ミネルバは、ようやっとディオキアの基地に到着していた。窓から見える、その美しい景色に、は思わず目を輝かせた。
「うわぁ〜・・・! すっごい、キレ〜・・・!!」
町の様子を眺め、声をあげるに、シンは思わず笑みを浮かべた。
「あ・・・ザラ隊長!」
聞こえてきたルナマリアの声に、シンは思わず振り返る。ルナマリアが笑顔でアスランに歩み寄り、メイリンがどこか不満そうな表情を浮かべていた。
フト、モニターに何かの映像が映し出され、一同の視線がそちらに向けられる。
《みなさぁ〜ん! ラクス・クラインでぇ〜す!!》
「!!!?」
モニターに映ったピンクの髪の少女を見つけ、アスランはサッと顔を青褪めさせた。
『ミ・・・ミーア!!?』
言葉はどうしてこんなにも、わたしを裏切るの
上陸許可が出た途端、クルーたちは先を争ってハッチから飛び出す。アスランも、ルナマリアとメイリンに誘われるような形で外へ出て・・・ゾクッと背筋に悪寒が走った。
「・・・アスラン、ちょっと」
抑揚の無い低い声が、背後から自分を呼び止める。振り向きたくない衝動に駆られ、アスランはそのまま固まってしまう。
「? どうしたの??」
だが、事情を知らないルナマリアが声をかけると、彼女はいつもの口調で「ううん、なんでもないの。ちょっとアスランに話が、ね」と笑顔を浮かべる。
ギギギ・・・と、音が鳴りそうなほどぎこちない動きで振り返れば・・・まさに鬼の形相の幼なじみが立っていて、彼女の少し後ろには、不思議そうな面持ちのシンがいた。
「アスランっ・・・ちょっとっ・・・!!!」
「・・・わ、わかったよ・・・」
アスランの腕を引っ掴み、はそのままミネルバ艦内へと戻っていく。その姿を見送りながら、ホーク姉妹とシンは思わず顔を見合わせていた。
「どういうことなのよっ!!! アレはっ!!!?」
雷が落ちた・・・。いつか、こうなる日が来るとは思っていたが、まさかこんなに早く・・・いや、遅いくらいか。
は両腰に手を当て、ものすごい形相で自分を睨みつけている。眼力だけで、アスランを殺せそうな勢いだ。
「いや、あれはその・・・」
「誰なの? アレ。まさか、“ラクス・クラインです”なんて言わないわよねぇ?」
「・・・言わないけど」
「じゃあ、誰なの!!? 知ってたの? 知ってるわよねぇ? 彼女を見た瞬間、アスランの顔色変わったものっ!!!」
よく見てるな、と思いつつも、迫ってくる幼なじみの迫力に泣き出しそうになる。
「彼女は・・・ミーア・キャンベルといって・・・その・・・議長が立てた、ラクスの偽者だ」
「フーン・・・?」
「彼女自身は、みんなのため、平和のためにと、進んでラクスの身代わりをしてくれているんだ」
「それはわかったわ。あまり歓心できることじゃないけど、ラクスの影響力は大きいものね。で? あの派手なパフォーマンスと衣装は何!!?」
が一番問い詰めたいのは、恐らくその部分なのだろう。ラクス本人は、けしてあのような派手なステージや衣装は好まない。も、清楚可憐な歌姫ラクスが大好きなのだ。
「いや・・・それは・・・オレもよくは知らないが・・・彼女なりに考えた結果なんじゃないのか?」
「バカみたいな声あげて、恥ずかしいカッコして、あり得ないくらいのアップテンポの歌を歌うラクスが、ザフト兵士のみなさんのため?? ハァ〜・・・」
深いため息をつき、は目を伏せる。このまま、怒りが収まってくれればいいのだが・・・。
「・・・知ってて止めずに、今まで黙ってたアスランも同罪だからね」
「っ!!!!」
あまりの恐怖に、言葉も出なかった・・・。ヤキン・ドゥーエの英雄が、たった一人の少女に黙らされてしまったのだ。
「あ、シン〜!! ごめんね、お待たせっ」
そのまま、何事もなかったかのように、いつもの笑みを浮かべ、シンと腕を組んで去って行く幼なじみの姿を、アスランは直立不動のまま見送った。
