弓の手入れをし、フゥとため息。これは大事な作業。武器がなければ、森の中へ入って行くのは危険だ。加えて、神の目にも触れる。赤く輝くそれ。
私と初めて会った時、コレイは目を丸くし、次いでその瞳をキラキラと輝かせた。理由を聞くと、彼女を助けてくれた憧れの少女が、炎の神の目を持つ弓使いだった、ということだった。
そんなことがあったため、彼女のお世話は私がすることになった。キラキラの瞳と笑顔で私を見るコレイは、とても可愛い。妹が出来たみたいでうれしかった。
だが、彼女は魔鱗病という病におかされている。レンジャー長の監視の下、今はレンジャーの仕事を少しずつこなしている。
「いつかアンバーのような、人の役に立てる存在になりたい」と、何度も言っていた。
日課のパトロールを終えた私たちを、コレイが出迎えるが、私を見て「あっ!」と声をあげた。そして、慌てた様子で近づいてくる。
「あのね、お客さんが来てるんだ」
「客? 私に?」
「うん。あ、えっと…用があるとは言わなくて、名前を出して、ここにいるか?って聞かれた」
私に客だなんて、誰だろう? 私の知り合いなんて、何人もいない。
だから、小屋の中から出てきた人を見て仰天した。レンジャー長も「え?」と目を丸くしていて。
「アルハイゼン? 君、何しに来たんだ?」
そう。そこにいたのは教令院の書記官様だった。
アルハイゼンさんは私を見て「彼女に用があって来た」と告げた。え? コレイには用があるって言わなかったのに?
でも、顔見知りなのに、知らん顔は出来ない。何せ、私に会いに来たのだから。
レンジャー長が「大丈夫?」と尋ねてくる。私は「はい」とうなずいた。いくら教令院の書記官といえど、私を罰しに来たわけではないだろう。何もしていないのだし。何か問題があれば、マハマトラが来るだろう。大マハマトラだって、私と知らない仲ではないし。
気を利かせ、皆が私とアルハイゼンさんだけにしてくれる。小屋に案内し、入手したばかりの稲妻のお茶を出した。
「すまない、気を遣わせたな」
「いえ。それより、突然いらっしゃったことに驚いてます。近くに寄ったんですか?」
「いや。数日だけ休暇を取って、君に会いに来た」
アルハイゼンさんのその発言に、私はギョッとする。
お忙しい書記官様が、休暇を取って、わざわざ会いに来たってこと?? 私はそこまでしてもらうような存在ではないのに…。
というか、手紙でも出してくれれば、私から出向いたのに。
「やかましい賢者や学者、ルームメイトから解放されたくてな。その点、君は物静かだし、この森も静かだ」
…スメールシティにも静かな場所は、あるのでは?とは思ったけれど、口に出さないことにした。
「そうですか」と小さく返し、お茶を飲む。うわ、苦い…。入れ方間違えた? こんなに苦いお茶、飲ませられない。
とは思ったものの、遅かった。アルハイゼンさんはお茶を一口。表情一つ変えない。
「あの、ごめんなさい。お茶、苦いですよね? 稲妻のものだったんですけど」
「ああ、この苦味がうまい」
「え…」
予想外の言葉が返ってきた。稲妻茶って、こういうものなの?
