「資材はすぐに、ディオキアの方から回してくれるということですが・・・タンホイザーの発射寸前でしたからね。艦首の被害はかなりのものですよ。さすがにちょっと時間がかかりますね、これは」

 マルマラ海沿岸の小さな港に横付けされたミネルバを、艦長のタリアとエンジニアのマッド・エイブスが見上げていた。

 「・・・そうね」

 小さく息を吐き、タリアはその目を港の一角に向けた。桟橋にミネルバのハッチから運び出された黒い袋が並んでいる。袋の中には、タリアの部下であったザフト兵の体が収められているのだ。

 「ともかく、できるだけ急いで頼むわ。・・・いつもこんなことしか言えなくて悪いけど」
 「いえ、わかってますよ、艦長・・・」

 タリアは再び、深いため息をついた。


どれだけ手を伸ばしても、君には届かなくて


 「では、ハイネ・ヴェステンフルスの遺品、お預かりします」

 ワゴン車の後部ハッチが閉められるのを、たちは黙って見守った。やがて、車が発車し、たちはそれを敬礼で見送った。車が見えなくなるまで、彼らはそうしていた。
 やがて、無言で5人は踵を返し、ミネルバへ戻った。

 「・・・あいつらのせいだ・・・」

 ミネルバへ向かう途中、の隣を歩くシンがボソッとつぶやいた。皆の視線が、一斉にシンに向けられる。歩む足も自然と止まっていた。

 「あいつらが変な乱入してこなきゃ、ハイネだって・・・!」
 「シン・・・」

 真紅の瞳を怒りに燃やしながら、シンは憎々しげにつぶやき、がそっと肩に手を置く。
 シンの言う“あいつら”というのは、とアスランにとって、もっとも親しい者たちだ。

 『・・・キラ・・・』

 はそっと目を閉じる。その瞼の裏に、白いMSが蘇る。目の前で、グフの武装を破壊したフリーダムの姿が・・・。

 「だいたい、なんだよ、あいつらっ! 戦闘をやめろとか! あれがホントにアークエンジェルとフリーダム!?」
 「・・・・・・」

 シンの怒りの瞳が、アスランへと向けられる。

 「本当に、何やってんだよ、オーブは! バカなんじゃないの!?」
 「シン・・・!!」

 吐き捨てるようにそう言い残し、シンは勢い良く歩き出す。その後をが慌てて追いかけ、ルナマリアはアスランの顔色を窺ったのち、シンたちの後を追った。レイは律儀にアスランに敬礼をしてから、彼らの後を追いかけた。
 アスランの脳裏に、オーブで見たキラとラクス、カガリの笑顔が思い出され・・・そしてハイネの最期と、二年前・・・キラに殺された友人の幼い笑顔を思い出した。

 「・・・くそっ!」

 アスランは力任せにタラップの手すりを殴りつけた。

***

 ミネルバ艦内の廊下を突き進んでいくシンの後を、は慌てて追った。明らかに怒っているのがわかるが、彼女としても、言いたいことがある。

 「シン・・・! シン、待って!!」

 慌ててパシッと腕を掴めば、それまで突き進んでいたシンが歩みを止める。一歩遅れて、も足を止め、そのままグルリとシンの前に身を躍らせた。

 「あなたが、オーブを憎む気持ちはわかるけど・・・」
 「またアスハの援護? は、いつもそうだな。そうやって、アスハを庇う・・・」
 「庇うって・・・そんなつもりは・・・」
 「じゃあ、は全部認めろって言うのか!? あいつらがしたこと全部! ハイネが死んだことも、あいつらの・・・あのフリーダムのせいじゃないって言うのかよっ!!?」
 「・・・シン・・・」
 「だいたいっ・・・なんなんだよ、あいつ・・・! いきなり現れて、ミネルバの主砲撃って・・・戦場をメチャクチャに混乱させて・・・」
 「・・・・・・」
 「なんで、そんな奴らを庇うんだよっ!!!」

 キッと赤い瞳が自分を睨みつけてきて・・・は気まずくて、思わずシンから目を逸らしてしまった。

 「・・・あいつらが、二年前、の味方だったってことは、知ってる」
 「シン・・・」
 「でも、だからなんだって言うんだよ!? 今は違うだろ? 今はザフトのだろ!!?」
 「シン・・・!」
 「今は・・・オレの恋人のだろっ!!!?」

