破砕作業を行うジュール隊たちの前に、突如姿を見せた“ジン”は、作業を行う彼らに攻撃を仕掛ける。
「くっ! 一体どういう奴らだよ、一体!? ジンでこうまで・・・!!」
ガナーザクウォーリアーに乗る、金髪に色黒の青年は、チッと舌打ちをした。
彼の名は、ディアッカ・エルスマン・・・先の大戦で、ザフトレッドとしてヘリオポリスで強奪した“バスターガンダム”に乗っていたパイロットだ。当然、その腕は他のパイロットとは比較にならない。
なんとかメテオブレイカーを守り続ける味方機に、またもや一機のジンが迫っていた。あわやというその時、一条の光がジンを貫く。
《工作隊は破砕作業を進めろ! これでは奴らの思う壺だぞ!》
やって来た青い機体・・・スラッシュザクファントムから、激が飛ぶ。それは、ディアッカたちの隊長であり、かつて“デュエルガンダム”に乗っていたイザーク・ジュールだった。
もし僕が此処から飛び降りたら、君は僕の残骸を拾ってくれるかな
イザーク隊長の到着によって、浮き足立っていた工作隊は統制を取り戻しつつあった。だが、安堵したのも束の間、新たな熱源に、ディアッカは我に返る。
『また敵だと・・・!?』
どこかから飛んできたビーム砲に、ディアッカは目の前の熱紋を見つめる。そこに出たのはかつての友軍機だった・・・。
《なんだ!? ・・・カオス、ガイア、アビス!?》
「アーモリーワンで強奪された機体か!?」
イザークとディアッカが戸惑いの声をあげる。
なぜ、ミネルバを振り切って姿を消したその機体が、今ここに姿を見せる? しかも、今のこの混乱のさなかに・・・!!
***
「ジンを使っているのか? その一群は」
カガリがミネルバのブリッジに入ると、デュランダルの険しい声が聞こえてきた。ただならぬ雰囲気のブリッジに、カガリは思わず足を止める。
カガリが泣き疲れて眠ってしまい、目が覚めた時には・・・すでに親友の少女の姿はなく、アスランもいなかった。は仕事に戻ったのだろうが、アスランはおそらくブリッジだろうと思い、こうしてやって来たのだが、そこに彼の姿はなかった。
「・・・ええ、ハイマニューバ2型のようです。付近に母艦は?」
「見当たりません!」
戦闘中のようだ・・・。カガリが窺うようにゆっくりとデュランダルに歩み寄る。
「けど、なぜこんな・・・。ユニウスセブンの軌道をずらしたのは、こいつらってことですか!?」
「えっ・・・!?」
アーサーの言葉に、カガリは思わず声をあげてしまい、その声にデュランダルが振り返った。
「一体、どこのバカが・・・」
「でも、そういうことなら尚更、これを地球に落とすわけにはいかないわ。・・・レイたちにもそう伝えてちょうだい」
「・・・姫」
アーサーとタリアの言葉に続き、デュランダルがカガリに声をかける、あ然とモニターを見つめていたカガリは、デュランダルのその声に、ハッと我に返った。
「あ・・・アスランは・・・?」
「おや、ご存知なかったのですか?」
「え?」
カガリの問いかけに返ってきたのは、不思議そうな声音のデュランダルの言葉。
「彼は、自分も作業を手伝いたいと言って来て・・・」
デュランダルは言葉を発しながら、視線をモニターに向けた。
「・・・今は、あそこですよ。同じく、作業を手伝うと申し出た・と同じく、ね」
「な・・・も!?」
モニターに映るユニウスセブン・・・そこに向かったという二人の親友・・・カガリは、呆然と立ち尽くしていた。
***
フォースインパルスに換装を終えたコアスプレンダーを追うように、4機のザクがミネルバから出てくる。
白いザクにはレイが。赤のザクにはルナマリアが。そして・・・残り2機の緑のザクには、アスランとが乗っている。
シンは、横目でザクの位置を確認し・・・フッと表情を曇らせる。
――― 結局、もアスハの肩を持つんだな。そうだよな・・・かつては一緒に戦った仲間だもんな。青空の聖域・・・・さん
