ラクス暗殺未遂事件から一夜・・・子供たちは、マルキオやキラの母カリダと共に、破壊された屋敷を見上げ、声をあげていた。
「うっわ〜、またおうち壊れちゃった!」
「おれたちの部屋、どこだぁ?」
そんな無邪気な子供たちに、カリダは慌てて「危ないわよ!」と注意を促す。
その無邪気な子供たちの様子に、少しだけホッとしたものの、今後のことを考え、カリダの表情は曇るのだった。
たった一度だけでいいから、この世の果てまで行ってみたいの
「“アッシュ”?」
シェルターの格納庫で、キラ、ラクス、マリュー、バルトフェルドの4人が神妙な顔を合わせていた。
「あぁ・・・データでしか知らんがね」
うなずきながら、バルトフェルドが答える。
“アッシュ”・・・それは、昨夜この屋敷を襲ったMSの名前だ。彼が知っているのは、当然“ザフト”のものだ。
「・・・だが、あれは最近ロールアウトしたばかりの機種だ。まだ正規軍にしかないはずだが・・・」
バルトフェルドの言葉に、キラたちは困惑した表情を浮かべた。
「それがラクスさんを・・・と、いうことは・・・」
正規軍にしかない・・・それはつまり、昨夜の暗殺部隊はプラントから寄越されたもの・・・ということになるだろう。
「何だかよくわからんが、プラントへお引越し・・・ってのも、やめといた方がよさそうだってことだよなぁ」
プラントがラクスを狙っている・・・ということは、このままプラントへ向かうわけにはいかない。だが、だからといって、このままオーブに留まることもできない。
「でも・・・なぜ、わたくしが・・・」
いつもおっとりしていたラクスも、今回ばかりはさすがにショックが大きかったようだ。そんなラクスを、キラたちが静かに見つめる。
『なら・・・どうしたかな?』
フト、キラはそんなことを思ってしまう。彼女はもう、ここにいない。ラクスの傍に・・・自分の傍に・・・。それでも、ふとした瞬間に、キラはこうしてのことを思ってしまう。
「まぁぁぁ!!! なんてことでしょ! まぁぁぁ!!」
思案に耽るキラの耳に、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
振り返ったキラの目に映ったのは・・・子供たちに手を引かれながら、こちらへ一人の女性が歩いてきている。
「マーナ・・・さん・・・」
「キラ様!!」
声をかけると、マーナと呼ばれた女性はキラの姿に安堵の表情になった。
「よくぞご無事で! これは一体どういうことでしょう!?」
「あ・・・えーっと・・・」
しどろもどろに言葉を返そうとするキラに、マーナはそれどころじゃない!とでも言うかのように、表情を一変させた。
「これを。・・・カガリお嬢様からキラ様に、と」
「え?」
マーナが差し出したのは、一通の封筒だ。オーブ代表の印が施されているそれは、確かにカガリからのものだった。
だが、今までカガリから手紙などもらったことのなかったキラは、そんな姉の態度に、少し驚いた。そんなキラの思考を読んだのか、マーナがつぶやく。
「お嬢様はもう、ご自分でこちらにお出かけになることすら叶わなくなりましたので、マーナがこっそりと預かって参りました・・・」
「え・・・?」
穏やかではないマーナのその言葉に、キラだけでなく、一同が声をあげた。
「何? どうかしたの? カガリさん」
「お怪我でもされたのですか?」
心配そうに尋ねるマリューとラクスに、マーナは「いいえぇ・・・」と首を横に振る。
「お元気ではいらっしゃいますよ。ただ・・・もう、結婚式のためにセイランの家にお入りになりまして・・・」
「ええっ!!?」
皆が一斉に、驚愕の声をあげる。無理もない。唐突すぎる話だ。
あのカガリが結婚だなんて・・・。
「・・・お式まではあちらのお宅にお預かり。その後もどうなることか、このマーナにもわからない状態なのでございます」
キラは、ただあ然として、マーナの言葉を聞いていた。確かに、姉からはユウナ・ロマとの話を聞かされていた。もしかしたら、いつかは・・・と。だが、それはまだ遠い未来のことだと思っていた。