 咄嗟に言葉を返せないを、シンは冷たく見据え・・・そのまま立ち尽くすの横を通り過ぎた。

***

 「え・・・? あの艦の行方を?」

 決意を胸に秘め、アスランは艦長室を訪れると、自分の思いをタリアに告げた。彼女は、驚いたように自分を見つめている。

 「はい。艦長もご存知のことかと思いますが・・・私は先の大戦時、ヤキン・ドゥーエではあの艦・・・AAと共にザフトと戦いました」

 アスランは真剣な瞳で、その事実を自分の口から告げた。

 「おそらくあのMS・・・フリーダムのパイロットも、AAのクルーも・・・そして、あそこで名乗りを上げたオーブの代表も・・・私にとっては皆、よく知る人間です・・・」

 それはもちろん、彼と共に戦ったも同じだろう。いや、アスランよりもの方が、ヘリオポリスからずっと一緒だった仲間。情もあるだろう。

 「だからこそ尚更・・・この事態が理解できません・・・というか、納得できません」
 「それは確かに・・・私もそうは思うけど・・・」
 「彼らの目的は、地球軍に与したオーブ軍の戦闘停止、撤退でした。しかし、ならばあんなやり方でなくとも・・・こんな犠牲を出さなくとも、手段はあったように思います!」

 アスランの口から発せられる強い言動の言葉に、彼もまたタリア同様、AAやフリーダムに対し憤りを感じていることが窺えた。

 「彼らは・・・何かを知らないのかもしれません。間違えているのかもしれません・・・。むろん、司令部や本国も動くでしょうが・・・そうであるなら、彼らと話し、解決の道を探すのは・・・私の仕事です」

 よりも、アスランの方が冷静に彼らと話せるだろう。何より、は二年間、彼らと連絡を取り合わずにいたのだ。その懐かしいと感じる気持ちが、何かよからぬことを起こさせぬためにも・・・ここは、アスランが行くのが最適だろう。

 「それはザフトの・・・フェイスとしての判断、ということかしら?」

 その意思を確認するように、タリアはアスランに問いかけた。もしも彼がAAと合流し、そのまま寝返ってしまうのなら・・・という懸念があったのだ。だが、アスランは迷いのない視線を真っ直ぐにタリアを見つめた。

 「はい」
 「・・・なら、私に止める権限はないわね」

 小さく息を吐きながら、タリアが椅子から腰を上げる。

 「確かに無駄な戦い、無駄な犠牲だったと思うもの、私も。・・・あのまま地球軍と戦っていたら、どうなっていたかはわからないけど」

 スッとアスランに視線を向け、微笑んだ。

 「いいわ、わかりました。あなたの離艦、許可します。・・・でも、一人でいいの?」
 「はい、大丈夫です。ありがとうございます。あの・・・それで・・・」
 「え?」
 「・・・には、このこと・・・言わないでください。オレが一人で彼らに会いに行ったと知ったら・・・」
 「そうね・・・彼女も行きたいと言い出すでしょうし、さすがにフェイスが二人も同時に離艦するというのは、よくないものね。わかりました。には言わないでおきます」
 「すみません・・・本当に・・・。失礼します」

 アスランが敬礼し、部屋を辞した。タリアがため息をつき、椅子に腰を下ろすとほどなくして、ドアのインターフォンが鳴った。

 《レイ・ザ・バレルです。よろしいでしょうか?》
 「どうぞ」

 タリアの返事に、レイが部屋内に入ってくる。いつものように姿勢良く敬礼をし、口を開く。

 「艦長に、具申したいことがあります・・・」

 レイがタリアの部屋を訪れている間、アスランは簡単に荷物をまとめると、急ぎ足でセイバーへと乗り込んだ。モタモタしていれば、に見つかる可能性がある。もしも彼女に追求されれば、キラたちに会いに行くことを告げてしまうだろう。
 だが、セイバーの近くにはシンやヴィーノたちの姿があり・・・恐らく、にも彼がセイバーで出て行ったことは知らされるだろう。
 セイバーがミネルバを離れ・・・アスランは人目につかない場所にセイバーを隠すと、車に乗り換え、私服に着替え、ダーダネルス海峡付近に位置する港町を情報収集に出かけていた。だが・・・すでに小さな町を二つほど訪れているが、情報は何一つ入ってこない。
 ため息をつき、車を再び走らせたアスランは、道路を横切った少女の姿をバックミラー越しに見つけ・・・思わず驚いて車を止めた。

