――― 私は、君に戻って来てもらいたいのだよ、・・・。これを、受け取ってもらいたい

 ――― は、オレが守る! オレが、絶対に守ってやる
!!

 窓の外からディオキアの海を見つめ、はそっと目を閉じた。同時にドアがノックされ、笑顔で挨拶してきたルナマリアに笑顔を返し、二人は連れ立ってアスランの部屋へと向かったのだった。


海の青と空の蒼、同じ青い色なのに何処か違う


 「ん・・・」

 目に突き刺さる眩しい光に、アスランはそっと目を開けた。休暇といえど、少しゆっくりしすぎたかもしれない。あの幼なじみが、驚くかもしれない。
 ゆっくりと体を起こし、フト隣に目をやる。そこに、何か潜り込んでいるのを見つけ、恐る恐る布団を持ち上げ・・・目に飛び込んできたピンクの長い髪に、ギョッとした。

 「ん〜・・・」

 もぞもぞと寝返りを打ったのは・・・間違いなくラクス・クライン・・・ではなく、ミーアだった。

 「えぇぇぇ
!!!?

 その事態に驚き、アスランが声をあげて後ずさろうとし・・・そのまま弾みでベッドから転げ落ちた。その声で目が覚めたのか、ミーアがゆっくりと起き上がり、眠そうに目を擦った。
 真っ青になるアスランの身に、更なる不幸が降りかかったのはそのすぐ後・・・。

 「おはようございます、隊長!」
 「アスラ〜ン! 起きてる
??

 ドアをノックする音と、ルナマリアが呼ぶ声・・・そして・・・の声だ。慌てて立ち上がり、そのままドアの方へ向かうが、自分がアンダーウェアしか着ていない事実に気づき、慌ててズボンに足を通す。

 「アスラン! 良かったら、一緒に食事しない
?? ルナとシンも一緒に!」
 「あっ・・・あぁ、ちょ、ちょっと待って・・・」

 こんな様をに見られたら・・・彼女に誤解されてしまう。ミーアのことをにバレるのも厄介だが、それよりも・・・愛するに誤解されるのが大問題だ。自分は間違いなく潔白だ。ミーアには指一本触れていない。昔から今までずっと、自分は一筋である。

 「・・・アスラン?」
 「あ、あぁ・・・! 今行・・・」

 言いかけたアスランの前で、ミーアが不機嫌そうに立ち上がり、そのままドアへ歩いていく。彼女の意図を察したアスランが、ミーアを止めるより早く、ドアが無常にも開かれた。
 ドアの向こうには、やはりルナマリアと・・・アスランの幼なじみが立っており、姿を見せたミーアに目を丸くしていた。

 「ありがとう。でも、どうぞお先にいらしてくださいな。アスランは後から、わたくしと参りますわ」
 「・・・・・・」
 「・・・あっそ」

 硬直するアスランとルナマリアとは対照的に、は冷静に冷たくそう言い放ち、アスランたちに背を向けた。

 「ごめんね、アスラン・・・。婚約者様とのひとときを邪魔して・・・っ
!!!
 「あ・・・! 待ってくれ・・・
!! これは、その・・・」
 「行こっ! ルナ! アスラン、忙しいみたいだしっ
!!

 去って行くの後を、ルナマリアが慌てて追いかけ・・・ミーアは満足そうにドアを閉めた。

 「どういうつもりだ
!?

 ドアを閉め、戻ってきたミーアの肩を、アスランが掴んで詰問した。

 「え? だって、あのコたちぃ・・・」
 「“あのコたちぃ”じゃないっ! 一体どうして! いつ、なんでこの部屋にっ
!?
 「“お部屋に行くって約束したのに、寝ちゃったみたい”ってフロントに言ってぇ・・・そしたら、ホントに寝ちゃってるしぃ」
 「だから
!? なんでこんなことするんだ、君は!?