出撃前、怒りに任せて吐き出した自分の言葉が脳裏に蘇る。いくらアスハに対して腹を立てていたとはいえ、なぜ愛しい少女にあんなことを言ってしまったのか・・・。謝りたくても、今はそれすらできない。
《・・・シン》
「!!」
突然入ってきたザクからの通信に、シンはバッと目の前のモニターを見つめた。
そこに映っているのは・・・初めて見た彼女の姿・・・自分と同じパイロットスーツに身を包んだ少女だった。
《・・・気をつけてね、シン》
いつもと同じの言葉・・・出撃前に、彼女が必ず告げてくれるその言葉に、シンはギュッと口唇を噛み締めた。
彼女は、何も変わっていない・・・だろうが、だろうが、彼女は彼女・・・シンが愛した少女ではないか。
「・・・うん、ありがとう・・・」
その名で呼ばれ、少女は一瞬だけ驚いたようだが・・・すぐに笑顔を取り戻し、うなずいた。
シンは、大きく息を吐き出し、目の前に迫ってきた戦場を睨みつけた。
「あいつら・・・!!」
ジュール隊に襲い掛かる三機のMSを見たとたん、シンの頭にカッと血が上った。カオス、ガイア、アビスの三機が、また味方を殺しているのだ。
《あの三機! 今日こそっ!!》
ルナマリアもシンと同じ思いだったらしく、そう叫ぶとシンの後を追うように、三機のもとへ向かおうとする。
《目的は戦闘じゃないぞ!》
だが、そんな二人を諌めるように、聞き慣れない声がコックピットに響いた。
レイではない。それは、アスラン・ザラのものだ。なぜ、ザフトの軍人でもないヤツに指示されなければならないのか、シンはそのアスランの声を無視した。
《わかってます! けど撃ってくるんだもの! あれをやらなきゃ作業もできないでしょう!?》
ルナマリアの反抗的な声に、アスランはため息をついたようだ。
《・・・アスラン、破砕作業は私とレイ、それにアスランで加わりましょう? 大丈夫よ、シンたちなら》
《・・・》
やけに仲睦まじい幼なじみたちの会話に、シンは内心で唾を吐きながら、ルナマリアのザクと共に、新型三機の方へ向かって行った。
***
「ユニウスセブン、さらに降下角プラス1.5! 加速4パーセント!」
「ジュール隊、カオス、ガイア、アビスの攻撃を受けています!」
ミネルバのブリッジに飛ぶ報告を聞き、カガリは不安そうな表情を浮かべ、目の前のモニターを見つめる。
あの戦場には今、アスランとがいる。あの二人の腕は、確かだし、撃たれる心配はしていないが・・・二人の心が心配だった。
アスランもも、二年前の戦争で心を痛めた。二度と戦いたくないと、アスランは言っていたし、恐らく・・・が自分たちのもとを離れ、プラントへ行き、敢えてパイロットではなく、整備士の道を選んだのも、そういうことなのだろう。
「これでは破砕作業などできません。艦長! 本艦も“ボギーワン”を!」
アーサーのその言葉に、タリアは何かを考え込み・・・そして、デュランダルを振り返り、言葉を発する。
「・・・議長、現時点で“ボギーワン”をどう判断されますか? 海賊? それとも・・・地球軍と?」
探るような口調で尋ねるタリアに、デュランダルは小さく息を吐き、告げる。
「難しいな・・・。私は、地球軍とはしたくなかったのだが・・・」
「どんな火種になるか、わかりませんものね」
「・・・だが、状況は変わった」
「ええ、この非常時に際し、彼らが自らは地球軍、もしくはそれに準ずる部隊だと認めるのなら・・・この場での戦闘には、何の意味もありません」
「逆に、あのジン部隊を庇っているとも思われかねんか・・・」
「そんな!」
デュランダルの言葉に、アーサーが声をあげるが、つまりはそういうことである。
あの“ボギーワン”が地球連合軍のものだとしたら、彼らに破砕作業を妨害する意味などない。逆に、あのユニウスセブンを地球に落としたいとは思わないだろう。
「仕方ないわ。あの機体が“ダガー”だったら、あなただって地球軍の関与を疑うでしょ?」
