「シンっ・・・!!」
名前を呼ばれ、シンは傍らに立つ少女に目線を落とす。
「・・・気をつけて」
「うん! も・・・」
これから起こるであろうことを、わかっているから・・・は心配そうな表情で、そう告げた。
(必ず、無事で・・・!!)
遠ざかるシンの背中を見つめ、は心の中でそう祈った。
私の心は澱んでいる、まるで流れる事を忘れた川のように
C.E.71。
1年半にも及んだ、地球、プラント間の戦いは、ヤキンドゥーエ攻防戦をもって一応の終結をみる。
双方の合意のもと、悲劇の地・・・“全ての始まり”の地であるユニウスセブンにて締結された条約は、“今後の相互理解努力と平和への誓い”と題された。
時は過ぎ、戦場となった各地の傷も次第に癒え、世界は安定を取り戻そうと、歩み始めていた。
・・・そう、歩み始めていたはずだったのだ・・・。
***
「カガリっ!!」
突如として戦場と化した工廠で、アスラン・・・アレックス・ディノは呆然とその様を見つめていた少女の腕を掴んだ。
「このままじゃやられる・・・!! アレに乗るぞ」
「え? アレって・・・おまえ・・・!!」
アレックスが見つけたのは、そこに倒れていたザフトのMS、ザクウォーリアー・・・。彼はそれに乗ると言うのだ。
「アスラン・・・おまえ・・・」
「仕方ないだろう! このままではオレもおまえも巻き込まれて命を落としかねないんだっ!!」
「だが・・・!!」
言葉を重ねようとするカガリを無視し、アレックスはカガリの腕を引いてザクのコックピットに入り込む。
「止める・・・!! 必ずっ」
強い意志を秘めたエメラルドの瞳が、モニターに映し出された三機のMSを捉えていた。
***
《進路クリアー、システムオールグリーン・・・コアスプレンダー、発進どうぞ!》
前を見据え、シンは息を吐き出し告げる。
「シン・アスカ、コアスプレンダー・・・行きますっ!!」
アーモリーワンの空に、戦闘機が飛び立つ。その後を追うように、いくつかのパーツが飛び出し、それらは戦闘機とドッキングする。
やがて、一機の戦闘機は、その姿をMS・・・ZGMF−X56Sインパルスへと変貌させた。
戦場へ降り立ち、そこにいた三機の奪取されたMS・・・ZGMF−X31Sアビス、ZGMF−X24Sカオス、ZGMF−X88Sガイアを睨みつけ、シンは叫ぶ。
「また戦争がしたいのかっ!!! あんたたちはっ!!!」
***
「ルナっ!!」
「・・・!」
戦闘で破損したザクウォーリアから降りてきた赤い髪の少女のもとへ、は駆け寄った。
ミネルバの外では、相変わらずシンとザクファントムに乗ったレイが新型三機と戦闘中だ。
はすでに私服から緑色の繋ぎ・・・整備士の制服に着替えており、心配そうな表情をうかべてルナマリアを見つめた。
「大丈夫・・・!? どこもなんともない??? 怪我とかしてるなら、医務室に・・・」
「ちょ、ちょ・・・ちょっと、! どうしちゃったの? 大丈夫よ、私なら・・・。そんなに心配されたら、シンに悪いわ」
「あ・・・ごめん・・・。でも、なんだか不安で・・・」
「・・・?」
視線を下向かせ、は小さく言葉を発する。
MSの奪取事件・・・これはまるで、あの時と同じではないか・・・二年前の・・・ヘリオポリスで起こった・・・ザフトによる・・・。
「?」
ルナマリアに顔を覗きこまれ、はハッと我に返った。
心配かけまいと、必死に笑顔を浮かべた二人の背後に、一機のザクが入り込んできた。
「?」
右腕を失ったザクは、しばらく動かなかったが、そのコックピット部が開き、中から二人の人間が姿を見せた。
一人はエンジ色のスーツに身をまとった金髪の少女・・・そして、もう一人は・・・。
『・・・え・・・!!!?』
ザクのコックピットから降り立った二人を見つけた瞬間、の心臓はドクンと大きな音を立てた。
「何? あの子達・・・」
「あ・・・」
ルナマリアが素早い動きで、傍にいた兵士から銃を奪うと、ザクから降りてきた二人にその銃口を向けた。
「そこの二人、動くなっ!!!」
少女と一緒にいた藍色の髪の青年が、少女を守るように一歩前へ出る。
は、不自然でない態度で、そっと人ごみの中に身を隠し、成り行きを見守った。
《本鑑は、これより発進します。各員、所定の位置についてください。繰り返します・・・》
艦内に響き渡ったアナウンスに、皆の気がそちらへ反れるが、ルナマリアは瞬時に我に返り、銃口を向けている相手に怒鳴る。
「動くなっ!! なんだおまえ達は!? 軍の者ではないな!? 何故、その機体に乗っている!?」
ルナマリアの銃口の先にいる二人の人物を見つめ、は静かに息を飲む。
その瞳が微かに揺れる。駆け出して、抱きつきたい衝動に駆られた。
『カガリ・・・アスラン・・・!!!』
「銃を下ろせ。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏だ。オレは随員のアレックス・ディノ・・・。デュランダル議長との会見中騒ぎに巻き込まれ、避難もままならないままこの機体を借りた」
偽名を名乗る幼なじみに、は思わず目を見張る。
そう・・・アスラン・ザラは裏切り者なのだ。そして、ヤキン・ドゥーエ大戦の英雄・・・。そう簡単に名乗れるものではない。
『・・・私だって、同じじゃない・・・。ねぇ・・・? ・・・?』
今も胸にかかっている大切な二つの石に触れ、はギュッと目を閉じた。
「オーブの・・・アスハ・・・?」
「代表は怪我もされている。議長はこちらに入られたのだろう? お目に掛かりたい」
カガリの名前にあ然とするルナマリアに、アスラン・・・アレックスは言葉を続ける。
アレックスの“代表は怪我をしている”という言葉に、は目をこらしてカガリの様子を見つめた。
確かに、カガリの頭部からは彼女のものと思われる血が流れている。それを察して、ルナマリアは慌てて姿勢を正し、彼女とアレックスを連れ、その場を去った。
「・・・カガリ・・・」
小さく、その名前を呟く。
あれから、何度となく思い出した大切な親友・・・。“ナチュラル”の親友・・・。
そして・・・。
「アスラン・・・」
誰よりも好きだった大切な、大切な幼なじみ・・・。かつては殺し合い、憎みあい・・・そして、解り合うことができた人。
今の自分の姿を見たら、彼らはなんと言うだろうか?