***
「まったく・・・呆れたものですわね、こんな所においでとは」
タリアが嫌味っぽくテラスの手すりにもたれるデュランダルに声をかけた。ラクス・クラインのライブ中、タリアは彼の姿を見つけていたのだ。最高評議会議長自ら、このような場所に訪れるとは・・・。
「はは、驚いたかね?」
「えぇ、驚きましたとも。・・・ま、今に始まったことじゃありませんけど」
苦笑し、肩をすくめるタリアに視線をやったあと、デュランダルは彼女の隣に立つ少年に目を向けた。
「元気そうだね。活躍は聞いている。うれしいよ」
「ギル・・・」
レイが、普段はけして見ることのない幼い子供のような表情を浮かべた。
「こうしてゆっくり会えるのも、久しぶりだな」
デュランダルのその言葉に、レイがその首にガシッと抱きついた。デュランダルもその背中を抱き返し、タリアは少々あ然とした。この二人の間に、どのような関係があるのかは知らない。もちろん、知ろうとも思わないが・・・。
「大西洋連邦に何か動きでも?」
テラスにセッティングされたテーブルに着き、タリアは隣に座るデュランダルに問いかける。彼女の前にはレイが座り、彼の隣には三つの空席。
「でなければ、あなたがわざわざおいでになったりはしないでしょう? でも、何ですの?」
「ん? そうかな? ・・・というか、皆、そう思うか、やはり」
はぐらかすような笑みを浮かべる男に、タリアは内心ため息をついた。
「失礼します」
入り口の方から声がかかり、一同の視線がそちらへ向けられる。姿を見せたのは、赤みがかった金髪の、ザフトレッドの青年だった。その襟元には、フェイスの徽章が光っていた。
「お呼びになったミネルバのパイロットたちです」
彼の後ろには、緊張した面持ちのルナマリアとシン、そしてまるで彼らの保護者のような面持ちのアスランが立っていた。
デュランダルが立ち上がり、自分たちの方へ向かってくるのを見て、シンは慌てて襟元を正した。
「やあ、久しぶりだね、アスラン」
「はい、議長」
敬礼する三人の前にたち、デュランダルはまずアスランに握手を求めた。アスランがその手を握り返すと、次に隣に立つルナマリアに目を向ける。
「それから・・・?」
「ルナマリア・ホークであります!」
いつものハキハキした口調で名乗り、隣のシンも慌てて姿勢を正した。
「シ・・・シン・アスカです!」
「君のことは、よく覚えているよ」
「えっ・・・」
思いがけないデュランダルの言葉に、シンは目を丸くする。だが、彼の戸惑いをよそに、デュランダルは穏やかに微笑みながら、握手の手を差し出す。
「このところは大活躍だそうじゃないか。叙勲の申請も来ていたね。結果は早晩、手元に届くだろう」
「あ・・・ありがとうございます!」
頬を紅潮させながら、シンはデュランダルの手を両手で握りしめた。
「例のローエングリンゲートでも、素晴らしい活躍だったそうだね、君は」
席に着いてからも、デュランダルの視線はシンに向けられている。
「アーモリーワンでの発進が初陣だったというのに、大したものだ」
「いえ・・・あれはザラ隊長の作戦がすごかったんです。オレ・・・いえ、自分はただそれに従っただけで・・・」
照れくさそうに、シンは言葉を紡ぐ。緊張のあまり、デュランダルの顔をまともに見られない。
「この街が解放されたのも、君たちがあそこを落としてくれたおかげだ。いや、本当によくやってくれた」
「ありがとうございます!」
ルナマリアが満面に笑みを浮かべ、勢い良く頭を下げた。
「ともかく今は、世界中が実に複雑な状態でね・・・」
「宙の方は今、どうなってますの? 月の地球軍などは」
「相変わらずだよ」
タリアの疑問に、デュランダルはうんざりとしたように答える。