 「ミリアリア!! ミリアリア・ハウ!!?」

 アスランが名前を叫べば、少女がピタッと足を止め・・・驚いた様子で振り返り、目を丸くした。

 「え・・・アスラン・ザラ!?」

 少女は、先の大戦でAAに乗っていた戦闘管制担当のミリアリア・ハウだった。ミリアリアは、キラとのカレッジでの友達だ。戦争で恋人を失ったが、それを乗り越え、共に最後まで戦った仲間だった。
 アスランとミリアリアはオープンカフェに腰を落ち着け、まずは今までのことを話し合った。そして、アスランが自分の近況を話せば、ミリアリアは少し呆れたような表情になった。

 「そう・・・。それで、開戦からこっち、オーブには戻らずにザフトに戻っちゃった、ってわけ?」
 「・・・まあ、簡単に言うと、そういうことだ。あ、向こうではディアッカにも会ったが・・・」
 「えぇ?」

 アスランがディアッカの名前を口にすれば、途端にミリアリアが眉間に皺を寄せ、声をあげた。これは・・・失敗したかもしれない。

 「そ・・・それはともかく、AAについて、何か聞いていないか?」
 「・・・何かって?」

 警戒するような表情を浮かべ、ミリアリアが尋ねる。

 「・・・あの艦がオーブを出たことは知っていたが、一体またなんでこんなところで・・・あの介入のおかげで、だいぶ・・・その・・・」
 「・・・混乱した?」
 「え?」

 アスランの言いたいことをズバッと言い当てたミリアリアに、思わず驚いて声をあげてしまった。

 「知ってるわよ。全部見てたもの。私も」

 言いながら、ミリアリアは持っていたバッグを開き、そこから何枚かの写真を取り出し、テーブルの上に置いた。アスランはそれに手を伸ばす。
 それはダーダネルスでの戦いを撮ったものだった。何枚か捲り、そこに自身の赤いMS、そして空色のMSが映っているのを見つける。彼女は、が戦場に復帰したことを知っているのだろうか?
 黙って写真を見つめていたアスランは、爆発し炎をあげるオレンジ色の機体を見つけ、思わず眉をしかめ、写真をテーブルに伏せた。

 「・・・が」

 しばし黙り込んだ後、アスランが口を開く。ミリアリアは怪訝そうな表情を浮かべ、目の前に座る少年を見つめた。

 「が・・・またサンクチュアリに乗っていることを、知っているか?」
 「・・・やっぱりこれ、なんだ?」

 ミリアリアはテーブルに置かれている写真の中から、空色のMS・・・サンクチュアリの映っている写真を手に撮り、それを見つめた。

 「二年前、いきなりいなくなって・・・私にもサイにも、あなたたちや・・・キラにも心配かけて・・・こんなとこにいたのね・・・」
 「は、彼女の意思で戦うことをやめるためにザフトに入った。今は、その持てる力で戦争を止め、大切なものを守るためにサンクチュアリに乗っている」
 「変わってないじゃない。二年前と・・・」
 「だが今は、が守りたいのは・・・キラじゃない」

 ミリアリアの目が細められる。鋭い視線でアスランを睨みすえた。

 「・・・それで? あなたは、AAを探してどうするつもりなの?」
 「話したいんだ。会って話したい。キラとも、カガリとも」
 「・・・今はまたザフトのあなたが?」
 「それは・・・!」

