「オーブコントロール、こちら、貴国へ接近中のザフト軍MS。入港中のザフト艦、ミネルバとの合流のため、入国を希望する。許可されたし」
地球へ降り立ったアスラン・ザラは、セイバーを駆り、オーブにいるはずであるミネルバと合流するべく、入国許可を得ようとするが・・・。
呼びかけに何も返さないオーブ軍に、アスランが首をかしげると、モニターに接近するMSを捉えた。
「・・・ムラサメ?」
なぜ、ただの入国許可に、MSがやって来るのか・・・ただの演習か?そう思った直後、セイバーのコックピットにアラートが鳴り響いた。
「ロックされた!?」
慌てて機体を操作し、ミサイルを回避する。
「オーブコントロール! 一体、どういうことだ!?」
突然何の警告もなく、撃ってくるなど・・・アスランは語気荒々しく問い質す。
「こちらに貴国攻撃の意思はない! なぜ撃ってくる!? オーブコントロール!」
《寝ぼけたことを言うな!》
発せられた怒声に、アスランはあ然とする。
《オーブが世界安全条約機構に加盟した今、プラントは敵性国家だ!》
ムラサメから発せられるその言葉に、アスランは息を飲んだ。
それは、先日から協議されていた軍事同盟の名称だ。オーブは、地球連合軍と手を組み、プラントを敵に回したということになる。
《我が国はまだザフトと交戦状態にはないが、入国など認められるはずもない!》
カガリは・・・彼女は首長たちを抑え切れなかったか・・・。それならば、ミネルバは・・・は、今どこに・・・?
「行政府! こちら市民番号2500474−C、アスハ家のアレックス・ディノだ。代表へ繋いでくれ!」
こうなったら、直接カガリと話すしかない。しかし、対応に出た通信士からは絶望的な答えが返ってきた。
《こちらは行政府だ。・・・要望には応じられない》
「緊急を要することだ! 頼む!」
《残念だが・・・不可能だ》
突っぱねられた要求に、アスランは困惑する。
《どういう作戦のつもりかは知らないが、すでにいもしないミネルバをダシにするなど、間抜けすぎるぞ! オーブ軍を舐めるな!》
「ミネルバがいない・・・!?」
だが、オーブがプラントの敵となってしまった今、ミネルバがオーブにいられるはずがない。アスランはその事態に気づき、舌打ちをしながらも迫ってくるムラサメを交わした。
セイバーをMS形態に戻し、襲い掛かってくるムラサメのビームを的確に射撃した。もう一機のムラサメも武装を破壊すると、そのまま飛行形態に戻り、オーブを離れた。
『・・・・・・!! 無事でいてくれ・・・』
操縦桿を握りしめ、アスランは心の中でそう祈った。
君が笑っていてくれるのなら、僕はどんなことでもしよう
「一体どういうことなんだ!? こんなバカなマネをして!」
一方・・・結婚式場から連れ去られたオーブ代表、カガリ・ユラ・アスハは、ドレスから白の軍服に着替え、今はAAのブリッジにいた。
勝手なことをした双子の弟や、プラントの歌姫を前にし、彼女は怒りを爆発させた。
「あなた方まで、なぜ!?」
艦長席に座るマリューと、その傍らに立つバルトフェルドに視線を向け、睨みつけながらカガリは言葉を続ける。
「結婚式場から国家元首を攫うなど、国際手配の犯罪者だぞ! 正気の沙汰か!? こんなことをしてくれと、誰が頼んだ!?」
「カガリさん・・・」
「いや・・・まぁねぇ・・・。それは、わかっちゃいるんだけど」
カガリのすさまじい剣幕に、マリューもバルトフェルドもタジタジだ。
いくらキラが言い出したこととはいえ、これでは止めなかった自分たちにも非があるように思える。実際、止めなくてはならなかったのかもしれないが・・・。
