「ザフトの最新鋭艦ミネルバか・・・。姫もまた、面倒なもので帰国される・・・」

 オーブのドックに入ってくる傷だらけの戦艦を見つめ、前列に立った中年の男が苦々しくつぶやいた。
 このオーブ首長の一人、ウナト・エマ・セイランだ。宰相を務めている。カガリと同じ赤紫のスーツに身をまとい、大きなオレンジ色の眼鏡をかけていた。
 その男の言葉に、隣に立っていた青年が苦笑いを浮かべて言う。

 「仕方ありませんよ、父上。カガリだって、よもやこんなことになるとは思っていなかったでしょうし?」

 軽薄そうなその言葉遣いは、どこか人をバカにした風である。
 ウナトの息子、ユウナ・ロマ・セイランだ。

 「国家元首を送り届けてくれた艦を、冷たくあしらうわけにもゆきますまい。今は・・・」
 「ああ・・・今は、な」

 ウナトは、ドックに入ってくるミネルバを見上げ、意味ありげに息子に言葉を返した。

あなたの背中の向こうにある夕陽があまりに鮮やかで

 昇降用のハッチが開くと、焦ったような表情を浮かべ、カガリがタラップを駆け下り、その後ろをアスラン、そしてタリア、アーサーと続き・・・入り口のところでが足を止めた。

 「カガリっ!」
 「ユウナ?」

 突然、出迎えの集団から一人の男が飛び出し、ギュッとカガリに抱きついた。その様に、がムッとした表情を浮かべる。
 にとって、カガリは大切な大切な親友である。そんな彼女を、こんな人目につく場所で、堂々と抱きしめるなんて・・・。

 「よく無事で・・・! あぁ、本当にもう、君はっ! 心配したよ
!!
 「あ、あ・・・いやっ、あの・・・
!! す、すまなかった!!

 カガリが戸惑った声をあげるが、ユウナはそれに構わず、カガリの髪に頬を寄せる。そんな様を、タリアとアーサーはあ然として見守り、アスランはハァとため息。はユウナを睨みつけていた。

 「これ、ユウナ。気持ちはわかるが場をわきまえなさい。ザフトの方々が驚かれておるぞ」
 「ウナト・エマ!」

 声をかけてきたユウナの父に、カガリが表情を一変させる。

 「お帰りなさいませ、代表。ようやく無事な姿を拝見することができ、我らも安堵いたしました」

 ユウナの抱擁から逃れたカガリに、ウナトが恭しく言葉をかけた。

 「大事の時に不在ですまなかった。留守の間の采配、ありがたく思う」

 笑顔を浮かべた後、カガリは表情を変えて尋ねる。

 「被害の状況など、どうなっているか?」

 アスランは再びため息をつき、チラリと後方に立つ幼なじみに目をやり、思わずギョッと目を見開いてしまう。の表情が、ものすごいことになっている・・・。

 『マズイな・・・あの顔は・・・』

 まだ彼らが共にコペルニクスに住んでいた頃・・・彼女はあの表情を見せたことがあった。
 あれは確か・・・キラが他の女の子と仲良くしていたのを見つけて、噴火する直前の顔ではなかったか? 眉間に皺を寄せ、口唇をヘの字にし、ギュッと拳を握りしめる・・・変わっていない幼なじみの感情表現に、アスランは思わず口元を緩めてしまった。
 フト、ウナトたちの視線がこちらへ向けられ、アスランは慌てて表情を引き締めた。

 「ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
 「同じく、副長のアーサー・トラインであります」

 視線に気づき、タリアとアーサーが敬礼をし、名乗りを上げる。

 「オーブ首長国宰相、ウナト・エマ・セイランだ。この度は代表の帰国に尽力いただき、感謝する」
 「いえ、我々こそ不測の事態とはいえ、アスハ代表にまで多大なご迷惑をおかけし、大変遺憾に思っております。また、この度の災害につきましても・・・お見舞い申し上げます」
 「お心遣い痛み入る。ともあれ、まずはゆっくりと休まれよ。事情は承知しておる。クルーの方々もさぞお疲れであろう」
 「・・・ありがとうございます」

