「降下シークエンス、フェイズ・ツー」

 その言葉に、タリアはギリッと歯噛みする。

 「インパルスと彼のザクは?」
 「ダメです! 位置特定できません・・・
!!

 タリアが語気荒く尋ねると、メイリンは泣き出しそうな声で告げた。

 「アスラン・・・
!!

 後部シートにいたカガリが、祈るような声をあげる。

 「・・・シン・・・
!!

 同じ頃、
MSデッキのザクのコックピット部で、がギュッと胸の前で拳を握りしめ、恋人の名前をつぶやいていた。


長く伸びた髪、それは鎖のように重くて


 「間もなくフェイズ・スリー!」

 告げられる言葉に、アーサーが困惑した表情をタリアに向ける。

 「・・・砲を撃つにも限界ですよ、艦長!」
 「しかし、インパルスとザクの位置が・・・
!!
 「特定できねば、巻き込みかねません!」

 大気との摩擦によって、センサーが障害を起こし、その小さな二機の
MSはこちらからでは位置の特定ができないのだ。
 だが・・・このままでは、ユニウスセブンはその大きな岩塊を、地球の大地に埋めることになる。

 「・・・タンホイザー起動」

 タリアのその凛とした声に、ブリッジにいたクルーたちが息を飲んだ。

 「ユニウスセブンの落下阻止は、何があってもやり遂げねばならない任務だわ」

 全てを振り切るように、タリアはきっぱりとそう告げた。

 「照準、右舷前方、構造体!」

 インパルスとザクの位置が特定できないまま、主砲を撃つということは、つまり・・・彼らが死んでも構わないと告げるのと同じで・・・。

 「タンホイザー照準、右舷前方、構造体」

 火器管制官のチェン・ジェン・イーがタリアの言葉を復唱する。
 その様子を、カガリは口唇を引き結び、見つめていた。
 信じているのだ・・・アスランを・・・。そして、こうしなければならない理由も、きちんと理解しているのだ。
 艦首が開き、陽電子砲の砲口が姿を見せる。ノイズの入ったモニターには、灼熱の大地が映し出されている。
 それを見据え、タリアは決然と号令を下した。

 「・・・てぇーっ
!!!

 巨大な砲口から、陽電子の渦が迸り、灼熱の大地のかけらを撃った。
 二人の少年がそこにいないことを、タリアは心の中で祈っていた。

***

 シェルターへと避難を続ける地球上の人々・・・。混乱の極みに達した人々は、中には自ら命を捨てようとする者もいた。
 孤児院のあったオーブのその場所も、今では子供たちの姿はなく・・・皆、シェルターへと避難していた。

 「ねぇ、いつまでここにいればいいの?」
 「大丈夫・・・すぐに行ってしまいますからね・・・」

 泣き出しそうな子供たちを、それぞれ両脇に座らせ、かつてのプラントの歌姫・・・ラクス・クラインは優しくそう声をかけた。
 その言葉の直後、聞こえてきた轟音に、とうとう子供たちからすすり泣きが聞こえてきてしまう。
 キラも、子供たちを抱き寄せ、優しく微笑みかけるが泣き出した子供が現れると、それに感染するように泣き声が広がっていった。
 どうすることもできず、焦りだすキラの耳に、微かに歌声が聞こえてきた。

              
こんなに冷たい帳の深くで
               貴方は一人で眠ってる
              祈りの歌声 淋しい野原を
               小さな光が照らしてた

                貴方の夢を見てた
               子供のように笑ってた
                 懐かしくまだ遠く
                それは未来の約束

                 いつか緑の朝に
                いつか辿り着けると
                冬枯れたこの空を
                 信じているから
                 
Fields of hope

 砕かれたユニウスセブンの破片は、流星のように地球の大地に降り注ぎ、その青い星を傷つけていく。
 ジャングルに、砂漠に、海に、そして・・・人々の住む街にも降り注ぐ。
 落下地点は一瞬のうちに炎に飲まれ、衝撃波が円形に広がって周囲にある全てのものをなぎ倒していく。
 巨大なキノコ雲が立ち上り、灼熱したガスを大気中に撒き散らした。巻き起こされた高波が、津波となって大地を飲み込んだ。
 それでも・・・ラクスの歌声は、静かに穏やかに・・・シェルターの中に響いていた。