 怒り狂うアスランに、ミーアはわけがわからず、小首をかしげた。

 「え? だって、久しぶりに婚約者に会ったら、普通はぁ・・・」
 「ラクスは、そんなことはしないっ
!!
 「・・・え? しないの? なんで?」
 「それから・・・! 今まで言わなかったが・・・・・・さっきの、黒髪の少女は、オレの幼なじみで・・・ラクスの親友だ! 君が本物のラクスではないことを、一発で見抜いてる!」
 「えぇ〜
!? ラクス様の?? うっそぉ〜!」

 ミーアのその反応に、アスランはハァ〜とため息をつき、頭を抱えた。
 ・・・完璧に誤解された・・・。その事実が、アスランを奈落の底へと突き落としたのだった。

***

 「え、議長、もう発たれたの?」

 アスランの部屋を離れた後、二人はシンと合流し、そのままダイニングに向かった。そこで聞いたその事実に、シンは思わず声をあげる。

 「えぇ! お忙しい方だもの。昨日、あぁしてお話できたのが不思議なくらいでしょ、ホント!」
 「あぁ・・・まぁ・・・」

 ルナマリアが棘のある言い方で答え、シンの隣を歩くは仏頂面で言葉を発さない。一体、この二人の少女の身に何があったのか、とシンは首をかしげた。

 「シンはいいわよね〜。昨日はあ〜んなお褒めの言葉までいたいだいて、今日はオフだし。ルンルンだわよね〜!」

 ズンズンと床を踏み鳴らす勢いで歩くルナマリアに、シンはに視線を移す。

 「・・・なんかあった?」
 「別に」

 つっけんどんに返してくる恋人の様子に、シンはさらに首をかしげた。

 「おまえたち・・・昨日のミネルバのヒヨッコだろ?」

 突然、横合いから声をかけられて、シンたちが視線を動かせば・・・昨日、シンとルナマリアを議長のもとへ案内してくれた赤服の兵士が、窓際の席に座ってコーヒーを飲んでいた。

 「失礼しました! おはようございます!」
 「おはようございます」

 ルナマリアが慌てて姿勢を正し、敬礼する横に、も立って敬礼する。シンも二人に倣った。

 「整備士の子まで、呼んだわけ? へぇ〜・・・もしかして、君がミネルバに乗ってた“”?」

 品定めするようにジッと見つめられ、は居心地の悪さを感じながらも答える。

 「えぇ、そうですけど・・・」
 「で? もう一人のフェイスのヤツはどうした?」

 青年の胸元にもアスランと同じフェイスの徽章を見つけ、ルナマリアは硬い口調で答えた。

 「隊長は、まだお部屋だと・・・」

 答えた直後、廊下から華やいだ声が聞こえてきて・・・途端にとルナマリアの表情が強張った。シンが振り返って入り口を見れば、笑顔で話しかけるラクス・クラインと腕を組んで、ダイニングにアスランが入って来た。

 「・・・でね、そしたらその兵隊さん、顔真っ赤にしてねぇ、ありがとうございますって・・・」

 上機嫌のラクスに対し、アスランは仏頂面だ。みんな、寝起きで機嫌が悪いのだろうか?とシンは思ってしまう。

 「・・・なるほどね。わかったわかった、サンキュ」

 シンたちの前にいるフェイスの男は、そう言うと立ち上がり、アスランたちの前に進み出た。

 「おはようございます、ラクス様」

 慌ててアスランがラクスの腕を振り払い、敬礼をした。ラクスは、ニッコリと青年に微笑みかける。

 「あら、おはようございます」
 「昨日はお疲れ様でした。基地の兵士たちも、たいそう喜んでおりましたね。これでまた、士気も上がることでしょう」
 「ハイネさんも楽しんでいただけましたか?」
 「はい、それはもう」

 フッと微笑み・・・青年はアスランに視線を移した。

 「昨日はゴタゴタしてて、まともに挨拶もできなかったな。特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな、アスラン」

 ハイネという青年は、笑顔でアスランに握手の手を差し出す。

 「こちらこそ・・・。アスラン・ザラです」

 戸惑いがちに握手を交わすアスランに、ハイネがニヤッと笑った。

 「知ってるよ、有名人!」

 その言葉に、明らかにシンの隣に立つ恋人がムッとした。気配で、彼女が全身を強張らせたのがわかる。

 「復隊したって聞いたのは、最近だけどな」

 チラリ・・・とハイネの視線がに向けられ、彼女はそんな男を睨みつけた。

 「前はクルーゼ隊にいたんだろう?」
 「あ、はい・・・」

 アスランに視線を戻し、ハイネが尋ねる。

 「オレは、大戦のときはホーキンス隊でね。・・・ヤキン・ドゥーエではすれ違ったかな? そちらのお嬢さんとも、ね」
 「っ
!!!