もしも、この話を彼女が聞いていたら・・・と、キラは再び今ここにいない少女のことを思い出してしまう。そんな考えを振り払うかのように、キラは手紙の封を切り、中から便箋を取り出した。
ラクスもキラに歩み寄り、手紙の内容を覗き見た。
“キラ、すまない。ちゃんと自分で行って、話をしようと思っていたんだがな。ちょっともう、動けなくなってしまった・・・”
「・・・えぇ! そりゃもう、ユウナ様とのことはご幼少の頃から決まっていたようなことですから、マーナだってカガリ様さえおよろしければ、それは心からお喜び申し上げることですよ? でも、この度のセイランのやりようといったら! それもこれも何かというと、ご両親がいらっしゃらないぶん、こちらでとばかり・・・」
キラたちの背後では、マーナが声を荒げ、バルトフェルドに突っかかっている。キラは、それを無視し、手紙の続きを読んだ。
“オーブが世界安全保障条約に加盟することは、もうむろん知ってるだろう。そして私は今、ユウナ・ロマとの結婚式を控えてセイラン家にいる。ちょっと急な話だが、今は情勢が情勢だから仕方がない。今、国にはしっかりとした、皆が安心できる指導者と体制が、確かに必要なのだ・・・。この先、世界とその中で、オーブがどう動いていくことになるかは、まだわからないが、たとえどんなに非力でも、私はオーブの代表として、すべきことをせねばならない・・・。私は、ユウナ・ロマと結婚する”
ハッキリと書かれたその“結婚する”という文字に、キラは呆然とした。
“それから・・・これだけは、きちんとお前に会って、話をしたかったんだが・・・”
どこか躊躇するようなカガリの文に、キラは首をかしげた。
“私は・・・先日、ザフトの最新鋭艦ミネルバの中で、と会った”
ドクン・・・と、心臓が大きく跳ねた。アスランだけでなく、カガリも彼女と会っていたのだ・・・。
“は、あいつは相変わらずだった。私やアスランを気にかけてくれて、泣き虫で強がりなところも変わっていなかった。私やアスランやラクスや・・・お前が好きなのままだった”
グッと、手紙を握りしめる手に力が込められ、ラクスが心配そうな表情をキラに向けた。
“だが・・・あいつには、守りたい大切なものがあるらしい。オーブに来ないか、というアスランの言葉を、跳ね除けていた・・・それから・・・同封した指輪は、あいつからお前に返してくれと託されたものだ”
慌てて封筒を振ると、中から見覚えのあるシルバーのリングがキラの手の平に転がり出た。
二年前、ヤキン・ドゥーエの最終決戦に赴く前、キラがに渡したものだ。
“結婚しよう”と、誓い合って・・・。
“あいつも、ちゃんとお前に会って、返したかったと思う。でも・・・今では、ザフトはオーブの敵になってしまった・・・。ミネルバも、国を出てしまったしな”
リングをギュッと握りしめる。これが手元に戻ってきたということは・・・やはり、は、もう・・・。
“ちゃんと話もせずにこんなこと、本当はイヤなんだけどな。ごめん。皆が平和に、幸福に暮らせるような国にするために、私もがんばるから”
そこで、手紙は終わっていた。
キラはしばし呆然とし、手の平の中に握りしめた指輪の感触に、心を決める。
もう、守りたいものは手放さない・・・彼女の代わりに、彼女の大切なものを、守るんだ・・・。
***
セイラン家の控えの間で、カガリは沈鬱そうな表情で椅子に座っていた。その体は純白のウェディングドレスに包まれ、慣れない化粧まで施された。
まるで急かされるように結婚の日取りを決められ、籠の鳥のようにセイランの屋敷に閉じ込められ、礼儀作法をみっちり仕込まれた数日間・・・。そして、今日・・・カガリは、ユウナ・ロマと結婚する。
侍女の声がし、時間が来たことを知らされた。まるで、死刑宣告をされ、これから死刑台に上がるかのような気分だ。
片手を侍女に取られ、片手でドレスの裾を持ち、部屋から出ると階段を下り、そこで待っていたタキシード姿のユウナの前に立った。
彼の周りには多くの招待客と、ウナトの姿があった。
「うん、綺麗にできたね、カガリ。素敵だよ・・・。でも、ちょっと髪が残念だなぁ」
――― さぁっすが、カガリ!! ドレス姿も似合ってるじゃん!!!
