《あんまり成績良くないんだけどね、デブリ戦・・・》

 コックピットに聞こえてきたルナマリアのぼやきに、シンは辺りを警戒しつつも、言葉を返す。

 「向こうだって、もうこっちを捉えてるはずだ。油断するな!」
 《わかってる! レイみたいな口利かないでよ、調子狂うわ!》

 シンの注意を促す言葉に、ルナマリアはいつもの調子で返してきた。
 モニターで“ボギーワン”の位置を見つめ、シンは眉根を寄せる。

 『何でだ? 何でまだ何もしてこない・・・?』

 そう、ルナマリアに言ったように、敵艦はこちらの動きを捉えているはずだ。それなのに・・・先ほどから“ボギーワン”は動こうとしない。
 罠に嵌ったことを、二人が知るにはまだ早かった。


君はもうどこにもいなくて 、僕は靄がかった影に手を伸ばす

 まるで、自分たちだけが別の空間にいるかのように、ブリッジの後方部分には沈黙が訪れ、それでも戦闘指揮は変わらずに続けられていた。
 背後の存在も気になるが、今はとにかく、戦闘中だ。
 タリアは、必死に前面のモニターに意識を集中させた。

 「議長、それは・・・」

 カガリが腰を上げ、言葉を紡ぐがそれを制するように、デュランダルが言葉を続けた。

 「ご心配には及びませんよ、アスハ代表。私は何も、彼らを咎めようというのじゃない」

 メイリンは、どうやら議長たちの会話が気になるようで・・・チラチラとこちらの様子を窺っている。
 もちろん・・・それはタリアやアーサーたちにとっても同じで・・・。

 「全ては私も承知済みです。カナーバ前議長が彼らに取った措置のことはね。それに・・・をザフトに迎え入れ、偽名を名乗ることを許したのも、私です」
 「なっ・・・
!!

 告げられた幼なじみの事実に、アスランが黒髪の少女を振り返り、カガリも目を見開いて“コーディネイター”の親友を見つめた。
 ・・・いや、はそんな二人に視線を合わせることができず・・・また、このミネルバクルーたちにも、全てを黙っていたことを後ろめたく思い、顔を上げられずにいた。

 「ただ、どうせ話すなら・・・本当の君たちと話がしたいのだよ、アスラン君、そして。それだけのことだ」
 「・・・・・・」

 微笑みを浮かべ、アスランとを見るデュランダル。
 まさか、こんな形で自分の“本当”を曝け出すことになるなんて・・・。

 「インパルス、“ボギーワン”まで
1400!」

 困惑するアスランとの耳に、オペレーターの声が飛び込む。

 「未だ進路も変えないのか・・・? どういうことだ?」

 シンが抱いた疑問を、アーサーも抱き、アスランが一歩遅れて事態を悟った。

 「・・・しまった!」
 「囮(デコイ)だっ
!!

 タリアが叫ぶのと、アスランがその事実を口にしたのは、ほぼ同時だった。

***

 デブリベルト・・・その散らばるコロニーの残骸から姿を見せたのは、アーモリーワンにて奪取された“カオス”、“ガイア”、“アビス”の新型三機だった。
 シンとルナマリアを含む四機の
MSは、姿を見せた三機の新型に、慌てて散開した。その隙間をアビスのビームが駆け抜けた。
 だが、カオスが狙ったゲイツは無残にも討ち取られ、炎に包まれてしまう。

 《ショーン
!!

 ルナマリアの叫び声が、シンのコックピットに響く。

 「散開して各個に応戦っ
!!

 シンがすぐさま指示を飛ばし、その声にルナマリアのザクと、もう一機のゲイツが離れていく。
 向かってくる砲撃を避けながら、モニターの光点を睨みつけたシンは、次の瞬間に目を見開いた。

 「
!!? “ボギーワン”が・・・!?

***

 「“ボギーワン”、ロスト
!!

 ミネルバのブリッジに、その報告が飛ぶと、アーサーが目を剥く。

 「な・・・何ぃ
!?
 「ショーン機もシグナルロストです!」

 アーサーの驚愕の声に続き、メイリンも悲痛な声をあげた。

 「イエロー
62ベータに熱紋3! これは・・・“カオス”、“ガイア”、“アビス”です!!

 メイリンの報告に、タリアは口唇を噛み締める。すでに、ショーン機は新型三機に撃たれたのだろう。

 「索敵急いで! “ボギーワン”を早く
!!