その通りだ。今、あの場にいるのは、ザフトの機体・・・。事情を知らない者から見れば、ザフトがユニウスセブンを落とそうとしているように見えても仕方のない状況なのだ。
「・・・“ボギーワン”とコンタクトは取れるか?」
「国際救難チャンネルを使えば・・・」
「ならば、それで呼びかけてくれ。我々はユニウスセブン落下阻止のための破砕作業を行っているのだと」
「はい」
デュランダルの指示に、タリアはうなずくが、カガリは不安そうな表情で尚もモニターを見つめていた。
***
レイ、アスランと共にユニウスセブン上空に行き、ゲイツがメテオブレイカーを持って破砕作業をする支援を行う。
ゲイツの作業を邪魔するかのように、姿を見せるジンに、は容赦なく攻撃を仕掛けた。だが、けしてコックピット部は狙わない。
深呼吸し、はビーム突撃銃でジンを狙う。真っ直ぐに伸びたビームは、一機の頭部と左脚部を吹き飛ばした。
見惚れるような動きをするザクに、新たに二機のジンが側面からビームを放ちながら飛来すると、咄嗟にザクは宙返りをし、そのビームを交わしながら、間髪いれずにライフルを発射した。その動きからは考えられない正確な射撃は、一発目で一機のライフルを撃ち落し、二発目で二機目の頭部を射抜いた。尚も、一機目が重斬刀を抜き放とうとするところを、三発目のビームが右腕ごともぎ取った。
ユニウスセブンの地表へメテオブレイカーを設置しようとしているゲイツ隊を、今度は逆方向からのビームが襲う。慌てて視線を上空へ向ければ、背中に巨大な兵装ポッドを背負った緑色の機体がそこにいた。
「カオス・・・っ!!」
その機体を睨みつけ、は素早く機体を返す。素早くビーム連射を浴びせ、威嚇射撃をすると、カオスは兵装ポッドを分離させた。
カオスの性能は、もよく知っている。整備士として、新型四機の性能を頭に叩き込まされたからだ。今ではインパルスの専属整備士だが、当然、カオスもガイアもアビスも、その性能については詳しく知っていた。
はポッドが放つビームをかわしながら、トリガーを引く。ポッドの一基が、その一発に貫かれる。そうする間に、はザクをカオスの懐へ飛び込ませた。
「やめなさい! 今は戦ってる場合じゃないわっ!!」
接近してきたザクに、カオスは頭部バルカンを放つが、その前に顔面をザクの拳に捉われていた。殴りつけられたカオスは、そのまま後方へ吹っ飛んだ。
その隙に、は破砕作業の救援に向かおうとするが、カオスはムキになったようにのザクに襲い掛かってくる。振り切ることもできず、応戦するしかないようだ。
《!!》
「アスラン!?」
聞こえてきた声に、が視線を動かすと、確かに緑色のザクがこちらへ向かってきていた。
《何をしているんだ! このままでは・・・》
「わかってるわよっ!! それじゃあ、あなたがこいつの相手をしてやりなさいよね!」
《・・・わかったよ》
ため息交じりの幼なじみに、はフン!と鼻を鳴らすと、その場をアスランに任せ、どこかで戦っているはずの恋人を捜す。
だが、その視界に映りこんだのは・・・黒い機体に狙われている赤いザク。
座り込むザクに向け、ビームを放とうとするその獣型の機体を、は横合いから蹴り上げた。
「大丈夫っ!? ルナ??」
《・・・!!》
蹴り上げられたガイアは、ゆっくりと起き上がり・・・その標的を緑のザクに変えた。
ユニウスセブンの地表を走り回り、ガイアが度々ビームを放つが、緑色のザクにはかすりもしない。逆に、向こうの撃つビームは、確実にガイアの機体を掠めていった。
その地表を、大きなひび割れが走り・・・ユニウスセブンは真っ二つに割れた。
ジュール隊のメテオブレイカーが功を奏したのだろう。
《グッレイトォ! やったぜ!!》
聞きなれた声が、のコックピットに聞こえてきた。
彼は確か・・・の級友といい仲になっていたと思ったが・・・どうなったのだろうか?