 ミリアリアの警戒するような口調に、アスランは思わず腰を浮かせ、声をあげた。
 だが、ハッと我に返り、慌てて再び腰を下ろした。

 「オレは誰かに命令されて、彼らを捜しているわけじゃない・・・。当然じゃないか!」
 「・・・いいわ。手がないわけじゃない。あなた個人になら、繋いであげる」

 ミリアリアのその言葉に、アスランはホッと息を吐き、笑みを浮かべた。

 「私もだいぶ長いことオーブには戻ってないから、詳しいことはわからないけど・・・」

 写真をまとめ、それを見つめるミリアリア。そこには、フリーダムとサンクチュアリが映っていた。

 「・・・誰だってこんなこと、ホントは嫌なはずだものね・・・きっとキラだって・・・だって・・・」
 「もちろん、だって望んで戦闘に出ているわけじゃない。キラだってだって、オレだって・・・みんな、“守りたいもの”のために戦うんだ・・・」

 キラもアスランも・・・そして、シンも・・・彼らの守りたいものは同じはずだ。の・・・最愛の少女の、笑顔だ。そして、少女も・・・守りたいものがある。彼女が愛する人々と、自分が心から安らげる場所・・・。

***

 ――― ごめん・・・キラっ!!

 AAに新たに造られた温泉に浸かりながら、キラは先日、戦場で再会した少女の言葉を思い出していた。
 明らかに拒絶されたというのに、今まだ彼女を諦めきれない・・・。なぜ、彼女はザフトにいるのだろうか?
 ・・・彼女の大切なラクスを暗殺しようとした、ザフトに・・・。

 「うわ! 何するんだ、ラクス! やめろよ!」

 女湯の方から聞こえてきた、カガリのそんな声に、キラはハッと我に返った。
 どうやら、壁を隔てた向こうに、ラクスとカガリがいるらしい。

 『カガリ・・・ラクス・・・が守ろうとした二人・・・』

 あの二人の少女も、先日の戦いでサンクチュアリの姿を目にしている。もちろん、そこに乗っていたのがであることも知っているだろう。

 「だって、とても暗いお顔をなさってるのですもの」

 ラクスの言葉に、思わずキラは自分が言われているような気分になり、そっと頬に触れた。

 「どうされましたか?」

 柔らかな声で、ラクスが尋ねる。少し、間があった後、カガリが答える。

 「これで・・・良かったのかな、って、思って・・・」

 カガリが暗く沈んだ声でつぶやいた。カガリのその落ち込んだ声に、キラは思わず心配になり、女湯のある方へ顔を向けた。

 「・・・オーブのことも・・・のことも・・・止められなかったから・・・」
 「カガリさん・・・」

 ごめん、と告げられたあの声が、再びキラの脳裏に蘇る。そして、あの日・・・アスランが告げようとしていた言葉を・・・。

 ――― キラ・・・には・・・

 ――― 誤魔化せないってことかも・・・

 あの夕暮れ・・・慰霊碑の前で出会った少年を思い出す・・・。燃える炎のような瞳をした、黒髪の少年・・・恐らく、の大切な人であろう、あの少年を・・・。

 「・・・まず決める」
 「え?」
 「そして、やり通す」

 ラクスが凛とした声で、カガリに告げた。迷いのない声で・・・。

 「・・・それが、何かを為す時の、唯一の方法ですわ。きっと」
 「ラクス・・・」
 「ね?」

 優しいラクスの声がする。キラの幼なじみが大好きだ、と言った優しい声だ・・・。

 「ん・・・ありがとう」

 歌姫の言葉にカガリはしっかりとした声で答えた。
 きっともう、迷うことはないだろう・・・自分も・・・カガリも・・・。決めて、それをやり通す・・・それが、正しいと信じて・・・。

***

 一方、アスランが去った後のミネルバでは・・・。

 「探索任務ぅ!? ・・・で、ありますか?」
 「そーだ! これも司令部からの正式な命令なんだぞ」

 目の前に立つアーサーの命令に、シンが不服そうな声をあげ、彼の両脇に座るレイとが軽く彼を諌めた。

 「地域住民からの情報なんだが・・・」

 アーサーがパネルを操作し、付近の地図を表示させた。

 「・・・この奥地のポイントに連合の息がかかった、何やら不明な研究施設のようなものがあるそうだ。今は静かだそうだが、以前は車輌や航空機、MSなども出入りしていた、かなりの規模の施設ということだ」