 飛び交う指示の声に、カガリは不安げな表情を浮かべ、隣に座るの横顔に視線を移した。
 あの頃と変わらない・・・いや、二年前よりもずい分と大人びた横顔は、その澄んだ漆黒の瞳でモニターを見据えている。

 「・・・

 堪えきれずに、カガリがその名前を呼ぶ。
 が、そのカガリの声にピクッと反応し、そっとこちらに顔を向けた。
 向けられた表情は・・・微笑みで・・・その大人びた微笑みに、カガリは胸の奥が苦しくなった。

 「機関最大! 右舷の小惑星を盾に回り込んで
!!

 タリアの声に、はカガリに向けていた微笑みを消し、再び前面に目をやった。
 ミネルバは背後から迫るミサイルを振り切るように走る。その右舷に巨大な岩の塊が迫った。ミサイルは尚もミネルバに追いすがり、後部の迎撃システムに撃ち落され、または小惑星の剥き出しの岩肌にぶつかり、火花を散らした。その衝撃に、ブリッジは激しく揺れ、クルーたちの悲鳴が洩れた。
 は知らず知らずのうちに、隣に座るカガリの手を握りしめ、キッと前を見据える。

 「メイリン! シンたちを戻して! 残りの機体も発進準備を! アーサー、迎撃!」

 タリアの指示が飛ぶ中、はカガリの手をきつくきつく握りしめていた。


 ミネルバから発せられた帰還をうながす電文に、シンとルナマリアはあ然とし、今さらながらに罠に嵌められたことを悟った。

 「けど・・・これじゃ、戻れったって・・・
!!

 執拗に迫ってくる三機の
MSに、シンは舌打ちしてみせた。


 「後ろを取られたままじゃどうにもできないわ! 回り込めないの
!?

 背後から狙ってくる敵艦に、タリアが苛立たしそうに声を荒げるが、目の前に座る操舵士は首を横に振った。

 「無理です! 回避だけで今は・・・」
 「レイのザクを・・・」
 「これでは発進進路も取れないわ!」

 操舵士の言葉に、アーサーが提案するが、それはタリアによって一蹴された。

 「ミサイル接近! 数
6!!

 索敵担当のクルーが声をあげるも、アスランは首をかしげた。

 『直撃コースじゃない・・・これは・・・!』

 ハッと思い当たった直後、アスランが口を開くより前に、隣に座っていた黒髪の幼なじみが声を発した。

 「艦長! 艦を小惑星から離してください
!!
 「えっ
!?

 部下の言葉に、タリアが振り返ったその直後・・・ミサイルはミネルバが身を寄せている小惑星に次々に命中し、岩の破片を雨のように降らせ始めた。
 その衝撃に、艦体が大きく吹き飛ばされ、ブリッジに再び悲鳴が起こる。

 「右舷が・・・! 艦長
!!

 アーサーが絶叫をあげ、轟音が響く中、タリアが支持を飛ばす。

 「離脱する! 上げ舵
15!」

 指示の声をあげるも、新たに「第二波」が接近し、タリアは減速を命じた。
 ミサイルは艦体の前面に直撃し、吹き飛ばされた岩の弾幕をまともに食らう。
 アスランはシートから振り飛ばされないように必死にしがみつき、カガリはギュッと目を閉じ、変わらずに手を繋いだままのの手に、指を絡めて強く握りしめた。
 巨岩により、艦体を押し潰されることは免れたが、その巨岩によって、ミネルバは完全に進路をふさがれてしまった。
 それでも、敵はミネルバに襲い掛かってくる。新たに
MSMAが接近しているというのだ。

 「エイブス! レイを出して!」

 タリアはすぐさま
MSデッキへと通信を入れる。だが、この状況では発進進路を取ることなどできないだろう・・・。

 「・・・歩いてでも何でもいいから! 急いでっ
!!

 返ってきた言葉に、タリアは怒鳴りつけるように命じ、次いでメイリンに声をかけた。

 「シンたちは
!?
 「インパルス、ザクは依然カオス、ガイア、アビスと交戦中です!」

 新型三機に対し、こちらは二機・・・しかも、ザフトレッドといえども、彼らはこれが初陣だ。こちらに戻ることすら難しいだろう。今は、落とされないようにするしかないのだ。

 「この艦には、もう
MSはないのか?」

 デュランダルの突然の問いかけに、タリアは振り返り、キッパリと告げた。

 「パイロットがいません」

 告げられたその言葉に、アスランはドキッとし・・・チラリと幼なじみに視線を移した。
 彼女は視線をモニターから自身の足元へと移し・・・カガリの手を握りしめていた。

***

 しつこく追い回してくる三機に、シンは苛立ちを募らせ、何とか母艦に戻ろうとするが、やはり二機相手に新型三機は手強かった。

 「くそっ・・・ミネルバがっ
!!