同じ賞賛の言葉でも、何故にこんなにも受ける印象が違うのだ・・・。ユウナのその虫唾の走る言葉とは対照的に、親友の少女が笑顔で言った言葉は、カガリの憂鬱だった心を軽くさせた。
ヴェール越しに髪に触れてきたユウナに、カガリはその手を振り払いたい衝動に駆られるが、必死に我慢し、少し顔を背ける。
「今度は伸ばすといいよ。その方がボクは好きだ」
招待客に見守られながら、二人はリムジンに乗り込む。車がゆっくりと動き出す。カガリは、後部座席で凍りついたようにうつむいていた。
「何か飲むかい? 緊張してるの? さっきから全然口もきかないね」
座席の前にあるミニバーを開きながら、ユウナが尋ねる。
「いや・・・大丈夫だ・・・心配するな」
抑揚の無い、いつもの彼女からは想像も出来ないほど覇気のない声で、カガリが答えた。だが、ユウナはそんなカガリの様子に眉をしかめ、バーから瓶を取り出し、咎める。
「“いえ、大丈夫ですわ。ご心配なく”・・・だろう? しっかりしろよ」
その高圧的な態度に、カガリはギュッと口唇を噛んだ。
「ほら、マスコミも山ほどいるんだぞ。もっとにこやかな顔をして」
ユウナの言葉に、カガリはゆっくりと窓の外に目をやった。車道の両側には、二人を祝福するために、数多くの国民が切れ目無く連なっている。
カガリは、そんな国民たちに、細い笑みを浮かべ、静かに手を振った。
――― 思いを継ぐ者なくば、全て終わりぞ!
父はそうカガリを叱り、あの日、自分を脱出させた。だが、その父の思いは、他でもないカガリの手によって無にされた。
――― カガリは、私が絶対に守る。何があっても、守るから
初めてできた、コーディネイターの親友・・・彼女にそう言われたとき、カガリもまた、彼女を守りたいと思った。
窓の外の人々が、滲んでよく見えない・・・。
――― あ、女の子だったんだ?
――― 今まで何だと思ってたんだ!!?
――― いや、ゴメン、ゴメン・・・。男の子にしては、カワイイなぁ〜と思ってたんだよ?
――― 同じだ、それじゃ!
あの日・・・MS奪取事件に巻き込まれたカガリは、そこで初めて彼女と・・・キラに出会った。危険を冒してまで、自分を助けようとした少女・・・変なヤツだと思った。
――― カガリ、自分の中に気持ちを溜め込みすぎ! 言いたいこと、ちゃんと言わないと!!
――― キラは・・・私の大切な人・・・幼なじみってだけじゃなくて・・・。あ! もちろん、カガリだって大切な人だからね!!?
――― ウズミ様のしたことは、間違っていなかったって、私は思うよ? 確かに、あの戦闘で私たちは沢山の命を奪った・・・。だけど・・・戦わなければ私たちも・・・カガリもアスランも、キラだって・・・
――― オレの家族は、アスハに殺されたんだ!!
シンの冷たく鋭い言葉が、不意に蘇った。
――― 何もわかってないようなヤツが、わかったようなこと言わないでほしいねっ!!!