「でも、仕方ないじゃない。こんな状況のときに、カガリにまでバカなことをされたら、もう世界中が本当にどうしようもなくなっちゃうから・・・」
「バカなこと!?」
弟の静かであっさりとしたその言葉に、カガリが更に怒りを募らせた。
「キラ・・・」
カガリの気持ちを思いやってか、ラクスが制しようとするが、キラは優しく微笑み、首を横に振る。
「何が・・・何がバカなことだというんだ!? 私はオーブの代表だぞ! 私だって・・・色々悩んで、考えて・・・それでっ・・・!!」
「それで決めた大西洋連邦との同盟や、セイランさんとの結婚が、本当にオーブのためになると、カガリは本気で思ってるの?」
ズバッと問われたその言葉に、カガリは一瞬、返答に詰まった。
「あ・・・当たり前だ! でなきゃ・・・誰が結婚なんかするか・・・!」
ギュッと握りしめた拳に力が込められる。
「・・・もう、しょうがないんだっ!! ユウナやウナトや、首長たちの言うとおり・・・オーブは、再び国を焼くわけになんかいかない・・・! そのためには、今はこれしか道はないじゃないか!!」
ミネルバで出会った・・・あの赤い瞳の少年を思い出す。自分を睨みつける、あの復讐に燃える赤い瞳・・・自分を糾弾したあの言葉・・・。彼のような子供を、二度とつくりたくない。
「でも・・・そうして焼かれなければ、他の国はいいの?」
キラのその問いに、カガリはハッとうつむけていた顔をあげる。
「もしもいつか、オーブがプラントや他の国を焼くことになっても、それはいいの?」
「いや、それは・・・でも!」
「・・・ウズミさんの言ったことは?」
キラの静かな言葉は、確かにカガリの心に楔のように打ち込まれた。
「カガリが大変なのはわかってるよ。今まで何も助けてあげられなくて・・・ごめん。でも・・・今ならまだ、間に合うと思ったから・・・」
「・・・!!」
キラの優しい声に、カガリはグッと口唇を噛み、溢れそうな涙を堪えた。
「僕たちにも、まだ色々なことがわからない。でも・・・だからまだ、今なら間に合うと思ったから・・・。僕は、まだ諦めたくない。色々なことを」
「キラ・・・」
言いながら、キラはポケットから何かを取り出し、それをカガリに示した。
銀色の鎖に繋がれたそれは・・・キラへの手紙に同封した、の指輪だった。それを掲げるキラの左手、その薬指には、今も変わらずそれと同じ指輪が嵌められていた。
「僕も・・・まだ・・・諦めないから・・・。だから、カガリも・・・。一緒に行こう?」
「キラ・・・」
キラの言葉に、カガリの肩から力が抜けた。泣き崩れる彼女の肩を、キラは抱きしめ優しくその髪を撫でた。
「僕たちは今度こそ、正しい答えを見つけなきゃならないんだ、きっと・・・逃げないでね」
カガリの肩を抱きしめるキラの手には、シルバーのリングが光っていた・・・。
――― お願い、キラに伝えて? あなただけは、戦いに身を置かず・・・私の大切な人たちを守って・・・って・・・
***
目の前で繰り広げられているホーク姉妹の買い物を見つめ、はあ然としていた。
ホーク姉妹の・・・というよりも、妹のメイリンの、である。
籠一杯に詰められた化粧品やらシャンプーやら・・・一体、どうやってあれを全部使うつもりなのだろうか? 必要最低限の物しか買わなかったは、ふと自身の恋人の姿を思い浮かべた。
・・・少し、自分はしゃれっ気が少ないのだろうか? 女の子なら、せめてもう少しオシャレに気を遣うべきなのだろうか??