***

 「突入角度調整、排熱システムオールグリーン・・・自動姿勢制御システムオン、
BCSニュートラルへ・・・」

 キーボードをせわしなく叩き、シンは辺りに気を配る。
 インパルス自体は大気圏突入も可能な機体だが、それでも、コックピット内の温度は確実に上昇している。

 「あの人は・・・?」

 シンが捜しているのは、アスラン・ザラの乗ったザクだ。ザクも大気圏突入可能な機体だが、今の彼の機体は損傷しているのだ。どんなことになるか、わからない。

 「・・・
!!

 見つけた・・・! かなり下方に位置しているが、今のところ、機体に異常はないようだ。

 「アスラン・・・アスランさんっ
!!

 必死に呼びかけると、ザクに近付こうとする。このままでは、降下スピードによって海面に叩きつけられてしまう。

 《・・・シン、君か
!?
 「待ってください、今そっちに・・・」

 返ってきた言葉に、シンはホッと胸を撫で下ろし、そのままザクの元へ下りていく。

 《よせ! ・・・くらインパルスの・・・でも・・・二機分のエネルギーは・・・》

 通信が途切れるが、それに構わず、シンは空中でアスランのザクを背後から抱え込んだ。

 「どうしてあなたは、いつもそんなことばっかり言うんですか!? 言ったじゃないですか! あなたがいなくなったら、が悲しむって
!!
 《・・・じゃあ、何を言えばいいんだ?》
 「・・・“オレを助けろ、コノヤロー!”とか」
 《・・・その方がいいのか?》
 「いいえ! ただの例えですっ
!!

 淡々と返されるアスランの言葉に、シンはムスッとした口調で答えた。

 「それに・・・だったら、こう言いますよ・・・。“一緒に生きよう!”って」
 《・・・・・・》
 「あんた、幼なじみのくせに、のこと何もわかってないんですね」
 《・・・似たようなことを、もう一人の幼なじみに言われたことがあるよ》

 ――― アスランって、本当に鈍感だね。の気持ち、何も知らないんだ?

 眉間に皺を寄せて、その澄んだ紫水晶の瞳を細めて、彼はアスランにそう言った。
 今となっては、懐かしい思い出だ。
 アスランがそんな思い出にフッと笑んだ時・・・前方に光が見えた。

 「ミネルバの発光信号だ!」
 《・・・助かったな》

 近付いてくるミネルバに、インパルスはザクを抱えたまま、笑みを浮かべた。

***

 インパルスとザクが無事に着艦し、アスランがコックピットを出ると、そこにはヨウランやヴィーノ、それにルナマリアが笑顔で待っていた。

 「・・・シンっ
!!
 「・・・」

 聞こえてきた声に、視線をそちらへ向ければ・・・長い黒髪の少女が、無事に帰還を果たした恋人に抱きついていた。

 「シン・・・良かった・・・無事で・・・っ
!!
 「ごめん・・・。心配かけて・・・」
 「もうっ
!! ホントに・・・心配し・・・た・・・」
 「ごめん・・・」

 ギュッと首に腕を回し、抱きついてくる細い体を、シンは力強く抱きしめ、その温もりに安堵した。
 アスランが、そんな二人を複雑な心境で見守っていると、聞き慣れた少女の声が、自分の名を呼んだ。

 「アスラン
!!