 エーゲ海の海岸線から内陸に入り込んだポイント・・・そこを示し、アーサーが告げる。

 「君たちには明朝、そこの調査に行ってもらいたい」
 「そんな仕事にオレたちを・・・で、ありますか?」
 「シン、いい加減にしろ」

 シンの不満げな口調に、レイがとうとう声をあげるが、アーサーは別段気にした様子もない。

 「おいおい、そんな仕事とか言うな。もし武装勢力が立てこもっていたらどうする?」
 「あ・・・」

 何せ、何がいるのかがわからないのだ。そのための“調査任務”である。
 ミネルバは現在、アスランが“フェイスとしての任務”で艦を離れており、ルナマリアも艦長直々に任務を与えられ、今はいない。現在残されている戦力は、フェイスのと、レイ、そしてシンだけだ。

 「今は静かといっても、まだ使用されているかもしれん。重要な施設なら当然、厳重に警戒してるだろうしな・・・いやいや、もしかしたら地下に巨大秘密基地が・・・」
 「副長、とりあえず、任務内容は把握できましたので、我々はすぐにでも明朝に向けての準備に取り掛かります」
 「あ・・・う、うむ。とにかく、そういう任務だ。しっかり頼むぞ!」

 が空想に耽るアーサーに声をかけると、彼はハッと我に返り、威厳を正してそう告げた。

 「了解しました」

 レイが告げ、三人は敬礼をしそのままブリーフィングルームを後にした。
 なんだって、こんな下らない任務を与えられなきゃならないのか・・・シンは心の底でうんざりしていたのであった。

***

 AAの艦橋に突然入った通信に、キラやカガリたちが呼び出された。

 《ダーダネルスで天使を見ました。また会いたい。赤のナイトも姫を捜しています。どうか連絡を・・・。ミリアリア》
 「ミリアリア・・・?」

 通信文の最後に書かれたその名前に、キラは思わず声をあげた。

 「“赤のナイト”・・・?」
 「・・・アスラン?」

 プラントに行く、と言ったまま戻らないもう一人の幼なじみを思い浮かべたキラの横で、カガリが声をあげた。ホッとしたような、驚いたような声音で。

 「ターミナルから回されてきたものなんでしょ?」

 マリューが確認すると、チャンドラが「はい」と答えた。
 ターミナルというのは、地下組織の呼称で、今回の戦争が始まってからも、様々な情報をAAに提供してくれている。ミリアリアも、そのターミナルを利用したようだ。

 「“ダーダネルスで天使を見た”って・・・じゃ、ミリアリアさんもあそこに?」
 「彼女、今はフリーの報道カメラマンですからね。来ていたとしても不思議ではありませんが・・・」

 意外そうなマリューの声に、ノイマンが答えるが・・・問題は、この通信文が本当にミリアリアからのものなのかどうか、ということだ。これだけでは、真実はわからない。だが、カガリはそれを疑いもせず、明るい表情でキラを見た。

 「アスランが・・・アスランが戻って来ているんだ! キラ!」
 「・・・プラントから、ということか?」

 押し黙ったままのキラに、バルトフェルドが口を開いた。
 アスランを疑うことなどしたくない。だが、ラクスが狙われているのだ。厳重なくらいの警戒が必要だ。

 「・・・さんだって、ザフトにいる。もしも彼女が何も知らずにザフトにいて・・・その力を利用されてるんだとしたら・・・」

 マリューが考え込み、一同が言葉を失うが・・・バルトフェルドがおもむろにキラに声をかけた。

 「さぁて、どうする? キラ。誰かに仕掛けられたにしちゃ、なかなかしゃれた電文だがな」
 「でも、ミリアリアさんの存在なんて・・・」

 それこそ、もしもザフトが仕組んでいるのだとしたら、彼女の名前を知っていて、なおかつAAとの連絡方法も知っている人物は・・・しかいない。
 が罠を張ったのか・・・それとも、これは本当にミリアリアからなのか・・・。だが、前者の可能性は極めて低い。だってオーブは撃ちたくないはずだ。そして今も変わらず、カガリを守ろうとしている。それは、ダーダネルスの戦闘でもわかっていることだ。彼女はあの時、ムラサメからカガリを守ったのだから。

