部屋内に響いたアラートに、はフッと目を覚ました。
視界が開けた先には、自分の体を抱きしめる黒髪の少年・・・。自分と同じように何も身に着けない状態で、静かに寝息を立てていた。
「・・・シン、起きて」
「ん・・・」
「アラートが鳴ったわ。何かあったんだと思う」
「え・・・?」
床に脱ぎ捨てられていたシンのダークレッドの軍服を拾うと、傍らに眠る少年に渡し、はシーツを身にまとい、デスクに置かれたモニターに目をやった。
「・・・メイリンから? ・・・えぇ!?」
「・・・?」
そこに表示された文章に、は驚愕に目を見開いた。
あなたの冷たく鋭い言葉に、わたしは躊躇する
「なんだって!?」
士官室を訪れたデュランダルとタリアが、カガリにもたらされた情報を伝えると、彼女は絶句した。
「ユニウスセブンが動いているって・・・一体、なぜ!?」
そのカガリの背後に控えているアスランも、少しばかり狼狽の表情を浮かべている。それほどまでに、今回のこの騒ぎは尋常ではないのだ。
「それはわかりません・・・だが、動いているのです。それもかなりの速度で、もっとも危険な軌道を」
「それは、すでに本艦でも確認いたしました」
デュランダルの言葉に続き、タリアも彼の言葉を肯定した。
「しかし、なぜこんなことに!? あれは100年の単位で安定軌道にあると言われていたはずのもので・・・」
「隕石の衝突か・・・はたまた他の要因か・・・ともかく、動いているのですよ、今この時も・・・地球に向かってね」
デュランダルの冷静な言葉に、カガリは言葉を失った。
ユニウスセブン・・・かつて、その土地には何万という数のコーディネイターが住んでいた。だが、その星向けて、地球軍・・・ナチュラルは“核”を撃ち込んだのだ。
当然、そのコロニーにいた何万という人間は、一瞬にして命を落とした・・・。これが、“血のバレンタイン”であり、先の大戦のきっかけともなった事件である。
「・・・原因の究明や回避手段の模索に、今プラントも全力を上げています。またもやのアクシデントで、姫には大変申し訳ないが、私は間もなく終わる修理を待って、このミネルバもユニウスセブンに向かうよう、特命を出しました」
デュランダルのその言葉に、カガリはようやく我に返った。
「幸い、位置も近いので・・・。姫にも、どうかそれをご了承いただきたいと・・・」
「無論だ! これは私たちにとっても・・・いや、むしろこちらにとっての重大事だぞ!」
カガリが声を荒げて告げ、ギュッと拳を握りしめる。
もしも、ユニウスセブンが地球に落ちれば・・・そこに住む何万もの命が失われる・・・。そして、地球の大地も無傷ではいられない。
これは、地球上に住む全ての生命にとって、大問題であった。
「私・・・私にも、何かできることがあるのなら・・・」
「お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください、姫。お力をお借りしたいことがあれば、こちらからも申し上げます」
デュランダルは優しい口調でそう言うが、今のこの状態で、自分にできることなど、何もないということは、カガリ自身にもわかっていた。
この“宙”にいる限り、国に戻ることもできない・・・もどかしさに、カガリはギリッと歯噛みした。
「難しくはありますが、国元とも直接連絡の取れるよう、試みてみます。出迎えの船とも、早急に合流できるよう、計らいますので」
「ああ・・・すまない・・・」
胸のうちにある重い気持ちを吐き出すかのように、カガリは低くつぶやいた。
***
レクルームに入った瞬間、一同から向けられた視線は、少しだけ痛々しいものだったが、それを庇うかのようにシンが前に立ち、うつむくの手を取って、部屋の中央に置かれていた椅子に座った。
もシンに倣い、彼の隣に腰を下ろした。
うつむいたままの彼女に、メイリンがドリンクを差し出し、はようやっと笑顔で「ありがとう」と礼を述べた。そのの笑顔に、一同にも笑顔が戻った。