そういえば、璃月のお茶も甘くなかった。異国のお茶とは、こういうものなのだろう。
お茶を啜りながら、アルハイゼンさんを盗み見る。
癖のある銀髪。不思議な虹彩をしたターコイズのような瞳。その瞳を縁取る長いまつ毛。スラリと通った鼻筋と、キリリと引き締まった薄い唇。
どこを取っても魅力的な人。可愛らしい顔立ちのレンジャー長とは、明らかに違う。
引き締まっているのは体躯もで。書記官とは思えない、立派な体つきをしている。そして、スラリと伸びた長い脚。何人の人が彼の容姿を羨むだろうか。
そんな風にジロジロと観察していると、視線を感じたのか、アルハイゼンさんが私を見た。当然バチリと視線はぶつかる。
「あ…!! し、失礼しましたっ!!」
「いや、いい。よくあることだ」
「は…」
ああ、やっぱり他人にジロジロ見られるのは、日常茶飯事なのか。
とはいえ、それはお世辞にも気分のいいものではないだろう。これ以上、なんて謝ればいいのだろうか。
うつむいて、謝罪の言葉を考えていれば、何やら前方から視線を感じる。もしや…とチラリと目線を上げれば、アルハイゼンさんが私を見ていて。
「あ、あの…?」
「……」
「ご、ごめんなさい。怒ってますよね?」
「怒ってはいない。ただ、人を見つめる行為について、考えている」
私の不躾な態度については、忘れてほしいのに…!と思うのは、自分勝手か。
「なるほど、他人を観察するのも面白いものだな」
「はい?」
「俺は今まで他人に興味がないため、観察することはなかったが…君を見つめているのは、非常に興味深い。俺の研究対象にならないか?」
「あ、あの、何のご冗談でしょうか?」
「冗談? 君は俺がなんの利益にもならない冗談を言うとでも?」
あ、なんだか今度こそ気分を害してしまっただろうか? 咄嗟にうつむいてしまった。
「責めているわけではない。ただの確認だ」
アルハイゼンさんが付け足すように言った。その気遣いのような言葉に、再び視線を上げる。
と、小屋の入り口に人影が。どうやら、レンジャー仲間が覗いているようで。途端、カァッと顔が熱くなった。
「…ここなら静かに過ごせると思ったんだがな」
「ごめんなさいっ!」
やっぱり気づいてた…!! せっかく静かな環境を求めて、シティからはるばる来てくださったのに!
「レンジャー長も君を気にしていたし。君はここでは人気者のようだな」
「え? いえ、そんなことは」
「招かれざる客、といったところか」
「そんなことありませんよ! みんな、教令院の書記官様がいらっしゃったんで、驚いてるだけです!」
ああもうっ! みんなのせいで、こんなことになっちゃった!
と、アルハイゼンさんがスッと私に一冊の本を差し出してきた。立派な装丁の…まるで辞典のようだ。
「知論派の学者が書いたものだ。少しでも興味があれば、読んでみてくれ」
「え…? あ、はい。ありがとうございます」
差し出された本を受け取る。難しそうな本だけど、私に理解できるのだろうか?
いや、これは「勉強しろ」ということだろう。頭脳明晰なアルハイゼンさんに釣り合う女性になれと。
でもなんで? 頭の中をハテナでいっぱいにしている私に構わず、アルハイゼンさんが小屋を出て行く。私も慌てて追う。
追って外に出た私を、アルハイゼンさんがチラリと見た。
「また会いに来る」
「えっ…!」
愛想尽かされたと思ったのに、そんなことを言われて。目を丸くする私を置き去りにし、アルハイゼンさんは去って行った。
その姿が見えなくなるまで見つめ…やがて、私のもとへレンジャー仲間が寄ってきた。
「君がスメールシティに行きたがっていたのは、アルハイゼンに会いたいためだったの?」
レンジャー長が声をあげる。バレてしまった…。
「は、はい。レンジャー長、アルハイゼンさんのこと、知ってるんですね」
「まあね。彼は有名だし」
「有名?」
「あ、いや。なんでもないよ。気にしないで」
気にしないでと言われても、気になる。だけど、レンジャー長はそれ以上、話す気はないようだった。
…君を見つめているのは、非常に興味深い、なんて言われてしまった。私なんて見ていても楽しくないだろう。
でも、私みたいな知識の浅い人は、教令院にいないだろうから、それで興味を引いたのかも。うん、そうだ。
と、胸に抱いていた本をチラリと見る。知論派の学者が書いた本…早速読んでみよう。
気づけば3ページで寝落ちしてしまったことは、アルハイゼンさんには内緒だ。