《このデモによる死傷者の数は、すでに千人にのぼり、赤道連合政府は・・・》
《18日の大西洋連邦大統領の発言を受けて、昨日、南アフリカ共同体のガドワ議長は・・・》
《この声明に対し、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、昨夜再び、プラントはあくまでも・・・》
《ユーラシア西側地域では、依然激しい戦闘が続いており、ユーラシア軍現地総司令官は周辺都市部への被害を抑止するため、新たに地上軍三個師団を投入するとの・・・》
聞こえてくる重苦しいニュースに、オーブ代表カガリ・ユラ・アスハはモニターから目を離した。
AAのブリッジのマルチモニターには、世界各国のニュースが流れている。カップを片手にそれを眺めていたアンドリュー・バルトフェルドもため息をついた。
「毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりだねぇ・・・」
その言葉に、彼の傍らで椅子に腰掛けていたマリュー・ラミアスが視線をチラリと向けた。
「・・・なんかこう、もっと気分の明るくなるようなニュースはないもんかね」
「“水族館で白イルカが赤ちゃんを産んだ”とか、そういう話?」
「いや、そこまでは言わんが・・・」
「しかし・・・何か変な感じだな・・・。プラントとの戦闘の方はどうなっているんだ? 入ってくるのは、連合の混乱のニュースばかりじゃないか」
ラクス・クラインの傍らに立っていたカガリが、ふと気づいて口を開いた。
戦況などのニュースは流れず、連合はプラントとの戦闘を忘れてしまったかのように見える。
そして・・・。
「プラントはプラントで、ずっとこんな調子ですしね」
ラクスが言い、マルチモニターの一画面を切り替えた。
微かな痛みが、私にあなたを思い出させる
そこに映し出されたのは・・・派手なコンサート風景で。そのステージに立って歌っているのは、ピンクの長い髪を靡かせた・・・ラクス・クラインだ。いや、厳密に言えば、ラクスそっくりの少女だ。どこかで聞いたことのあるその楽曲は、ラクス自身の歌『静かな夜に』なのだが・・・アップテンポにアレンジされた曲に乗せ、少女が楽しそうに歌って踊る。どうやら、兵士の慰問コンサートのようだ。
《勇敢なるザフト軍兵士のみなさぁ〜ん!!》
曲の合間で、少女は明るい声で呼びかける。
《平和のため、わたくしたちもがんばりまぁす! みなさんも、お気をつけてぇ〜!!》
間違いなく、ラクス本人が言わないようなことを笑顔で言い放ち、手を振る。逆にバカにされているような気分になってくる。
「みなさん、元気で楽しそうですわ」
ラクスの声が、いつもと調子が違うのを感じ、背後に座っていたチャンドラが身を強張らせた。明らかに、怒っている。
「っていうか・・・いいのかよ、これ。なんとかしなくて・・・」
カガリがラクスの様子を窺いながら、問いかけるが・・・バルトフェルドは肩をすくめた。
「そりゃ、なんとかできるもんならしたいけどねぇ・・・。だが、下手に動けばこちらの居場所が知れるだけだ。そいつは現状、あまりうまくないだろ? 匿ってくれてるスカンジナビア王国に対しても」
「ええ、それは」
それまで黙って状況を見守っていたキラ・ヤマトがうなずいた。
「なんとかしたいって思ってるのは・・・僕たちだけじゃないだろうし」
「・・・・・・」
キラのその言葉に、カガリとマリュー、AAのクルーたちが息を飲む。一同の脳裏に蘇ったのは、キラの幼なじみの少女だろう。
彼女・・・・がプラントの歌姫を溺愛していることを、彼らは知っている。もしも、ラクスの身に何かあれば、彼女は迷わずにその力で敵をねじ伏せるだろう。
