。
そして、その私の願望通り、アルハイゼンさんは頻繁に私に会いに来るようになった。
「えっと、お茶入れますね」
「ああ。この前の茶がいい」
「気に入ったんですか? 良ければ茶葉をお譲りしますよ」
何せ苦くて。私は苦手なのだ。
「いや、君の入れた、あの茶が飲みたい」
まるで世間話でもするかのように、アルハイゼンさんは事も無げに言うけれど。それって、すっごく照れ臭い。
私の入れたお茶がいいと。そういうこと、だよね?
別に私のお茶の入れ方が上手いとか、そういうことはない。このお茶の正しい入れ方だって、知らない。稲妻の人が見たら、怒るかもしれない。
それなのに、私の入れたお茶をご所望だなんて。
「今、入れますね!」と言い置き、お湯を沸かすために火のもとへ。チラリと盗み見たアルハイゼンさんは、いつものように足を組み、本を読んでいた。
なるほど。そういえば以前も本を読んでいた。それに、私にも本をプレゼントしてくれた。彼は立派な体躯をしているけれど、頭脳派でもあるのだ。本を読む、その姿も様になっている。
お茶を入れ、アルハイゼンさんの元へ戻る。テーブルにカップを置くと、「ありがとう」とお礼を言い、本を閉じた。
「そういえば、聞きたかったことがあるんですが」
「うん? 君が俺にか?」
「はい」
以前から聞きたかったことがある。この際に聞いてみることにした。
「なんだ?」と先を促してくれる。尋ねてもいいらしい。
「以前、スメールシティに行った時、金髪の男性と軽い言い合いをしてましたよね?」
「そんな覚えはない」
「え!? いえ、そんなはずないです。友人ではない、と言ってました」
「ああ、友人ではないな」
…やっぱり言い合っていたんではないか。なぜ、否定したんだろう?
「あの人は、友人でなければ、どなたなんですか?」
「話すに値しないことだ。君が気にすることはない」
「は…?」
そ、そこまで言わなくても。あの人がかわいそうになってくる。名前も知らないけれど。
「すまない、少し言い方がきつかったか」
「え?」
「あいつは、カーヴェ。俺のルームメイトで、妙論派の人間だ。一応、優秀な建築家のようだ」
「ルームメイトさん、ですか…。仲がいいんですね」
「どこをどう見たら、そういう感想が出てくるんだ」
嫌そうにつぶやくアルハイゼンさんに、悪いと思いつつもクスクス笑ってしまう。
それにしても、ルームメイトがいるなんて。そんなにマジマジとカーヴェさんを見たわけではないけど、大人しそうだったなぁ。
「…あいつのことを考えているのか?」
「えっと、あの、その、はい…」
「そうか」
考えてるというか、思い出していただけだけど。それを伝えるべきだろうか。
何を思っているのかわからない表情で、アルハイゼンさんがお茶を飲む。
「あ、そうだ。今度、またスメールシティに行こうと思うんです。買い出しに。その時に、また会ってもらえますか?」
「もちろんだ。だが、俺はいつも教令院にいるわけではない。会いたいと思っても、探し出すのは至難の業かもしれん」
「えっと…じゃあ…」
「昼時になったら、プスパカフェにいる。君が来るまで毎日、な」
「はい!」
私が笑顔でうなずくと、アルハイゼンさんも小さくうなずいた。
「では、俺はこれで失礼する」と、立ち上がり小屋を出て行くアルハイゼンさんを見送る。
外へ出ると、ちょうどレンジャー長がいて。
「また来てたのか。案外、書記官様はお暇なようだね」
「仕事を溜めないだけだ。要領の悪い奴らと一緒にしないでくれ」
「それにしても…手ぶらで来たわけ? 女性に会うんだから、花束くらい持ってきたらどうだい?」
からかうようなレンジャー長の言葉に、私は大いに慌てた。
「な、何言ってるんですか! アルハイゼンさん、気にしないでいいですからね! 私はこうしてお会いできるだけで満足…って、アワワ…!!」
フォローしようとして、余計なことを言ってしまった!! 咄嗟に自分の口を押さえるけれど、アルハイゼンさんはそんな私に構うことなく、思案顔。
もう! レンジャー長ったら余計なことを!と、彼を睨めば、こちらを見てきて。視線がぶつかってしまった。
まさか視線がぶつかると思っておらず。またしても慌てた。右へ左へ目線を動かし、最終的にその視線は地面に落ちた。
そんな私の大いに慌てている様子っぷりに気づくことなく、アルハイゼンさんは「わかった、参考にしよう」と口を開いた。
「え? 参考??」
「では、これで。また来る」
「は、はい…!」
帰って行くアルハイゼンさんの背中を見送り、その姿が見えなくなると、私はレンジャー長に体ごと向き直った。
レンジャー長がそんな私に気づき、「どうかした?」と尋ねてきた。
「花束持ってこい、だなんて…真に受けたらどうするんですか!」
「持ってこい、じゃなくて、持ってきたら、だよ。強要はしてないよ。それに、真に受けたらそれはそれで面白いじゃないか。あのアルハイゼンが、花束抱えてる姿なんて、見たくてもそうそう見られるもんじゃない」
「レンジャー長…!」
レンジャー長は、からかっただけなのに。あの様子、まさか真に受けてないよね? 私は別に花束とか求めてないし。
いや、もらえるなら喜ぶけど。だけど、レンジャー長も面白いと言うように、女性に花束を持ってくるような人に見えない。けして面白いとは思わないけど。
「それより、今度の買い出しのことだけど」
この話題はここまで、と言うように、レンジャー長は話を変えた。私も話題転換は助かる。
買い出しのリストを渡され、近日中に出発してほしいと頼まれた。とは言え、明日行かれると予定が狂うから待ってほしいと言われた。
近日中に行くはずだったのだけど、死域の調査に時間がかかってしまった。
ガンダルヴァー村に戻ると、またしてもコレイが「お客さん、来てるよ」とニコニコ笑顔で告げてきた。
今日は小屋の外で待っていたアルハイゼンさんは、私を見るとこちらへやって来て。その手に持っていたものを見て、ギョッとした。
「シティに来ると言っていたから、入れ違いになるかと思ったが、大丈夫だったな」
「はい…」
「これを、受け取ってくれ」
そう言って、差し出してきたのはスメールローズの花束。
真に受けてた…!!
アッハッハッハッ!!という笑い声に、私はキッ!とレンジャー長を睨んだ。大笑いしてる。
「どうした? 迷惑だったか?」
「いえ! 驚いただけです! 男の人に花束もらうなんて、したことなかったので」
「そうか」
差し出された花束を受け取れば、フワリと香る花の匂い。
大笑いしているレンジャー長は放って、小屋に入る。それにしても、大マハマトラのギャグには塩対応なのに、なんで今回はあんなに大笑いするのか。
ああ、きっと今度、セノさんに会ったら、今日のことを面白おかしく伝えるんだ。それが少しだけ、私には面白くなかった。
だってそうでしょ。好きな人がしてくれたことを、笑われるなんて。
…あれ? 好きな人?
「うん?」
アルハイゼンさんを見上げると、彼がその綺麗な瞳を向けてきて。私は無言で首を横に振った。
好きな人…ああそうだ、私はこの人が好きなのだ。
今なら勇気を出して、名前をつけられる。
この感情は「恋」である、と。