「なぁ、ヴィーノ! 本当に大丈夫かよ」
「大丈夫だって! シンは心配性だなぁ・・・」
「だって・・・こんなの、艦長にバレたら・・・」
「艦長と副長なら、今はミネルバにいないって」
「それはそうだけど・・・」
スタスタと先を歩く整備士の繋ぎを着た少年のあとを、赤い軍服の少年が追いかける。
ヴィーノとシンだ。2人の手には、数本の瓶。中身はアルコール飲料・・・つまり、お酒である。
「たまにはハメ外したい時だってあるじゃん? 戦闘続きだし」
「でも・・・もし、途中で何かあったら・・・」
「駐留してるのに、何かなんてないって。数日間は、ここに駐留してるって話しだし」
不安な表情は隠せない。誰かに見つかったら、と思うと気が気ではないからだ。
あの生真面目な隊長殿に見つかったら、絶対にお叱りを受けるだろうし、シンの恋人だって規律には厳しい。お小言を言われるに決まってる。
「お待たせ〜!」
悩むシンとは対照的に、ヴィーノは楽しそうにシンの部屋に入った。中で待っていたのは、ホーク姉妹とヨウラン、それにレイだ。
「あ・・・レイ、ごめん。なんか、みんなが騒ぎたいって・・・」
そうだった。彼を忘れていた。隊長たちと同じく、真面目一徹なレイが。
「ああ、気にするな」
「え?」
だが、レイの予想外の発言に、シンは目を丸くする。ここでレイが止めてくれれば、大騒ぎになることもない、と踏んだのだが・・・。
「気晴らしは必要だ。それについて、オレはどうこう言うつもりはない」
「え・・・で、でも、レイ・・・」
「オレのことなら、気にするな」
止めてくれないのか・・・と、シンは呆然とする。頼みの綱はこれで切れた。そうとなれば・・・。
「な、なぁ・・・、呼んじゃダメかな?」
「え??」
こうなったら、最後の手段だ。最悪、自分も怒られるとは思うが、事が大きくなる前なら、そこまで彼女の怒らないだろう。
「? あら、いいんじゃない? だって戦闘続きで疲れてるだろうし」
「うんうん、と一緒にお酒が飲めるなんて、うれしいし!」
ヴィーノの満面の笑みに、シンがギロッと睨みを効かせる。途端、ヴィーノが肩を縮ませた。
「じゃあ、ちょっと呼んでくる」
「うん、行ってらっしゃい」
部屋を出て、しめしめ・・・と思った。これで、騒ぎを起こさないですむ。
さて・・・彼女はどこにいるだろうか?
「〜?」
まずは、彼女の部屋へ。呼びかけるも、返答がない。仕方なく、ドア横のタッチパネルをいじり、ロックを解除する。もちろん、解除コードを知っているのは、本人とシン、それと艦長、副長くらいだろう。
ドアが開く。シンはの名前を呼びながら、部屋に入り・・・シャワー室からタオルを体に巻いて出てきたの姿に「うわぁ!」と声をあげた。
「シ、シン・・・!?」
「ごっ・・・ごめんっ!! オレ、別にそういうんじゃ・・・!!」
「落ち着いて。別に怒ってないし」
クルッとに背を向け、必死になって弁解しようとしたシンに、彼女は苦笑しながらそう言った。
「・・・怒ってない?」
「怒らないよ、こんなことで。まあ、入って来たのがシン以外の人だったら、迷いなく発砲してただろうけどね」
「・・・・・・」
恐ろしいことをサラッと言ったような気がする。艦長や副長に対してでも、発砲するのだろうか? いや、艦長は同じ女性だからいいとして、副長は・・・。
そこまで考えて、副長にのこんな姿を見られたら・・・と想像し、ムッとしてしまう。いくら上官とはいえ、恋人のこんな姿を見せるわけにはいかない。絶対に。
「シン? 何か私に用があったんじゃないの?」
「え? あ、そうだ・・・」
すっかり忘れていた。彼女には、してもらいたいことがある。
「あのさ・・・ヴィーノやルナたちと息抜きをしようってことになったんだけど・・・も来ない?」
「息抜き? うん、いいね。私も行っていいなら、行きたい」
「もちろん! みんなの許可を得て、誘いに来たんだし」
「じゃあ、喜んで。待って、すぐに着替える」
「うん」
そう言うと、体に巻いていたタオルを取り払う。臆面もなく、裸をさらしたに、シンは顔を真っ赤にし、慌てて彼女に背を向けた。
「なぁに〜? シンってば。まるで見ちゃいけないもの見たみたいな反応ね」
「だ・・・だって・・・」
「傷つくなぁ・・・なんだか。いつもは、シンが脱がせるのに・・・」
「!!!」
そっと、背中からが抱きついて来る。予想外の展開に、心臓が大きく跳ねる。シンは耳まで真っ赤だ。この状況は、よろしくない。
「あっ・・・あのっ・・・さっ・・・」
「なぁに?」
「み、みんな、待ってるっ・・・から・・・そのっ・・・あまり、待たせるのも・・・」
「少しくらい、いいじゃない? ね、シン」
「っ!!!」
誘うようなの声に、全身に熱が集まる。彼女から誘わせるなんて、こんなの男として失格だ!