「・・・ま、少しは、ね」
目に付いたリップグロスを手に取り、はレジへと向かったのだった。
そのまま、ホーク姉妹とは分かれ、聞こえてきたピアノの音にふと足を止める。準備中らしいレストランの内部に、見慣れた赤い軍服と金色の長い髪が見えた。
邪魔にならないように、静かにレイのもとまで歩き、そっと目を閉じる。静かで、繊細な音色に、はホッとするのを感じた。
「・・・音楽が好きなのか?」
「え?」
いつの間にか、演奏は止まっていて、かけられたレイの言葉に、は慌てて目を開けた。
レイは鍵盤の前に座ったまま、こちらを見ていて・・・どこか気恥ずかしさを感じた。
「う、うん・・・。音楽も、歌も好きよ?」
「そうか」
「ラクス・クラインって、知ってるでしょう? プラントの歌姫の」
「・・・あぁ」
「彼女の歌が好き。彼女の、あの優しい歌声が大好きだったなぁ・・・」
今頃、彼女はどこにいるのだろう・・・? おそらく、キラと一緒にAAにいるのだろう。
まさか、プラントに彼女の身代わりがいるなどと、は知るはずも無い。
「ラクス・クラインの、どの曲だ?」
「え?」
聞かれた言葉に、思わずは目を丸くし・・・あ、と思い当たった。
「・・・そうね、『静かな夜に』も好きだけど・・・『水の証』が好きだわ」
が笑顔で答えれば、レイの指がすぐさま鍵盤を優雅に叩き始めた。そのメロディーは、確かにラクス・クラインの『水の証』だ。
「・・・緑なす岸辺 美しい夜明けを・・・ただ待っていられたら 綺麗な心で・・・暗い海と 空の向こうに 争いの無い 場所があるのと 教えてくれたのは誰・・・誰もが辿り着けない それとも誰かの心の中に 水の流れを鎮めて くれる大地を潤す調べ いまはどこにも無くても きっと自分で 手に入れるの いつも、いつか、きっと・・・」
水の証をこの手に
全ての炎を飲み込んで尚
広く優しく流れる
その静けさに辿り着くの
いつも、いつか、きっと
貴方の手を取り・・・・・・
聞こえてきた歌声に、シンは驚いて足を止めた。見れば、ピアノの前にレイが座り、その傍らにが立っている。歌声は、のものだ。
声をかけようとしたが・・・上空を降下してくる見慣れぬ形状の戦闘機に、シンは持っていたドリンクを取り落としそうになってしまった。
その真紅の戦闘機は空中で素早くMSへと変形し、そのままミネルバのドックへと入っていく。シンは、ドリンクを掴んだまま走り出した。
「ねぇ、さっきの・・・!」
息を切らし、そこにいたスタッフたちにシンが明るく声をかける。ルナマリアやメイリン、ヴィーノたちが一斉にシンに視線を向けた。
その人々の隙間から、紫を基調としたパイロットスーツが目に飛び込み、シンはそちらへ視線をやり、思わず息を飲んだ。
「あんた・・・!」
そこに立っていたのは、濃紺の髪とエメラルドの瞳をした・・・オーブで別れたアスラン・ザラだった。
「なんだよ、これは。一体どういうことだ!?」
「んもうっ! 口のきき方に気をつけなさい!」
シンの言葉に、慌ててルナマリアが叱責の声をあげた。
「彼は“フェイス”よ!」
「えっ!!?」
ルナマリアに言われ、シンはハッとアスランの左胸につけられている徽章に気づいた。
ザフト軍特務隊フェイス・・・エリート中のエリート。そんな立場にいるアスランに対し、シンはさらに混乱する。
「なんで、あんたが・・・」
「シン!」
尚も言い募ろうとするシンに、ルナマリアが小声でたしなめ、アスランに敬礼の姿勢を取った。周囲のスタッフたちも敬礼をし、シンもつられるように敬礼をしようとしたが、両手に持った荷物に気づいた。慌ててそれを隣にいたメイリンに押し付け、敬礼をし、またいつも通りに軍服の襟を閉じていないことに気づき、それを閉め、ピシッと姿勢を正して敬礼をした。
アスランはどこか居心地悪そうな表情を浮かべながらも、それに敬礼を返し、いつもの冷静な口調で問いかける。
「乗艦許可をいただきたい。艦長は艦橋ですか?」
「あぁ、はい・・・。だと思います」
アスランの問いかけに、困惑気味にエイブスが答える。
「私が・・・」
「確認してご案内します」
メイリンが口を挟もうとするが、一瞬早く、ルナマリアがそう答えた。
「ありがとう」
そのルナマリアに微笑み、アスランが礼を言う。後ろでは、メイリンが不服そうな表情を浮かべていた。
そのまま、ルナマリアと共にエレベーターに向かうアスランの背中に、シンは言葉を投げかけた。
「ザフトに戻ったんですか?」
刺々しいシンの言葉に、ルナマリアが諌めるような視線を向けた。
「そういうことに・・・なるね」
「なんでです?」
曖昧な返事に、シンは更に言葉を連ねた。今はここにいない、シンの恋人の笑顔が、彼の頭によぎった。
アスラン・ザラは・の幼なじみだ。彼が、に対して恋愛感情を抱いていることを、シンは気づいていた。そしてまた、もアスランに対し絶対的信頼を寄せている。どこか、アスランのザフト復帰に、焦りのようなものを感じていた。
「・・・守りたいものがあるから、かな」
「!!!」
微笑みを浮かべ、立ち去って行くアスランの背中を、シンはグッと拳を握りしめ、見送った。
***
「でも、なんで急に復隊されたんですか?」
艦長室にいるタリア・グラディスのもとまで案内をしながら、ルナマリアはふとエレベーターの中で、疑問に思っていた言葉を投げかけた。
先ほどは、「守りたいものがあるから」と答えていたが・・・ただ単に、それだけだろうか?