「・・・けど、なんであれが!?」
ユニウスセブン落下のニュースを聞いたクルーたちも、戸惑いを隠せないようだ。ヴィーノが声をあげると、の背後にいたヨウランが仮説を立て始める。
「隕石でも当たったか・・・何かの影響で軌道がずれたか・・・」
「地球への衝突コースだって・・・本当なのか?」
シンの問いかけに、メイリンがこくりとうなずく。
「バートさんが、そうだって・・・」
は渡されたドリンクを握りしめ、キュッと口唇を噛んだ。
「アーモリーでは強奪騒ぎだし! それもまだ片付いていないのに、今度はこれ!? どうなっちゃってんの? ・・・で、今度はそのユニウスセブンをどうすればいいの?」
ルナマリアが傍らにいるヴィーノに視線を向けるが、ヴィーノは答えることができず・・・それまで黙っていたレイが口を開いた。
「砕くしかない・・・」
あっさりと言いのけたレイに、ヨウランとヴィーノが顔を見合わせた。
「砕くって・・・」
「あれを?」
二人の声にうなずき、レイはさらに続ける。
「あの質量ですでに地球の引力に引かれているというのなら、もう軌道の変更など不可能だ・・・。衝突を回避したいのなら、砕くしかない」
「で、でも・・・でかいぜ? あれ。ほぼ半分に割れてるって言っても、最長部は8キロは・・・」
ユニウスセブンを砕く・・・確かに、それしか方法はない。だが・・・あそこには・・・あの場所には・・・。
――― あの星には、の・・・両親がいるんです
紫水晶の瞳をした彼が、目の前に立つ三人の大人に告げる。
――― の両親は・・・“血のバレンタイン”の犠牲者です
そう・・・あの場所には、の両親がいるのだ。
地球に行ったはずの両親が、なぜユニウスセブンにいたのか・・・? その答えは、彼・・・アスラン・ザラによって知らされた。
――― 母上に、会いに来ていたんだ・・・
そう・・・その頃、ユニウスセブンにいたアスランの母、レノア・ザラに会うため、の両親はその場所にいたのだ。そして・・・同胞だったはずの、地球軍により、殺された・・・。
かねてより、親交のあったレノアとの両親だ。会いに来ていても不思議ではない。だが・・・タイミングが悪かったのだ。
ヘリオポリスに来た地球軍の将校に、両親の最期を聞かされた時のことは、今でもハッキリと思い出せる。頭の中が真っ白になって、幼なじみにすがって泣いた。
この場にいる何人が、そんなの気持ちを知っているだろうか・・・?
「・・・地球、滅亡?」
「だな」
ヴィーノの言葉に、ヨウランがつぶやき、肩をすくめて言葉を続けた。
「んー・・・でも、ま、それもしょうがないっちゃ、しょうがないかぁ? 不可抗力だろ?」
ヨウランのその言葉に、シンは少しだけ胸が痛み・・・はギュッと目を閉じる。
「けど、変なゴタゴタもきれいになくなって、案外ラクかも。オレたちプラントには・・・」
「よくそんなことが言えるな! お前たちはっ!!」
その声を遮るように、鋭い声がレクルームに響き、そこにいたクルーはハッと声の主へと視線を転じた。
怒りに瞳を歪め、レクルームの入り口に立っていたのは・・・オーブの代表、カガリ・ユラ・アスハだった。
慌ててクルーたちは席を立ち、敬礼をする。もちろん、もザフトの軍人として、敬礼をする。だが、シンだけは・・・彼女に視線を向けることなく、そっぽを向いた。
「しょうがないだと? 案外ラクだと!? これがどんな事態か・・・地球がどうなるか、どれだけの人間が死ぬことになるか、本当にわかって言ってるのか、おまえたちはっ!!?」
カガリの叫びが、の胸を抉るかのように響く。うつむく彼女に気づくことなく、カガリは一同を睨みつけた。
「・・・すいません」
ヨウランが少しだけ膨れた様子で頭を下げると、カガリは怒りもおさまらず、さらに言い募った。
「やはり、そういう考えなのか・・・お前達ザフトは!?」
カガリのその決め付けたような言い方に、シンはギュッと拳を握りしめ、カガリの背後にいたアスランも眉根を寄せる。当然、も口唇を噛んで堪えている。