「時折、小規模な戦闘はあるが・・・まあ、それだけだ。・・・そして、地上は地上で、何がどうなっているのか、さっぱりわからん。この辺りの都市のように、連合に抵抗し、我々に助けを求めてくる地域もあるし・・・。一体、何をやっているのかね、我々は・・・?」
もともと、ユニウスセブンを落としたコーディネーターが許せない、と始まった戦争だというのに、今ではナチュラルとナチュラルが殺し合いをしている、ということだ。
「停戦、終戦に向けての動きはありませんの?」
「残念ながらね。・・・連合側は何一つ譲歩しようとしない。戦争などしたくはないが・・・それではこちらとしても、どうにもできんさ。いや、軍人の君たちにする話ではないかもしれんがね」
困ったような笑みを、デュランダルは浮かべてみせた。
「戦いを終わらせる・・・戦わない道を選ぶということは、戦うと決めるより、はるかに難しいものさ。やはり・・・」
「でも・・・!」
咄嗟に声をあげたシンは、その場にいた一同から視線を浴びてしまう、居心地悪そうに肩をすくめた。
「あ・・・すいません!」
「いや、かまわんよ。思うことがあったのなら、遠慮なく言ってくれたまえ。実際、前線で戦う君たちの意見は貴重だ。私もそれを聞きたくて、君たちに来てもらったようなものだし」
シンはタリアの顔色を窺い、咎める気配のないことを察し、思い切って言葉を続けた。
「・・・確かに、戦わないようにすることは大切だと思います。でも、敵の脅威がある時は仕方ありません! 戦うべきときには戦わないと・・・何一つ・・・自分すら、守れません」
シンの脳裏に、あの日のことが再び蘇る。突然奪われた、大切な家族たち・・・。そして今、再び奪われるかもしれない、大切な少女・・・。
「普通に、平和に暮らしてる人たちは、守られるべきです!」
シンの強い口調のその言葉に、タリアとルナマリアは驚いたようだった。
「しかし・・・」
口を挟んできたのは、シンの隣に座るアスランだった。
「そうやって・・・殺されたから殺して、殺したから殺されて、それでホントに最後は平和になるのかと・・・以前、言われたことがあります」
涙ながらに、自分に銃を突きつけ、オーブの姫はそう叫んだ。
「大切な者を奪われ・・・そしてまた、大切な人を奪う・・・そんなことを繰り返していては、けして平和など訪れないと・・・」
その身に自身を庇いながら、愛しい少女はそう父に叫んだ。
「私はその時、答えることができませんでした。そして今も・・・その答えを見つけられないまま、また戦場にいます」
「そう・・・問題はそこだ」
デュランダルがうなずき、席を立った。彼はゆっくりと手すりに歩み寄りながら、言葉を続ける。
「なぜ我々はこうまで戦い続けるのか・・・なぜ戦争は、こうまで無くならないのか・・・。戦争は嫌だと、いつの時代も人は叫び続けているのにね。君はなぜだと思う? シン・・・」
「え・・・それはやっぱり・・・いつの時代も、身勝手でバカな連中がいて・・・ブルーコスモスや大西洋連邦みたいに・・・。違いますか?」
突然名指しされ、シンはしどろもどろになりながらも、そう答えた。
「いや、まあそうだね。それもある」
デュランダルは視線をシンから、ディオキアの町へと移した。
「誰かの持ち物が欲しい。自分たちとは違う。憎い。怖い。間違っている・・・そんな理由で戦い続けているのも確かだ、人は。だが、もっとどうしようもない・・・救いようのない一面もあるのだよ、戦争には」
「え・・・?」
思わず、シンとルナマリアは目を合わせ・・・デュランダルはテラスの向こうにある、オレンジ色のMSに目をやった。
「例えばあの機体・・・ZGMF−2000“GOUFIGNITED”。つい先ごろ、軍事工廠からロールアウトしたばかりの機体だが。今は戦争中だからね、こうして新しい機体が次々と造られる。戦場ではミサイルが撃たれ、MSが撃たれ、様々なものが破壊されていく。ゆえに工場では次々と新しい機体を造り、ミサイルを造り、戦場へ送る。両軍共ね・・・。生産ラインは要求に追われ、追いつかないほどだ。その一基、一体の価格を考えてみてくれたまえ。これを、ただの産業として捉えるのなら、これほど回転がよく、また利益の上がるものは、他にないだろう」