もしも、がこのことを知っていれば・・・もしかしたら、殴りこみに行くかもしれない・・・。
「で、でも・・・さんは今、ザフトに身を置いてるわけだし、きっと穏便な方法で、何とか・・・」
「そうだといいがね」
マリューの言葉を、バルトフェルドが覆そうとする。
「だが、いつまでもこうして潜ってばかりはいられないだろう? ・・・オーブのことだって・・・私は・・・」
話題を逸らすように、カガリが声を発した。
「でも、今はまだ動けない。まだ何もわからないんだ」
「そうね・・・」
キラの答えに、マリューも考え込みながら、同意した。
「・・・ユニウスセブンの落下は、確かに地球に強烈な被害を与えたけど、その後のプラントの姿勢は真摯だったわ。難癖のように開戦した連合国がバカよ」
「ブルーコスモスが、だろ?」
バルトフェルドが訂正をすると、マリューは顔を上げて笑みを浮かべた。
「まぁね・・・。でも、デュランダル議長は、あの信じられない第一波攻撃のあともバカな応酬はせず、市民から議会からみんな宥めて、最小限の防衛戦を行っただけ・・・。どう見ても悪い人じゃないわ。・・・そこだけ聞けば」
「実際、よい指導者だと思う・・・デュランダル議長は」
マリューの言葉に、カガリが同意し・・・言葉を続ける。
「・・・というか、思っていた。ラクスの暗殺と・・・この件を知るまでは」
カガリの視線がモニターの少女へと向けられる。
「アスランだって、そう思ったからこそプラントへ行くと言い出したんだし・・・あいつも・・・そうなんじゃないのか? きっと、あいつはこのことを知らないんだ・・・」
「・・・、ですわね?」
「あぁ・・・。あいつが、ラクスを暗殺することを知っていて、黙って見過ごすはずがないからな」
「じゃあ、誰がラクスを殺そうとした?」
キラが強い口調で問いかけ、カガリがハッとなる。ラクスを暗殺しようとし、プラントには彼女の偽者が存在する。キラにとって、彼の愛する少女が守ろうとしたラクスを、虚仮にされたようで許せないのだ。
「そしてこれじゃ、僕には信じられない。そのデュランダルって人は・・・」
キラもモニターに映る偽者のラクスを見つめた。
「・・・みんなを騙してる」
「それが政治といえば、政治なのかもしれんがね」
「知らないはずは・・・ないでしょうしね、これ」
「何を考えてるのかな・・・議長は・・・」
カガリが小さくつぶやく。彼女はまだ、心のどこかでデュランダルを信じたいと思っているようだ。
「なんだか、ユーラシア西側のような状況を見ていると、どうしてもザフトに味方して、地球軍を討ちたくなっちゃうけど・・・」
ラクスの一件がなければ、確実にそうしていたかもしれない。彼らがザフトに加担したい理由は他にもあるのだ。それはもちろん、かつてはAAのパイロットだったが、今はザフトにいることだ。
「お前は、まだ反対なんだろ? それには」
「ええ」
バルトフェルドの言葉に、キラが頷いて答える。結局、デュランダルが何を考えているのか、その意図が読めるまで、彼らは動けないのだ。
「アスランが戻れば、プラントのことも、もう少しわかると思うんだが・・・。一体、何をやってるのかな、あいつ・・・」
「・・・・・・」
カガリのつぶやきに、キラはそっと目を伏せた。
ザフトには、がいる。アスランが、を今でも愛していることを、キラは知っている。他の誰が知らなくても、キラは知っている。もしも・・・デュランダルがそれを知っていて、彼にザフト復帰を持ちかけたら? を傍で守りたくはないか?と持ちかけられたら・・・?