 タリアの言葉に、ウナトは視線をカガリに戻し、その背を押して促す。

 「ひとまず行政府の方へ・・・。ご帰国早々申し訳ありませんが、今はご報告せねばならぬことも多くございますので・・・」
 「あぁ・・・わかっている」

 歩き出すカガリの肩を、ユウナが抱いて歩き出し、わざとらしい笑みをアスランに向ける。
 カガリは慌てて背後の親友を思い出し、振り返って視線を向けるが・・・ムスッとした表情の彼女に、思わず言葉を失ってしまった。

 「ああ、君も本当にご苦労だったね、アレックス。よくカガリを守ってくれた。ありがとう」

 カガリの視線の先を勘違いしたのか、ユウナがアスランに向け、高慢な口調で告げる。

 「・・・いえ」
 「報告書などは後でいいから、君も休んでくれ。後ほどまた、彼らとのパイプ役など頼むかもしれないし」

 そのまま、戸惑った声をあげるカガリを無視し、歩き去っていくユウナの背中を、が刺すような視線で睨みつけていたことを、彼は知らない。

 「・・・アスランッ
!!!
 「うわっ
!!

 カガリたちの一団が姿を消すと、途端にが大声でアスランを呼び、ツカツカと彼のもとまでやって来た。

 「どういうことよっ
!!? 今のはっ!!!
 「ど、どういうことって・・・」
 「何なの
!? あの男っ!! あのニヤケ男よっ!!!
 「・・・落ち着け・・・」
 「これが落ち着いていられますかっ
!!!?

 アスランに食って掛かるの様子に、タリアもアーサーも、後ろにいた護衛のザフト兵も、呆気に取られてしまった。
 だが、アスランはどうやら慣れているらしく・・・ハァ〜とため息をつくだけだ。

 「彼は・・・宰相であるウナト・エマ・セイランの息子、ユウナ・ロマだ。カガリの・・・一応婚約者ということになっている」
 「婚約者
!? 誰が決めたのよっ! そんなことっ!!!
 「誰がって・・・彼女の父親じゃないのか?」
 「ウズミ様がそんなことなさるはずないでしょ
!? あぁ〜っ!!! もうっ!!
 「・・・お前がカガリを大切にしているのは、わかるが・・・彼はオーブの・・・」
 「もういいわっ! もう何も聞きたくない
!! こっちだって忙しいんですからね! あなたの相手なんてしてられませんよ!!!
 「・・・呼び止めたのは、お前だろうが」

 相変わらず、キレると傍若無人なんだから・・・アスランは心の中でつぶやくと、迎えに来ていた車の方へ向かい、その後部座席に座り込むと、深い深いため息を吐いたのだった。

***

 「なんだとっ
!?

 叫び声と共に、カガリは机をバン!と叩き、立ち上がった。

 「大西洋連邦との新たなる同盟条約の締結? 一体何を言っているんだ、こんな時にっ!! 今は被災地への救援、救助こそが急務のはずだろう!」
 「こんな時だからこそ、ですよ・・・代表」

 驚愕の声を上げるカガリを、首長の一人が冷ややかに見守る。

 「それにこれは、大西洋連邦との、ではありません。呼びかけは確かに大西洋連邦から行われておりますが、それは地球上のあらゆる国家に対してです。約定の中には無論、被災地への救助、救援も盛り込まれておりますし、これはむしろ、そういった活動を効率よく行えるよう、結ぼうというものです」
 「いや、しかし・・・」

 言葉を濁すカガリに、ウナトが深々とため息を吐いた。

 「・・・ずっとザフトの戦艦に乗っておられた代表には、今一つご理解いただけてないのかもしれませぬが・・・地球が被った被害は、それはひどいものです」

 ウナトが目の前に置かれているコンピューターを操作すると、カガリの目の前のモニターには、各地の様々な惨状を映し出す。そして・・・ユニウスセブン落下の生々しい爪痕・・・。

 「・・・そして、これだ」

 ウナトの苦々しげな言葉と共に、映し出された映像を目にし、カガリは息を飲んだ。それは、ユニウスセブンを落とした、あのジンの映像だったのだ。

 「我ら・・・つまり地球に住む者たちは皆、すでにこれを知っております」

 映し出されていく映像に、カガリは呆然としてしまう。いずれも克明に、あのジンたちがユニウスセブンを落とした映像が映っていたのだ。

 「こんな・・・こんなものが、一体何故・・・
!?