 「・・・会いましょう」

 が自分たちを騙すはずがない。ずっと、幼い頃から一緒だったキラを、が騙すはずはない。

 「アスランが戻ったのなら、プラントのことも色々とわかるでしょう」
 「だがな・・・」

 キラの言葉にバルトフェルドがチラリとラクスを見やる。

 「でも、AAは動かないでください。僕が一人で行きます」
 「え・・・?」

 ラクスとカガリが不安そうな表情を浮かべる。だが、それが最善の方法であることは、誰もがわかっている。AAが行くとなれば、目立ちすぎるし、何より・・・これが罠だったら、フリーダムだけならなんとか切り抜けられるだろう。

 「大丈夫、心配しないで」
 「私は、一緒に行くぞ!!」

 笑みを浮かべてラクスとカガリに言ったキラに、だがカガリは声をあげた。一瞬、反対しようと思ったが・・・言っても聞かないことは、よく知っている。

 「・・・いいよ。じゃ、僕とカガリで」

 キラの言葉に、カガリはホッとした表情を浮かべてみせた。

***

 ホテルの一室で、パソコンのモニタをぼんやりと見つめるアスラン・ザラの姿を、向かいのホテルの一室から双眼鏡で覗く少女がいた。
 やがて、アスランが立ち上がり、電話の受話器を取る。何か一言二言やり取りがあった後、アスランが慌てて部屋を出て行き、少女・・・ルナマリアも慌てて後を追った。
 あの日、アスランが離艦した後、なぜかルナマリアはタリアに呼ばれた。何の用事かと思い、行ってみれば、アスラン・ザラを尾行しろという命令だったのだ。
 セイバーでアスランが飛び立つと、ルナマリアも艦から乗ってきた小型ジャイロに乗り込み、アスランの後を追いかけた。

 エーゲ海の海岸にフリーダムがゆっくりと降り立ち、コックピットからキラとカガリが出てきた。夕焼けに染まるエーゲ海はとても綺麗だったが、今はその景色に気を取られている場合ではない。カガリに手を差し伸べ、崖を登ったキラたちの視界に、人影が映りこんだ。

 「キラ!」
 「ミリアリア!」

 名前を呼ばれ、キラも少女の名前を呼び返した。笑顔で歩み寄ったお互いは、その無事な姿にホッとしたようだ。

 「あぁもうホントに! 信じられなかったわよ、フリーダムを見たときは! 花嫁を攫ってオーブを飛び出したっていうのは聞いてたけど」
 「いや、そ、その話は・・・」

 ミリアリアの視線がカガリに向けられ、慌てた様子でカガリが言葉を発した。

 「あの・・・それより、アスランは?」
 「・・・ごめん。用心して通信には載せなかったんだけど・・・彼、ザフトに戻ってるわよ」
 「ザフトに・・・アスランが!?」

 カガリの目が見開かれ・・・キラも愕然とするが・・・何度も脳裏を掠めた予感に、心の中で舌打ちした。
 ザフトにはがいる。もう何度もそれを自覚した。そして、もしも・・・もしもアスランが“を守りたいとは思わないか?”と勧められたら、彼は迷わずの傍を選ぶだろう。キラ自身、もしもそんな言葉をかけられたら・・・間違いなく、ザフトに行くだろう。それだけ、キラとアスランにとって“”という存在は大きいのだ。
 キラの肩に、トリィが舞い降りる。アスランがかつて自分のために造ってくれたこのペットロボットは、今も変わらず自分の傍にいるというのに・・・あの二人の幼なじみは・・・。

 「ただあなたたちと話したいって・・・それ以外の意思はなさそうだったから、こうして仲介したんだけど・・・」

 ミリアリアが小さくつぶやくと、一同の耳に空を切り裂くような音が聞こえてきた。キラが不意に目を上空にやれば、赤いMAがこちらへ飛んできていた。そのMAがMSへと展開し、キラたちからやや離れた遺跡の手前に着陸した。

 「あの機体・・・」

 その機体に、キラは見覚えがあった。ダーダネルスの戦いの時、あの赤い機体がいたはずだ。
 やがて、ハッチが開き、コックピットから見慣れた人影が下りてくる。キラたちは、固唾を呑んでアスランがこちらへ歩み寄ってくるのを見つめた。

