海原を進んでいくミネルバの艦体は、そこかしこに銃撃の痕があり、先ほどの戦闘がいかに厳しいものなのかを、物語っていた。

 「レイ機、ルナマリア機、収容完了。インパルス、帰投しました」

 メイリンの声に、やっとこさブリッジのクルーたちが息を吐き、肩の荷を降ろした。

 「もうこれ以上の追撃はないと考えたいところだけど、わからないわね。パイロットはとにかく休ませて。アーサー、艦の被害状況の把握、急いでね」
 「はい」

 アーサーもホッとした表情で、各部と連絡を取っている。そんなクルーたちを見回し、タリアは大きく息を吐いた。

 「でも、こうして切り抜けられたのは、間違いなくシンのおかげね」
 「ええもう! 信じられませんよっ! 空母
2隻を含む、敵艦6隻ですからね!」

 タリアのつぶやきに、アーサーが満面に笑みを浮かべて振り返った。

 「
6隻! そんな数、僕は聞いたことがありません! もう、間違いなく勲章ものですよ!」
 「でも、あれがインパルス・・・というか、あの子の力なのね・・・。なぜレイではなくて、シンにあの機体が預けられたのか、ずっと不思議だったけど・・・」

 ハッキリ言うと、パイロットとしての技量はシンよりもレイの方が上だ。判断力や、冷静さなど取っても。だが、デュランダルが選んだのは、レイではなく、シンだった。

 「・・・まさか、ここまでわかってたってことなのかしら、デュランダル議長には・・・」
 「かもしれませんねぇ。議長は
DNA解析の専門家でもいらっしゃいますから」

 上ずった声をあげ、さらにアーサーの言葉は続く。

 「いやぁ、それにしてもすごかったです。あの状況を突破できるとは、正直自分も・・・。噂に聞く、ヤキン・ドゥーエの“フリーダム”だって、ここまでじゃあないでしょう、うん」

 今では“伝説”と化している
MSの名前を出し、シンを絶賛するアーサーに、タリアはうなずいた。

 「カーペンタリアに入ったら、報告と共に叙勲の申請をしなくちゃならないわね。軍本部も、さぞ驚くことでしょうけど」


この空の下の何処かで、君は笑っていてくれているのだろうか


 「シン!!

 名前を呼ぶ声に、シンはそっと閉じていた目を開いた。
 外を見れば、レイやルナマリア、ヴィーノたちが大きく手を振っていた。シンは、フゥと息を吐くと、コックピットから降りた。

 「・・・シンっ
!!!

 ヴィーノを押しやり、人影から飛び出してきた恋人の姿に、シンは両手を広げて彼女を迎え入れる。そのシンの両手に包まれるかのように、が抱きついてきた。

 「・・・
 「シン・・・良かった・・・シンが生きててくれて・・・ホントに・・・」
 「ごめん、心配かけて・・・」

 抱きついてきたの黒髪を撫で、シンがそっと耳元で囁く。そんな恋人たちの甘いムードに、スタッフたちは視線に困り、に片思い中のヴィーノは明らかに悔しがっている。

 「でも、オレがあそこまで戦えたのは、のおかげだよ」
 「私・・・?」
 「うん。絶対に死ねない、を残して死ねるか!って思ったら・・・」
 「シン・・・」
 「オーブなんかに、を殺させてたまるか〜
!!って、そしたら・・・」

 シンの紅い瞳を見つめ、優しく微笑むの額にキスをしてやると、エイブスの喝が飛んだ。

 「さ〜あ! ほらもう、お前達っ
!! イチャイチャするなら他所でやれ! おまえらもいい加減仕事に戻れっ! カーペンタリアまでは、まだまだあるんだぞ!」

 慌ててシンとはパッと離れ、シンは顔を真っ赤に染めつつ、「それじゃ」とに声をかけた。整備士の彼女には、まだまだやることが残っていた。
 残されたも、赤く染まった頬を両手で押さえ、冷やかしてくるヨウランに声をあげ、自分の仕事に戻っていった。
 未だ頬を赤くしているシンに、レイとルナマリアが合流し、まずはルナマリアが茶化すと、シンはムッとした表情になり、パイロットロッカーまで歩き始めた。

