アカツキワイナリーのブドウ園は、立派で見事なんですよ、と、食事の席で鍾離さんに告げると、それは興味深いな、と返された。
 ウェンティ様と違い、控えめな飲み方だけど、鍾離さんはお酒を飲む。まあ、私はお供できないけど。
 そういえば、ディルック様って下戸なんだよね。酒場のお手伝いしてて、酒を勧められたりしないのかな。いや、酒造業のトップがお酒飲めないって、そのギャップがまたいいんだけど。
 「好きな時に遊びに来るといい」と、以前言われたし、二人でワイナリーに行ってみよう!
 ここには風魔龍の一件で訪れたことがある。あと、ディルック様に依頼を受けて。こうして、私用で訪れるのは初めてだ。
 ワイナリーが近づくにつれ、ブドウ棚が見えてくる。そのブドウを果樹園の人たちが手入れをしていた。

 「ほう、これは見事なものだな」
 「でしょう? この長閑な景色、私は一瞬で気に入ってしまいました」

 果樹園を見下ろすように、大きな屋敷が建っている。これがラグヴィンド家の屋敷だ。
 風が心地いい。バルバトス様の加護は、ここにも届いている。
 と、屋敷のドアが開く。視線を動かせば、ディルック様と執事さんが、屋敷から出てきた。二人が私たちの姿に気づく。

 「お邪魔してます、ディルック様」
 「ああ、いらっしゃい」

 私が挨拶すると、ディルック様が微笑んで。そのやわらかな表情に、ドキッとした。ホント、カッコいい人だ。
 そして、ディルック様が私の隣に立つ鍾離さんを見て、小さく会釈した。鍾離さんも返す。

 「見事な葡萄園だな。さすがモンド一の酒造業者だ」
 「ありがとうございます。そうだ、せっかく来てくれたんだ。ワインの試飲はどうですか?」
 「ああ、ではありがたくいただこうとしよう」

 こちらへどうぞ、とディルック様がワインの貯蔵庫へ。ワインって、何年か寝かせた方がいいとかって聞いたことがある。
 値段もピンからキリまで。一般家庭用のもの、お店用のもの、貴族御用達のもの…それぞれだ。
 まずは、出来立てを・・・と、ディルック様は巨大な樽についていた蛇口のようなものをひねる。ワイングラスにブドウ色した液体が注がれた。それを鍾離さんに渡す。
 と、チラリ・・・鍾離さんが私を見た。

 「お前は駄目だぞ」
 「わかってますよ。私はまだ未成年ですから」

 と言っても、あと一年もしないで成人の仲間入りですけどね!
 鍾離さんはワインをいきなり飲むことはせず、香りを嗅いでいる。そして、一口。「ふむ・・・」と満足そうに口角を上げた。

 「飲みやすいな。これなら、酒に慣れていない者でもいけそうだ」
 「ありがとうございます。では、次は白も試してみますか?」
 「頼む」

 飲めない私からしたら、ちょっとつまらない。ま、いいや。少しこの中を見て回ろう。

***

 「しょーりさぁーん!!」
 「!?」

 いきなり、その大きな背に突撃してきた少女に、持っていたグラスを落としそうになり、予想外の出来事に、鍾離は動きを止めた。グラスを落としそうになってしまった。別に落としたところで、ディルックは責めたりしないが。

 「どうしたんだ?」

 彼女の方から、しかも人目がありながら、しかもしかも彼女憧れのディルックがいる前で、自分に抱き着いてくるなど。何か怖い目にでも遭ったのだろうか? 彼女に何かあろうものなら、鬼神の如く、そのけしからん輩を排除するつもりだ。
 だが・・・少女は鍾離と視線を合わせると、「エヘヘへ〜」とヘラヘラ笑って。気のせいか、頬もほんのり赤い気がする。

 「もしかして、匂いだけで酔ったとか…」
 「・・・・・・」

 ディルックの言葉に黙り込む。ありえる。何せ酒醸団子で酔ったのだ。この調子では、お酒一口で泥酔しそうだ。

 「エヘヘへ〜。しょーりさん、好きですよぉー」
 「ああ、わかっている。少し外の風を浴びようか。オーナー、すまない」
 「いえ。戻りましょう」

 歩き出そうとするも、少女は千鳥足で、足元がおぼつかない。抱きかかえれば、ギュッと鍾離の首に腕を回し、抱き着いてきた。
 貯蔵庫から外に出る。薄暗い場所にいたため、眩しさに目を細めた。

 「水を飲ませるといいかもしれません。屋敷へどうぞ」
 「すまない」

 少女は鍾離に抱き着いたまま、うれしそうに笑っている。かなり上機嫌だ。
 屋敷の客間に通され、ソファに座る。しばらくすると、ディルック自ら、コップに入った水を運んできた。
 鍾離の腕に自身の腕を絡め、片時も離れていたくない・・・という様子の彼女。水を飲ませ、コップをテーブルの上へ。と、少女の瞳が目の前に座る赤い髪の青年へ向けられた。

 「あー! ディルックさまぁ!」

 途端、うれしそうに声をあげて。ウフフフ・・・と笑う。対するディルックは戸惑ってしまう。モンドの英雄も、恋した少女の前では形無しだ。
 鍾離から腕を離し、向かいのソファに移ると、そのままコテン・・・と少女はディルックの肩にもたれかかった。
 ピキリ・・・そんなはずもないのに、空気が凍り付いた。

 「えっ・・・あ・・・」

 少女の名を呼ぶも、彼女は満足そうにニコニコするばかりで。ディルックはドギマギしながらも、少女に目をやり、恐る恐る鍾離を見て、それを後悔した。
 この人は、確か璃月建国のモラクス・・・岩王帝君だったはず。つまり、簡単に自分を塵と化すことくらい、わけないはずで・・・。恐ろしい光を放つ、石珀の瞳。思わずゴクッと息を飲んだ。

 「オーナー、すまないが寝床を貸していただけないだろうか? 彼女は悪酔いしている」
 「そうですね。すぐに案内します」

 そうだ、それがいい。乱暴にならないよう、ソファに彼女の体を横たえ、ディルックは部屋を出て行った。
 鍾離は腰を上げ、半分寝ている少女の元へ。彼女の頭を持ち上げ、自身の膝の上へ乗せた。
 そっと、額にかかる髪の毛を払い、そのまま頭を撫でるように髪を梳く。フフッと少女が笑った。

 「しょうりさん・・・」
 「うん?」
 「好き・・・」
 「ああ、俺もだ」

 慈しみの瞳で、少女を見つめる。
 つい今しがたの行動は、大変面白くないというか、許せないものだが、素直に甘えてくる彼女は愛らしいな、と、本人が聞いたら照れそうなことを思うのだった。