 「キラ・・・カガリ・・・」
 「アスラン・・・」

 アスランが二人の名を呼び、キラも幼なじみの名前を呼んだ。どこか痛々しげな表情を浮かべるアスランに、掴みかかったのはカガリだった。

 「どういうことだっ、アスラン! お前っ!!?」

 問い詰められ、アスランは視線を逸らしてしまう。

 「ずっと・・・ずっと心配していたんだぞ! あんなことになっちゃって、連絡も取れなかったけど・・・。でも、なんで? なんでまたザフトに戻ったりなんかしたんだ!?」
 「その方がいいと思ったからだ、あの時は・・・。自分のためにも・・・オーブのためにも・・・」
 「そんなっ! 何がオーブの・・・」
 「カガリ・・・」

 言い募るカガリに、咄嗟にキラが声をかけ、スッとアスランの前に進み出た。

 「あれは・・・君の機体?」

 キラの目が向けられているのは、真紅のMS・・・セイバーだ。

 「ああ」
 「じゃ、この間の戦闘・・・」
 「ああ、オレもいた。今はミネルバに乗ってるからな」

 告げられたその事実に、カガリは言葉を失い・・・キラは眉間に皺を寄せた。

 「・・・の傍に、いるんだね?」
 「・・・ああ」
 「のために、いるんでしょう?」
 「・・・そうだ」

 キラがグッと拳を握りしめる。アスランがフト、キラの左手に視線を移した。その左手の薬指に、今も変わらずシルバーのリングが嵌められているのを見つけ、知らずアスランは視線を逸らしていた。
 今、キラの胸に湧き起こるのは怒りだろうか? それとも悲しみだろうか? 渦巻くそのどす黒い感情に、キラは自身を抑えきれなくなりそうだった。

 「お前を見て、話そうともした。でも、通じなくて・・・。だが・・・なぜあんなことをした? あんな・・・バカなことを・・・。おかげで戦場は混乱し・・・お前のせいで、いらぬ犠牲も出た・・・」
 「バカなこと・・・?」

 アスランの言葉に、カガリが呆然とした表情を浮かべた。

 「あれは・・・あの時ザフトが戦おうとしていたのは、オーブ軍だったんだぞ!? 私たちはそれを・・・」
 「あそこで君が出て、素直にオーブが撤退するとでも思ったか!? 君がしなけりゃいけなかったのは、そんなことじゃないだろう!?」

 アスランの怒鳴り声に、カガリは言葉を失ってしまう。

 「戦場に出て、あんなことを言う前に、オーブを同盟になんか参加させるべきじゃなかったんだ!」
 「それは・・・」
 「でも、それで・・・?」

 言葉を詰まらせるカガリに代わり、キラがアスランに問う。

 「君が、いや・・・君たちが今はザフト軍だっていうなら、これからどうするの? ・・・僕たちを捜してたのは、なぜ?」
 「キラ! それは・・・」
 「やめさせたいと思ったからだ、もうあんなことは!」

 その問いかけに、アスランはキッパリと答えた。

 《ユニウスセブンのこともわかっているが、その後の混乱はどう見たって連合が悪い》

 ルナマリアは一同を見下ろせる崖の上で、イヤホンから聞こえてくる会話に耳を澄ませていた。

 《それでもプラントはこんなバカなことを、一日でも早く終わらせようとがんばっているんだぞ? なのにお前たちは、ただその状況を混乱させているだけじゃないか!》

 アスランの声を、ルナマリアは神妙な顔つきで聞いた。そう、アスランの言うことに間違いはない。だが・・・そんなアスランの言葉に、キラと呼ばれた少年は顔色一つ変えずに問い返した。

 《・・・本当に、そう?》
 《え?》
 《プラントは本当にそう思ってるの? あのデュランダル議長って人は? ・・・戦争を早く終わらせて、平和な世界にしたいって?》
 《お前だって、議長のしていることは見てるだろう? 言葉だって聞いただろう? 議長は本当に・・・》
 《そのために、を戦場に戻したの? 彼女は戦いたくないって言っていたのに・・・?》
 《それは・・・!》