デュランダルのその言葉に、シンは衝撃を受けた。戦争を、自分たちの肥やしにするだなどと、考えたことすらなかったからだ。
「議長・・・そんなお話・・・」
タリアが困惑したような表情でデュランダルに声をかけた。
「でも・・・それは・・・」
「そう、戦争である以上、それは当たり前・・・仕方のないことだ」
シンのつぶやきに、デュランダルはうなずいてみせる。
「しかし、人というものは、それで儲かるとわかると、逆も考えるものさ。・・・これも、仕方のないことでね・・・」
「逆・・・ですか?」
シンが尋ねる。
「戦争が終われば兵器はいらない・・・それでは儲からない。だが、また戦争になれば・・・? 自分たちは儲かるのだ。・・・ならば戦争は、そんな彼らにとっては、ぜひともやってほしいことになるのではないかね?」
「そんな・・・!」
思わず、シンは息を飲んでいた。デュランダルの言葉は、さらに続く。
「“あれは敵だ。危険だ、戦おう”、“撃たれた、許せない。戦おう”・・・人類の歴史には、ずっとそう人々に叫び、常に産業として戦争を考え、作ってきた者たちがいるのだよ。自分たちの利益のために・・・ね。今回のこの戦争の裏にも、間違いなく彼ら・・・“ロゴス”がいるだろう。彼らこそが、あのブルーコスモスの母体でもあるのだからね」
「ロゴス・・・?」
初めて聞いたその名に、アスランが小さくつぶやいた。
「・・・だから、難しいのはそこなのだ。彼らに踊らされている限り、プラントと地球は、これからも戦い続けていくだろう・・・。できることなら、それを何とかしたいのだがね、私も。だが、それこそが・・・何より本当に難しいのだよ・・・」
デュランダルは深く息を吐き、暮れ始めた空に目をやった。
シンは、ギュッと拳を握りしめる。ロゴス・・・奴らの金儲けのために、マユは・・・父さんや母さんは、殺されたというのだ・・・。
そして・・・今度こそ、彼女だけは・・・自分の手で守ってみせる。奴らの金儲けのために、彼女を殺させたりするものか・・・!!!
***
「え、本当によろしいんですか!?」
「えぇ。休暇なんだし、議長のせっかくのご厚意ですもの。お言葉に甘えて、今日はこちらでゆっくりさせていただきなさい」
ルナマリアのうれしそうな声に、タリアがそう答える。デュランダル直々に、この施設に一泊していくよう勧めたのだ。
「確かに、それくらいの働きはしてるわよ、あなた方」
「そうさせていただけ、シンもルナマリアも。艦にはオレが・・・」
「いえ、艦にはオレが戻ります」
言いかけたアスランの言葉を遮って、レイが告げた。そんなレイに、アスランは目を丸くする。
「褒章を受け取るべきミネルバのエースは、隊長とシンです。そしてルナマリアは女性だ。ここは、オレが艦に戻ります」
「あぁ、それならばレイ・・・すまないが、・にここへ来るよう伝えてくれないか?」
「え?」
デュランダルの言葉に、アスランとシンが同時に声をあげた。議長は笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「彼女とも、久しぶりに話がしたくてね・・・」
「はい、わかりました・・・議長」
失礼します、と短く告げ、レイはその場を後にした。
アスランが、デュランダルに声をかけようとすると、廊下の向こうから軽やかな声が響いた。
「アスラ〜ン!!」
「ミ・・・!」
こちらに走り寄ってきたミーアの姿に、アスランは硬直した。それでなくても、つい先ほど、彼女についてはから詰問されたばかりだ。
――― 知ってて止めなかったアスランも、同罪だからね?
