「では、プラント最高評議会は、議員全員の賛同により、国防委員会より提出の案件を了承する」
プラントにおき、地球連合に対し、武力行使が決定された。
最後まで、その案に対して抵抗していたデュランダルは、心痛をその顔に漂わせていた。
「しかし! これは、あくまでも“積極的自衛権の行使”だということを、けっして忘れないでいただきたい!」
ホッとしたように表情を緩める議員たちに、デュランダルが声をあげた。
「感情を爆発させ、過度に戦火を拡大させてしまったら、先の大戦の繰り返しです!」
議員たちは、そんな彼の言葉にややうんざりしたようだが、その言葉の持つ意味の重要さにうなずく。
「・・・今、再び手に取るその銃が、今度こそ、全ての戦いを終わらせるためのものとならんことを・・・切に願います・・・」
あの日君と見た空は、怖いくらいの蒼だった
「ダメだ! ダメだ、ダメだっ!!!」
バン!と机を叩き、カガリが叫ぶ。オーブでは、カガリがただ一人、居並ぶ閣僚たちと戦っていた。
「冗談ではない! 何と言われようとが、今こんな同盟を締結することなどできるかっ!!」
連合軍の宣戦布告以降、カガリはなんとかして開戦を回避する手段を模索した。だが、その努力は無駄となり、とうとう戦争は再び始まってしまった。
その状況下で、彼女が迫られたのは・・・今後、オーブがどうするか、である。
当然、閣僚たちは先ごろから言われている“大西洋連邦との同盟締結”を進言し、カガリはそれを拒絶し続けていた。
「しかし、代表・・・」
「大西洋連邦が何をしたか、お前たちだってその目で見ただろう!? 一方的な宣戦布告、そして核攻撃だぞ!? そんな国との安全保障など! そもそも今、世界の安全を脅かしているのは、当の大西洋連邦ではないか! なのに、なぜそれと手を取り合わなければならないっ!?」
閣僚たちを怒鳴りつけるカガリの前で、ユウナがスッと立ち上がる。
「そのような、子供じみた主張はおやめいただきたい!」
ユウナの声に、カガリはそちらへ視線を向けた。
「なぜと言われるならお答えしましょう・・・。そんな国だから、ですよ。代表」
うなずくウナトに、ユウナはカガリを小馬鹿にしたような口調で続ける。
「大西洋連邦のやり方は、確かに強引でしょう。そのようなこと、失礼ながら、今さら代表におっしゃっていただかなくとも、我らも十分に承知しております。しかし、だから? ではオーブは今後、どうしていくと代表はおっしゃるのです? この同盟を跳ね除け、地球の国々とは手を取り合わず、宙に遠く離れたプラントを友と呼び・・・この星の上でまた一国、孤立しようとでもいうのですか?」
「違うっ!!」
「自国さえ平和で安全ならば、それでよいと、被災して苦しむ他の国々に、手すら差し伸べないとおっしゃるのですか?」
「違うっ!!!」
そんなことは、一言も言っていない・・・。彼女はただ、再び世界を“ナチュラル”と“コーディネーター”という二つに分かれ、争うことを・・・過ちを繰り返したくないだけなのだ。なぜ、互いに手を取り合うことができないのか・・・。
「では、どうするとおっしゃるのです!?」
ユウナの厳しい声に、カガリは気おされそうになるが、必死に言葉を紡いだ。
「オーブは・・・オーブは、ずっとそうであったように、中立、独自の道を・・・!」
「そしてまた国を焼くのですか? ・・・ウズミ様のように」
その閣僚の言葉に、カガリの脳裏に二年前の出来事が蘇り・・・ミネルバで出会った少年の紅い瞳を思い出す。
まるで怨念で殺してやろうかというほどに、強く恨みの篭もった瞳で睨みつけてきた少年・・・再び、あの少年のような存在を、生み出そうというのか・・・。
「・・・そんなことは言っていないっ!!」
強く机を叩き、怒鳴り散らすカガリに、ウナトが立ち上がって口を開く。
「しかし、下手をすればこの状況、再びそんなことにもなりかねませんぞ。代表、平和と国の安全を望む気持ちは、我らとて皆同じです。だからこそ、この同盟の締結を、と申し上げている」
「ウナト・・・」
「大西洋連邦は何も今、オーブをどうこうしようとは言っておりません。しかし、このまま進めばどうなります? 同盟ですめば、まだその方がいいと、なぜお考えになりませぬ」
カガリに歩み寄り、低い声でそう諭すウナトに、カガリは瞳を揺らす。
「意地を張り、むやみと敵を作り、あの大国を敵に回すほうがどれほど危険か・・・おわかりにならぬはずはないでしょう?」
「だが・・・!」
「我らが二度としてはならぬこと・・・それは、この国を再び焼くことです」