 キラの言葉に、アスランは言葉を詰まらせた。どうやら、この二人にとって“”という存在は弱みとも言えるようだ。
 だが、キラが次に発した言葉は、ルナマリアには理解できないものだった。

 《そして・・・あのラクス・クラインは?》

 突然出てきた歌姫の名前に、ルナマリアは首をかしげる。

 《今プラントにいる、あのラクス・クラインは何なの?》
 《あ・・・あれは・・・》

 キラの指摘に、アスランが目に見えて動揺した。

 《そしてなんで、本物の彼女はコーディネイターに殺されそうになるの?》
 《えっ・・・!?》

 驚愕の声をあげるアスランと、自分の声が重なる。
 一体、どういうことだ・・・? 本物の彼女とは・・・? 殺されそうになるとは・・・?

 《殺されそうにって・・・なんだ、それは!?》
 《オーブで・・・僕らはコーディネイターの特殊部隊と、最新型MSに襲撃された。狙いはラクスだった。だから、僕はまたフリーダムに乗ったんだ。ラクスを守るために・・・の守ろうとしたラクスを、僕が守るために・・・》

 “フリーダム”という名前に、ルナマリアが愕然とした。キラ・・・彼が、あのフリーダムのパイロットだったのだ・・・。

 「・・・彼女は、誰に、なんで狙われなきゃならないんだ? それがハッキリしないうちは、僕にはプラントも信じられない」
 「キラ・・・」

 グルグルと頭の中を考えがよぎる。そのアスランの視界の隅・・・キラの胸元がキラリと光ったのを見つけた。無意識にそちらを見れば、そこにはキラの左手にあるリングと同じものが銀色の鎖に繋がれていた。聞かなくてもわかる・・・のものだ。

 「そして・・・僕は今でもを守りたいと思ってる・・・だけを、守りたいって思ってる・・・。だから、彼女をそんなザフトに置いておくわけにはいかないんだ・・・!」

***

 ミネルバから発進した三機のMSはアーサーに教えられた施設へと向かっていた。
 どこかかったるそうなシンを連れ立って、とレイは施設へと足を踏み入れる。

 「誰もいない・・・みたいね・・・」
 「まだわからない。慎重に進もう」
 「うん」

 銃を構え、シンが一番先を歩き、続いて、最後はレイが務めた。
 やがて、薄暗い通路を抜け、スライド式のドアを開け、中へと入る。レイが中に進んでいき、シンがドア脇にあったスイッチを入れると意外にも灯りがついた。

 「なんだ、ここは・・・?」

 シンがつぶやき、レイが奥へ入っていく。は辺りを見回し、嫌な記憶を引きずり出した。

 『まるで・・・メンデルみたい・・・』

 大型のコンピューターや計測機器らしきもの、そして奥に並ぶガラスケース・・・。がギュッと眉間に皺を寄せ、床から天井まで伸びるその円柱のようなケースの内部を確認しようとするが・・・

 「レイっ!!?」

 聞こえてきたシンの悲鳴に、は我に返った。

 「レイ・・・どうしたんだよ、レイっ!!」
 「シン!? レイ!!?」
 「・・・レイが・・・レイが・・・!!」

 シンがうずくまるレイの肩に手を置き、うろたえた様子でに訴える。レイは床に膝をつき、胸を押さえ、喘いでいる。

 「レイ! しっかりしなさいっ!!! レイっ!!」
 「あ・・・ああ・・・うぅ・・・!!」

 苦しみ、返事さえ寄越せないレイの様子に、はシンを振り仰いだ。

 「シン! すぐにミネルバに連絡をっ! 引き返すわよ!!」
 「え・・・あ・・・うん!!」

 の冷静な判断に、シンはすぐに踵を返し、外にあるインパルスへと駆けて行った。

***

――― そして・・・僕は今でもを守りたいと思ってる・・・だけを、守りたいって思ってる・・・。だから、彼女をそんなザフトに置いておくわけにはいかないんだ・・・!

 キラの真っ直ぐな瞳は・・・アスランの戸惑いに揺れる瞳を静かに見つめていた。