なんとも珍しいことに、鍾離さんに「モンドを案内してほしい」と言われた。
人を(というか鍾離さんを)からかうウェンティ様。そのウェンティ様が慈しむモンド。苦手意識があるのかな?なんて、勝手なことを思っていたのだけど。
「それで、こちらがバルバトス様の像で、あちらが大聖堂です」
像をチラリと見上げただけの鍾離さん。やっぱり苦手なのかな・・・。
と、大聖堂の大きな扉が開き、中から二人の男女が出てきた。白いドレスとタキシード。ああ、あれは・・・。
「わあ、結婚式だぁ」
花婿さんと花嫁さん。扉の両脇には、たくさんの人たち。参列者である。
永遠の愛を誓い合った二人。ステキだなぁ・・・。
「いいなぁ、結婚式。私もいつか、愛する人と挙げたいなぁ」
「それは俺と、という認識でいいのか?」
「うわあ! え、なんで私の考えてること・・・」
「思い切り口に出ていたが?」
うわあああ・・・!! 隣に鍾離さんがいる状態で、何を口走ってるの!? これじゃまるで、プロポーズしてほしい人みたいじゃないか!
思わず頭を抱えてしまった私に、鍾離さんが「どうした?」と声をかけてきて。
「どうしたもこうしたも・・・は、恥ずかしいです・・・」
「恥ずかしい? 何かあったか?」
「・・・いえ、なんでもないです・・・」
そうだ、鍾離さんは鈍感だった。私が恥ずかしいと思っていても、鍾離さんは「私がそう思っている」という事実しかわかっていない。思わず声にしてしまったという、失態を失態だと思ってくれないのだ。いや、それはいいんだけど。
「鍾離さん、今の発言については、深く考えないでくれなくていいですからね?」
「む? なぜだ? お前は結婚したいのだろう? そうだな・・・お前はまだ未成年だが、結婚できない年ではない。今すぐにでも・・・」
「いえいえいえ! ですから、それが問題でして! 本当、気にしないでください!! というか、忘れてください!」
「したくないのか?」
ジッと私を見つめる石珀色の瞳。私は「うっ・・・」と言葉に詰まる。
したくないわけではない。そうではない。けど、私たちの気持ちだけで、すぐにできるものではない。私の両親を説得しなければ。
父は、別に頑固ってわけじゃないけれど、世のお父さんたちは、娘の嫁入りに関しては厳しい目を向けてくると聞いたことがある。
というか、当然だけど、鍾離さんを紹介するんだよね・・・? 往生堂の客卿ですって言って、紹介すればいいのか。無職じゃなくてよかった・・・。まさか「岩王帝君です」なんて言えない。不審者扱いされてしまう。
あ、話がズレた。
「したいです。さっきも言いましたけど、私だって愛する人と、永遠の愛を誓いたいです。でも・・・」
「・・・“永遠”か」
うん? アレ? 何に引っかかったんだ? 鍾離さんは、途端に遠い目をした。私のことなんて、見えていないようだ。
鍾離さんは、凡人からは想像もつかないような年月を生きてきた。そして、過去を懐かしむ。別れた友を思っているのだろう。夜、月を見上げながら、ボンヤリしている姿を何度となく見てきた。
いくつもの命の誕生を見守り、いくつもの命が消えていくのを見届けた。夫婦の契りを交わす二人を、何組も見てきただろう。
璃月は契約を重んじる。そしてモラクスは契約の神。違えた時は、岩食いの刑が待っている…らしい。
花嫁が手にしたブーケを放ると、わあ・・・と歓声があがった。女性たちが落下地点へ。見事に一人、キャッチする。
パチパチパチと拍手。幸せいっぱいの集団に、私まで幸せな気分だ。
「これじゃ、大聖堂の中には入れそうもないですね。見てほしかったですけど」
「そうだな。またの機会にしよう」
またの機会? またモンドに来てくれるってこと?
「うん? どうした?」
思わずニコニコしてしまうと、鍾離さんは私を見て、首をかしげた。
「えへへ・・・。鍾離さんも、モンドを好きになってくれたかなー?って」
「・・・それはない」
「ええ!? そんなぁ・・・。やっぱり、璃月が一番ですか?」
「璃月は子供みたいなものだからな。大事だ」
「あーあ・・・。妬けちゃうなぁ」
チラリと結婚式の一団を見やると、パラパラと参列者の人たちが、大聖堂を後にしていた。どうやら、式は終わったらしい。
花嫁さんに、少しだけ声かけられないかな? 祝福のおすそ分け。図々しいか。でも、少しくらいなら・・・。
「鍾離さん、ちょっと花嫁さんの所へ行ってきますね!」
「ああ・・・俺も行こう」
大聖堂の中へ入って行こうとした花嫁さんを、悪いと思いながらも呼び止める。本日の主役は、とても輝いていた。
すごくキレイだ、と告げれば、花のような笑みで「ありがとう」と返された。
「バルバトス様の祝福がありますように・・・!」
「あなたたちにも。フフッ、素敵な恋人ね。お似合いよ」
「え!?」
カァ・・・と頬が熱くなる。新郎新婦は頭を下げると、大聖堂の中へ入って行った。
お似合い・・・私と鍾離さんが・・・。
「・・・やはり思うのだが」
「はい?」
ポツリ・・・鍾離さんが口を開いた。
「お前は先ほど、妬けると言ったが、そんな必要はないぞ」
「え? あ、でも・・・」
「璃月はもう、俺の手を離れた。大事は大事だが、お前の方が大事で・・・愛おしい」
「!!」
予想外の言葉だった。だって…帝君にとって、最も大切なのは・・・。
「“岩王帝君”にとって、一番大事なのは璃月だが、“鍾離”にとって、一番大事なのは、お前だ」
ああ、もう。これ以上、何を望むの? 結婚式なんて、しなくてもいい。ただ、この人の傍で、愛されていたい。
それ以上、私は何も望まない。たった一つのことを除いて。
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