カガリはうつむき、そのまま言葉を発せない。そう・・・もう二度とあんなことは・・・シンのような存在を生んではならないのだ・・・。自分の言うことが、どれほど自分勝手な思いなのか、カガリは思い知らされた。
***
「カガリ!」
背後からユウナに声をかけられ、カガリは足を止め、振り返った。
「大丈夫か? だいぶ疲れてるみたいだ」
カガリの隣まで歩み寄り、ユウナは先ほどのことなど忘れたかのように、馴れ馴れしく言葉を発し、彼女の肩を抱き寄せた。
「さっきは悪かったね。でも、あそこできちんと君に意見を言うのが、僕の役目だ」
「あぁ・・・わかってる、そんなことは・・・。私がまだまだ至らないだけだ。こんなことでは、また首長たちに笑われてしまうな・・・」
いつもの彼女からは考えつかないくらい、気落ちした声音で言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ、皆もわかっている。ただ、今度のこの問題が大きすぎるだけだ・・・君には」
肩を抱き寄せ、歩きながら・・・ユウナは慰めの言葉を口にする。
「マシマも、何もウズミ様を悪く言いたいわけじゃない。ただその娘である君が、また同じ事をするのかと心配しているんだ」
「わかってるよ・・・」
傍にあった椅子に、カガリを座らせると、自身は彼女の前にしゃがみ込んだ。
「さ、ともかく休んで。何か飲むかい? それとも軽く何か食べる?」
「いや・・・大丈夫だ。ありがとう」
ユウナのその鬱陶しい態度に、カガリはため息をついた。フト、カガリは親友の少女を思い出す。こんな時、きっと彼女なら何も言わずにただ傍にいて優しく髪を撫でてくれるだろう。年下なのに、どこか大人びていて、人の心に誰よりも敏感で・・・。
「かわいそうに・・・君はまだ、ほんの18の女の子だっていうのにね」
髪を撫でる手に、ハッとカガリは我に返る。だが、それは親友の手ではなく・・・ユウナのものだった。
「でも大丈夫だよ。僕がついてるからね」
宥めるように囁き、そっとカガリの額にキスをする。慌ててカガリは額に手をやり、戸惑った表情を浮かべてみせた。
確実に、がこの場にいたのなら、ユウナは彼女に殴り飛ばされていただろう・・・。
***
「いや、しかしですね、艦長! もう開戦してるんですよ!? 宣戦布告までされたんですから!」
アーサーの大声が響き、食堂で食事中だったシンたちは、思わず食事を中断して顔を上げた。
ルナマリアは隣に座ると顔を見合わせ、彼女らの向かいに座っているシンとメイリンは食堂の入り口に視線を向けた。
「わかってるわよ、そんなこと。けど、しょうがないでしょう? こっちは物資の積み込みもまだ終わってないんだし」
「いやっ、ですからもう、そんなこと言っていられる場合では・・・」
食堂の入り口に二人が姿を現し、その場にいた皆が立ち上がって上官に敬礼した。タリアはそれに軽く礼を返しながら、空いているテーブルに着いた。
「焦る気持ちはわかるけど、だからといって、今私たちが慌てて飛び出して、何がどうなるっていうの?」
チラリ・・・とがタリアとアーサーに視線を向けたのを、シンは視界の隅に捉えた。
彼女は・・・どう思っているのだろうか? この状況を。カガリ・ユラ・アスハは、の親友だ。その彼女が、オーブと・・・親友の少女と戦うことになるなど・・・二年前では考えもしなかったことだろう。
「かえってバランスが微妙な時期でもあるのよ、アーサー」
ルナマリアとメイリンも、食事を再開しているが、どうやらタリアたちの言葉に耳を傾けているようだ。
「あのとんでもない、第一波の核攻撃を交わされて、地球軍も呆然としてるんでしょ。カーペンタリアへの攻撃隊も、包囲したまま動けないみたいじゃない」
「いや、だからこそですね・・・」
「今本艦が下手に動いたら、変な刺激になりかねないわ。火種になりたいの? あなた」
「いえっ! そんな!」
「情勢が不安定なら、尚のこと、艦の状態には万全を期すべきだわ。幸いオーブは、まだ地球軍陣営じゃないんだし、もう少し事態の推移を見てからでも遅くはないでしょ、出航は。軍本部も何も言ってきてないんだし」
タリアの言葉に、アーサーはガックリと肩を落とす。
フト、目の前に座るの漆黒の瞳と、シンの紅い瞳がぶつかった。彼女はニコッと笑い、肩をすくめてみせた。アーサーの、あの頼りなさを茶化したのだろう。シンも、のその笑顔にクスッと笑みをこぼした。
「・・・まだ、ですかねぇ?」
「でしょうね・・・いつまでかは知らないけど」
