――― 僕はこの力で、必ず君を守る・・・。もう、誰にも君を撃たせはしない

 「・・・っ! キラっ!!!」

 叫んだ瞬間、涙がこぼれた。きっともう、戻れない・・・あの日々を思い出して・・・。


ゆっくりと流れていく血の流れを、最後まで見ていたかった


 呆然とフリーダムを見つめるの目に、懐かしい白い戦艦が映った。そして、その戦艦から、新たなMSが一機飛び立つ。
 淡い赤色のその機体の左胸には、獅子の印・・・そして、そのMSから、全周波での通信が発せられた。

 《私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ!》

 聞こえてきた声に、シンが動きを止めた。アスランは愕然とし、はギュッと唇を噛んだ。

 《オーブ軍! ただちに戦闘を停止せよ!》

 カガリの脳裏に、先ほどのAAクルーとのやり取りが思い出された・・・。

***

 「オーブが・・・スエズに軍を派遣・・・!? そんな・・・! ウナトは・・・首長会は一体何を・・・!」
 「だが仕方なかろう・・・? 同盟を結ぶということは、そういうことだ」

 バルトフェルドが冷たくそう言い放つ。カガリは言葉を失った。

 「そして・・・それを認めちゃったのは、カガリでしょ?」
 「キラ・・・!」

 どこまでも冷静なキラの言葉に、ラクスが咎めるように声をかける。

 「・・・こうなるとは・・・思ってなかった?」
 「わ・・・私は・・・っ」
 「そう言わないの・・・」

 言葉に詰まるカガリに、マリューが宥めるようにキラに声をかけた。

 「私たちだって、あの時、強引にカガリさんを連れてきちゃって・・・。彼女がオーブにいたら、こんなことにだけは、ならなかったかもしれないのよ?」
 「・・・!!」
 「いえ・・・同じことだったと思いますよ」

 やはり、キラは冷たくそれに答える。それに対し、カガリはグッと拳を握りしめ、バルトフェルドが不思議そうな表情を浮かべた。

 「あの時のカガリに・・・これが止められたとは思えない」
 「でも・・・今はきっと・・・」

 ラクスが、席を立ちゆっくりとキラたちの方へと歩み寄ってきた。

 「違いますでしょう? 今のカガリさんになら・・・あの時見えなくなっていたものも、お見えになっていらっしゃると思いますわ」
 「ラクス・・・」

 カガリが目を丸くしてラクスを見つめれば、彼女は優しく微笑んでくれた。

 「だが、どうするこれを? オーブがその力を持って連合についたとなると・・・また色々と変わるだろうな。バランスが」

 バルトフェルドが、冷静に現実を突きつけてくる。

 「ええ、そうね・・・」
 「それが今後・・・」
 「キラ!」

 マリューが同意し、バルトフェルドが言葉を続けようとすると、カガリが咄嗟に弟の名を呼んだ。呼ばれたキラは、視線をカガリへと向ける。

 「発進してくれ!」

 カガリのその決意に、クルーたちがハッとなる。

 「カガリ・・・」
 「今さら馬鹿げた干渉かもしれないが・・・この戦闘、出来ることなら私は止めたい! オーブは・・・こんな戦いに参加してはいけない・・・。いや、オーブだけではない・・・本当はもう、どこも・・・誰も・・・! こうして戦うばかりの世界にいては、いけないんだっ!! だから頼む! キラっ!! そうして少しずつでも、間違えてしまった道を今からでも戻らねば! オーブも!」

***

 《現在、わけあって国元を離れてはいるが、このウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハが、オーブ連合首長国代表であることに変わりはない!》

 聞こえてくる声に、戦場にいる全ての者が、あ然としてそれに聞き入っている。
 は操縦桿を握りしめ、ギュッと眉間に皺を寄せた。どこまで彼女の声が通じるか・・・いや、きっと彼女の声は届かない・・・。こんなことで、オーブが軍を退くとは思えない。

 《その名において命ずる! オーブ軍は、その理念にそぐわぬこの戦闘をただちに停止し、軍を退け!》

 カガリの必死の呼びかけに、ミネルバのブリッジでは戸惑いが生まれていた。

 「艦長、あの・・・」

 アーサーがタリアに声をかけるが、彼女はそれを片手を挙げて制した。

 「いいからちょっと待って。本艦は今、一番不利なのよ?」

 戦場は現在、突然乱入してきたAAとフリーダム、そしてあの淡紅色のMS・・・ストライクルージュによって完全に動きを止めている。彼女の命令に従うべきかどうか、決めあぐねているのだろう。一方、ミネルバは先ほどのフリーダムの攻撃により、甚大な損傷を受け、身動きもままならない。もしもこのまま、AAとフリーダムまでもが敵に回ってしまったら・・・。