 悔しそうに歯噛みするシンの脳裏に、愛しい少女の笑顔が浮かぶ。
 ミネルバには、レイしか残っていない。一機のザクファントムで、どれだけ母艦を守りきれるだろうか?

 「・・・
!!

 小さくその名を呟き、シンはギュッと操縦桿を握りしめた。


 「・・・シンっ」

 何故か・・・シンの顔が思い浮かび、は咄嗟に彼の名前を呼んでいた。
 隣に座るカガリは、そんなを不思議そうに見つめ、慌しいブリッジ内に、冷静なアスランの声が響く。

 「右舷のスラスターはいくつ生きてるんです?」

 アスランのその言葉に、必死に考えを巡らせていたタリアは眉間に皺を寄せ、彼を振り返る。
 不機嫌そうなその表情で、デュランダルを見ると、彼は促すようにうなずいてみせた。

 「・・・
6基よ。でも、そんなのでノコノコ出てっても、またいい的にされるだけだわ!」

 言い捨てるようにそう告げると、タリアは再びアスランに背中を向けた。
 だが、そのアスランの言葉に、が何かに気づき、彼の言葉を足すように口を挟んだ。

 「艦長、違います。同時に右舷の砲を一斉に撃つんです。小惑星に向かって!」

 ね、アスラン?と、少女はエメラルドの双眸に微笑みかける。
 その笑顔に、アスランも微笑み、うなずき・・・振り返ったタリアに告げた。

 「爆圧で一気に船体を押し出すんですよ! 周りの岩も一緒に」
 「あ・・・」

 アスランの提案は、タリアには思いつかなかった案だ。だが・・・それでは、あまりにもリスクが高すぎる。

 「バカ言うな! そんなことをしたら、ミネルバの船体だって・・・」

 アーサーがそんなアスランとの提案を否定するかのように、声を荒げた。
 小惑星を撃つということは、先ほど敵の砲撃で受けたのと同じダメージを艦に与えることになるのだ。すでにボロボロの状態である艦が、その衝撃に耐えられるかどうか、わからないのだ。

 「今は状況回避が先です! このままここにいたって、ただ的になるだけだ!」

 アスランはさらに言い募るが、アーサーの視線は明らかに好意的ではない。当然だ。アスラン・ザラは部外者なのだから。
 それならば・・・と、が口を開く。

 「艦長・・・ここは彼を・・・私の幼なじみを信じてください。彼の言葉は、私の言葉です。このミネルバの一クルーとしての意見ならば、文句はないでしょう? 副艦長」
 「なっ・・・
!!

 の皮肉げな言い回しに、アーサーは口ごもり・・・タリアはフゥとため息をついた。

 「確かにね・・・。いいわ、やってみましょう」
 「艦長・・・!」
 「この件は後で話しましょう、アーサー」

 不服そうな声をあげるアーサーを制し、タリアは指示を下し始める。
 ホッと胸を撫で下ろし、アスランは改めて幼なじみの少女を見つめた。

 「・・・ありがとう、
 「このくらい、どうってことないでしょ、アスラン」

 愛しい少女の笑顔に、少しだけ心は晴れたが・・・やはり、どこかで自分の中にある“軍人”としての気持ちに戸惑いを覚えていた。

***

 一方、その頃・・・レイは先ほどと同じように、赤紫のMAと戦っており、シンとルナマリアは二機でカオス、ガイア、アビスと相変わらず戦闘中だった。
 やはり、このままではミネルバは落ちてしまう。タリアの下した判断は、正しいものだったのだろう。

 「右舷スラスター全開っ!」
 「右舷全砲塔、てぇーっ
!!

 タリアの号令と、アーサーの号令が重なる。全てのミサイル発射管から、ミサイルが放たれ、トリスタンが火を噴いた。次の瞬間、すさまじい衝撃が艦体を襲い、ミネルバを横殴りにした。
 ミサイルが爆発し、その爆圧により艦体が押し出された。

 「回頭
30! “ボギーワン”を撃つ!」
 「タンホイザー、照準、“ボギーワン”!」

 タリアとアーサーの号令が飛ぶ中、艦首が開き巨大な砲口が覗く。このミネルバの主砲である“陽電子砲タンホイザー”だ。

 「てぇーっ
!!!