『僕だって・・・そんなことになったら、の傍にいたいって思う・・・』
今は、との約束を守るため、ここにいてカガリとラクスを守るつもりだ。だけど、もしも・・・もしも許されるならば・・・キラ自身も、の傍にいて、彼女を守りたいと思った。
『アスラン・・・・・・』
傍にいない二人の幼なじみを思い、キラは小さくため息をついた。
***
スエズのザフト軍指令本部に近づきつつあるミネルバのMSデッキでは、MSのチェック作業に追われていた。
「注文どおり、センサーの帯域を変えてみた。確認してくれ」
エイブスがレイに言い、レイが身軽な動作でリフトに乗りコックピットに向かう。
ルナマリアが整備ログを見つめながら歩いていると、デッキにアスランの姿を見つけ、思わず足を止めてしまう。
アスランが、と抱き合っていたのを見てしまってから、どこかぎこちなくなってしまっているが・・・それでめげる彼女ではない。笑顔でアスランに話しかけた。
その視界の隅に、コアスプレンダーの前でから説明を受けているシンの姿が映る。
話しかけてくるルナマリアに短く言葉を発し、アスランはセイバーのメンテナンスマシンに近づいた。
「でも、いいよなぁ・・・軍本部の奴ら。ラクス・クラインのライブなんて、ほんっと久しぶりだもん! オレもナマで見たかったぁ〜!!」
「けど、だいぶ歌の感じ、変わったよなぁ、彼女。オレ、前々から今みたいな方がいいんじゃないかと思ってたんだけどさ。なんか若くなったっていうか・・・カワイイよなぁ、最近」
聞こえてきた会話の内容に、思わずアスランは足を止めてしまう。は・・・聞こえていないようだ。
「それに今度、衣装もなぁんかバリバリっ!」
「そ〜そ〜! そしたらさ! 胸、結構あんのなぁ〜!! 今度のあの衣装のポスター、オレ、絶対に欲し・・・」
「セイバーの整備ログは?」
アスランが背後から二人に声をかけると、二人は仰天して飛び上がる。
「あっ・・・あ、あ・・・これですっ!」
冷や汗をかきながら、ヴィーノが慌ててモニターにデータを表示させる。アスランは「ありがとう」と礼を述べ、手元のチェックボードとデータを照らし合わせた。内心ビクビクしながらアスランを見守るが、彼はチェックが終わると何事もなかったかのように立ち去り、二人はホッと息をついた。
「・・・婚約者だもんなぁ・・・いいよなぁ」
「お前、はどうしたんだよ、は」
「え〜? ?? 確かに、もカワイイけどさぁ〜・・・。なんか、シン一筋!だしさ」
「そんなこと言ったら、ラクス・クラインはザラ隊長の婚約者だろ? の方がまだ狙える」
「そういやさ・・・って、シンとザラ隊長と、どっちが好きなんだろうな。なんか、最近の、やったらザラ隊長を気にかけてない?」
「両手に花かよ! ちぇっ! ケーブルの2、3本も引っこ抜いといてやろうか、セイバー・・・」
「聞こえてるぞ、二人とも」
こちらに背を向けたまま言われたアスランの言葉に、ヴィーノとヨウランがギョッとする。
「さっきのも全部」
「いっ!?」
「すっ、す、すみませぇ〜ん!!」
慌てて頭を下げる整備士二人に、アスランはクスッと笑み・・・ふと、視線を感じて顔を動かす。
から説明を受けていたシンが、こちらを見ていたのだ。だが、目が合うと、シンは慌てて視線を目の前の少女へ戻した。
《入港完了。各員すみやかに点検、チェック作業を開始のこと》
聞こえてきたアナウンスに、安堵の空気が洩れる。オーブを出てからここまで、緊張の連続だったのだ。
《以降、別命あるまで艦内待機。・・・ザラ隊長はブリッジへ》
呼び出しを受け、アスランがエレベーターの方に向かうのを、シンはそっと盗み見る。そこへきて、ようやくは先ほどから上の空だったシンの視線に気づいた。
「・・・気になるの?」
「!!?」
いきなり声をかけられ、シンはバッと視線をに戻した。彼女は、肩をすくめてみせる。
「言いたいこと、あるのならちゃんと言わないと・・・。アスランは、シンじゃないんだから、シンの言いたいことなんて、わからないんだよ?」
「別に・・・」
ぶっきらぼうに答え、シンが出口に向かって歩き出す。が慌ててそんなシンの後を追った。
出口で同じくデッキを出ようとしていたレイとルナマリアと合流する。ルナマリアは、の姿に少しだけ眉をしかめるが、彼女はそれに気づかなかったようだ。
「シンがアスランを気に入らないっていう気持ち、わからなくもないけど・・・」
の言葉に、ルナマリアが驚いたように彼女を見つめる。まさか、彼女はアスランの気持ちを知っているのだろうか?