まだ・・・そう、まだオーブは中立の立場にいる。だが、それも時間の問題かもしれない。二年前、あくまでも中立の立場を貫き、結果オーブは国を焼いた。今また、あの時と同じ決断を、あの少女がするかどうか・・・。
は、友の強い光を宿した金の瞳を思い出し、そっと目を閉じた。
***
チャイムの音に、アスランがホテルの部屋のドアを開けると、そこには仏頂面を浮かべたかつての同僚が立っていた。
「イザーク!?」
驚いて、思わず声をあげる。まさか、彼らが私服でこんな場所に立っているとは思わなかったのだ。
「きっさまぁ・・・!!!」
その上、アスランが名前を呼ぶと、イザークはキッとアスランを睨みつけ、いきなり襟首を掴み、詰め寄ってきた。
「一体、どういうことだぁ!?」
「ちょ、ちょっと待て、おい・・・!」
どういうことだ、とはアスランのセリフである。わけがわからないまま、アスランはイザークの後ろにいたもう一人に視線を向けた。だが、ディアッカは呆れたような表情を浮かべるだけで、イザークを止めようとはしない。
やっとこさ、イザークが手を離すと、アスランは襟元を正すのも忘れ、二人に声を荒げて問う。
「何だっていうんだ、いきなり!!」
「それはこっちのセリフだ、アスラン! オレたちは今、むちゃくちゃ忙しいってのに、評議会に呼び出されて、何かと思って来てみれば・・・貴様の護衛監視だと!?」
「えっ・・・!?」
イザークの思いがけない言葉に、アスランは目を丸くする。
「何でオレが! そんな仕事のために前線から呼び戻されなきゃならんっ!?」
「護衛・・・監視・・・?」
あ然と、アスランが尋ね返すと、それまで二人のやりとりを見守っていたディアッカが声をかける。
「外出希望してんだろ? おまえ」
「ディアッカ・・・」
「お久し。けどまぁ、こんな時期だから? いっくら友好国の人間でも、勝手にプラント内をウロウロはできないんだろ?」
「あ、あぁ・・・それは聞いている。誰か同行者がつく、とは・・・。でも、それが・・・お前?」
眉根に皺を寄せ、イザークを見ると、彼はフン!と鼻を鳴らし・・・
「そうだっ!!」
語気荒々しく怒鳴り、そのままそっぽを向いてしまった。
「ま、事情を知ってる誰かが仕組んだってことだよなぁ」
ホテルの廊下を歩きながら、ディアッカのその言葉に、アスランはデュランダルの顔を思い出し、ため息を吐いた。
彼ならば、このくらいのこと、やってのけそうだ・・・。
「それで? どこ行きたいんだよ?」
階段を下りていくアスランに、ディアッカが声をかける。
「これで買い物とか言ったら、オレは許さんからなっ! あの幼なじみの・・・“青空の聖域”にプレゼントを買いに・・・とかなっ!!」
「そんなんじゃないよ」
プレゼントなら、もう渡してあるし・・・と心の中でつぶやき、アスランは苦笑を浮かべて答える。
「ただちょっと・・・ニコルたちの墓に・・・」
その名に、先ほどまでカッカしていたイザークも、途端に静かになる。
「あまり来られないからな、プラントには・・・。だから、行っておきたいと思っただけなんだ・・・」
アスランのその言葉に、イザークもディアッカも、心痛そうな面持ちで彼の後ろ姿を見つめた。
ニコル・アマルフィ・・・かつて、アスランやイザークたちと共に、ザフトの赤を着て、クルーゼ隊の一員として戦ったパイロットだ。彼は、キラに・・・アスランの幼なじみに撃たれて、たった15歳という年齢で、この世を去った。
墓石に彫られた文字を見つめ、アスランは悲しげに目を細めた。あの残酷で悲惨な戦争が、今また再び起き、繰り返されようとしている・・・。
「積極的自衛権の行使・・・やはり、ザフトも動くのか・・・」
苦々しげに、アスランは知らされた情勢をつぶやいた。
「仕方なかろう。核ミサイルまで撃たれて、それで何もしないというわけにはいかん・・・」
「第一波攻撃の時も迎撃に出たけどな、オレたちは。奴ら、間違いなくあれで、プラントを壊滅させる気だったと思うぜ?」
イザークの言葉に続き、ディアッカも言葉を紡いだ。
アスランは、彼らに背を向けたまま、ギュッと拳を握りしめる。二度と戦争が起きないように、と願いながら・・・結局、自分は何もできなかった・・・。
「・・・で? 貴様は?」
「え?」
イザークの問いかけに、アスランは視線を銀髪の青年へと向けた。
「何をやっているんだ? こんなところで!」
「・・・・・・」
何をやっているのか・・・本当にその通りだ。自分は、一体何がしたいのだろうか? このままオーブに戻り、再びカガリの護衛につき・・・自分は本当にそれでいいのか? もっと他に、できることがあるのではないだろうか?