「あれだけの戦争をして・・・あれだけの思いをして・・・! やっとデュランダル議長の施政のもとで、変わったんじゃなかったのか!?」
激昂するカガリに対し、シンやルナマリアたちの表情は冷めていく。この場にいるナチュラルは、彼女だけだ。彼女の背後に立つアスランも、彼女の親友であるも、“コーディネイター”なのだ。
「・・・よせよ、カガリ」
アスランがカガリの腕を引き、冷静になるように諭すが・・・
「別に、本気で言ったわけじゃないさ、ヨウランも。そのくらいのこともわかんねぇのかよ、あんたは」
「なっ・・・!?」
あまりにも酷い言葉を投げかけるシンに、カガリの頭に再びカッと血が上った。
「シン、言葉に気をつけろ」
だが、そのシンに対して、レイが低く咎める。シンはレイのその言葉に、皮肉げな表情を浮かべ、肩をすくめた。
「あ〜・・・そうでしたね。この人、偉いんでした。オーブの代表でしたもんね」
「おまえっ・・・!!」
「いい加減にしろっ! カガリ!!」
シンのその態度に、激昂したカガリが食ってかかろうとするが、アスランがその腕を掴んで止め、幼なじみの少女に視線を向けた。
はカガリともアスランとも視線を合わせようとはせず、静かに目を伏せたままだ。
アスランはため息をつき、カガリを後ろへやると、一歩前に出た。その視線は、シンに向けられている。
「君は、オーブがだいぶ嫌いなようだが、なぜなんだ?」
「アスラン・・・!」
そこで、が反応を示し、アスランの背後に立たされたカガリも、冷静になったようで、彼女の姿に気がついた。
「昔はオーブにいたという話だが・・・下らない理由で関係ない代表にまで突っかかるというのなら、ただではおかないぞ」
「アスランっ!! 違う・・・!!」
アスランの言葉に、が慌てて幼なじみに声をかけるが、それを遮るように、シンが低い声でつぶやく。
「下らない・・・? 下らないなんて言わせるかっ!!!」
少年の紅い瞳が、怒りでさらに赤くなったように見える。
「関係ないってのも大間違いだねっ!! オレの家族は、アスハに殺されたんだ!!!」
アスランを押し止めるような格好だったは、シンのその言葉にギュッと目を閉じた。
その言葉は・・・シンの最愛の少女をも傷つける・・・なぜなら・・・
「国を信じて、あんたたちの理想とかってのを信じて・・・そして最後の最後に、オノゴロで殺されたっ!!!」
あの日・・・オーブを守ろうと、はプラントの歌姫に授けられた機体に乗って、その上空を飛んでいた・・・。自分が向けた銃口が、砲撃が、どこに飛んでいったのかなど、彼女は知らない・・・。
シンにその話を聞いた時、は必死に頭の中で過去の映像を思い浮かべた・・・。もしも、シンの家族を奪った砲撃が、エデンの・・・自分の撃ったものだったならば・・・。
「だから、オレはあんたたちを信じない! オーブなんて国も信じない!! そんなあんたたちの言う綺麗事を信じない!! この国の正義を貫くって・・・あんたたちだってあの時、自分たちのその言葉で、誰が死ぬことになるのか、ちゃんと考えたのかよ!?」
アスランを押し止めるの手が・・・カタカタと震えている・・・。あの日、あの場所で、確かにはオーブの・・・オノゴロの空にいたのだ・・・。
シンの家族を・・・が殺したのかもしれないのだ・・・。
「何もわかってないようなヤツが、わかったようなこと言わないでほしいね!」
吐き捨てるようにそう告げると、カガリの横を通り、シンはレクルームを出て行った。
「お、おいっ! シン・・・!!」
ヴィーノが慌てた声をあげ、ルナマリアたちはあ然としている。
は未だ目をきつく閉じたまま、アスランの胸に拳を当てたままだ。
「・・・」
「カガリ・・・!!」
カガリが声をかけると、はその漆黒の瞳に涙を溜め、彼女の体を抱きしめた。
その光景に、残されたクルーたちは目を丸くする。彼女が、前大戦の英雄であることは、知っていたが・・・それでも、こうしてそれを証明するような光景に出くわすと、改めて実感してしまう。