「っ!!!」
意を決して、振り返って抱きしめようとした瞬間、がすっ・・・と体を離した。
「・・・え」
「ごめんね、からかって」
「へ・・・」
がクスッと笑い、服を身につけて行く。シンはあ然とし、結果として彼女の裸を長い間見てしまったことにハッと気付いた。
「お待たせ。行こう、シン」
「え・・・あ・・・うん・・・」
まだ少し濡れたままの髪の毛をアップにし、はニッコリ微笑んだ。
を連れ、シンの部屋まで戻れば、友人たちはすでに騒ぎを始めていて・・・シンは呆気に取られた。
「あ、〜! いらっしゃい!」
ルナマリアが笑顔でを手招きする。その手招きに、は彼女の隣に座った。
「どうしたの、これ。どこから調達したの?」
「この前、上陸したときに、こっそりと買ったんだ。、いけるクチ?」
「え〜どうだろう・・・? 飲んだことないからなぁ」
「ちょ・・・ちょっと待って、!!」
ヴィーノからコップを受け取るの姿に、シンが慌てて声をあげ、とヴィーノの間に割り込んだ。
「何、一緒になって飲もうとしてんの!?」
「え・・・だって、息抜きなんでしょ? レイも飲んでるし・・・」
「フェイスのが、そんなんでいいの!?」
「私だって、きつい戦闘こなしてるんだもの。息抜きするな、なんてうるさいことは言わないわよ」
「でも・・・この騒ぎが艦長たちにバレたら・・・」
「その時は、その時よ」
ニッコリ笑うに、シンは言葉を失う。これで、とうとう最後の頼みの綱は切れた。まさか、アスランを連れてくるわけにもいくまい。アスランに頼るのだけは、絶対にイヤだ。
「ほら、シンも飲んだら? これ、甘くて結構おいしいよ」
「う・・・」
今までが飲んでいたコップを、シンに差し出す。
こうなったらヤケだ。何かあったら、誘ってきたヴィーノたちに責任を押し付ければいい。
受け取ったコップの中身を、シンは一気に飲み干した。
「あら、豪快」
「あまり無理しないほうがいいよ、シン。一気飲みなんて危険なんだから」
ホーク姉妹の言葉に、シンは黙りこむ。確かに、今のはちょっときつかった。
「2杯目、いっちゃうか〜?」
ヨウランが楽しそうに声をかける。その隣に座るレイは、静かにゆっくりと酒を飲んでいた。
「あまり無理させちゃダメよ、ヨウラン。ね、シン。少しずつ飲みましょ」
「・・・うん」
カァ・・・と全身が熱くなった。これが酒というものか。
に言われたとおり、少しずつ飲み進めることにした。周りの友人たちは、酒の酔いなのか、もともとのテンションなのかわからないが、騒ぎが大きくなってきた。
「ね〜え、シン?」
「ん?」
隣に座るが、甘えるようにシンにしなだれかかってきた。
「なんだか、気持ちが良くなってきちゃった」
「そう? 少し酔ったんじゃない?」
「そうかも・・・フフフ。お酒なんて、初めて飲んだから」
シンの体に完全に寄りかかってきたの肩を、抱きしめる。
「シン・・・」
がシンを見上げる。その表情に、ドキッとした。目が潤み、唇がキスを誘うように少しだけ開かれていて・・・いつも、夜に見せるの姿だ。そのまま、の手がシンの軍服の襟元に触れる。
「・・・?? だ、大丈夫?」
「うん・・・」
様子がおかしい。ドギマギとするシンの様子など気づくこともなく、が腕を回してシンに抱きついてきた。そこでようやく、友人たちが恋人たちの姿に気づいた。
「ちょ・・・! 何やってんだよ、シン!」
「え・・・!? いや、これは・・・が・・・」
に片思い中のヴィーノが、真っ赤になって声をあげる。彼からしてみれば、うらやましい限りである。
抱きついてきたからは、先ほどシャワーを浴びていたためか、いい香りがした。クラクラしそうだ。
「ねえ、シン・・・2人きりになりたいな・・・」
「えぇ!? いや、だって・・・みんなに悪いし・・・!」
「ダメ?」
甘えるように、シンの胸に指を立て、くすぐるように指を動かすに、一同の視線は冷たいものへと変化する。
「あ〜そう。はシンと2人きりがいいわけね」
「シンもと2人きりになりたいんだろ? ご自由にどうぞ。あ、部屋は使わせてもらってるから、の部屋へどうぞ」
「だから・・・! 別にオレは・・・!!」