真っ二つに割れたその地表に、今まで攻めてきていた三機の新型MSは攻撃の手を止めた。
安心したような心持であったディアッカやイザークのコックピット内に、どこかで聞いたような声が響いた。
《だが、まだまだだ・・・》
アスランの声だ。カオスを彼に任せてしまったが、やはり無事であったようだ。
《もっと細かく砕かないと・・・》
確かに、真っ二つに割れたとはいえ、ユニウスセブンの直径は10キロメートル近くある。未だ地球には十分な脅威を持っている。
《アスラン!?》
聞きなれたその声が、幼なじみの名前を叫ぶ。
《貴様ぁ! こんなところで、何をやっている!?》
こちらの声も、聞き覚えがある。面と向かって顔を合わせたことはないが・・・確か、彼は“ストライク”を、ずい分と恨んでいた。
「今はそんなことを揉めてる場合じゃないでしょ? ディアッカ、ジュール隊長」
《!!?》
が静かな声でそう告げると、やはり向こうは驚いたようだった。
《その声・・・か!?》
「久しぶり、ディアッカ・・・。あなたには、聞きたいことが沢山あるけれど、今はやめとくわね」
《・・・相変わらず、嫌な女だな》
「あなたに好かれたくなんかないわ。お互い様よ」
《・・・・だとっ!? なぜ貴様がその機体に乗っている!!?》
《ディアッカ、イザーク、・・・今はそんなことはどうでもいいだろう。作業を急ぐんだ!》
アスランの冷静な声は、イザークに二年前のことを思い出させた。あの頃から、こいつは嫌に冷静だった。そのアスランの言葉に、ディアッカは素直に答え、イザークはムッとして言い返す。
《わかっている!!》
メテオブレイカーを運ぶディアッカに並ぶと、反対側にアスランとがついた。
《・・・相変わらずだな、イザーク》
《貴様もだっ!!》
《・・・やれやれ》
アスランとイザークの、変わらないやり取りにディアッカがフゥ〜とため息混じりにつぶやくと、のクスクスと笑う声が聞こえてきた。
向かってきたジンを、アスランとイザークが見事な連携で撃破する姿を見つめ、は二年前を思い出す。
あの頃、彼女の傍には、彼がいた・・・。褐色の髪と、菫色の瞳をした少年が・・・。
***
その頃、アビスを相手にしていたシンは、ユニウスセブンの飛び散った岩塊によって、その機体を一瞬見失ってしまっていた。
その間に、アビスはメテオブレイカーを運ぶザクに迫り、その胸部から放たれた太いビーム砲が周囲の大地を融かした。アビスに追いすがるシンの前で、メテオブレイカーを守っていた二機のザクがパッと左右に展開する。
《イザーク!》
《うるさいっ!!》
アスランの声と、怒鳴り散らすイザークの声・・・。アスランのザクがアビスのビーム砲をかいくぐり、ライフルの連射を浴びせかかる。その攻撃にアビスが気を取られた一瞬の隙をつき、背後にイザークのザクファントムが滑り込む。
《今はオレが隊長だ! 命令するなっ!! 民間人がぁ!!!》
《いい加減にしなさいよね、二人とも! 今は戦闘中よ!? それとも・・・二年前もこうだったわけ??》
割って入ってきた声に、シンはハッと我に返る。
今の声は、シンが今最も守りたい存在のもの・・・。シンが慌ててアビスに向かって行こうとするが、目の前のザクは横から入り込んできたカオスへと向かって行った。
ビームライフルを撃とうとしたカオスの攻撃をさらりと交わすと、素早い動きで敵を翻弄し、それを援護するかのように、もう一機のザクがカオスにビームを撃つ。
ディアッカの加勢に、カオスが戸惑い、その隙を見逃さず、のザクのビームトマホークがカオスのビームライフルを右腕ごともぎ取った。
アスランとイザークが対峙したアビスも、二人の連携プレーにより、左足を奪われていた。