 「けど、ホントどうしちゃったわけ? なんか急にスーパーエース級じゃない。火事場のバカ力ってヤツ? あれだったら、きっとヤキンの時のよりも強いんじゃないの?」

 ルナマリアに言われ、シンは先ほどの不思議な感覚を思い起こした。

 「さぁ・・・よくわからないよ、自分でも。オーブ艦が発砲したの見て、アッタマ来て、こんなんでやられてたまるか、って思ったら、急に頭ん中クリアになって・・・」
 「が殺されてたまるか、でしょぉ〜
??

 茶化すようなルナマリアの声に、シンは再びムッとするが、それに構わず、彼女は言葉を続けた。

 「で? ぶち切れた・・・ってこと?」
 「いや、そういうことじゃ・・・ないと思うけど・・・」

 あの感覚をうまく説明することができず、シンは言葉に詰まった。

 「何にせよ、おまえが艦を守った」

 それまで黙って二人のやり取りを見ていたレイが、突然口を挟んできた。

 「生きているということは、それだけで価値がある。明日があるということだからな」

 珍しく淡々と言葉を続けるレイに、シンとルナマリアは驚いたように顔を見合わせた。
 そんな三人の姿を、はインパルスの機体の下で見つめ・・・フト、高い場所にある窓に目を向けた。

 『
SEEDを持つ者・・・か』

 かつて、オーブのマルキオ導師から、キラとが言われた言葉だった。
 まるで今までの動きが信じられないくらい、自分でも信じられないくらいに、恐ろしい力で
MSを操り、敵を撃っていくその様は、かつて砂漠の虎が“バーサーカー”と言い表したほど、すさまじいものだ。
 おそらく、シンも自分やキラ、アスランと同じく“
SEEDを持つ者”なのだろう。

 『・・・キラ、どうしてるかな? どうか、あなたが笑って今を過ごせていますように・・・』

 今は遠い空の下にいるであろう彼に、はそっと心の中で祈りを捧げた。

***

 オーブの海を望む高台に、カガリは一人で佇んでいた。
 彼女の前には、一つの石碑・・・“平和を愛し、最後までオーブの理念を貫きし先人達の魂、我等、永遠に忘れじ。”その言葉に、カガリは胸が痛んだ。
 最後までオーブの理念を貫きし先人たちの魂・・・彼らが今のオーブを見たら、なんと言うだろうか?

 「相変わらずだねぇ、ここは」

 一人で静かに思いを馳せていたカガリは、聞こえてきた声に思わず睨みをきかせる。
 この場に立ち込める静かで張り詰めた空気をまるで感じていないように、ユウナ・ロマが無遠慮な足取りでやって来るところだった。

 「・・・まったく昔のままだ。おじ様たちの墓も、もういいかげん、ちゃんとしないといけないなぁ」
 「ユウナ・・・」

 かつて、オーブのマスドライバー“カグヤ”のあった場所・・・ここで、カガリの父、ウズミ・ナラ・アスハは娘やキラ、たちに思いを託し、散っていった・・・。

 「ここだと思った・・・。でも、ダメじゃないか。護衛の一人も連れずに歩き回っちゃ。オーブ国内は安全とはいえ、今は情勢が情勢なんだよ?」

 ユウナは慰霊碑の前まで来ると、真面目な顔を作り、胸に手を当て、深く頭を下げた。カガリはボウッとそんな彼を見つめた。

 「・・・で? 何の用だ?」

 本当は一人になりたかったのだが、こうなっては仕方が無い。ユウナの乗ってきたリムジンの後部座席に座り、車が走り出すとカガリは鬱陶しそうにそう切り出した。

 「用があるから来たんだろ、わざわざ。だったら早く言えよ」
 「やれやれ。キミはまず、その言葉遣いをなんとかしないとね・・・。国の母たらん立場のはずのキミが、いつまでもそんなんじゃ、やがてみんな呆れるよ・・・。今はよくてもね」

