私が彼と初めて出逢ったのは・・・薄い桃色の花が咲き乱れる、まだ肌寒い春の季節だった・・・。
ヤキン・ドゥーエ大戦と呼ばれた戦いが終わってから、半年以上の月日が経った・・・。
あの頃の生活が、まるでウソのように穏やかで、静かな時が流れている。私は・・・本当の自分を捨て、今は別の人物として、このプラントで生きていっている。
途中から編入・・・という形にはなったけれど、その辺はギルがなんとかしてくれて・・・ルームメイトにも恵まれた。
そう・・・あれはホントに偶然だった・・・。まるで、運命のような・・・そんな出逢い・・・。
***
普通の、平凡な、幸せな時間は、一瞬にして奪われた。何が起こったのか、目の前の光景が全てウソなんじゃないか、って思った。それほどに、あっという間の出来事だったんだ。
・・・家族を奪われた、あの出来事は。
オーブ軍と地球軍が戦っていると聞き、オレたちは避難をしていた。父さんは、目的は基地だから大丈夫だ、と言っていたのに・・・。携帯電話を落としたマユに代わり、オレがそれを拾いに行き・・・ピンクのその携帯電話を手に取った瞬間・・・背後で爆発が起きた。
慌てて戻ったオレの目に飛び込んできたのは・・・真っ赤な世界。
真っ赤な炎と、真っ赤な血・・・目の前に転がっている塊が、自分の両親だとは思いたくなかった。すぐ足元に落ちていた手が、妹のものだなんて信じたくなかった・・・。
涙が流れて・・・頭上を白い機体が飛んで行き・・・オレは絶叫した。そこから先は、よく覚えていない。気がついたら、避難民たちと一緒にいて、オーブの将校に「君だけでも生きていて良かった」と告げられた。そして、その人の勧めで、オレはプラントにあるザフトのアカデミーに入学した。オーブには、もう戻りたくなかった・・・。
オーブは何も守ってくれなかった・・・。自分たちの誇り高き理念とやらを貫き通し・・・国を焼いた・・・。罪の無い人々が、何人も犠牲になったんだ。
アスハを許せない・・・オレたちを裏切ったウズミ・ナラ・アスハと、その一族を許せない。そして・・・あの時、オレたちの頭上で戦闘を行っていた無数のMS・・・。それを操るパイロットも許せない。
二度と大切な者は失いたくない・・・今度こそ、自分の手で守ってみせる・・・必ず・・・!!
アカデミーに入学して、数ヶ月・・・。寮の生活にも慣れ、友達も増え、勉強にも慣れてきた頃・・・オレは彼女と出逢った。
単調なMS実技にウンザリしつつ、課題を終わらせ、少しゆっくりしようと思っていた。さっき、整備士コースのヴィーノが夕飯誘いに来たっけ・・・。まぁ、夕飯の時間にはまだ余裕があるし・・・大丈夫だろ。
そんなことを考えつつ、いつも一人になりたいときに来る場所へ、オレはいつものように来ていた。
「・・・キラ・・・」
小さく、誰かの声がした。女の子の声・・・誰だ・・・?
窺うように、木の陰から相手を覗き見し・・・驚いた。泣いていた・・・小さな肩を震わせて・・・。
その、あまりにも儚い姿に、思わず見惚れて・・・後ずさりした足が、芝生を踏んで音を立てた。
「だ・・・誰!?」
「あ・・・」
振り返った女の子は・・・オレと同じ漆黒の髪をしていて・・・長いその黒い髪が、彼女の動きに合わせて揺れた。
涙に濡れた瞳は、髪と同じ漆黒で・・・大きなその瞳が、驚いたように見開かれていた。
ドキッ・・・と胸が高鳴った。その胸のドキドキが、なんなのかは、わからない。でも、泣いているところを見てしまった気まずさを消そうと、オレは慌てて言葉を紡いだ。
「ご、ごめん・・・! まさか、この場所にオレ以外の人がいるとは思わなくて・・・!!」
「・・・・・・」
オレの言葉に、彼女は目に浮かんだ涙を拭う。明らかに、邪魔をした・・・というか、悪いことをした。
「ここ、オレが見つけて、ちょうど建物からも死角になるからちょうどいいって思ってたんだけど・・・。同じこと考えてる人がいたんだ」
とにかく、この場は離れよう、とクルッと彼女に背中を向ける。
「ごめん、邪魔して!」
「あ・・・待って!!」
立ち去ろうとしたオレの背中に、彼女が慌てた様子で声をかけてきた。
「ごめんなさい・・・まさかこの場所を見つけてる人がいるなんて、思わなくて・・・。ごめんね?」
「いや・・・オレの方こそ、ごめん・・・。見られたくなんか、なかったでしょ?」
「・・・・・・」
オレの言葉に、彼女はなぜかうつむいて・・・オレは心配になって顔だけを彼女に向けた。そんなオレに、彼女は優しく微笑んで・・・その笑顔に、再び胸が高鳴った。
熱くなる頬に、慌ててバッと視線を逸らした。
「? どうしたの?」
「えっ!? あ・・・いや、その・・・」
声をかけられて、気まずくて・・・思わずグシャグシャと髪を掻き毟っていた。そこでフト、自分の名前を名乗っていないことに気づく。