「いきなり戻ってきて・・・上官だから言うことを聞けって言われて・・・でも、彼の実力を知らないわけじゃないでしょう?」
「わかってるよ。ちゃんとわかってる!」
口うるさく忠告してくる年上の恋人に、シンが言葉を荒げた。
「ホントに、わかってる??」
「わかってるってば! 少し黙っててくれよっ!!」
きつい口調でそう言い放ち、足早に歩き出したシンの背中を、たちは見守った。
「・・・こそ、わかってるわけ?」
「え?」
それまで黙ってやりとりを見ていたルナマリアが、口を挟んできた。
「なんでシンが、ザラ隊長を素直に認められないのか・・・わかってる?」
「それは・・・あんな風にみんなの前で注意されたり・・・」
「そうじゃないでしょ。が、ザラ隊長にベッタリだから、余計に腹が立つんじゃない」
「・・・!!?」
あ然とするの態度が、ルナマリアにも気に食わない。
「自分の恋人が、今まで知らない姿を見せたら、つまらないに決まってるじゃない」
――― いきなり、戻ってきた幼なじみにベッタリだったら、キラも怒るだろ?
ルナマリアのその言葉に、かつてカガリに言われた言葉を思い出す。
――― 恋人としては・・・やっぱり自分だけを見てほしいって思うものじゃないかしら?
マリューにもそう言われたことを思い出す。アスランがザフトを抜け、AAのパイロットとなり、自分がキラそっちのけでアスランと仲良くしていたら、突然キラが怒り出して・・・。原因のわからなかったは、その相談をカガリとマリューに持ちかけたのだ。
『・・・あぁ、また私・・・アスランに依存してたんだ・・・』
二年前とまったく変わっていなかった自分自身に、は肩を落とし、ため息をついたのだった。
***
埠頭には、ザフトの士官が並んで待っていた。アスランは、タリアやアーサーと並んで彼らの前に歩み出る。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです」
「副長のアーサー・トラインであります」
名乗った二人に続いて、アスランも敬礼し名乗った。
「特務隊、アスラン・ザラです」
「・・・アスラン・・・ザラ・・・?」
出迎えの士官が、その名前を聞いた途端、記憶の中から探るようにつぶやく。
「・・・はい」
居心地悪そうに答えるアスランの前で、士官たちがざわめき始める。その中に「・・・元クルーゼ隊の・・・」とか「ザラ議長の・・・」という声が聞こえてくる。だが、目の前にいた先頭の士官はそれに気にすることなく、穏和そうな表情のまま、顔色一つ変えることなく敬礼をした。
「いや、失礼した・・・。マハムール基地司令官のヨアヒム・ラドルです。遠路、お疲れ様です」
ラドルが手を下ろし、その手をタリアに差し出す。タリアは「いえ」と微笑みながら、その手を握った。
「まずは、コーヒーでもいかがです? ご覧の通りの場所ですが、豆だけはいいものが手に入りますんでね」
「えぇ、ありがとうございます」
アスランは彼らと共に歩き出す。他の士官たちの視線が、そんな自分に向けられている。恐らく、彼らの間にも“アスラン・ザラ”の名は通っているのだろう。
かつての大戦の英雄・・・だが、彼はザフトを裏切った。その彼が、なぜ再びフェイスとなって、ザフトにいるのか・・・。できるだけ、その視線を気にしないよう努め、アスランは司令室へ向かった。
通された司令室に入ると、コーヒーが運ばれてくる。
