「そんなバカな!! 何かの間違いだ、それはっ!!

 机をバン!と叩き、カガリが声を荒げた。
 だが、目の前の首長たちは、そんなカガリとは反対に、やけに冷静に言葉をかける。

 「いいえ、間違いではありません。大西洋連邦から、“以下の要求が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対するきわめて悪質な敵性国家とし、これを武力をもって排除するも辞さない”と言ってきているのです」
 「そ・・・そんな・・・
!!

 告げられた、地球軍とプラントの前面衝突を予告する言葉に、カガリは愕然とし、発する言葉すら失っていた。


偽者の美しさなんて、いらないのに


 「アレックスさん!」

 シャトルから降りたアスランを待っていたのは、オーブの大使館員だった。今のところ、アスランは“カガリがプラントに送った特使”ということになっている。

 「すみません。・・・状況はどうなっていますか?」

 開口一番にそう尋ねてみると、大使館員は眉根を寄せて首を横に振った。

 「よくはありませんよ。プラント市民はみんな怒っています」

 それはそうだ。何せ地球軍は、今回の“ユニウスセブン落下事件”の首謀者たちを引き渡せ、と言ってきているのだ。当然、その首謀者たちは、シンやアスランが討ち、すでにこの世にいない。それなのに、言いがかりをつけ、プラントを敵性国家、などと決め付けたのだ。

 「議長はあくまでも、対話による解決を目指して交渉を続けると言っていますが・・・それを弱腰と非難する声も上がり始めています」

 エレベーターに乗り込みながら、アスランはその大使館員の言葉に表情を曇らせた。

 「アスハ代表の特使ということで、早急に、と面談は申し入れていますが・・・。この状況では、ちょっとどうなるかわかりませんね・・・」
 「わかりました・・・」

 今現在、プラントの・・・しかも議長ともなれば、大忙しだろう。わかってはいるが、どうしても焦りが出てきてしまう。
 見えてきたプラントの地表に、アスランはため息を吐いた。

***

 《これより私は全世界の皆さんに、非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません》

 突然の大西洋連邦からの緊急声明に、寝入っていたミネルバクルーも警報に叩き起こされた。

 《・・・この事態を打開せんと、我らは幾度となく協議を重ねてきましたが。が、未だに納得できる回答すら得られず、この未曾有のテロ行為を行った犯人グループをかくまい続ける現プラント政権は、我らにとって明らかな脅威であります。よって、先の警告通り、地球連合各国は本日零時をもって、武力によるこれの排除を行使することをプラント現政権に対し、通告いたしました》

 「開戦・・・? そんな・・・」

 シンは呆然とした表情で、モニターに映る男の顔を睨みつけた。
 地球軍の横暴さは、二年前の戦争でもシンはよく知っている。だからこそ、今回のこの発言も、シンには到底納得できるものではない。
 もちろん、それはシンだけでなく、ミネルバのクルーたち全員が思ったことだろう。

 「・・・どうして、またこんなことが・・・」

 ギュッと拳を握りしめ、は眉間に皺を寄せ、つぶやく。
 かつては、自分が身を寄せていた地球軍・・・だが、理不尽な思いをしたのも事実だ。アルテミス要塞でのあの言葉と行動は、には到底許せるものではない。

 「カガリ・・・」

 今頃、胸を痛めているであろう親友の少女を思い、はそっと目を閉じた。

***

 宇宙では、すでに開戦前から準備がされており、巨大戦艦やMSが暗い宇宙の中、戦いのために発進していた。
 その中には、先日のユニウスセブン破砕作業に出たジュール隊もおり、慌しく出撃準備に追われていた。
 再び起こってしまった地球軍・・・ナチュラルとの戦争・・・やはり、彼らと分かり合うなど、無理な話だったのだろうか?
 隊長自ら戦場に赴き、今の愛機であるスラッシュザクファントムに乗り、イザークは相棒のディアッカと共に戦場を駆け巡った。
 その戦闘は、さすがヤキン・ドゥーエを生き抜いたパイロット・・・目を見張るものがあった。
 だが・・・その戦闘の最中、突然もたらされた情報に、イザークたちは激昂する。
 今ここで彼らが戦っている相手は、“囮”だったのだ。地球軍の目的は、別の場所にあったのだ。プラントを・・・再び核で攻撃しようと・・・。
 イザークたちが戻ろうと試みるが、すでに距離は離れており・・・間に合わないと思った。
 だが、核ミサイルが放たれると、プラントの前に鎮座していた巨大戦艦から白い光が放たれ、地球軍の撃った核ミサイルが全て消滅した。
 全ての核ミサイルが消滅したことが告げられると、一同はホッとした表情を浮かべた。
 こうして、プラントが核ミサイルを防いだことにより、恐らく向こうはそう軽々と同じことをしてくることはないだろう。何せ、下手に同じことをすれば、再び自ら白い光にやられることになるのだから。

***

 その頃、アスランはデュランダルのいるビルと同じビルの一室にいた。ここへ到着してから、数時間が経ったが、未だにデュランダルとの面会は許されていない。
 港は閉鎖され、市内には戒厳令が布かれている。どうやら、地球軍との戦闘が外では行われているらしかった。
 同行してくれている大使館員は、先ほどから落ち着きなくウロウロとしており、アスランは小さく息を吐き、立ち上がった。

 「ちょっと・・・顔を洗ってきます」

 洗面所で顔を洗い、頭を冷やし、冷静になろうと務める。鏡に映る自分の顔を見つめ、フッとその脳裏をの笑顔がよぎった。

 ――― 気をつけてね?