 つぶやいてハッとする。あの時、あの宙域にはミネルバ以外の戦艦がいた・・・“ボギーワン”だ。

 「大西洋連邦から出た情報です」

 ユウナのやけに冷静な声音が、カガリの心を刺激する。

 「だが、プラントもすでにこれは真実と大筋で認めている・・・。代表もご存知だったようですね?」
 「だがっ・・・! でも、あれはほんの一部のテロリストの仕業で、プラントは・・・っ!」

 今にも泣き出しそうだが、グッと堪え、カガリは言葉を発する。

 「現に、事態を知ったデュランダル議長やミネルバのクルーは、その破砕作業のために全力を挙げてくれたんだぞ! だから・・・だからこそ、地球はっ・・・
!!

 アスランも、も、
MSに乗ることは二度とすまいと誓ったのに・・・それなのに・・・。

 「それも、わかっています。だが、実際に被災した何千万という人々に、それが言えますか? 通じますか?」

 ユウナの言葉に、カガリは言葉を飲み込んだ。それに畳み掛けるように、ユウナは言葉を続ける。

 「あなた方は酷い目に遭ったけど、地球は無事だったんだから、それで許せ・・・と?」
 「これを見せられ、怒らぬ者など、この地上にいるはずもありませぬ」

 ユウナとウナトの言葉は、カガリを叩きのめす。ギュッと口唇を噛み、カガリは必死に涙を堪えた。

 「幸いにして、オーブの被害は少ないが・・・だからこそなお、我らは慎重であらねばなりません・・・。我らは誰と痛みを分かち合わねばならぬ者か・・・。代表もどうかそれを、くれぐれもお忘れなきように・・・」

***

 「ええ、そうね。スラスターや火器は、できればここで完全に直してしまいたいところだわ」

 タリアはミネルバの艦体を見上げながら、傍らのマッド・エイブスに頷きかける。

 「せっかく少し時間あるんだし、モルゲンレーテから資材や機器を調達できれば、何とかなるでしょう?」
 「ええ、まぁそれは・・・しかし、問題は装甲ですねぇ・・・」
 「・・・だいぶひどい?」

 タリアとエイブスが会話を交わしていると、一台の車が格納庫に入ってきた。
 一人はモルゲンレーテの制服に身を包んだ女性。そして、もう一人は作業服に身を包んだ精悍な顔つきの男だった。

 「じゃ、しょうがないわ。装甲は損傷のひどいところだけに絞って。あとはカーペンタリアに入ってから・・・」
 「それはお手伝いできると思いますけど?」

 かかった声に、タリアは振り返って声をかけてきたその女性を見つめた。

 「船・・・戦闘艦はとくに、常に信頼できる状態でないと、おつらいでしょう? 指揮官さんは」
 「あなたは?」

 タリアの背後にいたアーサーが、鼻の下を伸ばしたのを横目で睨みつけ、タリアが尋ねる。

 「失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリア・ベルネスです。こちらの作業を担当させていただきます」

 スッと差し出された握手の手に、タリアは一瞬だけ躊躇したが・・・差し出されたその手を握った。

 「ミネルバ艦長のタリア・グラディスよ」
 「よろしく」

 ニッコリ微笑みかけるマリアに、タリアも微笑み返した。

 「グラディス艦長!」

 そこへ、少女の声がタリアを呼び、視線をそちらへ向ければ、整備服に身をまとった漆黒の髪の少女が手にファイルのようなものを持って駆け寄って来た。

 「あの・・・」

 少女が、マリアを認めた瞬間、まるで何かに気づいたかのように、言葉を止め、目を丸くした。
 マリアの方も、少女の姿に一瞬驚きはしたが、すぐに笑みを浮かべ、何事もなかったかのように装った。

 「どうしたの? ・・・」
 「あっ・・・お話中にすみません。えっと・・・イ、インパルスの整備が終わったので、艦長とエイブスさんに報告を、と思いまして」
 「そう。ご苦労様・・・。大気圏突入なんてして、かなりインパルスもボロボロだったでしょう?」
 「ええ・・・そうですね・・・」
 「パイロットの方も、ボロボロなんじゃない? そちらの整備もよろしくね? あなたにしか、できないんだから」
 「・・・は、はい」

 照れくさそうな笑みを浮かべる目の前の少女に、タリアはそっと微笑んだ。

 「それでは、失礼します」
 「ええ」

 敬礼をし、去っていくその背中を見つめ・・・マリアはつぶやく。

 「彼女は・・・? ずい分と若い子のようだけど・・・」
 「ミネルバの、最新型
MSの専属整備士よ。どうして、あの子が選ばれたのか、最初は疑問だったけれど・・・今では納得できるわ」