 アスラン・ザラとは、どちらもヤキン大戦の時はザフトの敵だった。探るような物言いに、は視線をさらに鋭くした。

 「ラクス様、今日の打ち合わせがございますので、申し訳ありませんが、あちらで・・・」

 そこへ、ラクスの付き人がそっと近づき、彼女に告げる。

 「えぇ〜?」
 「お願いします」

 不満そうな声をあげる彼女に、は更に機嫌を悪くしたようだ。

 「ずい分と、ワガママになってしまったんですね、
ラクス様は・・・。昔は、もう少し聞き分けのいい方でしたけども・・・」

 挑発的なその物言いに、アスランがギクッと肩を震わせ・・・当の本人はムッとした表情を見せつつ、アスランに微笑みかけた。

 「仕方ありませんわね・・・。では、アスラン、また後ほど」
 「あ・・・はい・・・」

 笑顔で立ち去って行くその姿を見送り、ハイネがからかうようにアスランに声をかけた。

 「仲いいんだな、結構」
 「え・・・あ、いや、そんなことは・・・」

 頼むから、それ以上突っ込んで聞いてこないでくれ、とアスランは内心ヒヤヒヤしてしまう。

 「いいじゃないの。仲いいってことは、いいことよ、うん」
 「う・・・はい、まあ・・・」

 しどろもどろになるアスランに、シンは不思議そうに首をかしげ、チラッと横目で自身の恋人を窺う。アスランといい、といい、どうにもラクス・クラインのこととなると、態度がおかしい。三人の間で、何かあったのだろうか?

 「で? この三人と、昨日の金髪の、全部で
4人か、ミネルバのパイロットは」

 ハイネのその言葉に、はドキッとした。昨夜、デュランダルに言われたことを、思い出す。

 ――― 戻って来てほしいのだよ・・・

 サンクチュアリに乗って、パイロットとして・・・。

 「インパルス? ザクウォーリアー、セイバー・・・そしてあいつが、ブレイズザクファントムか?」
 「はい・・・?」

 一人思案に耽るにお構い無しで、ハイネはシンたちの顔を見つめ、告げる。不思議そうな表情のアスランに視線を戻し、ハイネは笑う。

 「で、おまえフェイスだろ? 艦長も」
 「はあ」
 「人数は少ないが、戦力としては十分だよなぁ?」

 一体何が言いたいのか・・・シンたちには、さっぱりわからない。

 「・・・なのに、なんでオレに、そんな艦に行けと言うかね? 議長は」
 「ええっ
!?
 「ミネルバに乗られるんですか?」

 アスランも驚いたように声をあげる。どうやら、彼も知らされていないことだったようだ。

 「ま、そういうわけだ。休暇明けから配属さ。艦の方には後で着任の挨拶に行くが・・・なんか、めんどくさそうだよな、フェイスが三人てのは」
 「いえ、あの・・・」
 「ま、いいさ。現場はとにかく走るだけだ。立場の違う人間には、見えてるものも違う、ってね」

 あっさりとしているハイネのその態度に、シンたちは呆気に取られてしまうが、人当たりのいい笑顔で微笑みかけてくる。

 「とにかく、よろしくな。議長期待のミネルバだ。なんとか応えてみせようぜ」
 「はい、よろそくお願いします」

 それにアスランが応えるように敬礼をし、シンたちもそれに倣った。

 『新しいパイロット、か・・・』

 ハイネを見つめ、は心の中でため息をついた。結局、デュランダルにははっきりと答えを返さないままだ。もしも心が決まったのなら、連絡を欲しいと言われたが・・・。

 『ギル・・・あなたは、私に何をさせたいの?』

 窓の外を見上げ、はここにいない男を思い、心の中で問いかけた。

***

 「では、アスラン」

 停泊中のヘリコプターの前で、ミーアが微笑んだ。その彼女の前にはアスランが立っており、彼の背後ではシンとルナマリアが控えている。

 「はい、どうぞお気をつけて」

 アスランの言葉に、ミーアはアスランに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。そのまま顔を近づけ、小声でささやく。