鋭く細められた漆黒の瞳が、アスランの脳裏に蘇る。ダラダラと冷や汗をかき始めたアスランのことなど誰も気づかず、デュランダルがミーアに声をかけた。
「これは、ラクス・クライン。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
議長の言葉に礼儀正しく微笑んだあと、ミーアはクルリとアスランに向き直った。
「ホテルにおいでと聞いて、急いで戻って参りましたのよ! 今日のステージは? 見てくださいました?」
「え・・・? あ・・・まぁ・・・」
「本当に!? どうでした?」
見ているはずがない。何せ、その時アスランは、の尋問を受けていたのだから。思い出すだけで、胃がキリキリと痛む思いだ。
「彼らにも、今日はここに泊まってゆっくりするよう言ったところです。どうぞ久しぶりに、お二人で食事でもなさってください」
「まぁ! ホントですの? それはうれしいですわ、アスラン! さっそく席を予約・・・」
「ああ、その前に・・・ちょっといいかな、アスラン」
「はい・・・」
デュランダルに呼び止められ、アスランは小さくうなずいた。
すでに日が落ち、暗くなった庭園に、デュランダルはアスランを連れ出した。ミーアは少し離れたベンチに腰を下ろし、赤いハロを膝に抱えて持っている。
やがて・・・デュランダルはゆっくりと口を開いた。
「実は・・・AAのことなのだがね・・・。君も、聞いてはいるだろう?」
アスランは、ハッと表情を変えた。
「はい!」
「あの艦がオーブを出て、その後どこへ行ったのか・・・もしかしたら、君なら知っているのではないかと思ってね・・・」
その言葉に、デュランダルもAAの行方を知らないということがわかり、アスランは少なからず落胆した。
「いえ、ずっと気にはかかっているのですが、私の方でも何も。私の方こそ、それを議長にお聞きしてみたいと思っていたところです」
「そうか・・・。いや、AAとフリーダムがオーブを出たというのなら、彼女・・・本物のラクス・クラインも、もしや一緒ではないかと思ってね」
その視線がベンチで退屈そうにしているミーアに映り、アスランもその視線を追い、うなずいた。
「はい、それは間違いないと思います。キラが・・・あ、いえ。・・・あの艦が出るのに、ラクスを置いていくはずはありません」
フリーダムがAAと共にあるのならば、確実にキラはラクスを連れて行く。キラにとってラクスは“守らなければならない存在”だからだ。がラクスを大切にし、その身を賭して守ろうとしていたことを、キラは知っている。もしもがいないのならば、必ずや彼女に代わってラクスを守るだろう。
「こんな情勢の時だ。本当に彼女がプラントに戻ってくれればと、私もずっと捜しているのだがね・・・。こんなことを繰り返す我々に、彼女はもう呆れてしまったのだろうか・・・」
もしも・・・が・・・ラクスやキラ、カガリを説得したならば・・・彼らはどうするだろうか? 彼らにとって、“絶対の存在”であるが、もしも自分たちと共に、ザフトについてほしいと願ったら・・・。
考え込むアスランの足元で、赤いハロが声を上げ、大きく跳ねた。
「いや、すまなかったね、引き止めて。だが今後、もしもあの艦から君に連絡が入るようなことがあったら、その時は私にも報せてくれないか?」
ラクスに対して、事情を説明し、どうにかプラントのために、力を貸してほしいと願っているのだろう。
「はい、わかりました。・・・あの、議長の方もお願いします」
「ん?」
「行方がわかりましたら、その時には、私にも連絡を・・・」