 それはきっと、彼女が“青空の聖域”として名を馳せていたから・・・とは、タリアはマリアに告げることは出来なかった。
 だが、マリアと、共に来た男は、どこか安心したような表情を浮かべ、遠ざかる背中を見つめていた。

***

 と別れ、オーブの自身の家へと戻ったアスランは、シャワーを浴びるとそのまま自分の車に乗り、海岸沖を走った。
 やがて、海岸にいくつかの人影を見つけ、アスランは車を止めると、クラクションを鳴らして知らせた。

 「あ、アスラン!」
 「違うよ! アレックス!」
 「アスランだよっ
!!
 「ねぇ、カガリは
!?

 車から降りたアスランに、数人の子供たちが一斉に群がり、言葉を発した。アスランは子供たちにもみくちゃにされながら、向こうからゆっくりとやって来た二人に目をやった。
 風に吹かれるピンク色の長い髪を、片手で押さえ微笑む少女と、その後ろからやって来る、まだ幼さを残した、褐色の髪の少年・・・。

 「アスラン・・・」

 幼なじみの少年に、名前を呼ばれ、アスランはフッと笑んだ。その脳裏に、先ほどまで一緒だったもう一人の幼なじみの姿が浮かぶ。

 「お帰りなさい、大変でしたわね」

 穏やかな声で、かつてのプラントの歌姫、ラクス・クラインがアスランに声をかけた。

 「君たちこそ・・・。家、流されてこっちに来てるって聞いて・・・大丈夫だったか?」

 アスランの問いかけには、少年でもラクスでもなく、子供たちが答えた。

 「そー、おうち、なくなっちゃったの!」
 「見てないけど、たかなみってのが来て、壊してっちゃったって! バラバラ
!!
 「しばらくひみつきちに隠れてたんだぜっ!」
 「あたらしいのできるまで、おひっこしだって」

 捲くし立てるかのように言葉を発する子供たちに、アスランは困惑気味ながらも、先ほどの黒髪の少女を思い出してしまう。

 「あらあら、ちょっと待ってくださいな、みなさん。これではお話ができませんわ」

 ラクスの配慮で、子供たちは皆彼女と共に海岸に降りる。

 「キラは先に行ってくださいな〜! わたくしは子供たちと浜から戻りますわ〜
!!

 ラクスの声に、少年・・・キラ・ヤマトは手を振って彼女に応える。そのキラの肩に、メタリックグリーンの小鳥が翼を広げて舞い降りた。子供の頃、アスランがキラに造ってやったペットロボットのトリィだ。

 「・・・カガリは?」

 車の助手席で、キラは運転をする傍らの親友に尋ねた。

 「行政府だ。仕事が山積みだろう」

 そう答えながらも、アスランの脳裏には幼なじみの少女の顔が離れない。
 彼女は結局、アスランの手を取らなかった。キラに会いに行かないのか?という問いかけに、けして首を縦に振らなかった。それはつまり・・・キラを拒絶したことになる。
 その事実を、彼に告げていいものなのか、どうか・・・。

 「・・・あの落下の真相は、もう、みんな知ってるんだろ?」

 やはり、言い出せず・・・アスランは別の話題を切り出す。

 「うん・・・」

 それに、キラは素直に答えた。

 「・・・連中の一人が言ったよ。“撃たれた者の嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ、お前らは”・・・って」

 その言葉に、キラが驚いてこちらを見る。

 「戦ったの?」
 「ユニウスセブンの破砕作業に出たら、彼らがいたんだ」

 しばらく走ると、ほどなく閑静な邸宅が見え、アスランはその手前に車を止めた。だが、しばしハンドルに手を置いたまま、黙り込む。

 「・・・あの時、オレ聞いたよな。やっぱり、このオーブで・・・」

 やがて、アスランが再び口を開く。キラが、こちらを向いたのを気配で感じた。

 「・・・オレたちは本当は、何とどう戦わなきゃならなかったんだって・・・」
 「・・・うん」
 「そしたら、おまえ言ったよな・・・“それもみんなで一緒に探せばいい”って」
 「うん・・・」
 「でも・・・やっぱり見つからない・・・」

 苦痛の声をあげるアスランの肩に、キラがそっと手を置いた。
 アスランの脳裏に、何度もの顔が蘇り・・・の言葉が蘇る。

 ――― 私は、キラを裏切った
!!!