 「キスくらいはするでしょ? 普通」

 そのまま口唇を近づけてくるミーアに、アスランは眉間に皺を寄せて小声で返す。

 「・・・いいかげんにしろ!」

 そして、そのままミーアの体をグイッと引き離し、そのままクルリと彼女の体を反転させた。

 「さ、遅れます」
 「えぇ〜?」

 背中を押し、ヘリに乗り込ませ、そのヘリが飛び立っていく様を見送って、アスランは深いため息をついた。
 待っていたと合流し、シンたちはエレベーターに向かう。

 「さぁ、どうしよっかな〜、今日はこれから」
 「どうって?」
 「街に出たい気もするけど、一人じゃつまんないしね〜・・・。レイにも悪いから、艦に戻ろっかなぁ」
 「は? どうするんだ?」

 アスランの問いかけに、は驚いて振り返り、ルナマリアとシンがムッとする。

 「・・・あ、私は・・・」
 「はシンと一緒に出かけるんでしょ? 久しぶりの休暇なんだし、二人っきりでデートでも楽しみなさいよ」
 「私は・・・ちょっと考えたいことがあるから・・・アスランは? どうするの?」
 「オレは・・・まぁ、このまま艦に戻ろうかと・・・」
 「そっか、隊長はもういいですもんねぇ。ラクス様と十分ゆっくりされて!」

 アスランの言葉に、ルナマリアが棘のある声を発し、はフト朝の出来事を思い出す。どうやら、ルナマリアはずい分と腹を立てているようだ。
 エレベーターに乗り込んみ、ルナマリアは更に言葉を連ねた。

 「そうですよぉ! どうせならラクス様の護衛について差し上げればよかったのに」
 「ルナマリア・・・」
 「隊長はフェイスですもん。そうされたって、問題はないでしょう?」

 エレベーターのドアが開き、ルナマリアが出て行く。はシンと顔を見合わせ・・・アスランは慌ててルナマリアを引き止める。

 「ちょっと待て、ルナマリア!」

 アスランとしては、これ以上ミーアとの関係を誤解されるのは避けたかった。が、どこまでラクス本人と自分の仲を知っているのかは疑問だが、とにかく、アスランとラクスの婚約は解消されており、ミーアとも何の関係もない。
 あ然と二人を見守るシンとに、アスランは「先に行ってくれ」と告げる。はうなずき、そのままシンの手を取って歩き出した。

 「・・・女でも叩きます?」

 呼び止められたルナマリアは、挑戦的にアスランを見上げ、そう吐き捨てた。

 「・・・今朝のことは、オレにも落ち度のあることだから、言い訳はしたくないが・・・君は誤解してるし、それによって、そういう態度を取られるのは困る」
 「・・・誤解?」

 ルナマリアは、尚も冷ややかな視線を向けてくる。

 「誤解も何もないと思いますが・・・。わかりました。以後、気をつけます。ラクス様のいらしている時は」
 「いや、だから・・・」

 目の前に立っている少女が、自身の幼なじみだったら、嫉妬してくれていることに、少しはうれしさを感じるかもしれないが・・・生憎、今目の前にいるのは、ではない。

 「大丈夫です! お二人のことは、私だってちゃあんと理解してるつもりですから!」

 そのまま、踵を返し去って行くルナマリアの背中を見つめ・・・アスランはため息をついた。

***

 ミネルバへと戻ったは、自室でベッドに寝そべり、静かに天井を見つめていた。
 シンは基地でバイクを借り、そのままディオキアの街へ出かけた。自分も誘われたが、今は出かける気分になれなかった。

 「・・・パイロットか・・・」

 ふと、胸に下げた石を取り出し、はそれを見つめた。

 「・・・キラ」

 二年前、共に
MSに乗って戦ったもう一人の幼なじみ。ザフト軍のMS奪取事件に巻き込まれ、そのままストライクに乗ることを余儀なくされた少年。
 コーディネイターであったにも関わらず、ナチュラルの艦に乗り、同胞であるコーディネイターと戦った。今は傍にいる、アスランとも戦った。
 キラは・・・どんな思いで戦っていたのだろう? どんな気持ちで、アスランと死闘を繰り広げたのだろう?