 ユウナのそのため息交じりの言葉に、カガリはムッとする。かねてから、侍女のマーナには強引にドレスを着せられたり、言葉遣いを直そうとしていたが、しかし父もアスランも、キラさえも、彼女に淑女らしさを求めることはなかった。彼女らしさ、を彼らは求めていたのだ。

 「ボクはさっき、おじ様の碑に、ご報告と誓いを申し上げてきた・・・」

 チラリ、とカガリに視線を投げ、ユウナはさらに続けた。

 「・・・オーブもカガリも、ボクが命に代えても守ります、ってね」
 「ユウナ、それは・・・」
 「大分慌しくはあるが、式は同盟条約締結と時を同じくして、ということになった」

 唐突すぎるその言葉に、カガリの頭の中が真っ白になる。

 「最近の情勢には、さすがに国民も皆動揺しているからねぇ・・・。“我々首長は皆思いを同じくし、一丸となって国を護る”と、その意志を示す意味もあるし・・・」
 「そんな! ちょっと待てよ、ユウナ・・・」

 慌てて、カガリは押し止めようと、両手をあげる。

 「私はまだ・・・」

 そのカガリの手を、ユウナが掴む。彼は不敵な笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

 「子供の時間は終わりだよ・・・カガリ。ちょっと早くて可愛そうな気もするが・・・キミもボクもナチュラルだ。そしてオーブは大西洋連邦と同盟を結ぶ。キミが気にかけていた少女も、もはやキミとは別の世界の人間だ・・・」
 「ユウナ・・・っ
!!

 まさか、彼がの存在に気づいているとは思わなかった・・・キッと睨みつけ、カガリは声を荒げた。ユウナは小馬鹿にしたような表情で、やっと彼女の手を離した。

 「ボクを怒鳴ってもしょうがないだろ? それとも・・・ボクと結婚せず、コーディネイターの彼女を追って、国を出る? アスハの名を持ちながら?」

 その嫌味ったらしい言い回しに、カガリは返す言葉もなく、ただ悔しげに彼を睨みつけた。
 確かに、カガリはが大切だ。出来ることなら、ずっと傍にいて、彼女を守りたいと思うほど・・・。だが、彼女は今、ザフトにいて、自分はオーブの代表首長だ。互いの立場は違いすぎる。

 「勘違いするなよ。ボクは別にコーディネイターが嫌いなわけじゃない。・・・だが、アレックスにしろ、あの“弟”とかにしろ、キミの傍には置けないと言ってるんだ。カガリ・ユラ・アスハ・・・オーブ連合首長国代表首長たる、今のキミの傍には、ね」

***

 「よぉし!」

 満足げな声が窓の向こうから聞こえ、しばらくすると誰かがテラスに出てきた気配がした。マリュー・ラミアスは微笑みながら、振り返る。

 「うーん・・・いい風だねぇ」

 アンドリュー・バルトフェルドが、両手にコーヒーカップを持ち、海を見た。彼の手からカップを受け取りながら、マリューは「えぇ・・・」とうなずく。

 「昨日よりも、ちょいとローストを深くしてみた。さぁ、どうかな?」

 バルトフェルドの言葉に、微笑を浮かべ、マリューはカップを口に運んだ。一口、その自慢のコーヒーを味わい、しばし考え・・・。

 「・・・昨日の方が好き」

 ニッコリ微笑み、そう言うマリューに、自身もカップを口に運び、うなずいた。

 「フーン・・・君の好みがだんだんわかってきたぞ」

 お互いに微笑み合い、しばし二人はテラスの手すりにもたれて海を眺めた。
 あの時広がっていた爆発の光は、すでに見えない。ミネルバは、無事にオーブ領海を出ることが出来たのだろうか・・・?
 フト、二人の眼下を黒い服に身を包んだ少年が映る。ゆっくりとした歩調で海に向かうその後ろ姿に、マリューは先日、オーブのモルゲンレーテで会った少女を思い出した。
 “”と、ミネルバの艦長は呼んでいたが、それが彼女の実名でないことを、マリューはよく知っていた。かつて、自分の下で、命を賭して戦った仲間だったから・・・。

