オルモス港で二度目の偶然をしてから、また数日が経った。
レンジャーの仕事をしつつ、見習いのコレイのお世話。彼女は病人なのだ。だが、本人はそんな素振りは見せもしない。
今日もアビディアの森に出かけ、作業をして戻ればレンジャー長がメンバーを呼んだ。
「申し訳ないが、冒険者協会に依頼を出したいんだ。誰か、スメールシティまで行ってきてくれる人は、いない?」
最近、このガンダルヴァー村近くに、キノコンの集団が現れるようになった。
私たちには死域の発見や調査等、やることが多い。そのため、駆除を冒険者に頼もう、ということらしい。
スメールシティ・・・あの人と、初めて出会った場所だ。
気づけば、私は名乗りを上げていた。
準備をし、村を出発する。数日、またしても村を留守にすることになった。
気分は高揚していた。彼のことは、何も知らない。名前すら知らない。それでも、あの人に会いたかった。
スメールシティへ到着すると、すぐに冒険者協会へ向かう。受付嬢が依頼を受理し、「ありがとうございました」と笑顔を見せた。
無駄なことだとわかっているのに、辺りを見回して。あの人がいないことに、勝手に落胆する。
それでも。ほんの少しの可能性に賭けて、あの時の酒場へ向かった。
「そう簡単に会えるわけないか」
そうだ。だから、彼に会えなくても仕方ないのだ。どこの誰かも知らない人なのだから。
フゥとため息を一つこぼし、酒場へ。中に入り、チラリと店内を見て・・・ハッとした。
いたのだ、彼が。目を引く銀の髪。たくましい体躯。見間違えるはずもない。
声をかけようかと思ったが、真剣な面持ちで読書をしていたため、やめておいた。でも、もしも本を読んでいなかったら、話しかけられた?
答えは否、だ。この間はできたのに! 気落ちしながら、カウンター席に座った。
助けてもらった時と、同じ状態になってしまったが、他意はない。一人で座るには、カウンター席がいいと思っただけ。
こんなに近くにいるのに、話しかける勇気もないなんて。会えるかもと期待して、実際に会ったら、これだ。
「・・・何やってるんだろ、私」
運ばれてきた料理を黙々と食べ、少しだけあの人の様子をうかがう。まだ本を読んでいた。
食事をし、どうせ話しかける勇気もないんだし、帰ろうか・・・でも・・・と悩んでいた時だ。酒場に一人の男性が入ってきた。金髪のスラリとした長身の人。
彼は周りに目もくれず、ツカツカと店内を歩き・・・あろうことか、あの人の前に立った。
「アルハイゼン!」
彼が声をあげた。瞬間、ドキッとした。「アルハイゼン」・・・きっと彼の名だ。
そのまま、金髪の彼は何やらあの人に食ってかかって。どうやら、金髪の人が一方的に話していて、あの人は相手にしていないようだ。
いけないと思いつつも、二人の方を見てしまう。と、あの人が本から視線を上げ、こちらを見た。
気のせいではない。顔がこっちを見ている。慌てて、パッと前を向いた。
「知り合いか?」
「ああ。少し、な」
そんなやり取りにドキリとする。「知り合い」という言葉を否定しなかった。
だけど、やっぱり話しかける勇気はなくて。あの人も、彼と何かを話し始めていた。いづらくなり、私は店を出ることにした。
「・・・何やってるの、私」
絶好のチャンスだったのに。助けてもらったお礼にって、お近づきになればよかったのに。
ああ、でも・・・そんな下心見え見えな態度は・・・。
いいんだ。私はお使いでここへ来たのだから。彼に会えたからそれでいい、一目見られれば、それでいい。
「失礼」
と、背後から声をかけられる。店の前にいたから、邪魔だったのだろう。「すみません」と謝罪しようと、振り返り・・・ギョッとした。
そこに立っていたのは、あの人で。呆気に取られる私を見て、彼はゆっくりと口を開いた。
「君の方から“また会えるか”と言われた覚えがあるが」
「あ・・・し、失礼しました。ご友人と一緒でしたので、声をかけては迷惑かと」
「迷惑かどうかは相手にもよるが、君に対してはそう感じていない。それから、あいつは友人ではないと訂正しておこう」
「あ、えっと・・・重ね重ね、申し訳ありません・・・」
落ち着いた口調と声音のせいか、とっつきにくい印象を与えられるが、こういう人なのだろう。
照れくさくて、顔をマジマジと見られないけれど、ビシビシと視線を感じるので、彼は私を見ているのだろう。
「名前は?」
「えっ?」
突然の問いかけに、目を丸くしていると、再び「名前は?」と問われた。戸惑いながらも、私は名乗った。
「先にこちらが名乗るべきだった。失礼した。俺の名はアルハイゼンだ。教令院で書記官をしている」
「え・・・! 書記官様??」
頭脳派そうな面立ちはしているけれど、体格がすごくいい・・・というか、引き締まった腕をしているので、体力使う人かと・・・。これは失礼かもしれないので、言わないけど。
でも、教令院の人だったなんて。頭を使うのが得意ではない私からしたら、雲の上の人だ。
レンジャー長も教令院にいたらしく、お誘いを受けているのを見たことがある。断っているみたいだけど。
「君は・・・冒険者か?」
「いえ、アビディアの森の、レンジャーです」
「なるほど。所用でスメールシティに来ているわけか」
と、アルハイゼンさんがトンッと私の肩を軽く叩き、歩き出す。いきなりどうしたんだろう? 少し歩いたところで立ち止まった。
「失礼した。無粋な男が覗いていたのでな」
「それって・・・さっきのご友人・・・」
「友人ではない」
「あ・・・! そうでしたね・・・」
友人でないなら、なんだろう? 気にはなるけど、そんなことを尋ねるほど、相手に対して踏み込めない。
「アビディアの森のレンジャーか。それならば、容易に会えることが出来そうもないな」
「え? は、はい・・・そうですね・・・」
「そうか。少し残念だ。君の話を聞いてみたいと思ったのだが」
「えっ! わ、私のですか?? そんな、教令院の書記官様にお話できるような、面白い話題はありませんよ!」
思わず慌ててしまう。博識なアルハイゼンさんと、対等に話すことなんてできない。しかも話題を提供なんて!
「そうか。レンジャーの仕事について、詳しく聞かせてもらいたかったし、それ以上に・・・君のことが知りたかったのだが」
「は?」
私のことが、知りたい・・・? ええ!? そ、それって私に興味があるってこと? 珍獣扱いされてる!?
「えっと、ガンダルヴァー村に帰るまで、まだ時間ありますし、お相手するには知識不足だとは思いますが・・・よろしかったら・・・」
「ああ、ぜひ話し相手になってくれ」
なんだか信じられない気分だけど。アルハイゼンさんと過ごした時間はとても幸せだった。
別れを惜しみながらも、スメールシティを出発する。次に会えるのは、いつになるだろう。
そうだ。村に帰ったら、レンジャー長に、スメールシティに行く担当にしてもらおう。理由を聞かれるだろうか? 友人に会うため・・・かな。でも、こんな理由では駄目だと言われるかもしれない。
ああ、でももっとアルハイゼンさんと仲良くなりたい。欲張りになってしまった私。この気持ちに名前をつける勇気は、まだないけれど。