シンはパイロットスーツに身を包み、ブリーフィングルームでベンチに寝転がって雑誌を眺めていた。と、誰かが部屋内に入ってくる。チラリと視線を動かせば、それは自分とは違う色合いのパイロットスーツ・・・アスラン・ザラだった。
声をかけず、気づかないフリをし、シンは雑誌に視線を戻す。アスランは毅然とした態度でガラス窓まで歩み寄り、そこから見えるMSデッキを見下ろしている。
『キラが一緒なら、カガリは大丈夫だ・・・。も、そう思っているはず・・・』
デッキで忙しそうに調整を続ける愛しい少女の姿を、アスランは静かに見つめていた。
あなたは全てを持っているのに、これ以上何を望むの
ボズゴロフ級潜水艦“ニーラゴンゴ”が出立すると、ミネルバもタリアの号令のもと発進をした。
そして、出航からわずか数時間後、索敵担当のバートが緊迫した声を上げた。
「艦長! 熱紋照合・・・ウィンダムです! 数、30!」
突然のその報告に、タリアたちは思わず息を飲んだ。
「30!?」
「うち一機は・・・カオスです!」
「あの部隊だっていうの!?」
奪取された新型三機は、あの“ボギーワン”に乗っていた機体だ。あの部隊が地上に降りてきたということになる。
「一体どこから? ・・・付近に母艦は?」
「確認できません」
30機ものウィンダムを搭載しているとなれば、それ相応の艦がいるはずだが・・・。
「またミラージュコロイドか・・・?」
「海上で? ありえないでしょ?」
以前は、その手を使って彼らがアーモリーワンを襲撃したが、今回は場所が場所である。その可能性はありえない。
ミラージュコロイドは可視光線を歪め、レーダー波を吸収するが、地上での作用時間は短く、また船の航跡や機関音まではカモフラージュしてはくれないのだ。
「あれこれ言っている暇はないわ。ブリッジ遮蔽、対MS戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定」
ブリッジが沈んで行き、いつもの戦闘用意が整われるブリッジ。その目の前のモニターに、新たなクルーとなった英雄が映った。
《グラディス艦長! 地球軍ですか?》
「えぇ。どうやらまた待ち伏せされたようだわ。毎度毎度、人気者はつらいわね」
皮肉めいたその答えに、アスランはギュッと眉間に皺を寄せた。
その彼の背後を、パイロットスーツに身を包んだルナマリアと、シンが通り過ぎる。
「すでに回避は不可能よ。本艦は戦闘に入ります。・・・あなたは?」
タリアの問いかけに、アスランはわずかに目を見張った。そこでハッと自分が置かれている立場を悟ったようだ。
「私には、あなたへの命令権はないわ」
確かに・・・同じフェイスである彼に対し、タリアに命令権はない。デュランダルも自分の意思で、道を選んで欲しいと言っていた。
《・・・私も出ます》
「いいの?」
《確かに指揮下にはないかもしれませんが、今は私もこの艦の搭乗員です。私も残念ながら、この戦闘は不可避と考えます》
きっぱりとそう告げたアスランに、タリアはフッと微笑んだ。この少年は、自分の立場に驕ることなく、今まで通りに冷静な判断で自分たちを導いてくれるだろう。
「なら、発進後のMSの指揮をお任せしたいわ。いい?」
《わかりました》
笑顔で問いかけるタリアに、アスランも表情を緩めてうなずいた。
***
《インパルス、セイバー、発進願います。ザクは別命あるまで待機》
メイリンのアナウンスがMSデッキに響く。はふと、こちらへやって来る幼なじみの姿に笑顔を見せた。
「・・・アスラン!」
「か・・・行ってくる」
「うん。アスランなら大丈夫って信じてるから、心配はしてないけど・・・。その・・・」
「?」
何か言いづらそうにモジモジするに、アスランは首をかしげた。
「・・・あの・・・お願いね・・・」
「・・・あぁ、彼のことか」
チラッと視線を動かせば、こちらを睨むようにして赤い瞳がそこに見えた。アスランは内心複雑な心境で、の頭をポンと叩いた。
「戦闘の指揮はオレが任された・・・。できるだけ、無茶はさせないさ」
「・・・うん」
昔と変わらない優しい笑顔を浮かべ、アスランがの傍を離れると、入れ替わるようにシンが彼女に歩み寄った。