 ギュッとハンドルを握りしめ、キラの顔を見ないようにして、アスランは言葉を吐き出した。

 「・・・ミネルバで・・・」
 「え?」
 「・・・ミネルバで、に会ったよ・・・」
 「
!!!?

 気配で、キラが息を飲んだのがわかった。それだけ、アスランの言葉は衝撃的だったのだ。

 「今は・・・あの艦で・・・整備士として、生活している」
 「・・・・・・」
 「キラ・・・には・・・」
 「元気だった? は。無理、してなかった?」

 アスランの言葉を遮るように、キラが微笑みを浮かべながら声をかけた。キラもどこか、わかっていたのかもしれない。彼女は・・・もう自分の隣にいてくれないことを・・・。

 「・・・あぁ、元気だったよ。さっきも怒鳴られてきた」
 「そう・・・」

 キラはそっと目を閉じた・・・まるでの姿を思い浮かべるかのように・・・。

***

 ミネルバの自室で、シンは妹の形見となったピンク色の携帯電話を開いていた。この携帯電話を見るたびに、家族や大事だった妹のマユのことが鮮明に思い出される。
 あの日・・・オノゴロで、避難をしていた自分たち家族の頭上を通り過ぎて行った機体・・・白いボディに青い可変翼のついた・・・。
 ギュッと目を閉じ、脳裏に浮かんだ家族の最期を必死に頭から追い出した。
 それと同時に部屋のドアが開き、中にレイが入ってくる。レイは無言のままダークレッドの軍服を脱ぐ。

 「・・・上陸、できんのかな?」

 シンのその言葉に、レイは「さぁ」と答え、シャワールームへと姿を消した。

***

 「アスラン!」

 キラたちのもとから戻り、モヤモヤした考えは拭えずにそのまま眠りにつき、翌朝・・・朝食を終え、モニターに映るニュースを眺めていたアスランのもとへ、カガリが慌しそうな様子でやって来た。

 「おはよう」

 そんなカガリの姿に、アスランは淡白に声をかけ、すぐさまコンピューターの画面に目を戻した。

 「昨日はすまなかった! あの後もずっと行政府で・・・あぁ、今日も朝からずっと閣議になるから、ゆっくり話もしてられない・・・あのっ・・・!」
 「いいよ、わかってる。気にするな」

 カガリは、昨日のの態度を聞こうと思ったのだが、アスランは予想外に冷たい声で言葉を返す。

 「それより、どうなんだ? オーブ政府の状況は」

 話題を変えるが、途端に言葉を途切れさせたカガリに、アスランが視線を向けると、どこか釈然としない表情が彼女の顔を覆っていた。

 「・・・そうか」
 「・・・今は、情勢がああ動くのも、仕方ないかとも思う。他と比べれば軽微だろうが、オーブだって被害は被った。首長たちの言うことはわかる・・・。けど! 痛みを分かち合うって・・・それは、報復を叫ぶ人たちと一緒になって、プラントを憎むってことじゃないはずだ!」

 カガリのその正しく、真っ直ぐな意見に、アスランはフッと微笑んだ。
 アスランの愛する少女が、体を張って守ろうとした少女・・・。にとっては、カガリもラクスも、同じくらいに大切な親友だ。なぜ、が彼女たちを守ろうとしていたのか・・・それは、こうして一緒にいるようになって、よくわかるようになった。
 そして・・・アスランは、昨夜一晩悩んだ結果を言葉にした。

 「オレは、プラントに行ってくる」

 アスランの言葉に、カガリが目を見開く。

 「オーブがこんな時にすまないが・・・オレも一人、ここでのうのうとしているわけにはいかない」
 「アスラン・・・けどおまえ、それは・・・」
 「プラントの情勢が気になる。デュランダル議長なら・・・よもや最悪の道を選んだりはしないと思うが・・・」

 窓の外を見つめ、アスランはつぶやく。カガリは、そんな友の横顔を、静かに見つめていた。

 『・・・やっぱり、言ってから行くべきだよな』

 アスランの脳裏をよぎるのは、現在このオーブに身を寄せている幼なじみの少女のこと。
 だが・・・彼女はなんと言うだろうか?