「ああ、わかった。そうしよう」
微笑んで答え、デュランダルがその場を去ると、途端にベンチからミーアがアスランに駆け寄った。
***
通された議長の部屋に入り、は表情を強張らせた。デュランダルは口元に笑みを浮かべ、に席を勧めてくる。「失礼します」と一言告げ、はソファに腰を下ろした。
「レイから、あなたが私を呼んでいる、と聞いたのだけど? 何の用かしら?」
「まずは・・・私の方からお礼を言わせてくれないか? シンとアスランを上手く導いてくれているようだからね、君は」
「・・・そんなつもりはないわよ」
どこか含みを帯びたその言い方に、の眉がつり上がる。
「だが、彼らの戦いに対する原動力は、間違いなく君の存在だと思うのだがね・・・」
「何が言いたいの? ハッキリ言ってちょうだい」
「・・・では、ついてきてくれないか? 君にぜひ見せたいものがある」
立ち上がったデュランダルに続き、は席を立ち、そのまま部屋を後にする。
最高評議会議長の後に、緑の繋ぎ・・・整備士の制服を着たが歩いていく様を、見張りの兵士たちが驚いたように見ていたが・・・はそれに気づかないフリをした。
やがて・・・着いたのはディオキア基地にあるMS格納庫だ。一体、こんなところへ連れてきて、どうするつもりなのだろうか?
「入りたまえ・・・君に見せたいのは、こっちだ」
促されるままに、格納庫へ入り・・・デュランダルがライトを点灯する。何の変哲も無い格納庫だと思い、辺りを見回したは、ある一点を見つめ、愕然とした。
「・・・これは・・・!!」
「見覚えがあるだろう? 当然だろうがね。君の愛機だ」
それはかつて、自身が乗っていたMS・・・GAT−X106 SANCTUARYだ。フェイズシフトダウンしているその機体は、本来の空色ではなく、灰色だが、間違いない。サンクチュアリだ。
「君が二年前、これに乗ってプラントを訪れたあと・・・我々が少し改良を加えてね」
サンクチュアリの機体を見上げ、デュランダルが誇らしげに告げる。
「これと同じタイプだった“STRIKE”には“エールストライカー”というものがついていたが、これにはなかった。高速移動するのに、それが必要だと思ったのでね。“IMPULSE”にあるフォースシルエットと同じものをつけた。これで、高速移動が可能になっている。それと、武器もビームサーベルとライフルに加え、両方の腰部にアサルトナイフを装備させた」
「・・・どういうつもり? こんなものを私に見せて」
低い声で、は目の前に立つ男を睨み、問い質した。
「力が欲しいと思ったことはなかったかね・・・? オーブを出て、ここへ来るまでの間」
「!!?」
デュランダルの言葉に、は愕然とした。
確かに・・・あのオーブ沖での戦いで、シンがもう少しで撃墜されそうになったとき、ザクにでも乗って、出撃したいと思った。アスランが戻ってきた時も、一緒に戦いに出たいと思った。だが・・・それは、二年前自身が拒絶したことだ。二度とMSには乗らない。誰も撃ちたくない、と。
「力がなければ、何も守れない・・・そうじゃないかな?」
「っ・・・!!!」
「私は、君に戻って来てもらいたいのだよ、・・・。これを、受け取ってもらいたい」
――― どうか、どうか・・・戦いのない世界に生きて・・・二度と、MSに乗らなくてすむように・・・
二年前、愛しい人に告げたその言葉が、の心を締め付ける。
答えは・・・すでに決まっていたが・・・そのときのは、それを告げることができなかった。
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