記憶力がいいだけだ、と、彼は言った。何千年も生きていて、その体験や経験を覚えているだけだ、と。
往生堂の若い従業員さんたちに、色々と教えている姿を見て、「やっぱり、普通の人とは違うよなぁ〜」なんて思ったりした。
バルバトス様も、人並み以上に生きてらっしゃるはずだけど、あの方は見た目が少年だからなのか、あまり威厳を感じない。近しい距離でいてくださる。それが自由の神である彼らしさ、なのだろう。
別に、鍾離さんが怖くて近寄りがたいわけではない。話しかければ、物腰穏やかに返してくれる。
・・・バルバトス様には別だけど。
「退屈ではないか?」
机に両肘をつき、ボンヤリと考え事をしていた私に、鍾離さんが声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。鍾離さんのお話、興味深く聞いてます」
「そうか? ボンヤリしていたように見えたが」
うっ、見られてた? 私は元々が頭脳派ではないので、難しい話は苦手なのだ。
ジン団長やリサさん、ガイア隊長の話し合いなんて、聞いていても右から左だ。アンバーやクレーと話していたほうがラクである。
そんな“考えるより、まず行動!”な私だけど、考えなしにヒルチャールに突っ込んでいったりはしないので、安心してほしい。
エラに怒られたことはあるけど・・・。いや、話し合いのできるヒルチャールの方が珍しいんだって!
「あ、いいんですよ、私のことは気になさらなくて。ここで鍾離さんを眺めているだけで、十分ですから」
ニッコリ笑って安心させるように言えば、鍾離さんは目を丸くし・・・次いで「そうか」と、私から目を逸らし、つぶやいた。
「鍾離先生、続きをお願いします」と、従業員の女性が声をかけてくる。鍾離さんは「ああ」と返すと、私に視線を向けた。
「すまない、もうしばらく待ってくれ」
「大丈夫ですって。私のことは、お気になさらず!」
あ、わかった。私がここにいるから、気を遣わせちゃうんだ。
座っていた心地の良い椅子から立ち上がり、部屋のドアへ。鍾離さんが「どこへ行くんだ?」と声をかけてくる。
「北国銀行へ。タルタリヤがいるかもしれないので」
「ちょっと待て。俺も行くぞ」
「ダメですって。鍾離さんは仕事をしてください」
不服そうな鍾離さんだったけれど、従業員さんの声に、渋々と私と一緒に行くことを諦めてくれた。
往生堂を出て、まずは大きく伸び。そして、北国銀行へ向かった。
入口に立っていたファデュイのお兄さんに「公子はいらっしゃいます?」と尋ねれば、用件は?と返される。いるってことかな。
私が来たことを告げてもらう。「お待ちを」と言って、お兄さんが銀行の中へ。すると、すぐさま銀行の入り口ドアが開き、見慣れた琥珀色の髪が視界に飛び込んできた。
「び、びっくりしたあ・・・。そんなに急いで来なくても・・・」
「びっくりしたのは俺の方だよ。まさか、君の方から会いに来てくれるなんてさ」
そして、私の周りに目を向ける青い瞳。それはすぐに私に向けられる。
「鍾離先生は?」
「お仕事中。邪魔しちゃ悪いから、出てきたの」
「なるほどね。じゃあ、一緒に食事でもどう?」
うん、とうなずけば、「よし」とうれしそうに笑みを返される。やったね! きっと琉璃亭に連れて行ってくれるはずだ。
「何が食べたい?」とタルタリヤが問う。「任せる!」と答えると、「じゃあ琉璃亭だね」と、私のことを把握しているかのように、言葉が返ってきた。
ここには、もう何度か入ったことがある。鍾離さんと三人だったり、鍾離さんと二人きりだったり。胡桃ちゃんとは、まだ来たことがない。まあ、小娘二人で堂々と入れるようなお店じゃないけど。あ・・・小娘扱いして、ごめんね! 胡桃ちゃん!!
老舗の名店だけあって、料理は何を食べてもおいしい。
「鍾離先生は君をほったらかしにしても平気なほど、大事な仕事をしているのかい?」
「往生堂の従業員さんに、色々教えてる」
フーン・・・と言いつつ、危なげな手つきで箸を動かすタルタリヤ。私より璃月滞在は長いのに、私より箸の扱いが下手だ。
「そういえば、タルタリヤっていつも箸は自分の使ってるね。買ったの?」
「あー・・・先生が買ってくれたんだけど・・・」
「え! プレゼント??」
「お金払ったのは、俺」
「・・・は?」
それ、もはやプレゼントではないな。選んであげたってことだ。
もう・・・凡人一年生は、まだまだモラクス気質が抜けないんだから。
食事をしながら、会話も弾み、さてそろそろ・・・と席を立つ。お会計は、タルタリヤ持ち。
「ごちそうさまでした」
「いいえ。また誘ってくれるとうれしいな。今度はさ、夜に来て、そのまま・・・」
「そのままなんだ? 公子殿」
聞こえてきた声に「うわっ!」とタルタリヤと二人、声をあげる。視線を動かせば、腕組みした鍾離さんが立っていた。
「もう、先生・・・空気読んでよ。今、彼女のこと口説こうとしていたんだから」
「それは丁度いいところに来たな。良かった」
「良くないよ」
鍾離さんが私たちに近づき、グイッと私の肩を抱き寄せる。タルタリヤは苦笑し、「こわーい保護者が来た」とつぶやいた。
「これ以上、睨まれたくないから、俺はもう失礼するよ」
「あ、タルタリヤ、本当にありがとう」
「どういたしまして」
ヒラヒラと手を振り、タルタリヤは北国銀行へ戻って行った。
さて、私はどうしたものか。鍾離さん、いいかげん手を離してほしいのですが。
あ、そうだ。
「タルタリヤに箸をプレゼントしてあげたんですね。練習させるためですか?」
「うん? ああ・・・箸を贈ることは、“食べることに困らない”、つまりは裕福になるように、と願いを込められるんだ」
「へー・・・」
「あと、良縁・・・人と人との橋渡し、いい人との橋渡し、だな」
「箸と橋をかけてるんですね」
そんな意味があるのか。うん? でも、タルタリヤに「裕福でいてほしい」ということはつまり、「俺の財布でいてくれ」という意味なのでは・・・?
い、いやいや、まさかね。鍾離さんが、そんなこと考えるはずない。ない・・・よね?
それにしても・・・。
「鍾離さんは、本当物知りですよね。璃月以外の国のこともご存知なんですか?」
「そうだな。七神がまだ健在だった頃のことも、知っているぞ」
「バルバトス様について、教えてください。モンドの民として、やっぱり知っておかなければ」
「・・・あいつは、ただの飲兵衛だ」
「え? あ、いえ、それ以外で」
膨大な知識量の中で、バルバトス様に対する知識がそれだけなはずがないんだけど。
これ以上、教えることはない・・・と言いたげに、プイッとそっぽを向く鍾離さんに、私は首をかしげるのだった。
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