 心配そうな表情を浮かべた。確かに、二年間という月日で、彼女は外見的に変わった。あの頃とは違い、確実に“大人の女性”に近付いてきていた。二年前に見せた笑顔も、今では無邪気というよりも、少しだけ色っぽさがあり、アスランの胸を高鳴らせる。
 だが・・・やはり、彼女は彼女のままだ。幼い頃から、自分とキラの後を追って、笑顔を見せて、心配して、泣いて・・・どこも変わっていない。
 変わったのは・・・どこだろう? どこか、気を張りすぎている部分も見えた。何かを必死に成そうとしているように見えた。カガリの手を無意識に握りしめてみたり、彼と共に大気圏突入をし、無事に戻ってきたシンに縋りついて泣いてみたり・・・。

 『シン・・・か』

 あのカガリを憎む紅い瞳の少年は、アスランとキラの大事な少女を愛している。そして、今では彼女の“恋人”だ。
 どこか釈然としないのは、アスランがまだを愛しているからなのか・・・それとも、キラとのことが、すでに“終わった恋”だとは思えないからなのか・・・。
 先日、キラに告げたの所在・・・キラは、にすでに新しい恋人がいることを告げようとすると、アスランのその言葉を遮った。まるで、アスランが何を言おうとしているのか、わかっているようだった。
 二年間・・・そのけして短くない月日で、は新たに大切な人を見つけた。それに対し、彼女の幼なじみたちは、未だに彼女を追いかけていて・・・。
 目を閉じ、首を緩く振り、アスランは自嘲的な笑みを浮かべた。自分も大概、諦めの悪い男だ、と。
 顔を洗い、少しだけさっぱりした気持ちで、アスランは廊下に出た。廊下の向こう、階段の上から人の話し声が聞こえてきた。それは、涼やかな・・・聞いたことのあるよく知った声・・・。

 「・・・ええ、大丈夫。ちゃんとわかってますわ。時間はあとどれくらい?」

 その声に、アスランは階上を見上げ、その後ろ姿に愕然とした。

 「ならもう一回、確認できますわね・・・」

 あの長いピンクの髪と、涼やかな声は・・・かつて、自身の婚約者だった・・・。

 「ラクスっ
!?

 階段の上で二人の男たちと話をしていたピンクの髪の少女は、アスランのその名前を呼ぶ声に振り返った。空色の瞳と、やわらかな面差し・・・傍らには赤い球体・・・アスランがラクスに贈ったハロまでいる。間違いなく、ラクス・クラインだ。
 ラクスはアスランを見つめ、一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、次の瞬間には満面に笑みを浮かべ、階段を駆け下りてきた。

 「アスラ〜ン
!!

 喜びの声をあげ、そのままアスランに抱きついてきた少女を、アスランは反射的に抱きとめた。

 「あぁ、うれしい! やっと来てくださいましたのね
!!
 「あ、え・・・? あ・・・」

 確かに、先日オーブで・・・キラと一緒に子供たちといたところを、アスランは見た。その彼女は、いつの間にここへ・・・?

 「君が・・・どうしてここに・・・?」

 体を離して、アスランは戸惑いがちにラクスに尋ねる。どこか、違和感を覚えたからだ。

 「ずっと待ってたのよ、あたし。あなたが来てくれるのを・・・」

 自分を見つめるその空色の瞳を、アスランはジッと見つめた。
 本当にラクスだろうか・・・? ラクスは、こんな風に自分に接したことはない。婚約者だった時も、いつも笑顔で「ありがとうございます」と告げ、穏やかだった。唯一、彼女が感情をむき出しにしたのは、エターナルでと再会したとき・・・彼女は、の胸に飛び込み、父シーゲル・クラインの死を告げ、涙を流した。
 どこか、ラクスよりも挑戦的なその瞳に、アスランは眉間に皺を寄せた。

 「ラクス様」
 「あぁ、はい。わかりました」

 声をかけられ、ラクスがアスランから離れ、もう一度ニッコリと笑顔を見せた。

 「ではまた・・・。でも良かったわ。ホントにうれしい。アスラン」

 そのままアスランの前を去って行くラクスの背中を、アスランはただ呆然と見送っていた。

 「やあ、アレックス君」

 突然、背後からかけられた声に、アスランは小さく肩を震わせ、振り返った。
 デュランダルが数人の部下と共に、こちらへ向かってきている。

 「あぁ、君とは面会の約束があったね。いや、だいぶお待たせしてしまっているようで、申し訳ない」
 「あ・・・あ、いえ・・・あの・・・」
 「どうしたね?」

 先ほどの“ラクス・クライン”のことを尋ねてみようとしたアスランは、なぜか思いとどまった。そんな彼を、デュランダルが不思議そうな表情で見つめる。

 「いえ・・・なんでもありません」

 どことなく、腑に落ちない表情で、アスランは小さく答えた。
 そのアスランを、デュランダルは少しばかりの笑みを口唇に浮かべて見つめる。
 まるで、何かを・・・アスランの言いたい言葉を知っているかのような、そんな笑みだった。

 ――― ねぇ、アスラン・・・? ラクスって、何が好きなのかなぁ?

 二年前、最愛の少女が笑顔で尋ねてきた言葉を思い出す。

 ――― ラクスは・・・偽りの言葉やものよりも、真実のものが好きなんだよ
 ――― 誰かを騙したり、嘘をついたり、そういうものが嫌いなんだ
 ――― この世界を守りたい・・・そう願う、普通の
16歳の女の子だよ・・・