不意に、の笑顔が浮かび、アスランはそっと目を閉じる。
「オーブは、どう動く?」
「・・・まだわからない」
カガリは何とかしてオーブを正しき道に・・・と頑張ってはいるが・・・それも、どこまで持つか、だ。
「戻ってこい、アスラン!」
イザークのその言葉に、アスランは閉じていた目を開け、彼を見つめた。彼は、怒ったような表情で・・・だが、真剣な眼差しをアスランに返してくる。
「・・・事情は色々あるだろうが、オレが何とかしてやる。だから、プラントへ戻ってこい、お前は」
「イザーク・・・」
どんなにつっけんどんな態度を取っていても、かつての同僚で、戦友で、ライバルだ・・・。イザークのその厚情に、アスランは胸の奥が痛んだ。
「いや・・・しかし・・・」
それに答えることはできない・・・カガリの顔がちらつき・・・だが、次にの顔がちらついた。
ザフトに・・・プラントに戻れば、彼はの傍にいられるのではないか? 近い距離で、彼女を守ってあげられるのではないか・・・?
「オレだって、こいつだって、本当ならとっくに死んだはずの身だ」
ディアッカは、先の戦争でザフトを裏切り、キラや、アスランたちと共にAAのパイロットとして、イザークの前に姿を見せた。銃殺刑でもおかしくないほどの罪だ。
「だが、デュランダル議長は、こう言った・・・」
――― 大人たちの都合で始めた戦争に、若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って、今また彼らを処分してしまっては、一体誰がプラントの明日を担うというのです? 辛い経験をした彼らにこそ、私は平和な未来を築いてもらいたい
「・・・だからオレは、今も軍服を着ている」
イザークの言葉は、確実にアスランの胸に響いている。
――― 一人一人のそういう気持ちが、必ずや世界を救う
――― 思いを同じくする人には、共に立ってもらいたいのだ
デュランダルの言葉を、アスランは思い出していた。その通りに、イザークたちは再び力を手にし、立ったのだ。
「それしかできることもないが、それでも何かできるだろう。プラントや、死んでいった仲間たちのために・・・」
「イザーク・・・」
イザークの言うとおりだ。彼にもアスランにも、戦うことしかできない。そして、戦うことのできる力があっても、今のアスランのいる場所では、活かされることのない力なのだ。
「だからお前も、何かをしろ! それほどの力、ただ無駄にする気か!?」
アイスブルーのその強い眼差しに、アスランは言葉を発することもできず、ただジッとその瞳を見つめ返した。
アスランは心のどこかで、何かが動き出すのを感じた。
***
ミネルバのブリッジに、タリアと共に入ってきたは、振り返ったバートの困惑気味の視線に気づき、そちらへ歩み寄った。
《・・・ミネルバ、聞こえるか? もう猶予はない・・・》
スピーカーの向こうから、多少のノイズと共に、男の声が聞こえてきた。その声に、は首をかしげ、タリアは眉間に皺を寄せた。
「秘匿回線なんですが、さっきからずっと・・・」
バートの説明に、タリアは表情を硬くする。軍内部の者しか知らない周波数を、なぜ知っているのか・・・。
《・・・ザフトは間もなく、ジブラルタルとカーペンタリアへの降下揚陸作戦を開始するだろう・・・》
その情報に、タリアは驚いて身を乗り出す。
《そうなればもう、オーブもこのままではいまい。黒に挟まれた白い駒は、ひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に。・・・ミネルバ、聞こえるか?》
タリアの知らない内部情報を伝える相手に、彼女は表情を硬くし・・・素早くスイッチを切り替え、正体不明の通信者に応答した。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ。あなたは? どういうことなの、この通信は?」
