「いただきます!」
食前の挨拶をし、カトラリーを手にする。今、この手にあるのは、箸ではなく、使い慣れたスプーンだ。
モンドの鹿狩りで少し遅いランチ。私はパクパクと食べ慣れた食事を口に運ぶ。
璃月の料理はおいしい。それは間違いないのだが、たまに故郷の味が恋しくなる。
パクパクと口に料理を運んでいき、フト気づいた。目の前の人物が食事をせず、こちらを見ていることに。
私が見ていることに気づいた鍾離さんが、フッと微笑む。慈しみのその瞳にドキッとした。
「え・・・な、なんですか?」
「いや、うれしそうだと思ってな」
「そういう鍾離さんこそ、うれしそうですけど?」
楽しそうな鍾離さんに、私は首をかしげる。鍾離さんも、モンドの料理が食べられて、うれしいのかな?
「ああ。お前が笑顔だからな」
「え!? わ、私のせいですか??」
「せい、と言うのか? この場合は。悪いことではないだろう?」
確かに、今のは少し違ったかもしれない。
でも、私が笑顔だと鍾離さんがうれしいなんて。私だって、鍾離さんがうれしいのなら、うれしい。好きな人には、いつだって笑顔でいてほしい。
賑やかな店内には、西風騎士が何人か食事をしていて。チラチラとこちらを見ていることに、鍾離さんは気づいてるかな? このまま無視するのも心苦しいけど、食事中だし。
失敗したなあ。エンジェルズシェアか、キャッツテールに行けばよかった。さすがに昼間に酒場へ行く騎士はいないだろう。こんな居心地の悪い視線を、鍾離さんが感じる必要ないのに。
「どうかしたのか?」
鍾離さんが声をかけてくる。ハッとなる。つい数分前は、うれしそうに食事をしていた私が、いきなり黙ってうつむいたので、怪訝に思ったのだろう。
「あ、あの、ごめんなさい、鍾離さん。居心地悪いですよね」
「うん? ああ、周りの視線か? 俺は気にしていない」
本当かなぁ・・・? この前、騎士団本部でモラクス降臨してたから、心配。
確かに、本人の言う通り、見た目は落ち着いているけど。腹の中で何を思っているのか、わからない。
「鍾離さん、思ったことは口に出してくださいね?」
「ああ、お前もな」
「私は、いつだって口に出しています」
「よく言う。はっきりと言わないから、先日のようなことが起こったのだろう」
「うん? なんです?」
私が首をかしげると、鍾離さんはチラリと私を見た。
「俺がお前のことをどう思っているのか、知りたかったのだろう?」
「あ・・・」
そっか。あの時の私は、自分の気持ちを口に出さなかったから、すれ違いが起こった。
「まあ、俺の気持ちは嫌というほど、体に刻んでやったから、もう疑いの余地はないだろうが」
「っ!!」
スプーンで口に運んだ料理が、今の発言で変なところに入った。慌てて水を飲み干す。
「大丈夫か? ほら、俺の分も飲むといい」
「だ、大丈夫じゃないですよ・・・! なんてこと言うんですか! もうっ!!」
「む? 何かおかしなことを言っただろうか」
「あのですねぇ・・・!」
言おうとして、再びその言葉を声にするのが憚られ、口を噤んだ。
いくら店内は賑やかだといっても、やっぱり、ねえ。
「どうした? 何か言いたかったんじゃないのか?」
「もう結構です・・・。鍾離さんって、本当に鈍感」
「む・・・失礼な。お前に言われたくはないぞ」
スプーンでスープを飲もうとし、ピタリと動きを止める。今、なんだか聞き捨てならないことを言われたような。
「鍾離さんは、私が鈍感だって言うんですか? 私のどこが?」
「お前はディルック殿とガイア殿の好意に気づいているのか?」
「え・・・」
「公子殿のお前への感情は、さすがに気づいているだろうが」
タルタリヤは、確かに私に気持ちを伝えてきた。それに対し、私は冷たく突っぱねた。でも、あれはタイミングが悪かったのよ。鍾離さんが岩王帝君だって知って、ショック受けてる直後だったんだもの。
しかも・・・夜這いみたいなシチュエーションだったし。そうか、一歩間違えてたら、恐ろしいことになっていたのか。
「ガイアとディルック様の好意は、タルタリヤのものとは違うと思いますよ」
この話は、もう終わり。再びスプーンを動かす。
「どう違うんだ?」
私の中では終わった話だというのに、鍾離さんは食い下がってきた。うーん、余計なことを言わなければよかった。
タルタリヤとガイアたちの好意が違うと思った理由・・・。
「ガイアとディルック様は、妹みたいに思っているんですよ。二人とも、面倒見のいい人ですし」
「俺には二人とも本気に見えるが」
「そ、そんなことありませんって! 鍾離さんの気のせいですよ」
とは言ってみたものの・・・それって、二人の気持ちを軽く見ていることにならないか?
行儀悪く、スプーンでニンジンを突く。オレンジ色したそれは、コロコロと皿の中を転がった。
「・・・すまない」
「え?」
ポツリとこぼれた謝罪の言葉は、鍾離さんのもの。突然のことに、目線を上げた。途端、石珀の瞳とぶつかった。
「単なる嫉妬だ。気にしないでくれ」
「し、嫉妬ですか? ガイアとディルック様に?」
「お前を愛しているのは、俺だけだと・・・一番に愛しているのは、俺だと思いたかっただけだ」
「!!」
気のせいかな? 鍾離さんの左耳、少し赤いような。え、照れてる?
うわあ・・・な、なんだか・・・。
「・・・フフフ」
思わずこぼれてしまった笑い。鍾離さんが「何がおかしい」とムッとした表情を浮かべる。私は「いいえ」と首を横に振った。
「なんだ、気になるだろう。どうせ、俺を馬鹿にしたんだろうがな」
「そんなことないですよ! なんだか、カワイイな〜って」
「馬鹿にしているぞ」
浮かれ気分で、スプーンでニンジンを口に運ぶ。
「今夜は寝かせないぞ。覚えておけ」
低くつぶやかれたその声に、私の手からスプーンが転がり落ち、ガシャンと皿にぶつかった。
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