「・・・知っていたのか・・・? 彼のこと・・・」
アスランの問いかけに、は小さくうなずく。
「おまえや・・・キラが・・・彼の家族を殺したかもしれないことも・・・?」
「っ!!!」
ギュッと目を閉じ、今はもう傍にいないもう一人の幼なじみを思い出す。
あの優しすぎる彼が、もしもシンの家族を・・・。
「・・・ごめん、アスラン・・・ごめんね!」
「っ!」
逃げるように、もレクルームを出ると、そのままシンの姿を捜す。
廊下を突き進むシンの背中に、は数刻前と同じように名前を呼んで、彼を呼び止めた。
「シン・・・あなたの気持ちもわかるけれど・・・でもね、カガリだって・・・」
「あいつの話なら、聞きたくない・・・」
「シンっ・・・!!」
「・・・結局、もアスハの肩を持つんだな。そうだよな・・・かつては一緒に戦った仲間だもんな。青空の聖域・・・・さん」
「!!!」
冷たく言い放ち、シンはに背を向けて歩き出す。
ただ一人・・・は呆然とその場に立ち尽くしていた。
***
ハァ・・・とため息をつき、は一つのドアの前でうつむいた。だが、意を決して顔を上げると、平静を装うように、笑顔で部屋の中に入った。
「・・・カガリ」
電気も点けない薄暗闇の中、カガリはデスク前の椅子に座り、静かに佇んでいた。
そんな親友のもとまで歩き、は持っていたドリンクをデスクの上に置く。そうして、椅子に座ったまま、表情を変えないカガリの前にしゃがみ込んだ。
「カガリ・・・ごめんね・・・」
そっとはその小さな手で、目の前の少女の頬に触れた。
やっと、自分の目の前にいる少女へとカガリが視線を合わせる。視線がぶつかると、は優しく微笑んでみせた。
「・・・久しぶりだね、カガリ」
「・・・・・・!!」
「ごめんね、本当に・・・色々・・・。二年前のことも・・・シンのことも・・・」
「っ!!!」
「ウズミ様のしたことは、間違っていなかったって、私は思うよ? 確かに、あの戦闘で私たちは沢山の命を奪った・・・。だけど・・・戦わなければ私たちも・・・カガリもアスランも、キラだって・・・」
戦わなければ、死んでいた。戦争とはそういうものだ。守りたいから、戦った。少なくとも、自分やあの二人の幼なじみは、そういう考えの下、MSに乗ったのだ。
「仕方ないよ・・・シンの気持ちだって・・・わかるでしょ? いきなり家族を喪って、誰を恨めばいいのかわからなくて・・・彼は、戦争そのものと・・・“アスハ”という存在を憎んだ・・・。今は、わかってくれって言っても、シンには届かない・・・。今のシンは・・・誰かを、何かを恨むことで、前へ進もうとしているから・・・」
そこが、キラとは違うところだ。二年前、が愛した少年は、誰かを守りたいために、戦うことを選んだ。自分の愛したを守りたいから、力を得ることを選んだ。
だが、シンは違う。失いたくない思いが彼を強くした。“力が欲しい”と願う気持ちは、キラもシンも同じだが、向かう意識が違いすぎる。キラは・・・あの幼なじみは、誰かを・・・何かを恨むということは、けしてしなかったのだから・・・。
「だから・・・わかって? カガリ・・・。残酷なことかもしれないけど・・・シンが、前に進めるように、もう少しだけ・・・」
「・・・っ!! っ!!!」
カガリがの胸に飛び込んでくる。の胸にすがって、声をあげて涙を流した。
「・・・カガリ・・・!!」
はそんな親友の金の髪を撫で、きつく目を閉じた。
彼女の愛する地球を、守りたい・・・いや、守らなくてはならない・・・そう誓った。
***
泣き疲れて眠ってしまったカガリを残し、部屋を出ようとしたは、戻ってきたアスランに気まずそうな表情を浮かべ、まともに言葉も交わさないまま、その場を後にした。
迷うことなく、向かった先は、艦橋。
そこにいた艦長と議長に、は敬礼をし、先ほど決意した言葉を、二人に告げた。