彼は・・・今回のことで、どれだけ怒っているだろうか? 自分は、また彼に恨まれることになるだろう。
『すまない、シン・・・すまない、・・・』
涙が頬を伝う。それでも、カガリは笑顔で沿道に立つ国民に手を振り続けた・・・。
***
「でも・・・本当にそれでいいのかしらね・・・」
キャットウォークの上で、マリューがぽつりとつぶやいた。キラは、静かに頷く。
「ええ・・・ってか、もう、そうするほかないし」
キラの答えに、マリューは深くため息をつく。そんな彼女に、キラは微笑んだ。
「・・・ホントは、何が正しいのかなんて、僕たちにもまだ全然わからないけど・・・。でも、諦めちゃったらダメでしょう? わかっているのに、黙ってるのも、ダメでしょう?」
“諦めること”、“仕方ない”という言葉・・・それは、の嫌いなもの。
キラの脳裏に、狂気に支配された男の顔が思い出された。そして、大切な仲間たちの最期・・・フレイ、ムウ、ナタル・・・彼らは皆、爆炎の中に消えた・・・。
「その結果が何を生んだか・・・僕たちはよく知ってる。だから、行かなくちゃ。またあんなことになる前に」
「ええ・・・」
微笑んで答えるマリューに、キラも微笑み返した。
その時、彼らの後ろにあったエレベーターのドアが開き、見慣れた人たちの姿が現れる。二人は満面に笑みを浮かべ、その人を迎え入れる。
コジロー・マードックとアーノルド・ノイマン・・・かつて共に戦ったAAのクルーだ。
同じ志を持った仲間たちが集まる。そして、彼らの眼前には、ひっそりと巨大な“大天使”が横たわっていた。
オーブ軍の白い制服に着替えたクルーは、それぞれの持ち場に着くと慣れた様子で起動作業に入った。
「機関、定格起動中。コンジットおよびAPUオンライン・・・」
マリューはブリッジに足を踏み入れ、思わずその懐かしさに口唇を笑みの形に緩めた。まるで、自分の故郷に帰ったかのような、そんな安心感だ。
フト、操舵士のノイマンの横にいたバルトフェルドの姿に、マリューは気づく。
「あの〜・・・バルトフェルド隊長?」
「ん?」
困惑ぎみの声を彼にかけると、バルトフェルドが振り返る。
「・・・やっぱり、こちらの席にお座りになりません?」
艦長席を示し、遠慮がちにそう言うマリューに、ノイマンが振り返り、上部座席のチャンドラも彼女に視線を送った。指揮能力において、自分よりもバルトフェルドの方が優れていると認識しているからこその、彼女の言葉だったのだが・・・。
「いーやいや! もとより人手不足のこの艦だ。状況によっては、ボクは出て行っちゃうしねぇ。そこはやっぱりあなたの席でしょう、ラミアス艦長」
バルトフェルドの答えに、ノイマンたちはホッとやわらぐ。そんなクルーたちの心情に微笑み、マリューはゆっくりとそこへ腰を下ろした。
二年ぶりの艦長席へ・・・。
「ごめんね、母さん。また・・・」
出港準備が進む中、キラは母に別れの挨拶を告げていた。
再び、戦いの中に身を置くことになる息子の姿に、カリダは胸を痛めるが、けして口には出さず、そっと微笑む。
「いいのよ。・・・でも、一つだけ、忘れないで」
ギュッとキラの体を抱きしめ、18年間“本当の息子”と思って慈しんできた彼につぶやく。
「あなたの家はここよ・・・。私はいつでもここにいて、そして、あなたを愛してるわ」
「母さん・・・」
「だから必ず・・・帰ってきて・・・あの子と共に・・・」