スピーカーから、凛とした声が返ってきたことに、男は言葉を止めた。どうやら、タリア・グラディスはなかなか話せる女性らしい。普通の艦長ならば、こんな通信に取り合うまい。
「おぉ、これはこれは・・・。声が聞けてうれしいねぇ、初めまして」
右手でコーヒーカップを持ち、男は優雅に答えた。明らかに、この状況を楽しんでいる彼の様子に、マリア・ベルネスが呆れた表情を浮かべ、彼の背後に立っていた。
「どうもこうも、言ったとおりだ。のんびりしてると面倒なことになるぞ」
《匿名の情報など、正規軍が信じるはずないでしょう。あなた誰? その目的は?》
そうかもしれない・・・そう思い、男はしばし考え・・・マイクに向かって告げる。
「アンドリュー・バルトフェルドってヤツを知ってるか? これは、そいつからの伝言だ」
無線の向こうで、相手が驚愕し、「砂漠の虎・・・!」とつぶやく声が聞こえた。
なるほど・・・自分の名前は、まだザフトで有効的だ・・・。
「ともかく、警告はした。降下作戦が始まれば、大西洋連邦との同盟の締結は押し切られるだろう。・・・アスハ代表も頑張ってはいるがな。留まることを選ぶのならそれもいい。あとは、キミの判断だ・・・艦長。幸運を祈る・・・」
バルトフェルドは通信を切ると、背後の女性を振り返った。褐色の双眸が、自分を見つめていた。
「・・・彼女、信じるかしら?」
「さぁねぇ・・・。ま、大丈夫だろう。彼女、かなり運の強そうな声をしていたしね。君と同じく」
その言葉に、マリア・・・いや、マリュー・ラミアスは目の前のかつての敵を睨みつけた。
「それに・・・いるんだろう? あの子が」
「・・・えぇ」
利発で聡明な少女・・・・があの場にいた。タリアたちの声に混じって、「バルトフェルドさん!?」と声をあげた彼女の声を、バルトフェルドは聞き逃さなかった。
「アスハ代表を信じたい・・・あの子はそう思ってるだろうが・・・」
「状況がわからないほど、愚かな子じゃないわ、さんは・・・。きっと、道を誤らない・・・」
***
バルトフェルドとマリューの思惑通り、タリアはミネルバを出航させることに決めた。
そして、同じ頃・・・カガリは突きつけられた事実に、愕然と目を見開いていた。
「そ・・・んな・・・」
ザフトの、プラントの・・・武力行使・・・それは、つまり・・・戦争を意味する。
「積極的自衛権の行使、などと言ってはいますが、戦争は生き物です。放たれた火がどこまで広がってしまうかなど、誰にもわかりません」
ユウナが強い口調で言い、カガリは書面から目を離せないまま、その言葉を聞いていた。
「オーブは、大西洋連邦との同盟条約を締結します」
ユウナのその言葉に、カガリは我に返って顔を上げた。だが、周りにいた閣僚たちから、痛いくらいの視線を浴びてしまう。
「・・・再び国を焼くという悲劇を、繰り返さないためにもね」
カガリは返す言葉も無く、うなだれ、口唇を噛んだ。彼女は、この場では孤独だった・・・。
閣議が終わり、カガリはその足でミネルバのドックに向かった。同盟が締結されれば、ザフトは“敵”、ミネルバは“敵艦”となる。その前に、何としても直接詫びたかった。
あの親友の少女と、彼女の大切な恋人は、何を言うだろうか・・・? 兵士に先導され、通路を進むと、横道から来たシン、レイ、ルナマリアの三人とバッタリ遭遇してしまう。
「・・・何しに来た!?」
シンの冷たい言葉と、鋭い視線に、カガリは身を硬くする。
「あの時オーブを攻めた地球軍と、今度は同盟か!? どこまでいいかげんで、身勝手なんだ、あんたたちはっ!!!」
カガリは何も言えず、ただ視線を逸らすしかできなかった。何を言っても、きっと彼には届かない・・・。
「敵に回るって言うんなら、今度はオレが滅ぼしてやる! こんな国!!」
吐き捨てるようにそう言い、わざとカガリの肩にぶつかって、シンは彼女の横を通り過ぎる。
「シンっ!!!」
悲痛な声で、カガリが名前を呼ぶが、彼は振り返らず・・・ルナマリアも、どこか軽蔑するような視線だけを残して、シンの後を追う。レイだけが律儀に敬礼をし、彼女の前を去って行った。