「シン・・・」
「何話してたわけ? あの人と」
「別に・・・がんばってね、って言ってただけよ? シンも、気をつけてね?」
「・・・あぁ」
ぶっきらぼうに答え、そのまま去ろうとしたシンの腕を、は咄嗟に掴んで止めた。
「?」
「・・・あのね、シンに話したいことがあるの。だから・・・無事に帰ってきてね? 私のもとへ」
「・・・」
「シンが何考えてるのか、わかってるからね? 心配しないで? アスランは、幼なじみ。私が好きなのは・・・シンだからね?」
目を丸くするシンの口唇に、がそっとキスをする。柔らかい口唇の感触に、シンは目を閉じた。
「行ってくる・・・」
「うん。がんばって・・・!」
コアスプレンダーへと駆け去って行くシンの背中を見つめ、はそっと微笑んだ。
《シン・アスカ!》
コアスプレンダーのコックピットで、起動準備をしていたシンの目の前に、セイバーから通信が入った。モニターに映ったアスランの顔に、シンは一瞬だけドキッとした。
「・・・はい」
《発進後の戦闘指揮はオレが執ることになった》
「えぇっ!!?」
アスランのその言葉に、シンは思わず不満の声をあげていた。だが、アスランはそれを咎めることなく、念を押す。
《いいな?》
「・・・はい」
不服ではあったが、有無を言わさぬその口調に、シンは大人しく従うしかなかった。
《コアスプレンダー、発進どうぞ!》
聞こえてきたメイリンの声に、シンは意識を集中させる。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!!」
今はアスランに対し、不満をぶつけている場合ではない。話したいことがあると言った、好きなのは自分だけだと言った彼女・・・。のもとへ、無事に帰るためには、この戦いで勝ち抜かなければならない。
《右舷ハッチ解放。X-23Sセイバー、アスラン機、発進どうぞ!》
「・・・アスラン・ザラ、セイバー発進する!」
そしてアスランもまた、愛しい幼なじみの少女との約束を守るため、戦場へと舞い戻ったのだった。
***
「えぇい! 数ばかりゴチャゴチャと!!」
シンは怒鳴り声をあげながらも、敵機に向かってライフルを撃つ。何せ30対2という圧倒的不利な状況だ。それでも、シンのインパルスもアスランのセイバーも、撃ち落されることなく、上空で戦闘を続けている。
「こんな奴らにやられるかっ!」
敵の射撃を難なく交わしながらシンは自信に満ちた声をあげる。だが、そのインパルスを突然ビームが襲った。紙一重でそれを避けたシンのすぐ傍を赤紫色のウィンダムが通り過ぎた。
シンはその機体に向け、ライフルを放つが、その赤紫にカラーリングされた機体は雲に隠れ、インパルスのビームは空しく雲を撃った。
どこへ行ったのか、と焦るシンに、雲を貫いてビームが襲い掛かる。そして、その直後、雲の中から赤紫のウィンダムが姿を現す。回転しながら後退するインパルスに、赤紫のその機体は容赦ない連射を浴びせかけた。
「くそっ! なんだ、こいつっ・・・! 速い・・・!」
自分を翻弄するその赤紫のウィンダムに、シンの脳裏にかつて宙域で戦った同じ赤紫色のMAがよぎった。新たな二機がインパルスの背後から包むように射撃に加わり、シンはそれを回避するので手一杯になってしまう。
「っ・・・くそっ!!」
ビームの雨にさらされ、シンはインパルスを上昇させ、ビームの攻撃から逃れる。よけそこねたビームがシールドにぶつかった。
《シン! 出過ぎだぞ! 何をやってる!?》
セイバーからの叱責がインパルスのコックピットに響く。突出しすぎて敵に包囲されたことを、シンは今さらながらに気がついた。ミネルバから離れすぎていて、これでは母艦を守ることができない。だが、そんなことを言うくらいなら、自分を助けてくれればいいではないか・・・。反論の気持ちが、シンの胸の中で渦巻いた。
「フン! 文句言うだけなら、誰だって・・・」
小さく文句をこぼし、機体を立て直しながらライフルを構えた。
***
「ランチャーワン、ランチャーツー、てぇ〜!!」