 ――― それじゃあ、はなんで戦うの?
 ――― キラを守りたいからよ・・・
 ――― なら、僕も同じだよ。僕は、を守りたいから、戦うんだ

 ――― どうして・・・黙ってたの・・・?
 ――― え・・・?
 ――― ・・・イージスに乗ってるのが、アスランだって・・・どうして教えてくれなかったのっ
!!?
 ――― !!
 ――― そうやって・・・私を騙して・・・私がアスランを殺すことを、望んでいたの・・・? 卑怯者っ!!

 ――― 久しぶりだね・・・・・・
 ――― っ! キラっ
!!!
 ――― 大丈夫・・・僕はここにいる・・・の傍に、ずっと・・・

 ギュッと目を閉じ、溢れそうになった涙をこらえた。今でもハッキリと思い出せる、愛しい人の顔、声、笑顔・・・。きっと、自分は今でも・・・あの泣き虫だった幼なじみを・・・キラ・ヤマトを愛しているんだ・・・。

 ――― あなただけは、平和な世界に生きて? 二度と
MSに乗らなくていいように・・・

 ごめん、キラ・・・私は・・・私は・・・

 思い立って、ベッドから身を起こし、そのまま部屋を出る。艦長室へ向かおうとしたの前に、アスランが慌てた様子でやって来た。

 「アスラン? どうしたの
??
 「・・・エマージェンシーだ。シンから、な」
 「は? シン
??? どうして?」
 「そんなこと知るか。とにかく、オレはシンを迎えに行って来る」
 「あ・・・ちょっと待って! 私も行く
!!

 立ち去ろうとしたアスランに慌てて声をかけ、は彼の隣まで走り寄った。

 「・・・、その」
 「え?」
 「その・・・今朝のことなんだが・・・」
 「あぁ、あれ?」

 言いよどむアスランに、はフゥとため息を吐く。

 「別に気にしなくていいよ。彼女は、ラクスを演じようとして、やったんだろうし」
 「いや、だから・・・あれは・・・」
 「あの子、アスランとラクスが婚約者のままだと思ってるんでしょ? 別にいいんじゃない?」
 「・・・!」

 強い口調で名前を呼ばれ、は眉間に皺を寄せてアスランを見上げた。

 「・・・忘れるなよ、。オレが好きなのは、お前なんだからな」
 「・・・え?」

 突然の告白に、が驚愕に目を見開き・・・アスランは、そのままの横を通って突き進んでいく。ハッと我に返ったは、慌ててアスランの背中を追った。
 ボートに乗り込み、救難信号が発せられた場所まで向かう。その間、とアスランは一言も口をきかなかった。

 『アスランが・・・まだ私を・・・?』

 彼に告白されたのは、二年前・・・無人島で二人っきりになった時だった。
 焚き火の炎に照らされ、がキラを気にかけていると・・・アスランが突然自分にキスをし・・・「好きだ」と告げられた。
 コペルニクスで、まだ三人が一緒だった頃、はアスランを好きだった。優しくて、頭も良くて、自分に笑顔を向けてくれるアスランが大好きだった。そんな初恋の相手からの告白に、驚いた。
 そして・・・その彼が・・・未だに自分を好きだと言う・・・。
 ドキドキと高鳴る胸を押さえ、は必死に前方を見つめた。やがて、信号の発せられた場所へとボートが近づいていった。
 洞窟から見慣れた人影が姿を現し、こちらに手を振って合図をする。アスランが立ち上がり、シンに向かって呆れ口調で叫んだ。