そう・・・カガリは・・・オーブは、彼らの“敵”となってしまったのだ・・・。
***
明朝・・・出航するミネルバの中で、は浮かない表情を浮かべて外を見つめていた。
甲板に出て、その風を浴び・・・昨日の出来事を思い出す。
――― 本当に・・・すまない
ミネルバのブリッジで、タリアに深々と頭を下げたカガリ。そんな彼女に優しく微笑み返したタリア。
は居た堪れなくなって、ブリッジを出ると、その場にしゃがみ込んだ。
――― キラ・・・ラクス・・・マリューさん・・・バルトフェルドさん・・・
オーブにいる、大切な人たちの名前をつぶやく。
結局、キラともラクスとも、あの日だけの再会となってしまった。言葉を交わすこともできず、言い訳すらできずに・・・。
―――
名前を呼ばれ、顔を上げると、カガリが立っていて・・・は慌てて立ち上がった。
そんなに、カガリは泣き出しそうな表情を浮かべ・・・ギュッと唇を噛んだ。
――― カガリ・・・ごめんね・・・? あのね・・・お願いがあるの
――― え?
は首に下げていたネックレスを外すと、そこからシルバーのリングを外し、そっとカガリの手に乗せた。
――― これを、キラに返して欲しいの・・・
――― おまえっ・・・これは・・・!!
――― もう、私が持ってること、できないから・・・
それは、かつてキラがに渡したもの。結婚の約束として、最後の戦いに出る前に、キラからもらった指輪だった。
――― そして、伝えて・・・? あなただけは、戦いに身を置かず、そのままラクスを守って、って
――― ・・・!!
――― 私の大切な人たちを、必ず守って、って・・・
お互いの肩を抱きしめ合い、これから、敵として向き合っていかなければならないお互いを、二人は涙を流しながら、見つめた。
――― カガリ・・・大好きだよ? たとえ、オーブが敵に回っても、私は、あなたを守るから・・・
――― 私だって・・・私だって、が大好きだ!! おまえは、私の親友だからな!
――― うん・・・
――― 親友だからな! ―――
甲板の手すりに額を押し付け、は込み上げそうになった涙をこらえる。やがて、ミネルバが動き出し、は中に戻ろうとして・・・そこにいた少女に気づく。
「・・・カガリっ!!!」
オーブの代表である彼女が、こんなに朝早くから、敵となる自分たちを見送りに来ていたのだ。護衛もつけず、たった一人で・・・。
こらえきれず、の瞳から涙がこぼれる。
「カガリ・・・!! 大好きだよっ! ずっとずっと・・・カガリのことが・・・大好きだよ〜っ!!!!」
声を限りに叫ぶと、カガリは大きく手を振って・・・遠ざかっていくミネルバの艦体をいつまでも見つめていた・・・。
***
オーブの行政府に戻り、トボトボと自室に入ったカガリは、ポケットからシルバーのリングを取り出し、それを見つめていた。
返してくれ、とは言われたが・・・果たして、どうやってこれを、双子の弟に返すべきか・・・。
「カガリ」
考え込む彼女を邪魔するかのように、ユウナが部屋に入ってきた。咄嗟に、カガリは指輪をポケットに戻した。
ユウナは座り込むカガリの前にしゃがみ込み、そっと頬を撫でる。
「カガリ・・・つらいかもしれないが、仕方ないさ」
「・・・わかってる」
「オーブも、新しい道を進むべきなんだ・・・。大丈夫、僕が支えるから。・・・夫として」
「ユウナ・・・!! それは・・・」
「キミも新しい道を進むんだ・・・僕と共にね・・・。すぐに結婚の準備を急ごう!」
「えぇ!? いや、その・・・それは・・・!!」
「生まれ変わるんだよ、オーブもキミも・・・!」
ユウナのその言葉に、カガリはただ愕然と、言葉を失っていた・・・。
「はい・・・デュランダル議長にアポイントを・・・」
そして、アスランは・・・一つの決意を胸に秘め、前に進むことを決めていた。
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