彼らが座ったその前にあるテーブルは、そのまま戦略パネルになっていて、付近の地図が表示されていた。
「状況はだいぶ難しそうですわね・・・こちらの」
「ええ。さすがにスエズの戦力には、迂闊に手が出せませんでね」
前大戦の折にも、スエズはプラントの最優先攻略目標の一つだった。それは、ここが連合の重要な物資輸送ラインであったからだ。それだけに、連合の守りも堅いのだが・・・。
「どうしても落としたければ、前の大戦の時のように、軌道上から大降下作戦を行うのが一番なんですが・・・なぜか、その作戦は議会を通らないらしい」
「こちらに領土的野心は無い・・・と言っている以上、それはできない、ってことかしらね?」
「いや・・・いたずらに戦火を拡大させまいとする、今の最高評議会と議長の方針を私は支持していますが・・・。だが、こちらが大人しいのをいいことに、やりたい放題もまた困る・・・」
「と言うと・・・何かあるということ? スエズの他に?」
ラドルの意味深な言葉に、タリアが尋ね返した。ラドルは手を伸ばして卓上に表示された地図をポインターで示す。
「地球軍は本来ならば、このスエズを拠点に、一気にこのマハムールと、地中海の先、我らのジブラルタル基地を叩きたいはずです。・・・だが、今はそれが思うようにできない。なぜか? ・・・理由はここです」
ポインターがぐるりと囲んだ地域を見て、アーサーが納得したように声をあげる。
「ユーラシア西側地域か・・・」
紛争が起こっているその地域。この場所が邪魔をして、地球軍も上手く動けないのだろう。
「ええ、インド洋、そしてジブラルタルがほぼこちらの勢力圏である現在、この大陸からスエズまでの地域の安定は、地球軍にとっては絶対です。でなきゃ孤立しますからね、スエズが」
ラドルが地図を切り替えると、付近の地形を拡大し、3D映像で投影した。
「なので、連中はこの山間、ガルナハンの火力プラントを中心に、かなり強引に一大橋頭堡を築き、ユーラシアの抵抗運動にも睨みをきかせて、かろうじてこのスエズまでのラインの確保を図っています」
マハムールとユーラシア西側を分断するような位置に、ガルナハンの地球軍拠点はあった。
「・・・まあ、おかげでこの辺りの抵抗勢力軍は、ユーラシア中央からの攻撃にさらされ、南下もままならず・・・と、かなり悲惨な状況になりつつありましてねえ・・・」
「しかし、逆を言えば・・・」
それまで黙って状況を見守っていたアスランが、口を開いた。
「・・・そこさえ落とせばスエズへのラインは分断でき、抵抗勢力軍の支援にもなって、間接的にでも地球軍に打撃を与えることができると・・・そういうことですね?」
「ほう・・・」
アスランの言葉に、アーサーが感嘆の声をもらし、ラドルは微笑んだ。
「ま、そういうことだ。だが、向こうだってそれはわかっている。となれば、そう簡単にはやらせてはくれないさ」
ラドルは肩をすくめ、今度はマハムールからガルナハンへの行程を示す。険しいその地形は、まさに天然の要塞といっていいだろう。
「こちらからアプローチできるのは唯一、この渓谷だが・・・当然、向こうもそれを見越していてね。ここに陽電子砲を設置し、周りにリフレクターを装備した化け物のようなMAまで配置している。前にも突破を試みたが、結果はさんざんでね・・・」
「あっ・・・あの時みたいな・・・!?」
アーサーの脳裏に、オーブ沖での戦闘が蘇る。ヤシガニのような足を持ったあのMAは、ミネルバの陽電子砲タンホイザーを、何らかの技術によって完全に弾き返したのだ。