「え?」
「な〜んて、とっても聞いてみたいんですけど、いいですかぁ? シンに言ったこと、そのまま受け止めてもいいんですか?」
「・・・復隊したというか・・・まぁ、うん・・・ちょっとプラントに行って、議長にお会いして・・・」
ルナマリアは興味津々といった表情で、アスランの顔を見つめているが、さすがにこの先は言うのが憚られる。どこか自分のペースを崩されるルナマリアに、アスランは正直困っていた。
「それより、ミネルバはいつオーブを出たんだ? オレ、何も知らなくて・・・」
「オーブへ行かれたんですか!!?」
「あぁ・・・」
アスランの言葉に、ルナマリアは目を丸くし、思わず声をあげた。
「大丈夫でした? あの国、今はもう・・・」
「スクランブルかけられたよ」
苦笑を浮かべながら、アスランがそう言えば、ルナマリアは憤慨した面持ちになる。
「何だかシンが怒るのも、ちょっとわかる気がします。メチャクチャですよ、あの国! オーブ出るとき、私たちがどんな目に遭ったと思います!? 地球軍の艦隊に待ち伏せされて! ホント死ぬとこだったわ! シンががんばってくれなきゃ、間違いなく沈んでました、ミネルバ」
「けど、カガリがそんな・・・」
「私も前はちょっと憧れてたんですけどね〜・・・カガリ・ユラ・アスハ。でも、なぁんかガッカリ! 大西洋連邦とは同盟結んじゃうし、変な奴とは結婚しちゃうし・・・」
「け、結婚!!?」
突然、いつもは冷静なアスランが声を荒げたので、ルナマリアはビックリして、思わず後ずさりしてしまう。
「えっ・・・えぇ。ちょっと前にそう、ニュースで・・・」
しどろもどろになりながら答えるルナマリアに、アスランの表情は一気に青褪めた。
結婚・・・カガリが・・・。間違いなく、相手はユウナ・ロマ・セイランだ。もしもこんなことが、の耳に入ったら・・・いや、でも彼女が知っているくらいだ、だって知ってるはずだ・・・。なんで止めなかったんだ、と責められることになる・・・まずい・・・を怒らせるくらいなら、一機で敵艦隊に突っ込んだほうがまだマシだ・・・。
「あのぉ・・・」
おずおずと声をかけられ、アスランはハッと我に返った。エレベーターのドアはとっくに開いており、ルナマリアが怪訝な表情でこちらを見ている。
「大丈夫ですか? 顔色悪いし・・・脂汗かいてますけど・・・」
「え!? あ、いや・・・大丈夫だ・・・」
「あの・・・アスハ代表の結婚なんですけども・・・えっと、確か式の時だか後だかに攫われちゃって・・・今は行方不明・・・」
「えぇっ!!?」
「・・・とかって話も聞きました! よくわからないんですけど・・・! すみません!!」
ルナマリアが勢いよく頭を下げ、謝罪をしてくる。彼女が謝ることではないのだが、今のアスランにそれに対して言葉を投げかける余裕は無い。
かなり頭が混乱しているが、とりあえず・・・ユウナ・ロマとの結婚は避けられたらしい。しかし・・・行方不明・・・しかも、攫われたとは・・・一体誰が? まさか、ではあるまい・・・。
混乱する思考を振り払い、艦長室に入ったアスランは、デュランダル議長から渡された命令書をタリアに渡した。タリアはそれを受け取ると、黙ってそれに目を通し始めた。
アスランはタリアの傍らに控えていたアーサーに目礼をするが、彼はそれを無視した。どうやら、未だに前回この艦に乗り込んだときの遺恨を忘れていないようだ。
やがて、タリアが小さく息をつく。彼女は、手にしていた命令書から目を離すと、机に置かれた小箱に手を伸ばした。命令書とともに、アスランが持ってきたものだった。
小箱の蓋を開ければ・・・そこにはもう一つ、フェイスの徽章が輝いていた。