 「まったく・・・何がどうなっているんだか・・・。まさかこのままオーブが退くなんてことは・・・」

 恐らく、それはないだろう。タリアが一人思案に耽ると、MSデッキから通信が入った。

 《艦長、動きがあったらこっちも出ますよ。いいですね?》

 ハイネのその言葉に、タリアはうなずいた。

 「ええ、お願い」

 さて・・・あとは、オーブ軍がどう出るか・・・だ。
 そして、一方AAでは・・・。

 「艦長、ミネルバ付近にいる青色のMS・・・!!」
 「え?」

 チャンドラの声に、マリューは声をあげる。目の前のモニターに映し出された青色のMS・・・見慣れたその姿とは、若干形が違うが、間違いない・・・。

 「サンクチュアリ!?」
 「え・・・!?」

 マリューの声に、ラクスが驚いたように声をあげ、AAのクルーたちはハッと息を飲む。
 かつて、AAに乗っていたが今はザフト軍艦ミネルバにいることを、一同は知っていた。だが、彼女はパイロットではなく、整備士としてミネルバに乗っていた。その彼女がまさか、あれに乗っているというのだろうか?

 「・・・あの機体に通信できる?」
 「やってみます!」

 すぐさま、かつて味方機であった空色の機体に通信が入れられた。

 《こちらアークエンジェル・・・サンクチュアリ、聞こえるか?》
 「!!?」

 コックピットに響いた声に、はハッと我に返った。

 「・・・こちらサンクチュアリ・・・・・・」
 《さん、なのね・・・? やはり・・・》
 「マリューさん・・・お久しぶりです・・・。こんな場所で、再会なんてしたくなかった・・・」

 コックピットのモニターに、懐かしいマリューの顔が映る。AAのモニターにも、の顔が映し出されていた。

 《なぜ・・・貴女がそれに乗っているの・・・? 貴女は、整備士としてミネルバに乗っていたはずでしょう?》
 「ごめんなさい、マリューさん・・・でも、今の私には、守りたいものがあるんです・・・」
 《・・・!》

 聞こえてきた歌姫の声に、が目を見開く。やはり、彼女はそこにいたのだ・・・。

 「・・・ラクス・・・」
 《・・・お会いしたかったですわ・・・あなたと、きちんと会って、お話したかった・・・》
 「ごめん・・・でもね、ラクス・・・私・・・」

 言いかけたの言葉を遮るように、突然、オーブ艦隊から一斉にミサイルが発射された。

 「! カガリっ!!」

 が叫び、咄嗟に飛び出そうとするが、フリーダムがストライクルージュの前に飛び出す。次の瞬間、オーブ艦隊から放たれたミサイルが、ストライクルージュ目掛けて襲い掛かった。だが、それより早くフリーダムの5つの砲口が火を噴いた。まるで雨のように降り注いだミサイルは、その砲撃に薙ぎ払われ、辺りは眩い閃光に包まれた。

 《オーブ軍、何をする! 私は・・・っ》
 《カガリ・・・》

 尚も言葉を連ねようとするカガリに、キラは静かに声をかけ、首を横に振った。彼女の説得は、失敗に終わったのだ。

***

 オーブ艦隊の攻撃を合図としたかのように、地球軍の空母から次々とMSが発進し、ミネルバへ向かう。その中に、カオスとアビス、ガイアの姿も見えた。
 は向かってくるウィンダムやダガーLの武装のみを破壊し、敵を寄せ付けない。

 《! 海中にアビスがいるっ!!》
 「!?」

 シンからの通信に、慌てて意識をそちらへ向ければ、水中からミサイルがサンクチュアリを狙う。それを避け、空母から放たれるミサイルを、すぐさま撃ち落す。
 カオスがセイバーに迫り、無数のダガーLやウィンダムがインパルスとサンクチュアリに向かってくる。シンは敵陣に突っ込み、次々とその機体を破壊していくのに対し、はけしてコックピットは狙わず、頭部や腕、足などを狙い、戦闘力を奪っていく。
 だが、数が多すぎる・・・。サンクチュアリでも相手しきれないMSの数に、とうとうミネルバから全MSが発進される。

 「ハイネ・ヴェステンフルス、グフ行くぜ!」
 「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
 「ルナマリア・ホーク、ザク出るわよっ!」

