岩王帝君は、璃月の人々に愛されていたんだなぁ・・・。
いや、バルバトス様だって、大聖堂の前に巨大な石像建っているし、愛されているけど!
あ、対抗意識燃やしてしまった。
それというのも、あるおもちゃ屋さんで見かけたものが、私の予想外のものだったからだ。
「こ、これは・・・?」
見覚えがある。あの日、この璃月に来て、迎仙儀式のときに落下してきた・・・。
「岩王帝君だよ!」
「やっぱり・・・」
お店のおばちゃんが満面の笑みで告げる。そして、その“岩王帝君”を手に取ると、ズズイッと私に差し出してきた。思わず受け取ってしまった。
「ぬいぐるみだ・・・」
「見りゃわかるだろ? おかしなお嬢さんだね。今なら特別価格! 千モラで売ってあげるよ!」
「せ、千モラ?」
チラリとおばちゃんの背後を見れば、大きな箱に、岩王帝君のぬいぐるみが詰め込まれていた。
・・・大丈夫? 不敬にならない?
いや、まあ“当人”は、まったくそんなこと気にしないだろう。指摘しても「そうだな」で終わりそう。
「買わないのかい?」
ジトリ・・・おばちゃんが私を見る。「いらない」とは言いづらい。おばちゃんが怖いのと、岩王帝君に悪い。いや、「ぬいぐるみが売ってましたけど、買いませんでした」と報告するつもりないけど。
結局、私はぬいぐるみを購入し、それを抱いて歩いた。うわ・・・なんか、見られてる??
これは、とっとと帰るに限る。速足で家路を急いだ。
だが、こういう時に限って、できれば顔を合わせたくない人と、鉢合わせするのだ。
「あ、マズイ・・・」
鉢合わせしたくない人物とは、今、腕に抱いている岩王帝君、その人である。いや、今は凡人の鍾離さんだが。
慌てて後ろを向き、来た道を戻ろうとするも、呼び止められてしまった。無視する、という手もあったのだが、気づいていたのに無視するなんて、居心地が悪すぎる。
もう、こうなったら、この腕の中の存在を、見て見ぬ振りしてもらうしかない。
「こんにちは、鍾離さん」
「ああ。何か用事があったのか?」
「え、なんでですか?」
「お前の家は、こっちだろう」
言って、鍾離さんは私が向かおうとしていた道を指で示す。ええ、はい、そうです。私の家は、そちらです。
「それと・・・その抱きしめている間抜け面のぬいぐるみは何だ?」
「間抜け・・・!? 岩王帝君ですよ!!」
ズイッと鍾離さんにぬいぐるみを突き出せば、途端に彼は眉根を寄せた。あ、隠そうとしてたのに。つい出してしまったではないか!!
「俺がその間抜け面だというのか?」
「愛嬌があってかわいいじゃないですか! それに、私は岩王帝君のご尊顔をきちんと拝見していないので、このぬいぐるみが似ているか似ていないかは、わかりませんので」
「ほう? それで? それが気に入って買ったのか?」
う・・・おばちゃんの押しに負けて買ったとは言いづらい・・・。
「そうですよ! 寝るときに抱きしめるものが欲しかったので!」
「ぬいぐるみなんか抱かず、ここに本物がいるのだから、俺を抱きしめて寝ればいいだろう」
「キャー! なんてことをサラッと言うんですか! そうじゃありません! ぬいぐるみがいいんです! 岩王帝君だから抱きしめたいわけでは・・・」
言ってから、口を手で塞いだ。今のはマズイかもしれない・・・。
「俺以外のぬいぐるみでも構わない、ということか」
「そ、そうです。ネコちゃんでもワンちゃんでもいいんです」
「俺じゃなくてもいい、ということか」
「ぐ・・・う・・・ま、まあそうとも取れますけど・・・」
何を怒っているんだ? いや、拗ねてる? 私が帝君のぬいぐるみじゃなくてもいいと言ったから?
「やっぱり、これがいいかな」
ギュッと腕の中にあるぬいぐるみを抱きしめる。鍾離さん曰く、間抜け面らしいけど、ぬいぐるみにリアルさを求めてはいかんだろう。
「えへへ、今日からこの子と一緒に寝ますね」
「駄目だ」
「は?」
即反対された・・・。
「俺がお前と一緒に寝てやる」
・・・・・・。
「せ、セクハラですよ! 鍾離さん!!」
「何を言っているんだ。別に一緒に寝るのは初めてではないだろう」
「そこじゃなくてですね!?」
「恋人同士なんだから、問題ない」
「はい? 私、告白された覚えないです・・・。まだ恋人同士ではないかと」
「それじゃあ、お前は恋人でもない男に、体を許したというわけか?」
「そ、それは・・・!! で、でもきちんとお付き合い開始の言葉というか、私のこと、どう思っているのか言ってくれていません!」
キッと睨みつけて言えば、鍾離さんは顎に手をやり、「ふむ」とつぶやく。
「お前にきちんと愛を告げれば、今夜から一緒に寝てくれるのか?」
「寝ません。嫁入り前なんですけど?」
「何を今さら言っているんだ」
というか、往来のど真ん中で、私たちは何をしているんだ。
ぬいぐるみを抱きしめたまま、私は「それじゃあ」と声をかけ、家路を急いだ。当然のように、鍾離さんが追いかけてきて、私の手からぬいぐるみを奪った。
「あ・・・! 捨てないでくださいよ!?」
「・・・・・・」
あからさまに不機嫌な顔をし、鍾離さんは乱暴にぬいぐるみを小脇に抱えると、もう片方の手で私の手を握り、並んで歩きだした。
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