「・・・うん」
“あの子”が誰なのか、なんて・・・キラには痛いくらいにわかっていた。
ユニウスセブンの“血のバレンタイン”で両親を亡くすより少し前・・・地球に降り立つことになった夫妻に代わり、の面倒を見ることになったのが、キラの両親だった。はヤマト家に引き取られ、そこでキラと兄妹同然に育てられた。カリダにとって、はキラと同じく“可愛い子供”なのだ。
母の言葉にうなずき、キラはAAに向かう。彼が艦に乗り込んで間もなく、ドックへの注水が始まった。大幅な改修の末、潜水機能を追加された白亜の巨艦がその全体を水に覆い隠されていく。
《機関20パーセント、アークエンジェル、前進微速!》
耳になじんだマリューの号令と共に、AAの巨体が水を押し分けて前進する。艦はゆっくりと地下水路を抜け、やがて上昇を始めた。
白亜の戦艦“アークエンジェル”が、再びその翼を広げたのだった。
***
祭壇へと続く階段を、カガリはユウナの隣に立ち、ゆっくりと上っていった。
――― うれし泣きだろうね、当然。その涙は
リムジンから降り立ったユウナは、カガリの頬に残る涙の痕に、皮肉っぽくそう言い放った。
うれし泣きなものか・・・まるで、死刑宣告を受けたかのような気持ちだというのに・・・。
通路と階段はどこまでも続くように見えたのに、いつの間にか終わっていた。カガリとユウナは最上部の祭殿で待ち構えていた神官と向き合う。
「今日、ここに婚儀を報告し、またハウメアの許しを得んと、この祭殿の前に進み出たる者の名は、ユウナ・ロマ・セイラン、そしてカガリ・ユラ・アスハか?」
神官の問いかけに、カガリとユウナは「はい」と答えた。
***
《まぁ、お前さんのことだから、心配はしてないが・・・気をつけろよ》
コックピットに聞こえてきたマードックの声に、キラはそっと微笑んだ。
パイロットスーツに身を包み、今はフリーダムのコックピットの中。機体を立ち上げ、彼の準備は万端だ。
《フリーダム、発進よろしいですわ》
ラクスの声が聞こえた。
「・・・キラ・ヤマト、フリーダム・・・行きます!!」
AAから、青い翼の天使が飛び立った。真っ直ぐ・・・オーブの祭殿へ向かって・・・彼女が守ろうとしたものを、守るために・・・。
***
「この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアはそなたたちの願い、聞き届けるであろう・・・」
神官の言葉を、カガリはどこか遠くで聞いているような気がしていた。
何も考えられず・・・ただ脳裏には様々なことが駆け巡る。
「今、改めて問う。互いに誓いしし心に偽りは無いか?」
神官が高らかに問いを発し、ユウナが「はい」と間髪入れずに答える。
カガリは続いて返事を口にしようとしたが、胸の奥が詰まったように声が出なかった。
最後に髪に触れた父の手、優しく抱きしめてくれた少女の細い腕、憎しみのこもった少年の赤い瞳・・・。
ギュッと握りしめた拳に力が入る。互いに誓いし心に、偽りは・・・。
「ダメです、軍本部からの追撃、間に合いません! 避難を・・・」
「なんだ!? どうした!」
なかなか答えを発さないカガリに、焦れていたユウナが苛立たしげにそちらを見やる。カガリも、その声にハッと我に返り、振り返った。
何人かの兵士が、招待客や要人たちを避難させている。一体、何が起こったというのか?