 三機の新たなMSが発進し、は気を取り直し、辺りに視線をやる。見えた青い翼と赤いMS・・・向かってくるアストレイを撃ち、はそちらへと近づいた。

 《オーブ軍! 私の声がわからないのか!? 言葉が聞こえないのか!?》

 カガリの必死の説得も、もはや彼らには通じない。戦場には地球軍のウィンダム、ダガーL、そしてオーブ軍のM1アストレイ、ムラサメが入り混じり、セイバー、インパルス、グフと戦っている。

 《オーブ軍、戦闘をやめ・・・》

 尚も叫びかけるカガリの目の前に、オーブ軍のムラサメが迫る。ハッと息を飲むカガリだが、瞬時にその腕が何者かに撃ち落された。
 その一瞬後に空色の機体がフリーダムとルージュの間を横切った。

 《!!?》
 「カガリ、もう無駄よ・・・ここは退いて!」
 《!?》

 カガリの驚いた声に、はフッと笑む。だが、そうしている間にも、ルージュにはムラサメやウィンダムが襲い掛かってくる。

 《カガリ、下がって・・・。あとは、できるだけやってみるから・・・》
 《キラっ・・・!!》
 「カガリ、キラの言うことを聞いて! 今のオーブ軍に、あなたの声は届かない!」

 サンクチュアリに狙いを定めたウィンダムが一機、こちらへ向けて発砲する。それを、サンクチュアリがシールドで受け止めようとし・・・目の前に立ちはだかった青い翼の機体がそれを薙ぎ払った。

 「・・・キラ・・・」
 《・・・守るから》
 「え?」
 《僕が・・・君を守るから・・・》
 「!!」

 顔は見えないけれど・・・確かに届いたその声に、はカッと頬に熱が集まったのを感じた。

 《バルトフェルドさん! カガリとAAを頼みます!》
 《了解!》

 バルトフェルドが席を立ち、ブリッジを出て行くのを見送り、マリューが告げる。

 「ムラサメ発進後、本艦はミネルバに向かいます! オーブと地球軍を牽制して!」

 マリューの命令に、クルーが「はい!」と答えた。

 《進路クリアー、バルトフェルド隊長、発進よろしいですわ》
 「アンドリュー・バルトフェルド、ムラサメ、行くぞ!」

 ムラサメがAAから出撃し、はその場を離れようとする。

 《!》
 「・・・キラ」
 《戻って・・・来ないの? もう・・・》
 「・・・・・・」
 《・・・》
 《っ!!》

 聞こえてきた声に、はハッと我に返る。迫ってきたウィンダムをビームサーベルで薙ぎ、その両脚部を切り落とした。
 シンの声がした・・・シンの声が、を現実に引き戻した。もう戻れない・・・わかっていたはずだ。

 「・・・ごめん、キラ!!」
 《! 待って・・・》

 飛び去ろうとするフリーダムを邪魔するかのように、ウィンダムが飛んでくる。慌ててキラはライフルを向かってきたウィンダムに向けた。
 カガリはバルトフェルドに任せ、キラはその場を離れる。向かった場所は、ザフトのMSが戦っている戦場の只中だ。サンクチュアリも、そっちへ向かった。
 呆然とするカガリの目の前に、アストレイが迫る。カガリは自軍のMSを撃つことなどできず、ハッと息を飲んだ。だが、次の瞬間、後方から放たれたビームがアストレイを撃った。

 《撃てないのなら、下がれ、カガリ!》

 バルトフェルドの怒号に、カガリは言葉を失う。

 《ここでお前が落ちたら、それこそオーブはどうなる!?》
 「っ!!!」

 グッと唇を噛み、カガリは涙を堪えるが・・・それでも、目には涙が浮かぶ。
 父の言葉が・・・そして目の前で散っていくいくつもの命が、カガリに涙を流させる。こんな様を見たくなくて、ここへ来たはずなのに・・・。

***

 サンクチュアリがミネルバから離れると、代わりに二機のザクがミネルバの守りについた。だが、それでも敵の数は多い。迫ってくるウィンダムやダガーLを、レイとルナマリアが撃ち落すが、それでも減らないMSに、突然横合いからビーム砲が飛んできた。