「陽電子砲を・・・」
その威力を知っているアスランは、信じがたいその事実に思わず声を洩らした。
「だが・・・ミネルバの戦力が加われば、あるいは・・・」
「なるほどね・・・。そこを突破しない限り、私たちはすんなりジブラルタルへも行けはしないと・・・そういうことね?」
「えっ・・・?」
タリアの言葉に、アーサーは声をあげ・・・再び地図上へ目を落とし「あぁっ」と声をあげた。
ジブラルタルへの道は、その陽電子砲と新兵器に閉ざされている。目的地に達するには、アフリカ大陸を迂回するか、ガルナハンを突破するしかない。
「まあ、そういうことです」
「私たちにそんな道作りをさせようだなんて、一体どこのタヌキが考えた作戦かしらね」
小さくつぶやき、タリアは残りのコーヒーを口に運んだ。
「まぁいいわ。こっちもそれが、仕事といえば仕事なんだし」
「では、作戦日時などは、また後ほどご相談しましょう。こちらも準備がありますし。・・・我々もミネルバと共に、今度こそ道を拓きたいですよ」
基地を後にしたアスランは、フト入り口で足を止め、広い青空を見上げた。
その脳裏をよぎったのは・・・デュランダルとカガリ、そしてキラとラクスの顔だった。自分の心の中の迷いを振り切るように、アスランは頭を振り・・・グッと拳を握りしめると、タリアとアーサーの後を追った。
***
「えっ? じゃあ、シンってばまだザラ隊長と口きいてないの??」
シャワールームから聞こえてきたその声に、はフト足を止めた。どうやら、ホーク姉妹が使用中のようだ。
メイリンの驚いたような声の後、ルナマリアがため息混じりにつぶやく。
「そうなのよ・・・まったく・・・シンってば子供っぽくて、イヤになっちゃうわよ」
シャワーを浴びている姉の服を、メイリンがチラリと横目で盗み見し・・・そっとそのピンクのスカートを手に取った。
「そうだよね〜・・・シンってば・・・子供っぽくて・・・」
スカートのボタンを締めようと、メイリンはがんばるが・・・どうやってもそれは締まらず・・・ムッと頬をふくらませた。
「ザラ隊長の方が、大人で、カッコいいも〜ん!!」
スカートに当たるかのように、それをカゴへと放り投げ、メイリンが声をあげる。
だが、ルナマリアはその妹の言葉に、フト思い出す。
「あれ・・・? でも、あの人って確か私と一つしか違わないんじゃなかったっけ??」
アスランといい、といい・・・ヤキンの英雄は、どこか大人びているな、とルナマリアは心の中でつぶやいたのだった。
そんな姉妹のやり取りを盗み聞きした後、はデッキへと向かった。そこから見えた夕日と、人影に思わず足を止める。
「・・・シン?」
声をかけると、驚いたようにシンが振り返り・・・は目を細めて微笑み、そっと彼に近づいた。
「どうしたの? こんなとこで、一人で・・・」
「いや・・・別に・・・。こそ・・・」
「私は、ちょっと外の景色が見たかったの・・・。シンと一緒に、ね」
クスッと笑みを浮かべれば、シンも困ったような笑みを浮かべ・・・ためらいがちに、の腕を引き寄せた。すっぽりと腕の中に収まった恋人の小さな体に、シンは胸の奥がツンと痛んだ。
この小さな少女が・・・自分の腕に収まってしまうこの少女が、ヤキン・ドゥーエの英雄・・・“青空の聖域・蒼穹の楽園”と恐れられたパイロットなのだ。そんな彼女を、自分が守ろうだなんて・・・単なるエゴなのではないだろうか?