「貴方をフェイスに戻し、最新鋭の機体を与えてこの艦によこし・・・私までフェイスに? 一体何を考えてるのかしらね、議長は? ・・・それに、貴方も」
「・・・申し訳ありません」
アスランは頭を下げて謝罪する。ザフトに戻れば、周囲の人間が自分に対して一線を引いてしまうであろうことは、予測はしていたが・・・。一度はザフトを捨てたのに、再び戻り、しかも以前と同様の地位に返り咲いたのだ。
「別に、謝ることじゃないけど・・・。それで、この命令内容は? あなた、知ってる?」
タリアは別段気にした様子も見せず、苦笑を浮かべて手にした書類からアスランへと視線を移した。
「いえ、自分は聞かされておりません」
「そう? なかなか面白い内容よ」
皮肉げな口調でそう述べ、タリアは再び視線を書面へと戻した。
「・・・ミネルバは出撃可能になり次第、ジブラルタルへ向かい、現在スエズ攻略を行っている駐留軍を支援せよ」
「スエズの駐留支援・・・ですか? 我々が!?」
タリアの言葉に、アーサーが驚いた声をあげるが、アスランにはいまいち状況がよくわからない。それでも、彼らの疑問はもっともだと思った。
南半球のオーストラリアにいるミネルバが、なぜわざわざジブラルタル・・・ユーラシア大陸とアフリカ大陸の境界にまで出向く必要があるのだろうか。
「ユーラシア西側の紛争もあって、今一番ゴタゴタしている所よ。確かに、スエズの地球軍拠点は、ジブラルタルにとっては問題だけど、何も私たちがここから行かされるようなものでもないと思うわ」
「ユーラシア西側の紛争というのは・・・?」
アスランが遠慮がちに口を挟めば、タリアは怪訝そうな目を彼に向けた。
「すみません。まだ色々とわかっておりません・・・」
何せ、開戦したときから今まで、彼はそういった情報を得られずにいたのだ。
「常に大西洋連邦に同調し・・・というか、言いなりにされている感のあるユーラシアから、一部の地域が分離独立を叫んで揉め出したのよ。・・・つい最近のことよ。知らなくても無理ないわ」
タリアが机上にモニタを映し出すと、そこには紛争というよりも、むしろ虐殺と言った方が正しい映像が映し出された。その凄惨な光景に、アスランは眉をひそめた。
「開戦の頃からですよね?」
「ええ」
アーサーとタリアの会話に、アスランは自分は何も知らない愚か者のように感じた。あまりにも情勢がめまぐるしく変化しすぎているのだ。
「確かに、ずっと火種はありましたが・・・」
「開戦で一気に火がついたのね。徴兵されたり、あれこれ制限されたり、そんなことはもうごめんだ、というのが、抵抗している地域の住民の言い分よ」
アスランの言葉に、タリアが視線をモニタに向けながら答えた。
「それを地球軍側は力で制圧しようとし・・・かなり、ひどいことになっているみたいね。そこへ行け・・・ということでしょ? つまりは」
自嘲気味な口調で、タリアがそう言った。
「我々の戦いはあくまでも、積極的自衛権の行使である。プラントに領土的野心はない・・・そう言っている以上、下手に介入はできないでしょうけど。行かなくてはならないのは、そういう場所よ。しかもフェイスである私たち二人が・・・。覚えておいてね」
「はい」
アスランは姿勢を正し、そう答えるとそのまま踵を返し、部屋を出ようとする。が、ふと足を止め、ためらいがちに艦長と副艦長を振り返った。
「あの・・・」
アスランの声に、二人が同時にこちらを見た。
「オーブのこと・・・艦長は何かご存知でしょうか? その・・・自分は何も知らなかったものですから・・・」
「あぁ・・・。今、大騒ぎですものね。代表が攫われたとかで」
小さくため息を吐き、タリアは言葉を続ける。