 「アスラン・・・
!!
 「やぁ・・・

 カガリにプラントへ行く旨を伝え、そのまま荷物を持って、アスランはミネルバを訪れた。
 は、突然私用で訪れたアスランに、驚いたような嬉しそうな表情を浮かべ、駆け寄ってきた。

 「どうしたの? ビックリしちゃった。荷物持ってるけど・・・どっか行くの
??
 「あぁ・・・プラントへ、行くことにした」
 「えっ・・・
!?

 やはり、か。は驚愕に目を見開き、言葉を失ったようだ。
 そんな幼なじみの少女に笑みを向け、アスランは口を開く。

 「プラントの情勢が気になるし・・・それに何より、未だに父の言葉に踊らされている人もいるんだ。オレが・・・オレも何か手伝えることがあるのなら・・・アスラン・ザラとしてでも、アレックス・ディノとしてでも・・・」
 「・・・アスラン」
 「このまま、プラントと地球がいがみ合うようなことになってしまったら・・・オレたちは一体今まで何をしてきたのか、それすらわからなくなってしまう!」
 「でも・・・カガリは・・・」
 「彼女なら大丈夫だ。行政府にいるうちは、な。それに、ここにはキラもラクスも・・・」
 「・・・マリューさんも、いるものね」

 の言葉に、アスランは驚いたようだ。が、“マリュー・ラミアス”の姿に気づいているとは思わなかったのだ。

 「昨日・・・モルゲンレーテで会ったわ。ビックリしちゃった。艦長は私のこと、“”って呼んでたから、マリューさんもビックリしたかもね」
 「・・・そうだな」
 「そっか・・・アスラン、プラントに行くんだね・・・。アスランなら、心配いらないと思うけど・・・でも・・・」

 俯けていた顔を上げると、の漆黒の瞳が少し潤んでいて・・・。

 「気をつけて・・・行って来てね? 必ず、カガリのもとに、戻ってきてあげてね?」
 「・・・」

 自分の身を案じ、涙さえ浮かべてくれる最愛の少女に、アスランは無意識のうちに手を伸ばし、彼女の体を抱きしめていた。

 「・・・こんなことして、シンに怒られるかもしれないけど」
 「え・・・?」

 アスランが上着のポケットを漁り、そこから何かを取り出すと、彼女の右腕を取り、その何かを手首にくぐらせた。
 見れば、それはシルバーのブレスレットで・・・アスランの瞳と同じエメラルドの小さな石がいくつが飾られたシンプルな作りのものだった。

 「アスラン・・・」
 「邪魔になるようだったら、外してくれて、構わない」
 「ううんっ! 大事にする! 大切にするね・・・
!!

 の輝かんばかりの笑顔に、アスランも笑みを返し・・・そして、そっと彼女の額に口付けた。

 「っ
!!!

 お互いに顔を真っ赤に染め、アスランはから視線を逸らした。

 「・・・気をつけてね?」
 「あぁ・・・も、がんばれよ」

 笑顔で手を振り、はアスランの背中を見送った。

***

 アスランを見送り、しばらくしてから、は街に出かけるメイリンやヴィーノたちを送り出し、そして意を決して自室に戻った。
 今まで着ていた整備士の制服を脱ぎ、エメラルドグリーンに黄色のレースのついたキャミソールと、黒の膝丈ミニスカートに着替えると、部屋を出てシンの部屋へ向かった。

 「シン? いる
??
 《・・・何?》
 「あのね・・・イヤだったら、いいんだけど・・・その・・・街に、行かない?」
 《・・・・・・》
 「シン?」

 やはり、まだ心の整理はつかないのだろうか。はフゥと短くため息をつき、謝罪の言葉を告げようとするが、それとほぼ同時にドアが開き、いつものダークレッドの軍服ではなく、私服のシンが姿を見せた。

 「あ・・・」
 「ごめん・・・気遣わせて・・・」
 「ううんっ
!! そんなこと、ない。ね? アーモリーワンで出来なかったデート、しない?」

 の笑顔に、シンもつられるように笑顔を浮かべた。
 そして、二人はミネルバを出ると・・・少しだけ重い足取りで、オーブの街へと歩き出した。
 知らず知らずのうちに、港までの道を歩いていて、フト気づけば・・・あの日、シンが家族を喪った場所にたどり着いていた。
 そこは、すでに様相を変えていた。アスファルトは石畳の遊歩道に、港への斜面は芝生に覆われ、規則的に花が植えられた公園になっていたのだ。
 シンはその公園内を静かに見つめ・・・どこかで買ってきたのか、が差し出してきたドリンクに手を差し伸べ、それを受け取った。