「あ・・・オレ、シン・アスカ。パイロットコースの生徒なんだ」
「私は・・・・ルークシス・・・。整備士コースよ」
「・・・か。なんで、こんなとこで・・・その・・・一人で泣いてたわけ? もしかして、も家族を亡くしたとか?」
「え・・・? も、って・・・?」
首をかしげる彼女に、オレは正直に告げた。
「オレの両親は・・・オーブのオノゴロで殺されたんだ・・・アスハのせいで・・・」
「!!?」
「理想論ばかり掲げてたアスハの手によって、守られることなく、死んだんだ・・・父さんも、母さんも、マユも・・・!!!」
「・・・シン君・・・」
そのときの、彼女の表情を・・・オレは見ていなくて・・・どんな思いで、オレのこの言葉を聞いていたのかなんて、知るはずも無い。
黙りこんでしまったに、オレは慌てて言葉を紡ぐ。
「あ・・・! ごめん、こんなこと話されても迷惑だよね!」
「え・・・あ、ううん・・・! そんなこと・・・」
はブンブンと首を横に振り・・・そのまま、ジッとオレを見つめてきた。
その漆黒の瞳に見つめられ、ドキドキするけれど・・・なぜか、彼女は上の空だ。どことなく、不思議な雰囲気を漂わせている彼女・・・オレは、目が離せなかった。
けど、あんまり見つめられるのも好きじゃない。
「あの・・・・・・?」
「え?」
オレが呼びかけると、なぜか彼女は不思議そうな表情を浮かべた。まるで、自分のことを呼ばれているのか、怪訝そうで・・・。
「ごめん・・・なんか、見つめられてたから、つい・・・」
「あ! ご、ごめんなさい・・・!! その、キレイな瞳だと思ったから・・・」
「オレが??」
「うん。気に障ったなら、ごめんなさい・・・でも・・・ホントにそう思ったから・・・」
キレイな彼女にそんなことを言われ、ドキドキがもっと大きくなるけれど・・・フト、思い立ったことを正直に口に出してみた。
「・・・ウサギみたい、って思った?」
どこかはき捨てるみたいに言ってしまったが・・・つぶやいたオレの言葉に、彼女が目を見開いて・・・やっぱり、そう思っていたんだって知らされた。
「・・・ごめんなさい」
「いいよ、別に。昔っから言われてた。“黒ウサギ”ってね」
「黒ウサギ??」
「髪の毛が黒くて、目が紅いから」
「!!!」
よくからかわれてた。女の子には「ウサギみたいでカワイイ」なんて言われてたけど・・・。
やっぱり、彼女もそう思ったのか、と少し面白くなくて・・・ついついプイッとそっぽを向いてしまうと・・・突然、目の前の彼女がクスクスと笑い出した。
「な、なんだよっ!?」
「フフフフ・・・ご、ごめんなさい・・・おかしくて・・・アハハハハ!!!」
「何がおかしいんだよ! 失礼なヤツだな! あんたっ!!」
思わず、そう怒鳴ってしまえば・・・彼女は笑いをこらえながら「ごめんなさい」と謝ってきた。
ウサギみたい・・・そう言われることは嫌いだったけれど・・・彼女が笑ってくれるのなら、それでも構わないと思った。
「あ、いけない! もうこんな時間!」
腕時計に目を落とし、彼女が声をあげて立ち上がる。
「用事?」
「うん。ルームメイトの子と一緒に食事することになってるの。お友達紹介するって」
「あぁ・・・そういえば、オレも友達に食事誘われてるんだった」
オレも同じように立ち上がり、に手を差し伸べた。
そんなオレの行動に、彼女は小さく首をかしげる。
「また、会えるといいな・・・」
「・・・うん」
微笑んで、オレの手を握り返してくれた彼女・・・。会おうと思えば、いつでも会えるのに・・・会いたいと思ったのに・・・なぜか、そんな言葉が口を突いて出た。
「それじゃ・・・また、ね」
そのまま去って行く彼女の後ろ姿を見送り・・・しばらく呆然と立ち尽くしていたけれど、ヴィーノたちとの約束を思い出し、慌てて食堂に向かった。
「シ〜ン〜!!!」
食堂に入ってすぐ、聞き慣れた声に名前を叫ばれ、オレは慌ててそっちへ向かった。
「ごめん、ヴィーノ・・・! ちょっと意外な展開があって・・・」
「何をわけのわからんことを言ってるんだよ、お前は・・・。ほら、バツとしてお前は自分で自己紹介しろ」
「え? あ、あぁ・・・」
そういえば、友達を紹介されるんだったか・・・ポリポリと頭を掻き、そこにいたルナやレイたちの側に、見慣れない少女の姿を・・・。
「あ・・・」
驚いたのは、向こうも同じだったようで・・・オレは、信じられない気持ちで、そこにいた彼女の名前をつぶやいていた。
「・・・・・・?」
「シン君・・・」
お互いに名前をつぶやき・・・オレたちは、見つめ合ってしまったのだった。
***
キラと別れて、アカデミーに入って整備士の勉強をして・・・意外にも、整備士の仕事が自分に合っていたみたいで、すんなりと試験もパスしていった。
