5.どうか世界が彼に優しくありますように

ドリーム小説

 「・・・ココナッツヒツジじゃない・・・ココナッツミルクだ・・・」
 「え」

 七七ちゃんから発せられた衝撃の事実に、私たちは声をあげて固まった。鍾離さんもだ。
 えっと・・・つまり・・・ココナッツヒツジなんてものは、存在しないと。私たちは無駄足を踏んだわけだと。

 「あのね、七七ちゃん。ココナッツミルクは、ココナッツからできるんだよ」

 蛍が教えてやる。七七ちゃん・・・人はこうして成長するんだよ・・・。
 そこへ店主が戻ってきた。しゃべる蛇を首に巻いた・・・にこやかな笑顔だ。どうやら、今までのやり取り、聞かれていたらしい。

 「永生香ですか。では300万モラでお渡ししますよ」
 「さ、300万!? ぼったくりじゃないですか!!」
 「おや、失礼なことをおっしゃるお嬢さんだ」
 「オイラたちに300万なんて、ムリに決まってる! 鍾離なら、もっと支払えないだろ!?」
 「確かに」
 「潔く認めた」

 パイモン、鍾離さん、蛍の掛け合い。いや、今はそれどころじゃないのだ。

 「ここは・・・頼りたくないけど・・・タルタリヤに泣きつくしかないのかな」

 ハァ・・・金持ちって汚い。これ、事情を話さないとダメだよね・・・。いや、ココナッツヒツジのことは言わないでもいいだろう・・・。

 「アハハハハ! ココ・・・ココナッツヒツジって・・・! 君たち、そんなものに振り回されてたの?」

 素直な蛍が事情を全て話してしまい、結果タルタリヤに爆笑された。くそぅ・・・悔しいが、今は黙っているしかない。

 「はあ・・・涙が出るほど笑った。お礼にこの問題は俺が解決してあげよう」
 「頼む」

 タルタリヤは店主さんに交渉を始めた。「必要であれば、ファデュイがココナッツミルクの仕入れ先をリサーチする」なんて余計なことを・・・。でも、七七ちゃんは目を輝かせて、店主さんにすがっていて。

 「わかりました、わかりました・・・。では、特別に299万でどうでしょう」
 「え・・・299万って・・・」
 「ふむ、299万・・・特に気にしたことはないが、普通に考えて300万より1万安くなった」
 「いや、鍾離さん・・・ここは“たったの1万円じゃないかーい!!”って怒るとこですよ・・・」
 「む? そうなのか?」

 ……。なんか、疲れてきた。もういいや、次行こう、次。
 玉京台に戻り、永生香を置く。これで送仙儀式の準備は完了だ。

 「ハァ・・・なんだか疲れたな」
 「ホント。色々あったし」

 パイモンと一緒にハアーとため息。鍾離さんがフッと微笑む。その笑顔に見惚れるが・・・この疲れの半分は、彼のせいでもある。

 「送仙儀式の準備を手伝ってくれたお礼に、馳走を奢ろう」
 「え・・・鍾離さんが?? だ、大丈夫ですか?」
 「安心しろ。今回はちゃんとモラを持っていく」
 「ぜひそうしてください・・・」
 「埠頭近くの三杯酔まで来てくれ。それじゃ、また後で」

 鍾離さんが立ち去っていく背中を見送る。

 「しかし・・・とんでもない男に惚れたもんだなぁ、。世間ズレしてるというか、金について無頓着すぎる」
 「不思議な人だね。、苦労するかも」

 チラリと蛍とパイモンが私を見る。いやいや、何その目は!
 時間を少し潰し、私たちは三杯酔へ。鍾離さんはすでに着いていた。「お待たせしました」と声をかける。「どうぞ」と鍾離さんが空いている席を手で示した。
 お酒を飲むのが当然のようなお店だけど、私たちはお酒が飲めない。酒醸団子を頼んでもらった。
 講談師が天権の凝光の話をし出して・・・あれ・・・? なんか変だ・・・。フワフワする。体もポカポカしてきた。うわ・・・まさか、風邪ひいた?

 「う・・・ううう・・・いい話だねえ・・・凝光さん、みんなに慕われてるんだねえ・・・」

***

 突然、グスッと鼻を鳴らしたに、パイモンがギョッとした。蛍も目をパチクリ。

 「? 酔った?」
 「酔ってませんよ〜! 酔ってるわけ、ないじゃないですかぁ!」
 「酔ってるな」
 「酔ってるね」

 酒醸団子2つで酔ったらしい。どれだけ酒に弱いのか。鍾離が「大丈夫か?」とに声をかけた。

 「だあーいじょーぶですぅ! 私はねぇ・・・西風騎士団の役に立ちたかったんですよぉ・・・。でも、蛍の話を聞いたら、そんな気にならなくなっちゃったのぉ・・・。だってさ、だってさ・・・」
 「完全に悪酔いしてんな」
 「どうしよう?」

 先ほど、凝光の使者である甘雨という少女に、群玉閣という場所に招待されたのだ。これでは行けない。明日にすることにした。夜も更けているし、それが賢明だ。
 だがしかし、手が空いたらしようと思っていたことがあった。がこれでは連れて行けない。

 「俺が介抱する。お前たちは、他にすることがあるだろう? 明日の朝、落ちあうように伝えておく」
 「え? いいの?」 
 「ああ、問題ない」

 鍾離がうなずき、を見る。テーブルに突っ伏し、何やらボソボソとつぶやいていた。

 「・・・がどういう反応するか、見てみたい気もする」
 「パイモン」

 蛍が咎める。パイモンは「悪い、悪い」と苦笑した。
 会計をすませ、蛍とパイモンは夜の璃月港に姿を消す。鍾離はを見やる。眠りこけている彼女を。
 その少女の体を抱きかかえる。フワリ・・・花の香りがする。霓裳花の香りだ。
 の体を抱きかかえ、往生堂への道を歩く。
 さて、目が覚めた時、彼女はどんな反応をするだろうか?
 だが、鍾離はそんなことを気にもしないのであった。