ミネルバから離れすぎたインパルスはウィンダムに包囲され、セイバーはカオスにしつこく追いすがられ、振り切ることができない。そして、その二機のMSの間をかいくぐり、ウィンダムが数機、ミネルバに上空から襲い掛かった。迎撃ミサイルがウィンダム向けて放たれる。
ブリッジでは、不機嫌な表情のニーラゴンゴの艦長がモニターに映し出されていた。
《そんなことはわかっている。だが、こちらのセンサーでも潜水艦はおろか、海上艦の一隻すら発見できてはいないのだ》
先ほど、タリアが彼に進言した「敵の母艦を発見し、討つべきだ」という意見が気に入らなかったらしく、彼は明らかに不機嫌そうだ。
「では、彼らはどこから来たというのです? 付近に基地があるとでも?」
《こんなカーペンタリアの鼻っ先にか? そんな情報はないぞ!》
返された言葉に、タリアは苛立ちを抑える。敵の基地近くにだからこそ、地球軍が基地を築く理由になるというのに。
その時、ニーラゴンゴのブリッジが急に慌しくなった。
《・・・何!?》
艦長が声をあげると、ミネルバでも何かを感じ取ったらしい。バートが息を飲み、タリアを振り返った。
「艦長! 海中からMS接近! これは・・・アビスです!」
その報告にタリアはその存在を失念していた自分を心の中で罵った。水中戦を目的に開発されたアビスだ。敵が投入してくるのは当然だ。
「レイとルナに水中戦の用意をさせて! 完了次第、発進!」
タリアが素早く指示を飛ばす。ミネルバに水中戦用MSはない。ザクに守らせるしかないのだ。
出された指示に、ルナマリアは不満の声をあげる。
「水中戦だなんて・・・もうっ!」
文句を言いながらも、設定を水中戦用に換え、バズーカを装備する。水の中ではビームは使えない。
「レイ・ザ・バレル、ザク発進する!」
「ルナマリア・ホーク、ザク出るわよ!!」
ドボン・・・と二機のザクが海中に身を沈めていく。初めての水中戦に、ルナマリアは緊張の色を隠しきれない。
やがて、その視界に水色のMSを捉え・・・ルナマリアはグッと意識を集中させた。
***
カオスが兵装ポッドを開き、ミサイルを射出した。アスランはそれを認め、フルスピードで機体を上昇させた。ほとんどのミサイルはその動きを追尾できず、海へ落ちて水柱をあげた。なおも着いてきた二基のミサイルも、すでにセイバーの正面だ。アスランはトリガーを引き、ミサイルを撃ち落した。
視界の端にインパルスの位置を認める。すぐにでもシンの援護に行きたいが・・・カオスがそれを許さない。少しでも気を緩めれば、こちらが落とされてしまう。
その時、眼下の海面が大きく揺らぎ、底から大きな泡が噴き出した。その様子に、アスランはハッと視線を海面に移した。明らかに、そこで戦闘が行われている。
「ミネルバ、今のは!?」
《アビスです! ニーラゴンゴのグーンと交戦中!》
問いかけるアスランに、メイリンが即座に返答をよこした。
《でも一機よ。レイとルナで対応します》
落ち着いたタリアのその声に、アスランはすぐさま注意を眼前のカオスに戻した。撃ってくるビームをかわして撃ち返し、上昇する。
《それより、敵の拠点は? そちらで何か見える?》
「いえ、こちらでも何も。しかし・・・」
タリアの疑問に、アスランは周囲に目をやり答える。陸地が思ったよりも近い。ウィンダムの集団と戦っているシンは、流されるようにそちらへ近づいている。海上に母艦らしきものは見当たらないとなれば・・・陸地に基地がある可能性が高い。それならば、シンは気づかずにそれに近づいていることになる。海中のアビスはレイとルナマリアが何とかするだろう。自分はインパルスと合流するか、敵の拠点を叩くべきだ。
アスランが思考をめぐらせている間にも、カオスは攻撃の手を休めず、セイバーを追い回す。
そしてその頃、インパルスはウィンダムを追いかけ、陸地へとどんどん近づいていた。
あんなにも多くのウィンダムがインパルスを取り囲んでいたが、今では数機しか残ってはおらず、シンは的確にウィンダムを撃ち落し・・・そして、とうとう赤紫のウィンダムを追い詰めた。
「こいつを・・・こいつさえ落とせば・・・!!」
技量から見ても、おそらくあいつが指揮官だ。指揮官さえ落とせば・・・!!