「オーブ政府は隠したがってるみたいだけど・・・。代表を攫ったのは、フリーダムとAAという話よ」
その二つの名前にアスランはハッと息を飲んだ。
『キラが・・・?』
「何がどうなってるのかしら? こっちが聞きたいくらいだけど?」
「・・・ありがとうございます」
事情はアスランも知らない。だが、カガリを攫ったのは、彼の幼なじみでも女の方ではなく、男の方だったことに少しホッとした。
艦長室を出て、ハンガーへと足を向けようとすると・・・。
「アスラン!!!」
聞こえてきた少女の声に、アスランは足を止め、振り返った。
視界に飛び込んできたのは、緑のつなぎに身をまとい、長い黒髪を一つに結い上げた彼の幼なじみ。満面に笑みを浮かべ、アスランのもとへ駆け寄ってきた。
「・・・」
「アスラン! ホントにアスランなのね!? その軍服・・・メイリンたちの言ってること、本当だったんだ!?」
「あぁ・・・」
「どうして? どうしてザフトに戻ったの?? 一体、プラントで何があったの? しかもフェイスに戻って・・・。最新機体まで与えられてるって言うじゃない! アスランがザフトに戻って、カガリは・・・」
「、その・・・カガリのことなんだが・・・」
「あ、聞いた?」
苦笑いを浮かべた彼女に、アスランは苦笑で返した。
「・・・キラだろう?」
「うん・・・。でも、良かった。キラ、カガリを守ってくれたんだよ? アスランがだらしないから!」
「・・・申し訳ない」
「謝らないでよ。ごめんね、言い過ぎたかな?」
「いや・・・」
昔と変わらない笑顔で、話しかけてくるにアスランは知らず口元を緩めていた。そのまま、二人連れ立ってハンガーへと向かう。
「セイバー・・・だったよね、アスランの機体」
「あぁ」
「性能的には・・・飛行形態に変形するっていうから、イージスみたいな感じよね? 残念ながら、私はインパルス専属だから、セイバーには関われないんだけどね」
セイバーの資料を手にし、がスタスタと歩く。その二人の前に、ルナマリアが姿を見せた。
「相変わらず、仲がよろしいですこと」
「ルナ・・・! あ、ちょうど良かったわ。アスラン、紹介するわね。前にも会ってると思うけど・・・彼女、ザクウォーリアーのパイロットの、ルナマリア・ホークよ。アカデミーでは、私と同期だったの」
「え・・・あ・・・」
ルナマリアの両肩に手を置き、が笑顔でアスランに紹介すると、ルナマリアは「よろしくお願いします、ザラ隊長」と握手の手を差し伸べた。それにアスランが握手で応えると、が「あ・・・!」と声をあげた。
「ごめん、アスラン・・・! また後でね!」
「え?」
そのまま慌しくもパタパタと駆け去って行くの背中を見送る。彼女が向かった先には、こちらを睨みつけるように見つめているシンがいて・・・。アスランは、思わずバツの悪そうな表情を浮かべた。
「・・・が、気になります?」
「え・・・」
ルナマリアの声に、驚いて彼女を見れば・・・ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「いや・・・そんな・・・」
「わかってますよ、隠さなくても・・・。幼なじみですものね、心配ですよね」
「・・・・・・」
「でも、大丈夫ですよ。にはシンがついてますし・・・」
そうではない・・・アスランがを気にかけるのは、心配だから、ではない。
彼女が笑っていてくれるのならば、自分はどんなことでもする覚悟で・・・ザフトに戻ったんだ・・・。
に伝えることができなかった本音を、アスランは心の中でつぶやいていた。
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