「早く! カガリ様を!」
騒がしくなる会場内。状況が理解できないまま、周囲を見渡すカガリの目に、海の上から近づく機影が入る。それは、みるみる大きくなり、やがて10枚の青い翼を広げた白いMSとなった。
「キラっ!!?」
思わず、カガリは弟の名前を叫び、ユウナは情けない悲鳴を上げて、カガリの背中に隠れた。
逃げ惑う人々が蹴り倒したケージから、白い鳩が一斉に飛び立つ。フリーダムが、その巨大な手をそっとカガリに差し出すと、ユウナは悲鳴をあげ、ついにその場を逃げ出した。
「・・・っ!? 何をするっ、キラっ!!」
自分の体を包み込み、そのまま飛び去って行くフリーダム。慌てて、ユウナが傍にいた兵士の胸倉を掴み、命令を下す。
「な、何をしている!? 撃てっ、馬鹿者っ!!!」
「しかし・・・」
「早くっ! カガリが・・・カガリがっ!!」
「下手に発砲すれば、カガリ様に当たります!」
ユウナが慌てふためく中、フリーダムは颯爽とその場を飛び去って行く。その様に、ユウナは口唇を噛み、今にも泣き出しそうな声でカガリの名前を叫んでいた。
***
「キラっ! 放せっ!! 降ろせ、このバカ!!」
フリーダムの手の平の中で叫ぶカガリに、キラはクスッと微笑み、だが次の瞬間、背後に捉えたオーブのアストレイに、彼は慌ててコックピットを開いた。
「ごめん、カガリ・・・さ、早く!」
手を伸ばし、カガリの体を抱きしめ、そのままコックピットに連れ込む。だが、その狭いコックピットにカガリのドレスとヴェールは邪魔すぎた。
「うわっ・・・すごいね、このドレス」
「おまえっ!?」
「捕まっててよ」
声をあげるカガリは無視し、キラはスロットルを開き、ペダルを踏み込む。機体に強いGがかかり、カガリはキラにしがみつき、悲鳴をあげた。
「おまえっ・・・一体・・・」
「ちょっと黙ってて」
《こちらはオーブ軍本部だ。フリーダム、ただちに着陸せよ》
聞こえてきた警告に、キラは静かに答える。
「・・・ごめんね」
小さく謝り、その手が素早く機体を操作する。カガリの体をすさまじいGが押さえつけ、彼女は再び悲鳴を洩らす。フリーダムはビームサーベルを抜き放ち、目にも止まらぬ速さで二機のムラサメの間を駆け抜けた。すれ違いざまに二機の翼端が切り飛ばされるのを、カガリは呆然と見送る。
やがて、開錠に白く輝く巨大な戦艦が見えた。
「アークエンジェル・・・」
その艦体を見つめ、カガリがそっとつぶやいた。
***
トダカ一佐の手により、AAはオーブから逃れ、そのまま姿を消した。彼は、カガリをAAに託したのだ。オーブの末と、カガリを・・・。
「えぇっ!!?」
メイリンに告げられたその言葉に、は思わず声をあげていた。立ち上がった彼女を、その場にいたミネルバクルーが不思議そうな顔で見つめる。
「・・・あ、ごめんなさい。それよりメイリン・・・それ、ホントなの!?」
「う、うん・・・。オーブは隠したがってたみたいだけど・・・間違いなく、アスハ代表を式場から攫ったのは、あの伝説のフリーダムだ、って」
「・・・・・・」
「そのまま、フリーダムはアスハ代表を連れて、AAと一緒にどっか行っちゃったって」
「・・・フリーダム・・・キラが・・・カガリを・・・」
花嫁を教会から連れ去る恋人・・・というのは、どこかで聞いたことのある話だが、花嫁を連れ去ったのが、双子の弟だなんて・・・。思わず、その様を想像し、はフッと笑んだ。カガリの結婚相手は、あのいけ好かないユウナ・ロマだという。カガリがキラに連れ去られ、どんな顔をしたのか・・・見てやりたかった。
『良かった・・・カガリ・・・キラが、守ってくれたんだね・・・』
あの大好きな幼なじみは、約束を守ってくれたのだ。の代わりに、ラクスとカガリを守ってほしい、という彼女の願いを聞いてくれたのだ。
そっと、は窓の外へと視線を向ける。どこまでも青く広い空・・・今はもう、翼はないけれど・・・一度でいいから、この世の果てまで行ってみたい・・・は、フトそんなことを思った。
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