「こんなところで、おっ始めるなよ? オレらに見せつけてくれなくていいからな」
ヨウランの冷たい瞳と、ヴィーノの刺すような視線。シンはいたたまれなくなって、慌てて立ち上がると、そのままの体を引っ張り上げ、その場を去った。
ヨウランの言った通り、シンの部屋は宴会会場となっている。の部屋に逆戻りだ。はベッタリとシンの腕に抱きつき、寄りそいながら歩いている。まだ歩けるだけ、ひどく酔ってはいないようだ。
「?」
聞こえてきた声に、心臓がドキッと跳ねた。肩も跳ねていたと思う。恐る恐る振り返った先にいたのは、やはりの幼なじみ。
「あら、アスラン」
「どうしたんだ? 自室で本を読むって言ってたのに・・・」
「うん、ちょっとね。シンとお散歩」
「・・・そうか」
そういえば、まるで自分はいないかのように、の名前だけ呼んだな・・・とシンは先ほどのことを思い出す。アスランの中で、完全に自分は恋敵なのだ。
「なんだったら、今からハンガーに行かないか? セイバー、見てもらいところがあるし」
「ごめん、エイブスさんに頼んでくれる? 私は自分の機体と、シンのインパルスだけで手いっぱいだし」
「・・・そうか」
どうやら、シンからを引き離したかったようだが、彼の作戦は失敗に終わったようだ。じゃあね、アスラン・・・とが手を振り、シンの腕を引っ張って、歩き出す。
「いいの? アスランにあんな態度取って」
「いいのよ。まったく・・・アスランも気が利かないんだから!」
あれ?と思った。シンの腕を引っ張り、スタスタと自室に向かうの足取りは、ひどくしっかりしている。先ほどまで、酔ったような様子だったが、今はそんな様子は微塵も見受けられない。
再びの部屋に入り、が部屋をロックする。クルッと振り返った彼女が、シンの首に腕を回して抱きついてきた。
「ね・・・さっきの続き、しようか?」
「え・・・!!?」
耳元でささやかれた言葉に、シンの顔が真っ赤に染まる。
「だ・・・だ・・・だって・・・ま、まだ・・・昼間・・・!!」
「あら? 時間なんて関係ないでしょ。いいじゃない。ね?」
「で・・・でも・・・」
いつになく大胆なの姿に、シンの心臓は破裂しそうだ。
「イヤなの?」
「え・・・いや、その・・・」
「あ、イヤなんだ?」
「ち、ち、ちが・・・! そ、そういうんじゃなくて・・・」
頭の中が混乱して、言葉もどもってしまう。が迫って来るので、シンは慌てて後ずさりし・・・背中が壁にぶつかった。
「何もそんなに怯えることないでしょ? 童貞みたい」
「なっ・・・!!」
「まあ、私とするまでは、童貞だったわけだけど」
「〜〜っ!!!」
これ以上ない・・・というほど、シンの顔が真っ赤に染まる。ちょっとからかいすぎただろうか。
「な・・・、酔っぱらってるからって、これは・・・!!」
「酔っぱらう? やだ、私ちっとも酔ってないわよ? さっきのは、2人きりになるための、演技」
「2人きりに・・・!? なんで・・・」
「だから・・・さっきから誘ってるでしょ?」
フッとがシンの唇に息を吹きかける。
「シンと、したいから」
「な・・・な・・・何を・・・!?」
「・・・あのねぇ。女にここまでやらせておいて、“何を?”はないでしょ! もう、いいからほらっ!」
そう言うと、がシンの腕をパシッと掴み、グイグイと引っ張った。そのまま、が背中からベッドに倒れ込み、腕を掴まれていたシンの体もベッドに倒れ込む。
「シン、真っ赤になっててカワイイ」
「か・・・からかうなよ!」
「ね、たまにはいいじゃない? 私から誘うのも」
「う・・・で、でも・・・心臓がもたないかも・・・」
「シン、好きよ」
「・・・オレも・・・好きだよ・・・」
クスッと微笑み、がシンの襟を引っ張り、引き寄せる。2人の距離がゼロになった。
「・・・マジでするの?」
「イヤ?」
「・・・イヤじゃ・・・ない・・・」
ああ、どうしてこんなに愛しいんだろう・・・好きって気持ちが溢れて止まらない。
結局、自分はこの1つ年上の恋人に、振り回されてしまっている。だけど、それでいいんだ。自分は、そんな彼女を愛しているのだから・・・。
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