けど・・・いつでも胸の中にはキラと・・・アスラン、ラクス、カガリたちへの想いがあって・・・それは、なかなか消えることはなかった。
アカデミーでは、同室のルリが気さくな子だったおかげで、友達もどんどん増えて・・・そして、彼に出会った・・・。
最初に会ったのは、一人っきりのとき。そして、そのすぐ後・・・ルリの友達の紹介で、彼に会った。
シン・アスカ・・・パイロットコースの生徒で・・・オーブのオノゴロで家族を亡くした少年・・・。
オーブのオノゴロ・・・アスハに家族を殺された・・・その言葉を告げられたとき、頭を鈍器で殴られたようなショックが私を襲った。
まだ覚えてる・・・エデンに乗って、地球軍の新型MSと戦ったあの日のことを・・・。
確かに、私はあの時、オノゴロ上空にいた。大地にいる人のことなど何も考えずに、ただAAと仲間たちを守りたくて、砲撃を放った。それが、どこへ飛んでいったかなんて・・・私にはわからない。
怖くて、言えなかった・・・言えるはずがない・・・。私は“・”という名前を捨てたのだから。
シンの顔を見るたびに、そのことが思い出されてつらかった。けれど、その過去を隠して彼に接しなければならない。けして、私が“青空の聖域・蒼穹の楽園”であることを知られてはいけない。なぜなら、それは・・・このザフトの敵だった存在だから・・・。
そんな私の前に、シンは何度も姿を見せて・・・ことあるごとに、私に優しい言葉をかけてくれた。私には、それが何よりもつらかった・・・。
やがて・・・私の中で、シンの存在が大きくなっていった。キラが今までいたそのポジションに、彼はいつの間にか・・・いるようになった・・・。
その彼に、思いを告げられたのは、出逢ってから半年くらい経った頃・・・。
講義が終わり、部屋へ戻った私の目に、彼の姿が映った。部屋の前で、壁に背を預け立っていた彼を・・・。
「・・・シン?」
「あ・・・」
声をかけると、パッと壁から背を離し、私を見つめて微笑んだ。
「どうしたの? 私に用事?」
「うん・・・」
どこか落ち着かない様子で立っていた彼に、私は首をかしげ・・・クスッと微笑んだ。
「部屋に入る? まだルリも戻ってこないだろうし・・・」
「うん・・・」
促されるままシンを部屋に招きいれて・・・何か飲むか尋ねようと振り返ると・・・。
「好きだっ!!」
顔を真っ赤に染めたシンに、突然言われた。
私は、いきなりのその告白に、呆気に取られてしまって・・・。
「・・・え?」
「オレ、が好きだ!」
「シン・・・」
グッと拳を握りしめ、そう叫んだシンに・・・私は微笑んだ。
「ありがとう・・・シン・・・私も、あなたが好きよ・・・」
「・・・」
「私でよければ、あなたの彼女にしてください・・・」
キラを忘れるため、なんかじゃなかった。私は、本当にシンに惹かれていた。
そして・・・できることなら、彼への罪滅ぼしをしたいと思った・・・。
ギュッと抱きしめられ、シンにキスをされ・・・私は彼の思いを受け入れた。今度こそ・・・彼を全てのものから守りたい・・・彼が大切なものを二度と失わないですむように・・・。
***
信じられないことに、オレが最新機体インパルスのパイロットに選ばれた。しかも、最新鋭艦ミネルバのエースパイロットだ!
うれしくて、うれしくて・・・その報告をすぐににしに行った。
「! 聞いてくれよ!! オレ、最新機体を与えられたんだっ!」
「ホント!? え、もしかして・・・インパルス?」
「そう!」
「・・・私、そのインパルスの専属整備士に抜擢されたのよ? ミネルバ所属の整備士になったの!」
「マジで!!?」
お互いの報告に、二人で笑顔で喜び合った。恋人が、すぐ近くにいてくれる。しかも、オレ専属の整備士だなんて、うれしいことこの上ない。
二人で笑顔で喜び合って・・・キスを交わした。
「はオレが守る・・・! オレが、絶対に守ってやる!!」
「!! ・・・うん」
照れたような笑みを浮かべたを、ギュッと抱きしめた。
二度と失わない・・・大切なものは、オレがこの手で守ってみせる・・・!
そして、ミネルバの進水式・・・鳴り響いた警報にオレは出撃を余儀なくされた。
初戦の相手は、自軍の最新MS三機・・・だけど、守らなくてはならない・・・オレの大切なものを・・・!
「シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!!」
オーブでの出来事が頭をよぎる・・・二度と、あんな目に遭わないために、オレは力を手に入れた。そして、この力で・・・いつか必ず、オレを裏切ったアスハを・・・!!!
――― ねぇ・・・シン・・・? 私ね・・・本当は・・・
「また戦争がしたいのか! あんたたちはっ!!」
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