その華麗にさえ見える四機のザクの動きに、シンはあ然として見入っていた。あの四機はシンたちがどれほど戦っても傷一つつけることができなかった新型を、わずか数秒のうちにほぼ戦闘不能状態に追い込んだのだ。
「あれがヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力かよ・・・」
イザークやディアッカ、アスランはザフトの英雄として名が知れている。だが・・・は・・・彼が愛した少女は、今までずっと傍にいて、微笑んでくれていたあの少女が、やはり“青空の聖域”として恐れられていたことは間違いではなかった。整備士として、戦うことも身を守る術すら知らないと思っていた彼女が、まさかあれほどまでの力を持っているとは・・・。
《シン! 何をしている!?》
不意に飛び込んできた声に、シンはハッと我に返った。
ユニウスセブンで作業を続けるレイからの通信だ。
《作業はまだ終わっていないんだぞ!》
レイの言葉に、後ろめたさを感じながらも、シンはユニウスセブンに向かいながらも、もう一度、背後で繰り広げられている戦闘を見つめた。
その時、彼方に見える“ボギーワン”から信号弾が打ち上げらた。
***
ミネルバのブリッジでその信号弾を見つめていたデュランダルは、安堵の滲んだ声を吐き出した。
「ようやく信じてくれたのか・・・」
だが、そのデュランダルの言葉に、タリアが冷静な声で返す。
「そうかもしれませんし・・・別の理由かもしれません」
「別の理由?」
「高度です」
タリアの答えに、カガリはハッと我に返った。
確かに、視線を窓の外へ向ければ、そこには眼下の青い惑星が視界を覆い尽くすほどに近付いていた。
「ユニウスセブンと共にこのまま降下していけば、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
メテオブレイカーによって割れたその地表も、だがまだ十分に地球に影響を与えるほどの大きさだ。未だに外ではMSたちが破片を細かく砕く作業をしているが・・・このまま続けていれば、彼らは地球の重力に引き寄せられ、ユニウスセブンと共に落下してしまう。
「我々も命を選ばねばなりませんね・・・。助けられるものと、助けられないものと」
「艦長・・・?」
デュランダルの呼びかけに、タリアは振り返った。その表情には、どこか不敵な笑みが浮かんでいて・・・。
「こんな状況下に申し訳ありませんが、議長方はボルテールへお移りいただけますか?」
「え?」
「ミネルバは、これより大気圏に突入し、限界まで艦首砲による対象の破砕を行いたいと思います」
「ええっ!?」
タリアのその言葉に、カガリたちだけでなく、その場にいたクルーたちもあ然とした。
「か、艦長・・・それは・・・」
潔いタリアの言葉に、だがそれでも、カガリは目を丸くした。
「どこまでできるかはわかりませんが・・・でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
「タリア、しかし・・・」
「私は、これでも悪運の強い女です。お任せください」
「・・・わかった」
この損害の大きい艦体で、どこまで耐え切れるか・・・それでも、タリアはこの賭けに出た。デュランダルは、そんな彼女の心意気を心中で褒め称え、微笑んだ。
「すまない、タリア・・・ありがとう」
「いえ、議長もお急ぎください・・・。ボルテールにデュランダル議長の移乗を通達! MSに帰還信号!」
タリアはデュランダルに敬礼をし、すぐさまクルーに指示を始める。その後ろ姿を見つめ、デュランダルは立ち上がると、座り込んだままのカガリに手を差し出した。
「では、代表・・・」
だが、カガリはその手を見ようともせず、静かに首を横に振った。
