机の上に置いてある髪飾りを見つめる。これは大好きな人からもらったものだ。
ベッドの上に座り、膝を立て、そこに顎を乗せる。
「ね、大丈夫?」
いきなり顔を覗き込まれ、ビクッと肩が震えた。サラリ…長い黒に近い茶の髪が揺れる。
「あ、ごめん、アンバー」
「迎えに来てくれるまで、一緒にいようか?」
「ううん! 大事な仕事があるでしょ! 大丈夫だから、行って!」
「でも・・・」
「だーいじょーぶ!」
アンバーに笑いかける。不満そうな表情を浮かべるも、私がグイグイと背中を押せば、渋々といった様子で部屋を出て行った。
ここは、モンドの実家、私の部屋。昨日の夜、璃月から帰ってきたのだ。
昨日の昼・・・鍾離さんにプレゼントをもらった。そして…。
私が欲しかった言葉は、もらえなかった。
─── 俺はお前のことが、一番大切だ
違うのだ。そうじゃない。私が欲しいのは、“どんな存在か”ではなく、“どう思っているのか”だ。
プレゼントが欲しいわけでもない。欲しいのは、たった一言。
大事だと言われ、「そうですか」と答え、そのまま別れた。鍾離さんは何か言いたげだった。恐らく、私と夜を共に過ごしたかったのだろう。
モンドへ帰ってきたことは、鍾離さんは知らない。けれど、家に私がいなければ、どこへ行ったか察するだろう。
しばらく、モンドに滞在しようか。アンバーやバーバラと、久しぶりに食事や買い物がしたい。
今朝、アンバーの元を訪ねた。びっくりしていた。当然である。そして、そのまま私の家へやってきたのだ。
「迎えに来てくれるから」と、アンバーには伝えたけれど、本当に来てくれるかは、わからない。このまま、彼に捨てられてしまうかもしれない。
鍾離さんは私の実家を知らない。だから、迎えに来るなんてできないのに。
「・・・はぁ」
ため息がこぼれた。
蛍と一緒にモンドを旅立って、璃月で騒動に巻き込まれて…。タルタリヤと鍾離さんに出会った。モンドにいたら、できなかった経験だ。
一目惚れした人。ずっとずっと一緒にいたい人。私だけを想っていてほしい人。
でも・・・六千年も生きているんだ。その気の遠くなるような年月の中で、過去に惚れた女性は何人もいるだろう。いくら、璃月のために気を注いでいたとはいえ。
神の心を渡し、凡人になった岩王帝君。そんな人物が、私を「恋人」と言ってくれている。だけど、私の欲しい言葉はくれていない。
と、部屋のドアがノックされる。母だろう。「はい」と応じれば、「お客さん」と返ってきた。客・・・? 首をかしげながらもドアを開け、「え・・・?」と思わず声が出た。
「鍾離さん・・・」
私が名前を呼べば、母は「ちょっと出かけてくるから、留守番お願いね」と声をかけてきた。父も仕事だし、家の中は二人きりになってしまう。聞き耳立てるつもりはない、ということなのだろう。
「どうぞ」と部屋の中へ鍾離さんを入れる。掃除してあってよかった・・・。ああ、それよりお茶を・・・。
「どこへ行くんだ?」
「え? あ、お茶を入れようかと」
「気遣いはいらない。それより・・・」
ギュッと抱きしめられた。フワリ・・・もう何度も香った鍾離さんの匂いに包まれる。私を抱きしめ、首元に顔を埋めた。
「いきなりいなくなるな」
「ごめんなさい。少し、考えたいことがあって」
「なぜ、モンドへ戻った? 俺の顔を見たくなかったのか?」
「そう、ですね。鍾離さんから逃げました。どうしていいのか、わからなくて」
だって、普通に今までのように接することが、出来そうもなかったから。
たった一言がもらえなかっただけで、こんな風になると思わなかった。隣にいられるだけで、十分だと思った。言葉が欲しくなるなんて、思いもしなかった。それは本当だ。
「・・・俺は、何を間違えた?」
私の首筋に顔を埋めたまま、鍾離さんが問う。間違う・・・ううん、そうじゃない。気づいてくれていないだけ。そして、それを口にしない私のせい。
そう、鍾離さんは何も悪くない。
「・・・欲しいものがあるんです」
「欲しいもの? なんだ? お前が望むなら、なんだってくれてやる」
体を離し、私を見つめる石珀の瞳。心なしか、焦っているようにも見えて。私を手放したくないと、少しでも思ってくれているのだろうか?
「私への気持ちを、聞かせてください。“どんな存在か”ではなくて、“どう思っているか”が聞きたいです」
私のその言葉に、鍾離さんは一瞬キョトンとし・・・次いで目を細めて微笑むと、私の頬に優しく触れた。
「好きだ」
言われた瞬間、胸がキュンとした。全身がうれしさで震えた。
そっと、鍾離さんが顔を近づけてくる。彼を見上げると、キスされて・・・触れては離れを繰り返す。
「愛している・・・」
私の名前を掠れた声でささやいて・・・ベッドの上に体を倒された。
もしかしたら、鍾離さんも言いたかったのかな。そのタイミングをうかがっていたのかな。
「俺は言ったぞ。次はお前の番だ」
「え?」
私の体に手を這わせながら、鍾離さんが不服そうに告げる。ああ、そうか。もしかして、私も言ってなかった?
「好きです。鍾離さんが大好きです」
私の言葉に満足そうに微笑んで。
ああ、形あるプレゼントもうれしいけれど、言葉のプレゼントがこんなにうれしいものだなんて。
「・・・あの、ところで」
「うん?」
私の手を取り、手のひらに口づけていた鍾離さんがチラリとこちらを見る。
「私の家、どうやって知ったんですか?」
「騎士団本部へ行って、団長殿に聞いた。ああ、代理団長だったか」
「あ、なるほど・・・」
「もういいか? お前が欲しくてたまらない」
「え!? あ、えっと・・・! お仕事! 鍾離さん、お仕事は!?」
「お前を抱いたら戻る」
「ちょっ・・・! えっと、あの・・・!」
「質問は終了だ」
言葉だけでなく、態度でも示された。塞がれた唇。これ以上、言葉は紡げなく、口から出るのは甘い吐息。
与えられたのは、愛の告白だけではなかった。
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