「・・・シン」
「ん?」
突然、名前を呼ばれ、シンは不思議そうに首をかしげる。腕の中のが、そっと自分を見つめてくる。その漆黒の瞳に、胸がドキドキ高鳴った。
「私ね・・・あなたにずっと言いたかったことがあるの・・・」
「・・・・・・」
「もう、知ってるかもしれないけど・・・私、二年前・・・」
言いかけたの言葉をなぜか聞きたくなくて・・・強引に口唇を重ねた。驚いて身を強張らせるの髪を優しく撫で、何度も何度も触れるだけのキスを交わした。
「シン・・・」
「今は・・・まだ聞きたくない・・・。いつか、オレの心がちゃんとまとまって、の全てを受け入れることができたら・・・その時に聞く」
「・・・わかった」
そっとシンの胸に頬を寄せ、その温もりに目を閉じる。シンも、腕の中の愛しい少女をギュッと抱きしめた。背後のドアが開き、誰かが甲板に出てきたのは、その直後。振り返ったシンの視界に映ったのは、赤服を来た藍色の髪の少年・・・アスラン・ザラだ。
アスランは、シンの腕の中にいるを認めた瞬間、眉間に皺を寄せたが・・・すぐに何事もなかったかのように苦笑を浮かべ、こちらに歩み寄ってきた。
「邪魔してしまったかな・・・? もしかして」
「別に・・・」
ぶっきらぼうに答えるところは、いつもどおりだが、明らかに二人っきりの時間を邪魔されたことに腹を立てているようだ。
「こんな所にいて、いいんですか? 色々忙しいんでしょ、フェイスは。こんな所でサボッていて、よろしいんでありますか?」
シンのそのつっけんどんな物言いに、アスランは呆れた口調になる。
「本当に、突っかかるような言い方しかできないヤツだな、君は」
「シン・・・」
抱きしめたままのが、そっと手を伸ばしてシンの頬に触れる。シンの視線がに映り、そっと微笑む。アスランにはけして見せないその穏やかな表情に、少しだけ胸がざわつく。
「・・・そんなに気に入らないか? オレが戻ったことも・・・君を殴ったことも」
「別にどうってことありませんけどね! でも、殴られてうれしいヤツなんかいませんよ。当たり前でしょう?」
気に入らないのは、それだけではない。フツフツと怒りがこみあげてきて、シンは無遠慮に言い放つ。
「だいたい、この間までオーブでアスハの護衛なんてやってた人が、いきなり戻って来て、フェイスだ、上官だって言われたって、それで“はい、そうですか”って従えるもんか! やってること、めちゃくちゃじゃないですか、あなたは!」
シンの言葉に、アスランは深く息を吐き・・・手すりに寄りかかった。
「・・・それは、そうだろうな。認めるよ」
「アスラン・・・」
「確かに君から見れば、オレのやっていることは、めちゃくちゃだろう」
アスランの口から出た飾らない、その言葉に、シンは呆気に取られてしまう。まさか、認められるとは思わなかった・・・。
だが、そのアスランの視線が不意に鋭くなり、シンを横目で捉える。
「・・・だから、オレの言うことなど聞けない。気に食わないと・・・そういうことか?」
「あ・・・いや・・・」
「自分だけは正しくて、自分が気に入らない、認めないものは皆、間違いだとでも言う気か? 君は」
「そんなことはっ・・・!!」
そんな自分勝手なことは言わない。シンだって、従わなければならないときは、どんなに相手に腹が立ってもきちんと従うつもりだ。
アスランは、きちんとシンを正面から見据える。
「なら、あのインド洋での戦闘のことは? 今でもまだ、あれは間違いじゃなかったと思っているのか?」
「・・・はい!」
間違ってなんかいない・・・奴隷のように働かされていた彼らを、シンは救ったのだから・・・。
そんなシンの態度に、アスランはため息をつき、彼から目を離した。