懸命に追いすがるインパルスを振り払うように、赤紫のウィンダムが突然高度を下げ、海面ギリギリを飛ぶ。シンもそれを追いかけ、その機体の真後ろにピタリとつけた。インパルスの方が速い。このまま行けば、追い詰められる。ライフルをウィンダムに向け、トリガーを引こうとしたその時、コックピットにアラートが鳴り響き、サイドモニターに黒い影を見つけた。
「・・・ガイア!!?」
黒いその機影を認めた瞬間、インパルスは右手に迫った海岸から飛び出してきた獣型MSに、海へと突き落とされていた。
「っ!!」
横殴りの衝撃が機体を襲い、水しぶきが舞う。視界が奪われ、シンは慌てて体制を取り直す。
カオスの存在があったのに、残りのガイアの姿を失念していた。迫ってくる赤紫のウィンダム。
《シンっ!!》
アスランの叫び声が耳を打つ。あわやというところで、セイバーが跳ね上げた両肩の砲身からカオスに向かって牽制のビームを放ち、ほぼ同時にライフルでウィンダムを狙う。ウィンダムは急上昇してそれを避け、今度はセイバーに向かって行った。
立ち上がったインパルスとガイア。ガイアはそのままインパルスに飛び掛ってくる。シンはビームサーベルを抜き放ちながら踏み込む。ガイアはその攻撃をすんでのところで交わし、飛びのく。
《シン、下がれ! 乗せられてるぞ!!》
セイバーからアスランの警告が聞こえてきた。だが、シンはその声に自棄になって怒鳴り返す。
「うるさいっ! やれる!!」
ガイアと交戦しながら、いつの間にか陸地に上陸していた。足場の悪いジャングルの中、インパルスとガイアは木々を薙ぎ倒し、必死に打ち合う。
ガイアとの対戦に没頭しているインパルスに、今度はどこからか砲撃が浴びせられた。だが、装甲に守られたインパルスに、そんなものは通用しない。
「今度は何だよ!?」
声をあげ、辺りを見回し・・・そこに見えた機関砲の銃座にあ然とした。よく見れば、同じような銃座や対空砲座が、木々の間にいくつも据えられていた。明らかに、人工物でしかない直線。造りかけの滑走路、迷彩色で塗られた格納庫・・・それらが、ジャングルの中に並んでいた。
「基地・・・? こんなところに!?」
シンは驚いて目を見開く。まさか、カーペンタリアのこんな近くに、地球軍の基地が・・・!?
呆然とするシンの視界が、建設現場の周囲に張り巡らされたフェンスへ向けられる。そこにいた人垣・・・そこにいる人たちは制服を着ていなかった。よく見ると、女や子供たちだ。そして、フェンスの反対側・・・そこから、民間人らしき人たちが、フェンスの隙間を縫って逃げ出そうとしていた。
「まさか・・・ここの民間人を・・・!?」
混乱に乗じて逃げ出そうとする男たちの背後から、突然の銃撃が飛び・・・男たちが倒れる。
「!!!?」
突然、倒れていった男たちの姿に、シンの思考が凍りつき・・・真っ白になる。そして・・・脳裏に蘇るあの凄惨な場面・・・。
血に塗れた両親の体と・・・目の前にあった妹の片手・・・抑え切れない怒りが、シンの中であふれ出した。
***
撤退をし始めたウィンダムたちに、ホッと息をついたのも束の間だった。ザク二機が相手をしていたアビスが、突然方向を変え、ニーラゴンゴへ迫ったのだ。
レイとルナマリアが必死に追いかけたが、間に合わず・・・アビスの砲撃により、ニーラゴンゴは撃沈された。水中で巨大な爆破に見舞われ、ザクはその水圧に吹き飛ばされた。
そして、アスランは・・・眼下に見えた火の海に息を飲んだ。
「シン、何をやっているんだ!?」
声をかけるが、インパルスからの返事は無い。
「やめろ! もう彼らに戦闘力はない!」
インパルスの頭上を飛ぶセイバーに、シンは内心苛立っていた。何も知らないくせに、なぜ偉そうに指図する!? こいつらが、何をしていたのか、知りもせずに・・・!!