 「・・・さんのこと、結局はキラ君に言えないままだわ」
 「そっか・・・」
 「でも・・・もしかしたら・・・もう出会ってるのかもしれない・・・」

 どこか吹っ切れたような、そうでないような・・・今までのキラとは、纏う雰囲気が違った気がするのだ。それはちょうど、マリューがと再会したあの日から・・・。

 「でも・・・」
 「それで・・・」

 同時に言葉を発した二人は、思わず笑みをこぼした。

 「どうぞ、レディーファーストだ」
 「いえ。こういう時は男性からでしょ?」

 肩をすくめたバルトフェルドは、すぐに表情を変え、真剣な眼差しをする。

 「・・・まぁ、オーブの決定はな・・・残念だが、仕方のないことだろうとも思うよ」
 「えぇ・・・カガリさんも、頑張ったんだろうとは思いますけど・・・」
 「代表といっても、まだ
18歳の女の子に、この情勢の中での政治は難しすぎる。彼女を責める気はないがね・・・問題はこっちだ」
 「えぇ・・・」
 「君らはともかく・・・オレやキラやラクスは、引越しの準備をした方がいいかもしれんな」

 オーブは大西洋連邦との同盟条約を結び、地球連合に与することになった。プラント・・・コーディネイターは敵となる。コーディネイターである彼らは、この土地を安住の地とすることができなくなってしまったのだ。

 「・・・プラントへ?」
 「・・・そこしかなくなっちまいそうだねぇ、このままだと。オレたちコーディネイターの住める場所は」

 フゥ・・・と息を吐き、つぶやくバルトフェルドを、マリューは静かに見つめた。
 このまま、キラもラクスも、彼もいなくなったら・・・途端に、言いようのない不安がマリューの心を支配する。

 「あ、いや。あー・・・よければ、君も一緒に」

 今でも、バルトフェルドの寝室には、彼が愛した女性の写真が残されており・・・マリューの部屋にも、軍人時代・・・
AAの艦長を務めていた頃の軍帽が、残されていた。
 まるで、拭いきれない傷跡を残すかのように・・・。

 「まぁ、あんな宣戦布告を受けたあとだ。今はまだプラントの市民感情も荒れているだろうが、デュランダル議長ってのは、割としっかしりた、まともな人間らしいからな。バカみたいなナチュラル排斥・・・なんてことはしないだろう」

 バルトフェルドの言葉に、マリューは海を見つめ、ぽつりとつぶやく。

 「どこかでただ平和に暮らせて・・・死んで行ければ一番幸せなのにね・・・。まだ何が欲しいっていうのかしら・・・私たちは・・・」

***

 「
マイド! マイド! テヤンデェ!!

 屋敷の人間が寝静まってから、数時間後のこと・・・。
 廊下を騒ぎながら跳ねて行く球体ロボットのハロの声に、マリューとバルトフェルド、キラは即座に目を覚ました。
 元軍人の二人は、すぐさま着替え、手に銃を持って部屋の外へ出る。同時に姿を見せたお互いに、頷き合う。

 「・・・どこの連中かな? ラクスと子供たちを頼む。シェルターへ!」

 バルトフェルドの言葉に、マリューはうなずくと、奥へと走る。と、その時別の部屋のドアが開き、褐色の髪の少年が顔を覗かせた。
 キラは、バルトフェルドの手に握られている銃に、思わず目を細めた。

