その姿を遠くから見つけ、自然と口がほころんでいた。
黒い服、先端がオレンジがかった焦げ茶の髪。そしてスラッとした長身。
カッコイイなと素直に思う。蛍と一緒にモンドを旅立たなかったら、出会えなかった。ありがたい縁だ。そこはタルタリヤに感謝だけど。「その感謝、態度で見せてほしいな」と私に迫り、彼に睨まれていたのは、いつだったか。
店員さんと何か言葉を交わしているけれど、私に気づく様子はない。邪魔してはいけないし、声をかけるのはやめておこう。
市場を歩くのは楽しい。モンドでは見ない品物を見ることができるからだ。見るだけで、購入はしないので、冷やかしだと思われるかな・・・。
「あ・・・キレイ・・・」
装飾品屋で足を止め、目を引いたイヤリングを覗き込む。青い石のついた、揺れるイヤリングだ。
「君、璃月の人じゃないね」
「はい。モンドから来ました」
店員のお兄さんが、にこやかに声をかけてきた。私も笑顔で応じる。「モンドか」と彼がつぶやく。
「モンドの酒は、おいしいね。輸入されたのを何度か飲んだけど、一度足を運んでモンドで飲みたいよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
「それで、その夜泊石のイヤリング、気に入ってくれた?」
夜泊石・・・送仙儀式のときに使ったやつだ。なるほど、この青い石は夜泊石だったのか。
「そうですね。デザインもステキです」
「石によって彩度が違うんだ。それは深夜の色。こっちは夜が明ける前の、少し明るい色」
そう言って、お兄さんは空色に近い夜泊石のついたイヤリングを手にした。
あ・・・これ、タルタリヤの瞳の色みたい。彼の瞳は、夜よりも快晴の空の色だけど。
「君に似合うと思うよ」
お兄さんの手がイヤリングを摘まみ、そっと私の耳元に伸びてくる。微かに耳たぶと首筋に触れた手に、ビクッと小さく肩が震えた。私、耳が弱いのだ。少しでも触れられるとゾクゾクしてしまうのだ。
「あ、ごめん。くすぐったかった?」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい」
ごまかすように、エヘヘと笑う。そして、次の瞬間、私の耳に伸ばしていたお兄さんの腕を、黒い手袋をした手がガシッと無遠慮に掴んだ。
ギョッとして、お兄さんと二人、その人物を見て・・・予想外の姿に目を丸くした。
「しょ、鍾離さん・・・」
つい先ほど、向こうの店で何かを見ていた彼が、眉間に皺を寄せ、立っていた。
「出会ったばかりの女性に、みだりに触れたりしないことだな」
「あ、す、すみません」
鍾離さんが手を離せば、お兄さんは謝り、手を引いた。別に他意があって触ったわけではないのに・・・!
「お前には夜泊石より石珀のほうが似合う」
「え? そ、そうですか?」
チラリと鍾離さんは並んでいるアクセサリーの中から、石珀のついた髪飾りを手に取った。それを私に宛がい、満足そうにうなずいた。
「店主、これをもらおう」
「あ、ありがとうございます」
「ちょっと待ってください! 鍾離さん、お財布は?」
買うのはいいけど、お財布を持つ習慣のない鍾離さんに支払えるのだろうか?
だけど、その心配は無用だった。鍾離さんは自身のモラで支払いをすませると、髪飾りを受け取り、私の髪にそれを飾った。
「うん。やはりよく似合っている」
「ありがとう、ございます・・・」
満足そうに微笑むと、お兄さんに「邪魔したな」と声をかけ、私の手を取り、歩き出した。
突然姿を現し、プレゼントまでもらい、私は少々混乱気味だ。
「鍾離さん、どうしてここに?」
「お前の姿が見えたからな。俺に気づいていただろう。どうして声をかけなかった?」
「え・・・! 気づいてたんですか? えっと・・・店の方とお話されていたので、遠慮したんです」
「そうか」
なんだか、納得していないように見えるけど、ウソはついていない。
偶然見つけた鍾離さんの姿に胸がキュンとし、温かい気持ちになった。だけど、邪魔はしたくなかったから。
「お前を偶然見かけるというのも、なかなかいいものだな。遠くから見ても、お前の姿はよくわかる」
「え! そうですか?」
「当たり前だ。恋人なのだから」
“恋人”・・・最近、この言葉を鍾離さんの口から聞くことが多くなった。
でも、なぜだろう? そう言われるたびに、胸がモヤモヤするのだ。うれしいはずなのに。
「どうした?」
不思議そうに、鍾離さんが声をかけてくる。手を繋いだまま、私が足を止めたから。
パッとその手をほどく。手を振り払われた鍾離さんは、目を丸くした。
「・・・教えてください」
「何をだ?」
「私・・・本当に鍾離さんの恋人なんですか?」
目の前の人が、目を丸くする。言葉は出てこない。私はクルリと背を向けた。
「・・・恋人だ。周りやお前がどう思うと、俺はお前を恋人だと思っている」
「じゃあ・・・言ってください」
「うん?」
「私が求めている言葉。鍾離さんの、本音、気持ち」
いきなり、どうしたんだ? 小さくつぶやかれる。
モヤモヤの正体は、これ。言われていない。鍾離さんの、本当の気持ち。
「・・・俺は、お前のことが」
目を閉じ、その姿を視界から消した。
憧れの人の、大好きなその姿を、私は私の目の前から消した。
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