 名前を叫び、駆け寄ってきたカガリに微笑みかけると、アスランは未だ抱きしめ合ったままの恋人たちに視線を向けた。
 そのアスランの視線を追い、カガリがとシンに目をやり・・・途端、眉根を寄せ、アスランに言葉をかけようとするが・・・ドォンという衝撃が艦を襲い、クルーたちが色めきたった。

 「な、何
!? まだ何か・・・!?
 「地球を一周してきた、最初の落下の衝撃波だ。恐らくな」

 落ち着いた声音で指摘したのは、レイだった。その言葉に、地球が今、どのような状態なのか、一同は息を飲む。
 そうこうしているうちに、ミネルバも降下を続けており、海面が近付いてきていた。

 《警報! 総員着水の衝撃に備えよ!》

 クルーたちはシートに着き、衝撃に備える。パイロットたちも、それぞれシートに座り、その時を待つ。
 無意識のうちに、シンは隣に座るの手を握りしめており、彼女はその漆黒の瞳を傍らの恋人に向け、微笑んだ。
 やがて、着水が無事に済むと、警報も解け、クルーたちは浮き足立って早速海の見える外へと出て行った。

 「けど、地球かぁ・・・」
 「太平洋って海に降りたんだろ? オレ達。あの、すんげーデカイ」

 ヨウランは、ヴィーノのどこか浮かれた調子に、眉根を寄せた。

 「そんな呑気なこと言ってられる場合かよ! どうしてそうなんだ、おまえは」

 そんなやり取りを交わす二人の傍に、アスランとカガリも立っていた。

 「大丈夫か、アスラン・・・?」
 「あぁ・・・大丈夫だ・・・」

 そのカガリの言葉が、単に体の調子のことを問うているのではないことを、アスランはわかっていた。
 目の前で見せつけられた、シンとの関係・・・。二年前にも同じ思いを抱いたが、今回はそれともまた違った感情だった。
 確かに二年前、は黙って自分たちの前を去った。だが・・・それでも、はキラを愛していると、変わらずに想い続けているのだと思っていた。それなのに、今のは・・・あの頃の、キラへの態度と同じような態度を、シンにしている。

 『恋人同士・・・か』

 それは、どう見てもそういう関係にしか見えない。
 うつむき、苦悩の表情を浮かべるアスランに、カガリは慌てて話題を変えようと、わざと明るい声で話し出した。

 「けど、ホント驚いた。心配したぞ。MSで出るなんて聞いてなかったから・・・」
 「すまなかった、勝手に・・・」

 アスランがそう詫びると、カガリは慌てて首を横に振った。

 「いや、そんなことはいいんだ! おまえの腕は知ってるし・・・私はむしろ、おまえが出てくれて良かったと思っている」

 ちょうど、そこへと共にシンが姿を見せ・・・カガリのその言葉に意外そうな表情を浮かべた。守られて当然のような、お姫様思考だと思ったが・・・そうではなかったようだ。
 だが・・・続けられた言葉には、さすがにも眉根を寄せてしまった。

 「ホントに・・・とんでもないことになったが、ミネルバやイザークたちのおかげで、被害の規模は格段に小さくなった」

 その言葉に、次第にアスランの表情が翳っていく・・・。

 「そのことは、地球のみんなも・・・」
 「やめろよ! このバカっ
!!

 さらに言葉を続けようとしたカガリに、とうとうシンが耐えられなくなり、怒鳴り声をあげた。
 そのシンの声に、カガリだけでなく、彼の傍にいたも驚いて目を丸くした。
 ここでまた、シンの怒りが爆発し、彼は心を痛めるのか・・・とは目を伏せる。

 「あんただってブリッジにいたんだろ!? なら、これがどういうことだったか、わかってるはずだろう!」
 「え・・・?」

 シンの迫力に怖気づいたような表情を浮かべ、カガリは一歩後ずさった。それでも、シンは言葉を止めない。

 「ユニウスセブンの落下は自然現象じゃなかった・・・! 犯人がいるんだ! 落としたのは、コーディネイターさ
!!

 シンの言葉に、アスランももギュッと目を閉じた。あの土地で、家族を喪った二人には、痛すぎる出来事だったから・・・。

 「あそこで家族を殺されて・・・そのことをまだ恨んでる連中が、“ナチュラルなんて滅びろ”って落としたんだぞ!」
 「わ・・・わかってる、それは・・・でも」
 「でも、なんだよ
!?
 「お、おまえたちはそれを、必死に止めようとしてくれたじゃないか!」
 「当たり前だっ
!!