 「どうしたんですか?」
 「早く服を着ろ。嫌なお客さんだぞ」

 寝巻き姿の彼に、バルトフェルドが告げると、キラはうなずく。

 「・・・ラミアス艦長と共にラクスたちを」
 「はい!」

 キラの返事を聞き、バルトフェルドはすぐさま階下へと向かう。窓際の壁に身を寄せ、一瞬外を横切った影に、素早く引鉄を引く。銃声と硝子の割れる音が、夜の静寂に響いた。
 その音に、マルキオやラクス、キラたちと共に避難をしていた子供たちから小さな悲鳴が上がった。マリューは、一行の後ろにつき、銃を構えたまま歩く。
 
MSの腕は他を寄せ付けないキラだが、彼はもともと一般市民であり、こういった銃撃戦などの経験は無い。軍事訓練も受けていないため、銃だってまともに扱うことができないのだ。
 そのことに内心で歯噛みしながらも、キラは背後をマリューに任せ、先を急いだ。
 バルトフェルドも止まない銃撃に舌打ちし、上階へ急ごうとするが、突然物陰から一人の男に襲われた。一瞬、反応の遅れたバルトフェルドの左腕に、ナイフが突き刺さった。手にしていた拳銃が、手から滑り落ち、床を転がる。掴みかかってきた相手の手を右手で捉え、押し戻そうとしてバルトフェルドは、ある違和感に気づいた。
 尚も襲撃者はこちらを押さえ込もうとし、バルトフェルドは一度相手を引きつけ、わずかに体勢を崩したところで、みぞおちに膝を蹴りこむ。たまらず襲撃者は背後によろめく。そこへ、バルトフェルドは左腕を突きつける・・・その腕に仕込まれたショットガンを・・・。
 襲撃者が倒れると、バルトフェルドはナイフが突き刺さったままの左腕を拾い上げる。

 《・・・目標は子供と共にエリア
Eへ移動》

 聞こえてきたノイズ混じりの声に、バルトフェルドはフト立ち止まり、視線を動かす。
 その声は襲撃者の方から発せられていた。耳から外れたイヤホンから、送られてきた通信が漏れているのだ。

 《武器は持っていない。護衛は女一人だ。早く仕留めろ・・・》

 マリューたちが危険だ・・・バルトフェルドは急いで彼女たちを追いかけた。


 キラたちは、マリュー一人を戦わせ、どうにかシェルターまでの道を急いでいた。
 だが、相手の狙撃はかなりのもので、マリューは苦戦を強いられる。子供たちの間からは泣き声が響き、キラはその場に走る緊張感に、息を飲む。
 パネルにパスワードを入力するマルキオたちの傍では、キラの母のカリダや、ラクスが必死に泣きじゃくる子供たちを慰めていた。
 突然、キラたちの横にあったドアが開き、一瞬だけギクッと身を硬くするが、そこから出てきたバルトフェルドの姿にホッとする。
 やがて、マルキオの入力作業が終わり、重いドアがスライドする。
 マリューとバルトフェルドが一行の後ろにつき、中へと入っていく。だが、突然ラクスの腕の中にいたハロが「テヤンデェ!」と声をあげる。
 ハッと我に返ったキラの目に、換気口から銃口が覗いている様が映る。背筋が凍りつき、キラは咄嗟に手を伸ばし、叫んだ。

 「ラクスっ
!!!

 ラクスの体を突き飛ばしたキラの髪を、銃弾がかすめる。すかさず、マリューとバルトフェルドが換気口の奥に発砲した。キラは倒れこんだラクスの手を引きシェルターの中に駆け込み、マリューたちも急いで中へ入った。

 「大丈夫か?」
 「はい・・・」

 一同を見回し、バルトフェルドが尋ねると、キラが小さく答えた。
 ラクスは、なんでもない風を装い、今はマルキオやカリダ、子供たちに笑顔を向けている。その姿を見つめ、キラはホッと息を吐く。
 どうにか守れた・・・彼女の大事なラクスを・・・。

