「蛍、それ何?」

 手に小さな箱型のものを持ち、周りを見ている少女に、私は声をかけた。蛍は私を振り返り、「これ?」と手にしているものを掲げた。

 「これね、写真機。そうだ、撮ってあげる。動かないで」
 「え?」

 とる? 何を?? 首をかしげる私に「笑って」と蛍が言う。パイモンも「表情が硬いぞ!」と言ってきて。
 よくわからないけど、笑えばいいのかな? そっと引きつりながらも笑みを浮かべた。蛍が写真機とやらを顔の位置に持っていき、何かしらの動作。「はい、撮れた」と言われ、顔を戻す。
 写真機の一部から紙のようなものが出てきた。何が何やら。蛍が「はい」とそれを私に差し出してきたので、受け取る。

 「うわ! なにこれ!」

 その紙に描かれていたのは、少々引きつった笑みを浮かべた私。もしかしなくても、数分前の私だ。

 「すごいでしょ。これが写真」
 「そ、そうなんだ・・・」
 「ふむ、よく撮れているな」
 「!!?」

 突然、耳元で聞こえた心地の良い声に、私は驚いてビクッと肩を震わせた。

 「しょ、鍾離さん! 驚かせないでください!!」
 「うん? ああ、すまん。それより、その写真はどうするんだ?」
 「テストですよね。別にいらな・・・」

 蛍に突っ返そうとすると、鍾離さんの手が伸びてきて、私の手から写真を奪った。「あ…」と私と蛍、パイモンの声が重なる。

 「処分するくらいなら、俺がいただくぞ」
 「え、ちょ・・・それは、あまり持っているのには不適切かと・・・」
 「なぜだ?」
 「他人の写真を持ち歩くのって・・・誰かに知られたら、どうするんですか?」

 タルタリヤとかに。あの人のことだから、「もう少し、まともな表情しなよ」とか言ってきそうだ。

 「誰かに? 俺の恋人だ、と自慢するつもりだが」
 「は!?」
 「いや・・・だが、男に見せるのはいかんな。お前に不埒なことを考える輩が現れるかもしれん」
 「えっ!! あ、いや・・・あの、恋人?」

 なんだか、色々と物申したい部分はあるけれど、まずはそこだろう。だけど、鍾離さんは「そうだ」と返してきて。

 「なんだ? 恋人と言っては不都合だったか?」
 「め、めっそうもない! 恐れ多くて戸惑っただけです!」
 「ははは、大げさだな」

 いや、笑いごとじゃないんですが。まだきちんと告白もされていないのに・・・。
 照れる私をよそに、鍾離さんがマジマジと写真を見る。いけない、忘れていた。持っていてほしくないのは、誤解されるからだけではない。

 「鍾離さん、申し訳ないのですが、それは破棄していただきたく・・・」
 「む? まだ言うか」
 「その、それは明らかに表情が引きつっているので、恥ずかしいと言いますか」

 いわゆる“失敗作”だ。そんなものを持っていてもらうのも、とても申し訳なく、恥ずかしい。
 捨ててくれ、と言っているのに、鍾離さんは改めて、というように写真を見て。

 「そこまで言うのならば、心苦しいがこれは破棄することにしよう」
 「ありがとうございます」
 「だが」

 鍾離さんの手から写真を受け取ろうとすると、ヒョイと彼は写真を私から遠ざける。条件があるようだ。

 「これを渡す代わりに、新しいものをいただくぞ」
 「あ、新しいもの?」
 「ああ。旅人、もう一度彼女を撮ってくれ」

 鍾離さんの言葉に、蛍がうなずく。え、改めて撮るということ? それはそれで恥ずかしい…。

 「ほら、笑って」
 「おかしくもないのに笑えない」
 「困ったヤツだな〜」

 パイモンが唸る。そんなこと言われても。
 と、鍾離さんが蛍の背後に立つ。私の視線は彼へ向けられる。

 「この前作ってくれたお前の料理、なかなかだったぞ。また食べたい」
 「本当ですか!?」

 パシャリ・・・蛍が写真を撮った。え、何、今の。

 「お、いい笑顔だぞ〜! さっすが鍾離! あいつが何を言えば喜ぶのか、わかってるな!」
 「緊張をほぐしてやっただけだ。今度こそ、これはもらっていいな?」

 ピラリ、写真を私に見せ、確認してくる。もう、完全にしてやられた。
 「好きにしてください」とつぶやけば、鍾離さんは満足げな顔。なんか、不公平な気がする。

 「蛍、私も写真欲しい」
 「え? 鍾離先生の?」
 「もちろん。私のもらってどうするの」
 「じゃあ、二人一緒のところ撮ってあげる。並んで」
 「え? あ、いや・・・それはいいので、鍾離さんだけで」

 と、言っているのに、鍾離さんは私の隣に立ち、そのうえガシッと肩を抱いてきて。さすがにこれは恥ずかしい、と訴えようとした次の瞬間、こめかみに柔らかいものが押し当てられ、パシャリ。

 「な・・・い、今の撮った!?」
 「いい写真だぞ!」
 「ふむ。見せてくれ。・・・うん、これもいいな。両方もらうぞ」
 「しょ、鍾離さん!! というか、一枚目も返してくれてないですよね!?」
 「ははは」
 「笑って誤魔化さないでください!」

 結局、一枚も返してもらえず、しかも…往生堂の鍾離さんの机に、三枚とも飾られているという事実を、しばらく私は知らずにいたのだった。