三度目の偶然は、運命ということですか?

 オルモス港で二度目の偶然をしてから、また数日が経った。
 レンジャーの仕事をしつつ、見習いのコレイのお世話。彼女は病人なのだ。だが、本人はそんな素振りは見せもしない。
 今日もアビディアの森に出かけ、作業をして戻ればレンジャー長がメンバーを呼んだ。

 「申し訳ないが、冒険者協会に依頼を出したいんだ。誰か、スメールシティまで行ってきてくれる人は、いない?」

 最近、このガンダルヴァー村近くに、キノコンの集団が現れるようになった。
 私たちには死域の発見や調査等、やることが多い。そのため、駆除を冒険者に頼もう、ということらしい。
 スメールシティ・・・あの人と、初めて出会った場所だ。
 気づけば、私は名乗りを上げていた。
 準備をし、村を出発する。数日、またしても村を留守にすることになった。
 気分は高揚していた。彼のことは、何も知らない。名前すら知らない。それでも、あの人に会いたかった。
 スメールシティへ到着すると、すぐに冒険者協会へ向かう。受付嬢が依頼を受理し、「ありがとうございました」と笑顔を見せた。
 無駄なことだとわかっているのに、辺りを見回して。あの人がいないことに、勝手に落胆する。
 それでも。ほんの少しの可能性に賭けて、あの時の酒場へ向かった。

 「そう簡単に会えるわけないか」

 そうだ。だから、彼に会えなくても仕方ないのだ。どこの誰かも知らない人なのだから。
 フゥとため息を一つこぼし、酒場へ。中に入り、チラリと店内を見て・・・ハッとした。
 いたのだ、彼が。目を引く銀の髪。たくましい体躯。見間違えるはずもない。
 声をかけようかと思ったが、真剣な面持ちで読書をしていたため、やめておいた。でも、もしも本を読んでいなかったら、話しかけられた?
 答えは否、だ。この間はできたのに! 気落ちしながら、カウンター席に座った。
 助けてもらった時と、同じ状態になってしまったが、他意はない。一人で座るには、カウンター席がいいと思っただけ。
 こんなに近くにいるのに、話しかける勇気もないなんて。会えるかもと期待して、実際に会ったら、これだ。

 「・・・何やってるんだろ、私」

 運ばれてきた料理を黙々と食べ、少しだけあの人の様子をうかがう。まだ本を読んでいた。
 食事をし、どうせ話しかける勇気もないんだし、帰ろうか・・・でも・・・と悩んでいた時だ。酒場に一人の男性が入ってきた。金髪のスラリとした長身の人。
 彼は周りに目もくれず、ツカツカと店内を歩き・・・あろうことか、あの人の前に立った。

 「アルハイゼン!」

 彼が声をあげた。瞬間、ドキッとした。「アルハイゼン」・・・きっと彼の名だ。
 そのまま、金髪の彼は何やらあの人に食ってかかって。どうやら、金髪の人が一方的に話していて、あの人は相手にしていないようだ。
 いけないと思いつつも、二人の方を見てしまう。と、あの人が本から視線を上げ、こちらを見た。
 気のせいではない。顔がこっちを見ている。慌てて、パッと前を向いた。

 「知り合いか?」
 「ああ。少し、な」

 そんなやり取りにドキリとする。「知り合い」という言葉を否定しなかった。
 だけど、やっぱり話しかける勇気はなくて。あの人も、彼と何かを話し始めていた。いづらくなり、私は店を出ることにした。

 「・・・何やってるの、私」

 絶好のチャンスだったのに。助けてもらったお礼にって、お近づきになればよかったのに。
 ああ、でも・・・そんな下心見え見えな態度は・・・。
 いいんだ。私はお使いでここへ来たのだから。彼に会えたからそれでいい、一目見られれば、それでいい。

 「失礼」

 と、背後から声をかけられる。店の前にいたから、邪魔だったのだろう。「すみません」と謝罪しようと、振り返り・・・ギョッとした。
 そこに立っていたのは、あの人で。呆気に取られる私を見て、彼はゆっくりと口を開いた。

 「君の方から“また会えるか”と言われた覚えがあるが」
 「あ・・・し、失礼しました。ご友人と一緒でしたので、声をかけては迷惑かと」
 「迷惑かどうかは相手にもよるが、君に対してはそう感じていない。それから、あいつは友人ではないと訂正しておこう」
 「あ、えっと・・・重ね重ね、申し訳ありません・・・」

 落ち着いた口調と声音のせいか、とっつきにくい印象を与えられるが、こういう人なのだろう。
 照れくさくて、顔をマジマジと見られないけれど、ビシビシと視線を感じるので、彼は私を見ているのだろう。

 「名前は?」
 「えっ?」

 突然の問いかけに、目を丸くしていると、再び「名前は?」と問われた。戸惑いながらも、私は名乗った。

 「先にこちらが名乗るべきだった。失礼した。俺の名はアルハイゼンだ。教令院で書記官をしている」
 「え・・・! 書記官様??」

 頭脳派そうな面立ちはしているけれど、体格がすごくいい・・・というか、引き締まった腕をしているので、体力使う人かと・・・。これは失礼かもしれないので、言わないけど。
 でも、教令院の人だったなんて。頭を使うのが得意ではない私からしたら、雲の上の人だ。
 レンジャー長も教令院にいたらしく、お誘いを受けているのを見たことがある。断っているみたいだけど。

 「君は・・・冒険者か?」
 「いえ、アビディアの森の、レンジャーです」
 「なるほど。所用でスメールシティに来ているわけか」

 と、アルハイゼンさんがトンッと私の肩を軽く叩き、歩き出す。いきなりどうしたんだろう? 少し歩いたところで立ち止まった。

 「失礼した。無粋な男が覗いていたのでな」
 「それって・・・さっきのご友人・・・」
 「友人ではない」
 「あ・・・! そうでしたね・・・」

 友人でないなら、なんだろう? 気にはなるけど、そんなことを尋ねるほど、相手に対して踏み込めない。

 「アビディアの森のレンジャーか。それならば、容易に会えることが出来そうもないな」
 「え? は、はい・・・そうですね・・・」
 「そうか。少し残念だ。君の話を聞いてみたいと思ったのだが」
 「えっ! わ、私のですか?? そんな、教令院の書記官様にお話できるような、面白い話題はありませんよ!」

 思わず慌ててしまう。博識なアルハイゼンさんと、対等に話すことなんてできない。しかも話題を提供なんて!

 「そうか。レンジャーの仕事について、詳しく聞かせてもらいたかったし、それ以上に・・・君のことが知りたかったのだが」
 「は?」

 私のことが、知りたい・・・? ええ!? そ、それって私に興味があるってこと? 珍獣扱いされてる!?

 「えっと、ガンダルヴァー村に帰るまで、まだ時間ありますし、お相手するには知識不足だとは思いますが・・・よろしかったら・・・」
 「ああ、ぜひ話し相手になってくれ」

 なんだか信じられない気分だけど。アルハイゼンさんと過ごした時間はとても幸せだった。
 別れを惜しみながらも、スメールシティを出発する。次に会えるのは、いつになるだろう。
 そうだ。村に帰ったら、レンジャー長に、スメールシティに行く担当にしてもらおう。理由を聞かれるだろうか? 友人に会うため・・・かな。でも、こんな理由では駄目だと言われるかもしれない。
 ああ、でももっとアルハイゼンさんと仲良くなりたい。欲張りになってしまった私。この気持ちに名前をつける勇気は、まだないけれど。