 タリアの号令の声に応えて、その巨大な砲口から陽電子砲が放たれた。
 砲撃は“ボギーワン”の右舷をかすめ、爆発が起こる。掠めただけとはいえ、その損害は大きい。“ボギーワン”は撤退せざるをえなかった。

 「“ボギーワン”離脱します!」

 ホッとしたような声がブリッジに響き、メイリンの声が続いて響く。

 「インパルス、ザク・ルナマリア機、パワー危険域です」
 「艦長、さっきの爆発でさらに第二エンジンと、左舷熱センサーが・・・」

 なんとか撃沈は避けたものの、ミネルバ艦体の損傷は激しい。敵艦を目の前にしながら、もはやこれ以上は打つ手はない。

 「グラディス艦長」

 苛立たしげに歯噛みするタリアに、デュランダルが背後から声をかけた。

 「もういい。後は別の策を講じる」

 そのデュランダルの言葉に、タリアは悔しそうだ。つまり、今回の作戦は失敗したのだ。

 「私もアスハ代表をこれ以上振り回すわけにもいかん」
 「・・・申し訳ありません」

 うなだれるように、タリアは頭を下げ、は繋いでいたカガリの手をそっと離した。

 「あ・・・」
 「議長、艦長、私はこれで失礼します。インパルスも戻ってくるでしょうし・・・」

 カガリが小さく声をあげるが、は毅然とした態度でその場を辞し、ブリッジを出た。
 ブリッジを出ると、は重いため息をつき・・・静かに目を伏せ、何かを振り払うかのように頭を振ると、その場を離れた。

***

 帰還したシンたち三人を待っていたのは、整備士の少女ではなく、管制担当のメイリンだった。
 メイリンは姉たちに労いの言葉をかけると、先ほどブリッジで起こった出来事を少々興奮気味に話し始めた。
 まずは・・・オーブの随員が“アスラン・ザラ”であった、ということだ。

 「アスラン・ザラ
!? あいつが?」

 シンが驚愕の声をあげると、メイリンはうなずき、言葉を続ける。

 「だってぇ、議長が言ったのよ、“アスラン・ザラ君”って! それで彼、否定しなかったんだもの! それでね、それでね・・・もっと驚いたことがあったのっ
!!!

 眉根を寄せて、メイリンの言葉を聞いていたシンは、興味なさそうにそっぽを向いた。

 「あのね・・・って、“”じゃなかったの!」
 「は? 何言ってんの、メイリン」
 「・・・“”、“青空の聖域”だったの
!!
 「
!!?

 “青空の聖域”・・・それは、ザフトにとって忌むべき存在・・・。
 二年前の大戦で、ヘリオポリスにて起こったザフトの
MS奪取事件、そこで敵対したのが、“ストライク”と“サンクチュアリ”だったのだ。
 その空色の機体と、名前、他者を寄せ付けない圧倒的強さから、けして侵されることのない場所・・・“青空の聖域”と呼ばれたのが、“
GATX106 SANCTUARY”だった。
 完全に伝説とされ、パイロットの名前も素性もわかっていない“フリーダム”とは違い、サンクチュアリのパイロットは素性が知れていた。オーブの
MS開発をしていた両親・・・ヘリオポリスのカレッジに通い、戦乱に巻き込まれ、MSのパイロットとなった少女・・・“”・・・。

 「・・・・・・」

 は、レクリエーションルームに一人で座り込んでいた幼なじみの姿を見つけ、そっと彼に歩み寄った。

 「・・・アスラン」
 「
!!!

 の声に、アスランはガバッと顔を上げ、幼なじみの少女を見つめた。

 「お疲れ様・・・巻き込んじゃって、ごめんね? カガリにも、謝っておいてね」
 「・・・いや・・・」
 「こんなとこで一人で、どうしたの? カガリは?」
 「・・・二年前のことを、思い出していた・・・」

 アスランの呟きに、はそっと目を伏せ、彼の隣に腰を下ろした。

 「戦って、命を落とした人たちのことを・・・ミゲル、ニコルたちのことを・・・」
 「・・・・・・」

 の脳裏にも、二年前の出来事が蘇る。
 ヘリオポリスを出てから、ずっと一緒だった親友の恋人トール・ケーニヒ。恨まれ、恨んだこともあるフレイ・アルスター。最後は敵として現れたけれど、それでも
AAのために・・・自分たちのために命を落としたナタル・バジルール。そして・・・

 ――― 、お前は死ぬんじゃねぇぞ
 ――― ムウさんっ
!!!!

 膝の上に置いた拳が、フルフルと震える。そのの拳に、そっとアスランの大きな手が触れた。

 「・・・、どうしてあの時・・・
AAを出た?」
 「アスラン・・・」
 「どうして、オレに・・・カガリにもラクスにも・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・キラにも、黙ってプラントに行ったんだ?」
 「っ
!!!