 「コーディネイターだわ・・・!」

 マリューの言葉に、バルトフェルドもうなずく。

 「ああ、それも素人じゃない。ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ」
 「ザフト軍・・・ってことですか!?」

キラが驚いて声をあげる。
 だって、まさか・・・ザフトは・・・彼女がいる軍だ・・・。どうして、彼女の軍が、こんなことを
!?
 先ほどの銃口は、確実にラクスに向けられていた。ラクスだけを狙って・・・。

 「コーディネイターの特殊部隊なんて、サイテー
!!
 「わからんがね・・・」

 まだ、本当にザフト軍かどうかは、わからない・・・。目の前に立つキラの様子に、バルトフェルドはそう付け足すが・・・。
 その時、三人の背中に、穏やかな声がかけられた。

 「キラ・・・バルトフェルド隊長・・・マリューさん・・・」

 振り返れば、ラクスが頼りなげな表情でキラを見つめていた。

 「・・・狙われたのは、わたくしなのですね?」

 ラクスの言葉に、キラはギュッと拳を握りしめる。
 彼女を見ていると・・・キラは必ずといっていいほど、の笑顔を思い出す。あの時、笑顔で「私がラクスを守るからね!」と言った彼女を・・・。
 そう、ラクスはの大切な人・・・カガリと同じく、キラが守ってやらなければならない存在・・・の代わりに・・・の分まで・・・。

 「でも・・・なんでラクスを・・・?」

 ザフトがラクスを殺そうとする理由が、キラには思いつかない。もはや、ラクスはプラントとは無関係の位置にいる。邪魔だてする必要はない。
 その時、振動が響き渡り、キラたちはハッと我に返る。

 「狙われたというか、狙われてるな、まだ」

 大きく揺れる床に、慌てて一行はさらに奥へと進む。ここが破られるのも時間の問題だ。

 「
MS!?
 「おそらくな」

 扉を閉ざしながら、バルトフェルドはマリューの声に答える。
 この屈強なシェルターを、揺るがすほどの爆発力だ。これは、どう考えても普通のライフル弾や爆破装置ではない。

 「何が何機いるか、わからないが、火力のありったけで狙われたら、ここも長くは持たないぞ」

 
MSの持つ火力は通常の爆薬などとは比べ物にならない。このままでは、みんな為す術もなく焼き尽くされてしまう。
 キラは悔しげにキュッと拳を握りしめる。守りたいものがあるのに、今の自分には力が無い・・・力・・・
MS・・・青い翼の白いMS・・・

 「ラクス」

 キラの思考を遮るように、バルトフェルドがラクスの名前を呼んだ。

 「鍵は持っているな?」

 その言葉に、ラクスはピンクのハロをギュッと抱きしめた。

 「扉を開ける。仕方なかろう? それとも、今ここで・・・みんな大人しく死んでやった方がいいと思うか?」
 「いえ・・・それは・・・」
 「ラクス・・・?」

 逡巡するラクスの様子に、キラが首をかしげ・・・フト、自身の背後にあった巨大な扉に気づく。
 まさか・・・この奥にあるのは・・・先ほど、自身が欲しがった“力”・・・?

 「・・・貸して」
 「え・・・?」

 胸にハロを抱きしめたまま、うつむいていたラクスに、キラが優しい声をかけた。

 「なら、僕が・・・開けるから・・・」
 「いえ! でも・・・これは・・・」
 「大丈夫」

 強く首を横に振り、拒絶しようとするラクスに、キラは更に優しく声をかけた。

 「僕は大丈夫だから・・・ラクス・・・」
 「キラ・・・!」
 「君の気持ちは、よくわかる・・・。君が、の代わりに僕を守ろうとしてくれていたことは、知ってる・・・。二度と戦場に出ないですむように、気を遣ってくれていたことも・・・でもね・・・」

 すっと、キラはその紫水晶の瞳を、ラクスに向ける。

 「僕は・・・君たちを守りたい・・・ラクスを守ろうとしていたのために、今ここで、君を失うわけにはいかないんだ・・・。のために、僕は今、力が欲しい・・・」

 あくまでも、のため・・・キラの最愛の少女のために、彼はラクスを守ることを決めた。再び、力を得ることを決めた。それは・・・を裏切ることになるかもしれない。

 
――― もう、戦うのはやめよう? 二度と、MSなんかに乗らないで・・・平和な世界に生きて?