一方、その頃・・・プラントからはイザーク・ジュール率いるジュール隊がユニウスセブンに向かっており、ミネルバも同じようにユニウスセブンへと近付いてきていた。
シンはすでにパイロットスーツに身を包んでおり、MSデッキに並ぶ自身の愛機を見つめていた。
そこに、彼の恋人の姿はなく・・・シンは罪悪感に捕らわれる。さっきは、感情に任せて、にずい分とキツイ言い方をしてしまった。
背後のドアが開き、シンは視線をそちらへ移す。同じように薄紫を配したパイロットスーツに身を包んだレイだ。彼は、シンには気を向けることなく、ディスプレイに向かい、データチェックを始めた。
そんなレイを振り返り、シンはその背中を見つめる。
「なんだ?」
「い、いや・・・別に・・・」
先ほどの件で、何か言われるかと思ったが、レイはいつものように淡々としている。
「気にするな。オレは気にしていない」
レイのその言葉に、シンは目を丸くしてその背中を見やる。
「おまえの言ったことも正しい」
レイの言葉に、どこか安堵を覚え・・・シンは再びMSデッキへと視線を移した。
シンがそうしてMSデッキを見つめていた頃・・・アスランは部屋を出て、一つの場所へと向かっていた。
エレベーターへ向かうと、そこからルナマリアが出てくる。彼女は、アスランの姿に少しばかり驚いたようだった。
「あら・・・いいんですかぁ? お姫様は」
皮肉のこめられたその言葉に、アスランは目を細め、カガリを非難するルナマリアを軽く睨んだ。
「・・・彼女だって、父親も友達も亡くしている。あの戦争で」
アスランがつぶやくように言うと、通り過ぎようとしていたルナマリアは、驚いたように振り返った。
「・・・何もわかっていないわけじゃないさ」
そう言い捨てて、アスランはエレベーターへと乗り込んだ。
エレベーターのドアが開くと、艦橋内のモニターにユニウスセブンが映し出されたところだった。
アスランはチラッとそれに目をやった後、一歩、ブリッジ内へと足を進める。
「ボルテールとの回線、開ける?」
「いえ、通常回線はまだ・・・」
タリアとメイリンの会話を聞きながら、アスランがさらに足を進めると、デュランダルが彼に気づき、振り返った。
「どうしたのかね、アスラン・・・いや、アレックス君」
デュランダルのその声に、タリアもアスランに気づき、そちらへ視線をやる。アスランは、少しだけ躊躇したが、やがてハッキリと言い切った。
「無理を承知でお願いします。私にもMSをお貸しください」
アスランのその言葉に、なぜかタリアは苦笑を浮かべ・・・そして口を開いた。
「確かに、無理な話ね。今は他国の民間人であるあなたに、そんな許可が出ると思って? カナーバ前議長のせっかくの計らいを無駄にでもしたいの?」
「わかっています・・・。でも、この状況を、ただ見ていることなどできません。使える機体があるのなら、どうか・・・」
「気持ちはわかるけど・・・」
かつての、ザフトレッド・・・大戦の英雄アスラン・ザラとしての申し出に、タリアは言葉を返すが・・・。
「いいだろう、私が許可しよう」
横合いからかかった声に、アスランとタリアが目を丸くした。
「議長!?」
「・・・議長権限の特例として」
「ですが、議長・・・」
「戦闘ではないんだ、艦長。出せる機体は一機でも多い方がいい。腕が確かなのは、君だって知っているだろう? それに・・・」
デュランダルは、そこで言葉を切り・・・意味深な笑みを浮かべる。
「彼女も、出るというのだから・・・」
***
《MS発進3分前・・・。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す。発進3分前、各パイロットは・・・》
アナウンスの流れるハンガーに、ミネルバのパイロットが集まる。
そんな中、ルナマリアがザクのコックピット前でヴィーノにぼやいた。
「粉砕作業の支援って言ったって、何すればいいのよぉ・・・」
フト、彼女の視線がパイロットスーツに身を包んだその存在に気づく。