 幼なじみの口から発せられた、もう一人の幼なじみの名前・・・大好きだった、心の底から愛した彼の名前・・・。

 「だって、あの人、前は・・・」
 「何言ってんのよ、あんたは。いくら昔・・・」

 その時、ちょうどタイミング悪く、レクリエーションルームにルナマリアたち
4人が入ってきた。
 入り口をくぐり、そこにいたアスランとの姿に、言葉が止まり、メイリンは慌ててレイの背後に隠れた。
 は、そこにいた
4人の中に、シンの姿を見つけると、慌ててアスランの手を跳ね除け、立ち上がった。だが、シンは気まずそうに視線を逸らすだけだった。

 「へぇ・・・ちょうど貴方たちの話をしていたところです、アスラン・ザラ。それに・・・

 少しばかり皮肉の篭もった口調で、ルナマリアが少しも動じずに声をかける。
 先ほどまでは、普通に“友達”として接してくれていたルナマリアの、その態度に、はズキッと胸が痛んだ。だが、彼女たちを騙していたことは、事実なのだ。

 「まさかというか、やっぱりと言うか・・・。伝説のエースとかの有名な“聖域”殿に、こんな所でお会いできるなんて、光栄です」
 「ルナ・・・」

 明らかに棘のあるその言い回しに、は悲痛に満ちた声をあげるが、アスランは視線を逸らし、つぶやく。

 「・・・そんなものじゃない。オレはアレックスだよ」
 「だからもう、
MSにも乗らない?」
 「ルナっ
!!

 非難の声をあげるを、ルナマリアは睨みつけると、メイリンは身をすくめ、シンが声をあげた。

 「よせよ、ルナ。オーブなんかにいるヤツに! ・・・何もわかってないんだから」

 そのまま、レクルームには入らず、立ち去って行くシンに、は慌てて後を追う。

 「シン・・・
!!

 レイが敬礼をし、その場を離れると、メイリンは戸惑ったようにレイとレクルーム内の姉を見やった。

 「でも、艦の危機は救っていただいたようで・・・ありがとうございます」

 ルナマリアの言葉に、アスランは眉根を寄せ、うつむいた。
 そのアスランの心を占めるのは、黒髪の少女のこと・・・あの頃、笑顔を見せていた彼女は、もはや何処にもいなくて・・・。手を伸ばす先は、まるで見えない靄の中だった。

***

 「シン、待って! シンっ・・・
!!

 ミネルバの廊下に、の声が響き・・・少しだけ歩幅を緩めれば、彼女の手が自分の腕を掴んだ。
 腕を掴まれると、そのまま足を止め、は回り込むようにして、シンの前に立った。

 「ごめんね、シン・・・ホントに、ごめんね?」
 「・・・なんでが謝るわけ?」
 「だって・・・私・・・ずっとシンのこと、騙してたんだよ? “”だって言って、本当の自分を隠してた」
 「・・・・・・」
 「ごめんね、シン。こんな私のこと、許せないよね・・・ごめんね・・・」
 「っ
!!

 ギリッと歯噛みし、シンはの腕を掴むと、そのまま廊下を突き進んでいく。向かった先は、に与えられた部屋だ。
 部屋内に入り、ドアにロックをかけると、そのままの勢いで彼女の体を抱きしめた。
 驚いた彼女には構わず、乱暴にの小さな口唇にキスを落とすと、ためらいがちだったが、そっと首に腕を絡めてきた。

 「・・・許せないとしたら、それは・・・が、“”だったことを理由に、オレから離れようとすること」
 「えっ・・・?」
 「でも、でも、どっちでもいい。オレが好きになったのは、あんただから・・・名前なんて、どうでもいい。あんたは、あんただろ?」
 「・・・シン・・・んっ・・・」
 「オレが愛してるのは、でもでもない・・・今目の前にいる、君だから・・・」
 「シンっ・・・
!!

 ベッドの上にの体を押し倒し、そのまま彼女の体を抱きしめる。
 変わらない彼女のよく知った香りに、シンはホッと安堵の息をこぼした。
 戦闘直後の疲れきった体だったが、彼女の体を組み敷いた途端、そんなことすら忘れて、必死になっての体を求めていた。

 「シン・・・ごめんね・・・ありがとう・・・」

 激しく自分を貫くシンの髪に手を差し入れ、そっとその頭を胸に抱きしめた。
 閉じた瞳から、涙が一筋、頬を伝って零れ落ちた・・・。


 そして・・・数時間後、ミネルバに信じられない情報が飛び込んでくる・・・。