 「・・・公園、だね」
 「うん」
 「シン・・・? 無理、しないでね? つらいなら・・・泣いていいし・・・もう帰る?」
 「いや・・・もう少し・・・」

 フト、シンの視線が公園内から海辺の方へと移った。そこには、小さな石碑があり、その前には人影があった。黒い服に身を纏った、少年だろうその後ろ姿・・・。

 「あ・・・」

 思わず、の口から声が洩れる。慌てて口を塞ぐが、シンはそんなには気づかなかったようだ。一歩、石碑に向かって歩き出す。

 『どうして・・・どうして、こんな所に・・・
!!? どうして、あなたが・・・』

 心臓がバクバクと音を立てる。まるで、耳のすぐ横に心臓が移動したみたいだ。
 後ろ姿でも、すぐにわかる・・・忘れられるはずがない・・・もう何度、彼を想って泣いただろうか? 忘れられない胸の疼きに、戸惑っただろう?

 『振り返らないで・・・お願いだから・・・振り返らないでっ・・・キラ・・・
!!

 キュッと胸の前で拳を握りしめ、心の中で叫ぶ。
 だが・・・まるで、そんなの心の声が聞こえたかのように、石碑の前に立つ少年が、ゆっくりと振り返った。
 褐色の髪と・・・アメジスト色の瞳・・・少女のような容貌・・・二年前よりか、幾分か男らしくなった彼が、そこに立っていた。
 だが、キラの視線はではなく、シンに向けられていて、自分には気づいていないようだ。

 「・・・慰霊碑、ですか?」

 何故だかわからないが・・・シンは、少年に声をかけていた。

 「うん・・・そうみたいだね・・・」

 穏やかな声が、シンの問いかけに言葉を返す。そのあやふやな物言いに、シンは相手を見やる。

 「よくは、知らないんだ・・・僕も、ここへは初めてだから・・・自分でちゃんと来るのは・・・」

 彼が奪ったかもしれない幾つかの命・・・が奪ったかもしれない、幾つかの命・・・それらを追悼するため、ここに慰霊碑が建てられたらしい。そして、それは・・・キラ自身、聞かされてはいたけれど、こうしてやって来たのは初めてだという。
 どうして・・・どうして初めて来たというこの場所で、彼と出会わなければならないのだろう・・・?

 「せっかく花と緑でいっぱいになったのに、波をかぶったから、また枯れちゃうね・・・」
 「・・・誤魔化せないってことかも」

 低い声で、つぶやかれ、キラは「え?」と声をあげ、シンを見つめた。

 「いくらキレイに花が咲いても、人はまた吹き飛ばす・・・
!!
 「き・・・み・・・?」

 再びシンを見つめるキラの視界に・・・今までは気づかなかったが、少女の姿を捉える。
 少女は・・・漆黒の髪と、漆黒の瞳をしていて・・・呆然と、自分を見つめていた。その少女を、キラは知っている・・・彼女は・・・彼女は・・・
!!

 「
こんなに冷たい帳の深くで・・・

 聞こえてきた歌声に、キラがハッと我に返った。同時に、シンも我に返ったのだろう。

 「すみなせん、変なこと言って・・・」

 やって来たピンクの髪の少女に、は再び呆然とし、シンがこちらに歩み寄って来ていることにすら、気づかなかった。

 「・・・行こう、
 「え・・・あ・・・うん・・・」

 立ち尽くすのもとまで歩き、静かに告げると、シンはキラたちに背中を向けて歩き出す。
 はゆっくりと・・・まるで何かに怯えるかのように、一度だけ慰霊碑のある方を振り返った。
 そこにいたのは、確かにのもう一人の幼なじみ・・・二年前、彼女が心から愛した少年で・・・少年の傍らに立つ少女は、の大切な大切な親友・・・。

 『キラ・・・ラクス・・・っ
!!!

 名前を叫びたい衝動に駆られた。だけど、呼べない。今ここで、シンの前で、キラの名前を叫ぶことなど、できない・・・。

 「・・・・・・やっと・・・会えたね・・・」

 キラの小さなつぶやきは、遠ざかる背中にはけして届かない・・・。

 少年の背中の向こうにある夕日は・・・あまりにも鮮やかで・・・あなたを裏切った私には・・・とてもとても眩しかった・・・。