「・・・私は、ここに残る」
カガリの言葉に、デュランダルと、タリアが呆気に取られて彼女を見つめた。
「アスランがまだ戻らない・・・それに・・・だって・・・。ミネルバが、そこまでしてくれると言うのなら、私も一緒に・・・!!」
「しかし、為政者の方には、まだ他にお仕事が・・・」
タリアの声にも、カガリは決意を揺るがすことなく、ただジッと膝の上に置いた己の拳を見つめていた。彼女の意思は固く、そして強い。
「代表がそうお望みでしたら、お止めはしませんが・・・」
カガリはうつむいていた顔を上げ、静かに前を見据えた。
***
帰還信号を受け、ルナマリア、レイ、はミネルバへと戻る。その途中、ボルテールに戻るイザークとディアッカから、たちは敬礼をされた。
《・・・》
「ディアッカ?」
《その・・・お前、気にしてるんだろ・・・?》
「・・・何を?」
《彼女のこと・・・》
ディアッカのその言葉に、はあの時別れたままの、もう一人の“ナチュラルの親友”を思い出した。だが、それを振り払うように頭を振り、は笑顔を浮かべる。
「・・・元気でやってるだろうから、あなたからは何も聞かないわ。ディアッカ・・・」
《・・・》
「それじゃあね、ディアッカ・・・また、会えたら会いましょう。今度会ったら、その顔面に拳叩きつけてやるから、覚えてなさい!」
《ちぇっ・・・相変わらず、可愛くない女!》
クスッと微笑み、も敬礼を返し・・・ミネルバへと帰投した。
《本艦はMS収容後、大気圏に突入しつつ、艦首砲による破片破砕作業を行う》
聞こえてきたアナウンスに、はザクのコックピットから顔を出し、傍らのヴィーノと顔を見合わせた。
向こうでは、ルナマリアも驚いたような声をあげている。
「・・・シン? ねぇ、ヴィーノ、シンは・・・?」
「え? あ・・・まだじゃないかな・・・」
キョロキョロと辺りを見回し、彼のインパルスがないことに気づく。そして・・・もう一機・・・。
「アスラン!?」
***
「何やってるんです! 帰還命令が出たでしょう!? 通信も入ったはずだ!」
メテオブレイカーを支え、未だにユニウスセブンの地表に残ったままの緑のザクに、シンは通信を入れると怒鳴りつけた。
《あぁ、わかっている。君は早く戻れ》
「一緒に吹き飛ばされますよ! いいんですか!?」
《ミネルバの艦首砲と言っても、外からの攻撃では確実とはいえない。これだけでも・・・!!》
「・・・あんたに何かあったら、が泣く」
小さくそうつぶやくと、シンはアスランの向かいに立ち、同じようにメテオブレイカーを支えた。
シンのその言葉と行動に、アスランは目を丸くする。
「あなたみたいな人が、なんでオーブになんか・・・!!」
《・・・シン》
そのシンとアスランに、どこからかビームが飛んでくる。ハッと我に返る二人の目に、三機のジンが映った。
「こいつらっ、まだ・・・!」
ビームサーベルを抜き、シンはインパルスでジンに立ち向かう。アスランもシールドからビームトマホークを抜き放ち、素早くメテオブレイカーの前に立ちふさがった。
《我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!!》
突然飛び込んできた声に、シンは目を見開くが、すでに遅く・・・シンのサーベルは、すでにその胴を薙ぎ払っていた。
「娘・・・!?」
《何を・・・?》
アスランにも通信機を通して聞こえていたのだろう。その言葉に、呆然と声をあげ、向かってきたジンの刃をシールドで受け止めた。そのコックピットに、別の声が響いた。
《ここで無残に散った命の嘆き忘れ・・・! 撃った者らと、なぜ偽りの世界で笑うか、貴様らはっ!? 軟弱なクラインの後継者どもに騙され、ザフトは変わってしまった・・・!》