 「休暇中にエマージェンシーとは、やるときはホント、派手にやってくれるヤツだな、君は!」
 「隊長!」

 シンがアスランの姿を認め、叫び・・・もアスランの横から顔を見せた。ライトに照らされ、シンは眩しそうに目を細めた。

 「なんでこんなところで遭難するんだ?」
 「別に、遭難したわけじゃないですよ! ただ、ちょっと・・・」

 シンが言葉を止め、背後を振り返る。岩陰から、一人の少女が不安そうにこちらを見ていて・・・はなぜか胸がズキッと痛んだ。
 ゴムボートが下ろされ、それに乗ってシンと少女がボートに乗り込むと、少女は知らない人たちが怖いのか、毛布にくるまりながらもシンにギュッとしがみついた。

 「この子が崖から落ちちゃって・・・助けてここに上がったのはいいけど、動けなくなっちゃって・・・」
 「ディオキアの街の子か?」
 「いえ、それがちょっとハッキリしなくて・・・」

 アスランが振り返って少女を見つめる。

 「たぶん・・・戦争で親とか亡くして・・・だいぶ怖い目に遭ったんじゃないかと・・・」
 「そうか・・・」

 少女が身を縮め、シンに擦り寄る。アスランはため息を吐き、隣に座るに視線をやった。
 先ほどから、この幼なじみの少女は前を見据え、口を結んだまま一言もしゃべらない。どうやら、シンが見知らぬ少女と仲良くしている様が気に食わないらしい。

 『まったく・・・進歩しないヤツだな・・・』

 もう一度、小さく息を吐き・・・アスランはシンを振り返る。

 「名前しかわからないとなると、基地に連れて行って、そこで身許を調べてもらうしかないな」

 “ステラ”という名前だということしかわからない・・・そんな不審な部分が、には更に気に食わない。なぜだか、さっきから胸がムカムカする。なんでだろう?

 フト、少女が一心に岸の方を見つめているのに気づき、シンが声をあげる。

 「ステラ、あれ・・・!」

 そこにいた人影が、ステラの名前を叫び、捜している。どうやら、彼女の連れらしい。
 基地に戻り、ジープに乗り込み、ステラを捜していた人影の方へ向かえば、向こうも車に乗って走ってきた。ステラが誰かの名前を呼ぶと、通り過ぎた車が止まり、こちらへバックして戻ってきた。

 「ステラ!」
 「スティングっ!」

 うれしそうにステラは車から飛び降り、やって来た青年に笑顔で駆け寄った。

 「どうしたんだ、おまえ、一体・・・」
 「海に落ちたんです」

 ジープから降り、シンがスティングと呼ばれた青年に説明をした。

 「オレ、ちょうど傍にいて・・・。あぁ、でも良かった。この人のこと、色々わかんなくて、どうしようかと思ってたんです」
 「そうですか、それはすみませんでした。ありがとうございます」

 スティングはステラの髪を撫でながら、お礼を言った。
 だが、その二人の少し後ろに立っていた水色の髪の少年が、睨むようにアスランを見つめていることに、は気づいた。

 「ザフトの方々には、本当に色々とお世話になって・・・」
 「いえっ、そんな。・・・良かったね、ステラ。お兄さんたちと会えて」
 「うんっ!」

 ハッと我に返ってシンに視線を移せば・・・うれしそうに彼は笑っていて・・・はそっぽを向いた。
 なんだろう・・・この胸のモヤモヤは・・・。二年前、フレイとキラのことを知ったときみたいだ・・・。

 「シン・・・行っちゃうの?」

 少女の声に、シンがジープに戻ってきたことに気づいた。隣をチラッと見れば、確かに自身の恋人が座っていた。だが、彼の視線は自分ではなく、ステラに向けられている。

 「え? ・・・あぁ、ごめんね。でもほら・・・お兄さんたち、来たろ? だからもう大丈夫だろ?」
 「ん・・・」

 寂しそうな表情を浮かべるステラに、シンは困ってしまう。

 「えっと・・・また会えるから・・・きっと・・・」
 「行くぞ、シン。いいか?」

 アスランが促せば、シンがうなずき、ジープが走り出す。ステラはそれを追って、二、三歩走った。

 「ごめんね、ステラ! でもきっと、ホント・・・また会えるから!・・・ってか、会いに行く!」

 隣で必死に叫ぶ恋人に目を向けず、は前を見つめた。膝の上で握りしめた拳に力が篭もる。
 だが、シンはそんなの様子など気づくこともなく、しばらくの間、背後を見つめていた。