先ほど乗ってきた“ザクウォーリア”のコックピット前で、技術主任のマッド・エイブスから機体の説明を受けているのは・・・あのアスラン・ザラだったのだ。
「なんか、あの人もザクで出るんだってさ〜・・・」
「へぇ・・・ま、MSには乗れるんだもんね・・・」
「それから・・・あっちもね」
「え?」
ヴィーノが顎で示した先には、アスランの搭乗するザクウォーリアと同じ、緑色のザクが発進準備をしていた。
そのコックピットに乗り込もうとした細いシルエットに、ルナマリアは驚愕の声をあげる。
「な・・・!!? っと、だったっけ・・・」
背中に流されていた黒髪を、一つに結い上げ、ヘルメットをかぶるその姿は、間違いなくインパルスの専属整備士のものだった。
「・・・シンは、知ってるわけ? このこと」
「さぁ? さっき、いきなりパイロットスーツで現れて、ザクで出るって言うから、驚いたよ。まぁ、あっちも腕は確かだからね」
カガリの部屋を後にしたは、ブリッジへ向かうと、タリアとデュランダルにアスランと同じことを願い出たのだ。
彼女は“整備士”として、このミネルバに乗っているが・・・アスランとは違い、れっきとしたザフトの軍人である。許可は簡単に出たが・・・。
初めて乗るザクのコックピットに、は少しばかりの違和感を抱きつつも、発進準備を進める。
やがて・・・レイのザクファントムがカタパルトへと運ばれていくが・・・。
《発進停止! 状況、変化!》
突如告げられたその言葉に、は視線をあげる。
《ユニウスセブンにて、ジュール隊がアンノウンと交戦中!》
ジュール隊・・・その名に、アスランが驚きの声をあげた。
「イザーク!?」
かつての戦友の名前に、アスランは懐かしさを覚えるが・・・。
《各機、対MS戦闘用に装備を変更してください!》
よもや、戦闘になろうとは・・・とアスランは、それぞれコックピット内で舌打ちした。
《さらに“ボギーワン”確認! グリーン25デルタ!》
「どういうことだ!?」
さすがに、その混乱極まる状況に、アスランは声をあげていた。
目の前のモニタに、メイリンの姿が映る。
《わかりません! しかし、本艦の任務がジュール隊の支援であることに変わりなし! 換装終了次第、各機発進願います!》
その頃、シンはコアスプレンダーに乗り込む前に、告げられた情報に戸惑いを覚えていた。
――― アスラン・ザラと、・もザクで出るんだってよ!
なぜ・・・なぜあの二人が・・・? なぜ、が自分に黙って戦闘に・・・?
《シン、気をつけて》
「!!」
聞こえてきたザクからの通信に、シンはハッと我に返り・・・気を取り直して前を見据える。
「・・・シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!」
シンのインパルスがフォースインパルスガンダムへと姿を変えると、レイのザクファントムが発進する。
「レイ・ザ・バレル、ザク発進するぞ!」
レイが発進すると、続けてルナマリアもヘルメットのバイザーを下ろし、告げる。
「ルナマリア・ホーク、ザク出るわよ!!」
赤色のザクが発進し、アスランは先ほどルナマリアにかけられた皮肉を思い出す。
――― 状況が変わりましたね。危ないですよ。おやめになります?
バカにするな、と一言返し・・・アスランはため息をつく。
「・・・アスラン・ザラ、出る!」
先に飛び出して行った幼なじみの緑色の機体を見つめ、は静かに目を閉じた。
二度と乗るつもりはなかったMS・・・命を奪いたくなくて、それで整備士の道を選んだのに・・・だが、こうして自分は再びここへ戻ってきてしまった。
《システムオールグリーン、ザク発進どうぞ!》
メイリンの発進を促すアナウンスに、は閉じていた目を開く。
「・・・・、ザク発進しますっ!!」
その漆黒の瞳には、すでに迷いはなく・・・宙を映し出していた。
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