聞こえてきた声に、シンは呆然とし、その脳裏に、二年前の光景が蘇った。
焼かれた大地・・・見るも無残な姿の・・・父、母・・・そして・・・。
アスランもまた、この土地で命を失った母の笑顔と、最愛の少女を慈しんでいた彼女の両親の優しい笑顔を思い出していた。
遺体すらなく、冷たい石の墓標の前で、三つの花束を捧げ、ナチュラルへの復讐を誓った・・・。
《なぜ気づかぬかぁ!!》
メテオブレイカーを守り続けるアスランに、ジンが迫ってくる。声を発しながら。
《我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しきものと!!》
「!!?」
まるで、頭を殴られたかのような衝撃だった。アスランの脳裏に、あの狂気の独裁者・・・己の父親の顔が浮かんだ。
ジェネシスで地球を、ナチュラルを消そうとした父・・・自分を従わせようとして、に手を触れようとした父・・・。
一瞬の隙を見逃さず、アスランの右に敵の刃が迫った。ジンの重斬刀がザクの右腕を叩き斬った。それを見たインパルスが、ザクの方へ飛び出そうとするが、そのインパルスに、ジンが一機取り付いた。
そして、その一瞬後・・・カッと眩い光と共に、ジンが爆破する。
「うわぁぁぁ!!!!」
《シンっ!!》
シンの悲鳴に、アスランは咄嗟にインパルスに近付こうとするが・・・自爆したジンの機体の破片が、メテオブレイカーに叩きつけられ、その衝動でスイッチが入ってしまった。
「・・・うっ」
インパルスから聞こえた微かな呻き声に、シンが無事であることを悟ると、アスランはホッと息を吐いた。
《我らのこの思い・・・今度こそナチュラルどもにぃ!!!》
残った一機のジンが突進してくる。アスランは飛び上がって交わそうとしたが、その両手がザクの足に巻きついた。
機体がガクン!と引きずられ、アスランは思わず舌打ちする。すでに地表は大気圏に突入しようとしており、灼熱に包まれようとしていた。
アスランがグッと手に力を込めた瞬間・・・飛来したインパルスがジンの両手を切り離し、そのままザクの手を取って飛び上がる。
ザクに取り付こうとしたジンをインパルスが蹴り落とすと、その機体はユニウスセブンの地表に激突し、燃え尽きた。
コックピット内に警告音が鳴り響き、シンとアスランはバーニアを吹かせ、必死に重力から逃れようとするが・・・すでにその力に捉われた二機は、じりじりと引力に引きずり込まれていく。
やがて、インパルスが掴んでいたザクの手が離れ、二機はそのまま大気の底へと落下していった。
「アスランっ!!! シン〜〜〜っ!!!」
ミネルバでは、が届かない悲鳴をあげていた・・・。
***
その頃・・・地球のオーブにある一つの孤児院で、地表に迫ったユニウスセブンの破片に、人々は避難を開始し始めていた。
「さぁ、皆さん・・・参りましょうね」
穏やかな少女の声に、集まっていた孤児たちから声があがる。
「わかった、お買い物だね!」
「えぇ〜! もっと遊んでいたいよぉ〜!!」
事情を知らない子供たちは、無邪気だ。その様子を見つめ、桃色の髪をした少女は、そっと口元に笑みを浮かべるが・・・そこにいない一人の人物を思い出す。
「・・・キラ?」
名前を呼ぶが、彼はどこにもいない。少女は、不安そうな表情で、目の前に立つ二人の大人を見た。
夕焼けではない空の赤・・・遠くに見える流星雨・・・黒い衣服に身を包んだ少年が、その赤い空を見つめていた。
褐色の髪に菫色の瞳・・・彼の口が、何かを紡ぐ・・・。
・・・・・・
少年・・・キラ・ヤマトは、赤く燃える空に、そっと愛しい少女の名前を囁いていた。
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