怖かった・・・。あの瞳に睨まれ、怒鳴り、罵られるのが怖かった。
勝手に姿を消して、心配をかけたのは自分なのに・・・それでも、まだ彼らに嫌われたくなかった。
の脳裏に、もう一人の・・・心の底から愛したもう一人の幼なじみの顔が蘇る。
あの菫色の瞳は・・・今、何を見つめているのだろうか?
「キラ・・・私・・・もう、あの頃とは違うんだよね・・・」
心は澱んでしまった。あの頃のような、がむしゃらな気持ちも無くしてしまった。
だが・・・。
「今は・・・違う人を大切にしたいと思う・・・」
家族を一瞬にして奪われ、守る力を手に入れたいと願った少年・・・どこか、キラを彷彿させるあの黒い髪と赤い瞳をした少年を、大切にしたいと思う。
胸元に触れ、そこにあった硬い感触に、はそっと目を閉じた。
***
その頃、シンはアーモリーワンから逃げた新型三機を追って、宇宙へと飛び出していた。
初めての実戦で、初めての宇宙・・・今までの訓練とは何もかもが違う。
宇宙に出た途端、見失ってしまった三機を、シンは必死に捜すが、その姿はどこにもない。
「クソッ・・・どこだ!?」
舌打ちし、シンは辺りを飛び回るが、そのシンのインパルスに味方機・・・ZGMF−1001/Mブレイズザクファントムが通信を入れてきた。
《シン! 一旦退くんだ。闇雲に出ても・・・》
それは、アカデミーの同期で、シンと同じザフトの赤を着るレイ・ザ・バレルだった。
「くっ・・・!」
悔しげに歯噛みし、レイの言うとおりにしようとするが・・・突然、レイの機体が急加速する。
《シン!》
「えっ?」
レイの声に、シンは声をあげるが・・・そのシンの機体をかすめるように、一発のビーム砲が飛んでいく。
咄嗟にレイが押さえてくれたものの、もしもあのままだったら、確実にシンは撃破されていただろう。
「どこから!?」
慌てるシンの視界に、赤紫の機体が映る。
向かってくるその機体にビームライフルを向けると、まったく別の方向から砲撃がインパルスを襲う。
他に味方の機体がいるのか?と辺りに気を配るが、いるのは目の前の赤紫の機体だけ・・・。
回避を繰り返すシンの目に、高速で飛び回る小さな物体が映る。ヤキンの大戦でラウ・ル・クルーゼが使ったドラグーンのようだ。
他方向から襲い掛かってくる砲撃に、シンは翻弄され、レイは冷静に状況を見極める。
《何をしている! ボウッとしてたらただの的だ!》
レイの叱責が、シンの耳に飛び込んできた。
***
ルナマリアは、オーブの人間二人を連れ、動き出したミネルバの廊下を医務室向かって歩いていた。
「避難するのか? この船。プラントの損傷はそんなにひどいのか?」
カガリの問いかけに、ルナマリアはチラリと肩越しに彼女を振り返るが、何も答えなかった。
アスランとカガリの前後には、護衛と称した兵士が付き従っている。だが、それは“守る”というよりも“監視している”の方が正しいだろう。
その時、艦内に警報が流れ始めた。
《コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令! パイロットはただちにブリーフィングルームへ集合してください》
そのアナウンスに、アスランは思わず声をあげてしまう。
「戦闘に出るのか!? この船は!」
アスランの言葉に、ルナマリアは戸惑った表情を浮かべる。彼女もまさか、この船が戦闘に出るとは思わなかったのだろう。
カガリは、声を荒げたアスランに焦ったような表情を浮かべ・・・。
「アスランっ・・・!!」
思わず、偽名の“アレックス”ではなく、本名の“アスラン”と呼んでしまう。
「・・・“アスラン”!?」
カガリのその言葉に、ルナマリアは咄嗟にその名前を繰り返し、カガリは「あっ・・・」と口を押さえた。
アスランは眉間に皺を寄せ・・・そして、ルナマリアに視線を向ける。
少女の青い瞳が、不審者を見る目から、好奇の目に変わっていた。
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