 「か、艦長! あの艦が・・・!!」

 アーサーが声をあげる。モニターを見れば、後方から白亜の艦が主砲を撃ちながら接近してくる。彼らは、ミネルバを援護射撃しているのだ。

 「初めはこちらの艦首砲を撃っておきながら、どういうことなの!?」

 モニターに映ったフリーダムは、見事な腕ですれ違いざまに敵機の一部をもぎ取っていく。腕、武器、脚部・・・けしてコックピットを狙わないその攻撃は、思わず見惚れてしまうほどに鮮やかだった。
 思えば、セイバーに乗るアスランも、サンクチュアリに乗っているも、今までの戦闘を見ていると、けしてコックピットは狙わない。戦闘能力のみを奪っていっている。
 だが・・・彼らの行動は、ただ単に戦場を混乱させているだけだ。ザフトの敵でもなく、地球軍の敵でもない・・・。
 次々と敵機を落としていくその青い翼の天使を見つめ、タリアは歯噛みした。

 カオスの執拗な攻撃を交わし、敵機を落としながら、アスランは必死にフリーダムに呼びかけた。

 「キラっ! キラ・・・!!」

 だが、フリーダムから返事はない。もちろん、キラはこの真紅の機体に乗っているのがアスランだとは知らない。ただ、サンクチュアリに乗っているのがだということは、気づいているようだ。先ほどから、フリーダムはサンクチュアリを追うように移動している。
 次々と敵を落としていくサンクチュアリの傍に、インパルスが近づく。

 《!》
 「シン・・・!!」

 戦場で気を抜けば、それは死を招く。だが、今この場での恋人の声は、どんなにか安心することか・・・。だが、そのシンの目前に、青い翼のMSが迫ってきた。

 《なっ・・・!?》
 「キラ! やめてっ!!! それは・・・」

 が制止の声をかけるが、すでに遅く・・・フリーダムはその手にビームサーベルを抜き、すれ違い様にインパルスのライフルを腕ごともぎ取った。

 《なんだよ・・・あいつっ・・・!?》

 呆然と声を発するシンを後に、キラはそのまま腰のレールガンを展開し、水中にいたアビスに攻撃を仕掛けた。水色のその機体は、フリーダムからの幾度目かの攻撃に、沈んでいくのが上空から見えた。
 次にキラが狙ったのは、ガイアと対峙していたグフだ。ガイアがフリーダムに気づき、襲い掛かってくるが、キラはその攻撃をものともせず、ガイアの両前足と背中の砲塔を切り裂いた。黒い機体はそのまま浅海に叩きつけられる。フリーダムはそこで動きを止めることなく、そのままグフに接近した。

 《手当たり次第かよ! この野郎っ!! 生意気な・・・!!》

 ハイネが叫び、手首のビームガンをフリーダムに向ける。慌ててが両者を止めようと、機体を動かす。

 「キラ! やめてっ!!」
 《やめろ! キラっ! なぜお前がこんなっ・・・!》

 聞こえてきたアスランの声。だが、フリーダムは動きを止めることなく、グフに襲い掛かった。グフの頭部と両腕が爆破と共に宙を舞った。

 「ハイネ!」
 《ハイネっ!!》

 声をあげ、接近しようとしたサンクチュアリに、カオスが迫る。ハッと体勢を整えようとするが、間に合わない・・・。だが、次の瞬間、素早く動きを変えたフリーダムがカオスの腕を薙ぎ払った。

 「キラっ・・・!!」

 が叫ぶが、キラの動きは止まらない。フト、キラの目が背後にいた赤いMSに止まる。そちらへ向かおうとしたフリーダムに、横からグフが襲い掛かった。
 そして・・・同時に真下からはガイアが迫ってきていた・・・。
 ガイアが唯一残された翼のビームブレードを広げ、フリーダムに迫る。だが、そのフリーダムとガイアの間にはグフがいて・・・。頭部のメインカメラを失ったグフには、ガイアの姿が捉えられなかったのだろう。ガイアの黒い機体が、まっすぐにフリーダムへ向かい・・・そのビームブレードがグフの機体を真っ二つにした。

 「ハイネっ!!!!」

 次の瞬間・・・グフは紅蓮の炎を噴き出し、爆破した・・・。

 「っ・・・キラぁぁぁ!!!!」

 涙を流し、が叫ぶ。だが、その声は、キラには届かない・・・。
 迫ってきたガイアを、フリーダムが蹴り飛ばした。大きな水しぶきを上げ、海面に叩きつけられるガイア。その時、地球軍空母から撤退を報せる信号弾が上がった。
 撤退していく地球軍・・・そして、飛び去って行くAAと・・・青い翼の白い機体。

 「キラ・・・!!!」

 はグッと拳を握りしめた。遠ざかっていく白亜の巨艦を見つめる。

 ――― 守るから・・・僕が君を、守るから・・・

 「っ・・・!!!」

 キラのその言葉を思い出し、はサンクチュアリのコックピットで涙を流した。