アスランの脳裏に、出撃前に見た愛しい少女の顔が蘇る。けして無茶はさせないで、と懇願してきた幼なじみ。それを約束した自分・・・だが・・・これでは・・・!
グッと歯噛みするアスランなど我関せずに、シンは基地に砲撃を浴びせ・・・フェンスをその巨大なMSの手で引き抜いた。
怯えるように状況を窺っていた人々が、おずおずと足を踏み出し、やがて走り出す。引き離されていた家族が笑顔で手を取り合い、抱き合う。
シンはその光景を目を細めながら見守った。自分のしたことは間違っていない。彼らを、助けたことは間違っていないのだから・・・。
***
パン!!という痛烈な高い音に、デッキにいた一同が、驚いて視線を動かした。
ミネルバに帰ったシンを待ち構えていたのは、恋人ではなく・・・その幼なじみだった。
コックピットから降りたシンの頬を、アスランが平手で打ったのだ。声をかけようとしていたは、幼なじみのその行動に、思わず足を止めた。
殴られたシンは、キッと反抗的な目でアスランを睨みつけた。打たれた頬が痛みを増す。
「殴りたいのなら、別に構いやしませんけどね! けど、オレは間違ったことはしてませんよ! あそこの人たちだって、あれで助かったんだ!!」
言い募ったシンの頬を、更にアスランが殴りつけた。今までに見たことのないアスランの激昂した様子に、は言葉を失っていた。
「戦争はヒーローごっこじゃない!」
アスランのその言葉に、シンは殴られた姿勢のまま、鋭い瞳で睨み返した。
「自分だけで勝手な判断をするな! 力を持つ者なら、その力を自覚しろ!!」
そのまま、シンの前を去って行くアスランを、は見つめ・・・シンとアスランを交互に見やった後、彼女は恋人ではなく、幼なじみの後を追いかけた。
「っ・・・!!!」
その様に、シンの怒りが更に募った。なぜ、アスランが自分を殴り、が彼を追いかけたのか・・・。今までのなら、迷わずに自分の傍にいてくれたのに・・・。
あいつのせいだ・・・あいつがいるから、いけないんだ・・・。何が英雄だ・・・何がエースだ・・・! 何も間違ったことはしていない自分に対し、暴力で自分を従わせようとして・・・。
「・・・クソっ!!」
何もかもが思い通りに行かない気がして・・・シンはギュッと拳を握りしめた。
スタスタと先を歩く幼なじみの背中に、少女の声がかけられた。
「・・・アスラン!!」
呼び止められ・・・数歩歩いてから、アスランは足を止めた。振り返らずにいると、が駆け寄り、彼の前へ出て、自分を見上げた。
「アスラン・・・」
何か言いたげに、視線を彷徨わせる。彼女だって、わかっているはずだ。自分勝手な行動が、どれほど危険に繋がるのか。自分たちは軍人だ。命令無く行動を起こせば、それが後々どのような結果を招くか・・・。
「すまない、・・・約束を・・・守れなくて・・・」
「ううん、気にしないで、アスラン。シンには、私からも言っておくわ」
「・・・すまない」
「謝らないで」
気落ちした表情で視線を落とすアスランを、は戸惑いがちに抱きしめた。
こうして彼女に抱きしめられるのは・・・一体何年ぶりだろうか? 二年前、オーブでキラとと再会し、涙を流して喜んだ彼女に抱きしめられて以来・・・ではないだろうか?
抱きしめられた瞬間、鼻腔をくすぐった柔らかい香りに、アスランはそっと目を閉じた。あんなにも、手の届かなかった彼女が、今は自分を抱きしめてくれている。もちろん、それは恋人同士の抱擁ではなく、幼なじみとしての、優しい抱擁だが・・・。
「・・・」
抱きしめられたまま、立ち尽くしていたアスランは、おずおずとその手を彼女の背中に回し、抱きしめる。目を閉じ、の温もりを感じ・・・その懐かしい体温に涙がこみあげそうになる。
通りかかったメイリンが、その二人の姿を見つけ、慌てて廊下に身を隠す。同じように、向こうの通路から歩いて来ていたルナマリアも、驚いて足を止めてしまった。
『何よ・・・ったら・・・!! やっぱり、ザラ隊長のこと・・・』
MSデッキで立ち尽くしていたシンの背中を思い出し、ルナマリアはグッと拳を握りしめた。
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