 必死に言葉を返すカガリを、シンは怒鳴りつける。はそんなシンを宥めるように、そっとその胸にすがりつき、頭を振った。
 そして・・・アスランは・・・。

 「だが、それでも破片は落ちた・・・」

 うなだれていた彼は、苦々しげに、そうつぶやいた。

 「アスラン・・・」
 「オレたちは止めきれなかった・・・」

 アスランの言葉に、シンも口唇を噛み、視線を落とす。そこに愛しい少女の黒髪を見つけ、それだけが心の救いだというように、そっとその髪を撫でた。

 「一部の者たちのやったことだと言ったって、オレ達・・・コーディネイターのやったことに変わりはない・・・。許してくれるのかな、それでも・・・」

 アスランは小さくつぶやき、その場に背を向け、立ち去る。
 が「アスラン・・・」と名前を呼ぶが、立ち去って行く背中は振り返らなかった。

 「・・・自爆した奴らのリーダーが、最後に言ったんだ」

 シンが振り返り、こちらを見たカガリを睨みつけ、言葉を続ける。

 「オレたちコーディネイターにとって、パトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しいものだ・・・ってさ!」
 「
!!?

 シンのその言葉に、カガリだけでなく、も目を見開いた。
 パトリック・ザラ・・・アスランの父親で・・・前プラント最高評議会議長・・・ラクスの父を殺し・・・彼は、アスランを自身の駒にするために、彼の幼なじみに関係を迫った・・・。

 「あんたって、ホント何もわかってないんだよな!」

 呆然と立ち尽くすカガリに背を向け、シンは吐き捨てる。

 「あの人がかわいそうだよ!」

 立ち去るシンの背中に、が声をかけるが・・・彼は振り返らなかった。

***

 「・・・やはりダメです。粉塵濃度が濃すぎて、今はレーザー通信も・・・」
 「そうか、すまない・・・」

 気落ちした表情を浮かべるカガリを見つめ、はフゥ・・・とため息をついた。
 そのの横にいたタリアは、カガリに頭を下げ、申し訳なさそうに告げた。

 「艦のチェックと各部の応急措置が済み次第、オーブへは向かわせていただきますが・・・」
 「ああ、わかっている・・・」

 カガリはタリアの言葉にうなずき、自嘲するようにつぶやく。

 「今さら、こんなところから話をしたって、もうあまり意味はないことも、わかっているのだがな・・・」
 「・・・カガリ」

 悲しそうな笑顔を見せるカガリを、は歩み寄って抱きしめる。
 そんなの肩をポンポンと叩き、カガリは「ありがとう、」とつぶやいた。

 「島国ですものね、オーブは・・・。ご心配は当然ですわ」

 ブリッジを出ようとしたカガリに、タリアが声をかける。
 足を止めたカガリに、も倣って足を止めた。

 「到着したらその勇気と功績に感謝して、ミネルバにはできるだけの便宜を図るつもりでいたが・・・これでは軽く約束もできないな。許してくれ、艦長」
 「いえ、そのようなことは・・・」

 困惑気味に頭を振るが、カガリは目礼すると、を連れ立ってブリッジを出た。

 「・・・カガリ、大丈夫?」

 傍らの親友が、声をかけてくる。
 思えば、彼女と再会してから、自分は落ち込んでばかりだ。二年前のような笑顔を、彼女に向けたことがない。
 それは、カガリ自身が二年前と立場が変わってしまったせいもあるが・・・どこかに対し、一線を引いてしまうことがあった。
 なぜなら、彼女はザフトに・・・自分のもとではなく、かつては敵だったザフトに身を寄せているのだ・・・。

 「あぁ、私なら大丈夫だ。おまえこそ・・・久しぶりの戦闘だったんだろう?」
 「うん・・・でも、久しぶりに動いたおかげで、スッキリしたかな? 気分的には、ちょっと重いけど」

 歩みを止め、カガリは窓の外を見つめた。
 一面見渡す限りの海・・・なんて広いんだろうか? だが、あの暗い宙は、この海よりももっと広くて・・・。

 「・・・なぁ、
 「ん?」
 「おまえ・・・シンとは・・・」
 「?」

 途中で言葉を切り、目を閉じると首を横に振り、何でもない、と告げた。

 「なぁに〜? 気になるなぁ、もう!」
 「すまない・・・気にするな」
 「えぇ〜
??