 の言葉が蘇る。だが、彼女のために、キラは敢えて、その言葉を裏切る。

 差し出されたハロを開くと、中には金と銀の鍵が入っていた。バルトフェルドが銀の鍵を取り扉の右のボックスを開く。キラは金の鍵を持ち、左のボックスに向かった。開錠装置らしきボックスの中央に穴があった。キラは、そこに鍵を差し込む。

 「・・・
321!」

 バルトフェルドの合図に合わせ、キラは鍵を回した。
 巨大な扉が、目の前でゆっくりと開いていく。ライトに照らし出されたそれに、キラは静かに目を閉じた。
 
ZGMFX10A FREEDOM
 いまや“伝説の機体”と化したその10枚の青い翼を持つ天使が、再び舞い降りようとしていた・・・。

***

 その伝説の機体が姿を見せると、攻撃を仕掛けていたザフトの“アッシュ”は思わず動きを止めた。すでに伝説・・・空想の産物とさえ見なされているMSだ。パイロットの名前も、素性すらも謎とされているのだ。
 フリーダムはビームサーベルを抜き放ち、アッシュたちの間をすり抜けながら、その一機の手足を吹き飛ばした。離脱する白い機体を追って、慌てて両手のビームを放つが、フリーダムはまるで重力や空気抵抗が存在するとは思えないほど華麗で鮮やかな動きをし、それを交わしてみせた。
 次の瞬間、フリーダムの
5つの砲口が同時に火を噴いた。次々に落とされていくアッシュ・・・どれほどビームや砲弾を放とうとも、そのどれも、白い機体をかすめることすらできないのだ。
 やがて、最後の一機を追い詰め、その両手両足をライフルで撃ち飛ばし、全てが終わったかと思った。だが、キラの目の前で・・・不殺を貫く彼の前のまで、そのアッシュが爆発したのだ。続けて、彼の周りにあった全てのアッシュが爆破し・・・キラは呆然とする。
 彼らは暗殺部隊・・・暗殺に失敗した者たちが辿るのは・・・自決の道だったのだ・・・

 
――― ねぇ? キラ・・・

 目を閉じたキラの耳に、懐かしい少女の声が聞こえたような気がした。

 
――― ずっとずっと、このまま・・・二人でいられたらいいね・・・

 それはまだ、平和だった頃のヘリオポリスで・・・彼女がつぶやいた言葉・・・。

 
――― 私がキラを守るよ。サンクチュアリに乗って・・・
 
――― それなら、僕はを守る。ストライクに乗って・・・。けして君は撃たせない・・・僕が守る
 
――― キラ・・・大好きよ・・・ずっとずっと、傍にいて・・・

 初めて彼女と体を重ねた夜・・・涙を流す彼女の頬に口づけを落とし、誓った・・・。

 
――― 死なないで・・・必ず生きて戻って・・・お願い・・・

 最後の戦いの前夜・・・彼女の体を抱きしめ、泣きじゃくる彼女の言葉に、力強くうなずいて・・・。

 「
トリィ!

 肩に止まったペットロボットの声に、キラはそっと目を開ける。
 地平線の向こうから、朝日が昇ろうとしている・・・。

 『ねぇ・・・この空の下のどこかで、君は今も笑っていてくれているのだろうか・・・? 再び戦うことも決めた僕を、君は・・・どう思う・・・? ・・・愛しい・・・僕は・・・今でも、君を・・・君だけを・・・』