「オーブのオノゴロで・・・家族を亡くしたと言ったな、君は」
「アスラン・・・!! ちょっと・・・」
「殺された、って言ったんです。・・・アスハに」
アスランの言葉に、が慌てて声をあげるが、それを遮るように、シンが言葉を重ねた。
「あぁ、そう思っていたければ、それでもいいさ」
「・・・・・・」
の脳裏に、あの日の戦いが蘇る。もう何度、こうして同じ場面を思い出しただろうか? だが、戦闘に必死になっていた彼女の記憶には、目の前にいる敵しか残っておらず、避難する民間人のことなど、微塵も覚えていない。
確かに、エデンはオノゴロ上空にいた。確かに、そこで戦った。確かに、何度かミサイルは撃った。それが、どこへ飛んでいったのか・・・今となっては、にはわからない。
「だが、だから君は考えたっていうわけか? あの時、力があったなら・・・力を手に入れさえすれば・・・と?」
シンはハッと息を飲んだ。まさに、それはシンが考えたことだからだ。力があれば、守りたいものを守れる。二度と大切なものを失わないで済む。・・・今、腕の中にいる少女を、失わずに済む・・・。
「なんで・・・そんなこと言うんです!」
「自分の非力さに泣いたことのある者は、誰でもそう思うさ・・・たぶん」
の胸が、ズキンと痛んだ。恐らく、アスランは思い出したのだろう。血のバレンタインにより、優しかった母を亡くしたことを・・・そして・・・15歳という若さで、命を落としたかつての戦友を・・・。
「けど、その力を手にしたその時から、今度は自分が、誰かを泣かせる者となる・・・」
アスランの視線が、スッとに向けられる。二年前の自分が、まさにそうだった。ザフトに入隊し、力を得た彼は、幼なじみの少年と戦うことになり・・・誰よりも愛しい少女を泣かせることとなったのだ。
「それだけは、忘れるなよ・・・」
アスランの言葉は、シンの心にズシリと響いた。
「オレたちはやがてまた、すぐ戦場に出る。その時にそれを忘れて、勝手な理屈と正義で、ただ闇雲に力を奮えば、それはただの破壊者だ。・・・そうじゃないんだろう? 君は。オレたちは軍としての仕事で任務に出るんだ。ケンカに行くわけじゃない」
「そんなことはっ・・・わかってます!」
今さらわかりきったようなことを言うアスランに、シンは思わず声を荒げて反論した。キッとアスランを睨みつけるシンに、彼は穏やかに告げる。
「なら、いいさ」
あまりにもあっさりと言われ、シンは思わず拍子抜けしてしまう。
「それを忘れさえしなければ、確かに君は優秀なパイロットだ」
「えっ・・・!?」
背を向けながら、そう言い放ち、アスランが肩越しに小さく笑みを見せた。
「・・・でなけりゃ、ただのバカだがな」
そう言い残し、甲板を去って行くアスランの背中を、シンは呆然と見つめていた。
「シン・・・」
に名を呼ばれ、そこでようやっとシンは我に返った。
口唇を笑みの形に緩め、自分を見上げてくる恋人の額に優しく口付ける。
「オレたちも、戻ろう・・・? あまり長居すると、冷えちゃうからな」
「うん・・・」
肩を抱かれたまま、はシンと共に甲板を後にする。フト、は振り返り、沈んでいく夕日を見つめた。
あの日・・・オーブの慰霊碑の前で見た、もう一人の幼なじみの姿を思い出す・・・。
『・・・キラ・・・』
彼の背後にあった夕日は、まるで彼自身を照らすかのように、眩しくて・・・。
――― その力を手にしたその時から、今度は自分が、誰かを泣かせる者となる・・・
アスランの先ほどの言葉に、はそっと目を伏せた。
守りたいから、力を得たいと思った少年と・・・守るための力を得た少年・・・。
胸を突き刺すような痛みが、の心にかつての恋人の姿を思い出させた。
|