 自分は、一体何を聞こうとしたのだ・・・? カガリは、心の中で己を叱咤する。
 と、あのインパルスのパイロットがどういう関係なのか・・・それは、すでにわかりきっていることではないか。
 先ほども見せた二人の抱擁は、どこからどう見ても、恋人同士のそれだった・・・。
 それならば・・・キラは・・・? 二年前、彼女が愛した自身の双子の弟は・・・。

 「あ、いっけない! そろそろ訓練規定だ
!! ちょっと行ってくるね〜」

 明るい声でそう告げると、は笑顔でカガリに手を振った。
 必死に笑顔を装い、カガリの前を去ったは、
MSデッキに向かう途中でアスランに遭遇した。
 どこか暗い表情の幼なじみに、はそっと微笑む。そして、静かに彼の両手を握りしめた。

 「・・・つらかったね」
 「・・・・・・」
 「パトリックおじ様のこと、まだ許せない・・・?」
 「・・・は・・・許せるのか・・・? 父のせいで、地球が・・・ユニウスセブンは破壊された・・・」

 アスランの母が・・・の両親が眠るあの場所を、二人は自身の手で破壊した。

 「・・・許せないよ? 許せないけど・・・でも、仕方がないよ」

 “仕方がない”なんて、嫌いな言葉だけれど・・・。

 「人の心は、脆いから・・・簡単に、思いは消えないから・・・」
 「・・・それじゃあ・・・おまえの思いも、簡単には消えないか・・・?」
 「えっ・・・?」

 アスランの言葉に、はドキッとし、思わず目を丸くしてしまう。

 「ミネルバは・・・オーブに向かうんだろう? オーブには・・・」
 「・・・アスラン」
 「オーブには・・・ラクスやミリアリアや、ラミアス艦長・・・それに・・・」
 「アスラン、それは・・・」
 「キラがいる」
 「っ
!!!

 その名前を聞きたくなくて、必死に言葉を紡ごうとしたが、言葉は出てこなくて・・・結果として、アスランの口からその名が紡がれた。

 「キラが、いるんだ・・・おまえに会いたがっている・・・」
 「アスラン・・・私は・・・」
 「一緒に、来ないか・・・? オーブに。キラに、会いに行かないのか?」
 「・・・出来ないよ」

 キュッと目を閉じるに、アスランは詰め寄った。

 「二年前のことを気にしているのか? それなら、大丈夫だ。ラクスだってキラだって、おまえを責めたりしない!」
 「違う・・・違う、アスランっ
!!
 「何が違うんだ!? 何が・・・」
 「私、変わってしまったから・・・あの頃と、変わってしまったから・・・」
 「どこが・・・」
 「背が伸びた。髪だって伸びたわ! 考え方も、あの頃と違うし・・・私は・・・」

 伸びた髪が、彼女の背中をサラリと滑る。まるで、自身の足を絡め取る鎖のように・・・。

 「私はっ・・・キラを裏切った
!!

 の叫び声は、ミネルバの廊下に響き・・・聞こえてきた銃声にハッと我に返った。
 幼なじみの体を押しやり、アスランが様子を窺うと・・・開いていたドアの向こうで若い兵士たちが射撃訓練をしていた。
 甲板で訓練を続けていたルナマリアが、ため息をつき・・・視線を感じてこちらを向いた。

 「あら」

 驚いたような声をあげるルナマリアに、アスランは軽く微笑んだ。

 「訓練規定か」
 「ええ、どうせなら外の方が気持ちいいって。でも調子悪いわ」

 ルナマリアは苦笑を浮かべ、弁解してみせると、再び的に向かうが・・・フト、アスランとを振り返った。

 「・・・一緒にやります?」
 「いや、オレは・・・」

 銃を差し出し、アスランに言うルナマリアは、最初の頃の刺々しさは見受けられず、ニッコリ微笑んだ。

 「ホントは私たちみんな、あなたのことよ〜く知ってるわ」
 「え?」

 あ然とするアスランに、ルナマリアは言葉を続ける。

 「元ザフトレッド、クルーゼ隊。戦争中盤では最強と言われたストライクを討ち、その後、国防委員会直属特務隊フェイス所属。
ZGMFX09A ジャスティスのパイロットの・・・アスラン・ザラでしょ?」

 自身の経歴をスラスラと言われ、アスランは目を丸くし、傍らのも呆気に取られている。いつの間に、メイリンも射撃をやめ、彼を見つめていた。レイも弾倉を取り替えながら、チラリとこちらに目をやった。

 「お父様のことは知りませんけど・・・その人は私たちの間じゃ英雄だわ。ヤキン・ドゥーエ戦でのことも含めてね」

 ルナマリアの賛辞に、どこか居心地悪く・・・かつての敵だったの目の前で、“ストライクを討った”と告げられたせいかもしれない。

 「射撃の腕もかなりのもの、と聞いてますけど?」

 自身の銃を差し出し、ルナマリアは無邪気に微笑む。

 「お手本。実は私、あまりうまくないんです」

 差し出された銃を受け取り、アスランは標的に銃口を向けた。
 トリガーに指を置くと、まるで体が勝手に動くように、次々と的確に標的を打ち抜いていく。その姿に、ルナマリアやメイリンだけでなく、後方のも驚いている。

 「同じ銃撃ってるのに! え、なんで
!?

 驚愕の声をあげるルナマリアに、アスランは銃を返し、アドバイスをする。

 「銃のせいじゃない。君はトリガーを引く瞬間に手首を捻る癖がある。だから着弾が散ってしまうんだ」

 アスランのアドバイスに、ルナマリアも、傍らのメイリンも必死に聞き入り・・・フト、視線を感じてアスランは振り返る。
 いつの間にか、ドアのところにはシンの姿があり、が彼に駆け寄り笑顔で何かを告げた。シンはそれに笑顔で返し、そっと彼女の髪を撫でた。

 「・・・こんなことばかり得意でも、どうしようもないけどな」

 ルナマリアたちから離れようとして、アスランは自嘲気味に言葉をこぼした。

 「そんなことありませんよ。敵から自分や、仲間を守るためには必要です!」
 「敵って・・・誰だよ?」
 「え・・・?」

 思ったよりも冷たく返ってきた言葉に、ルナマリアは目を丸くした。
 力など・・・必要なのだろうか? ルナマリアの言葉に、アスランは過去を思い出した。
 ストライクを討ち、祖国に褒め称えられたアスラン・・・だが、そのストライクに乗っていたのは、彼の幼なじみで親友で、恋敵の少年だった。何より、ストライクを討ち、彼が愛した少女がどれだけ傷ついただろうか? どれだけ声を上げても、止めることのできなかったアスランと彼の戦い・・・。
 ギュッと強く目を瞑り、アスランはそのまま甲板を出て行こうとする。

 「ミネルバはオーブへ向かうそうですね」

 すれ違いざま、シンがアスランに告げた。シンの腕の中にいた少女が、ビクリと肩を震わせるが、シンは気づかないフリをした。
 シンは、が、再び自分とアスランが衝突することを恐れ、怯えたと思ったのだ。

 「あなたも、また戻るんですか? オーブへ」
 「・・・ああ」

 シンの問いかけに、アスランはうなずいて答えた。

 「何でです?」

 アスランは、思わず足を止めていた。
 シンの真紅の瞳が、真っ直ぐに自分を見据えている。

 「そこで、何をしているんです? あなたは・・・」


 遠くオーブの土地で・・・寄せては返す波を見つめ・・・ラクスがそっとつぶやく。

 「・・・嵐が来ますわね」
 「うん・・・わかってる・・・」

 歌姫の言葉に、キラは静かにうなずいた。


 

 「・・・アスラン」

 が声をかけるが、アスランはシンの問いには答えず、そのまま甲板を出て行った。