沢山の命が宇宙に消えていった・・・。
 そして、地球の大地にも・・・。
 あの日から2年の月日が経った。
 二度と悲劇は繰り返さない。そう誓ったはずだった・・・。


1  それはまるで夢のように、微かでおぼろげな記憶

 空に飛び交うMS・・・避難する人々。息を切らせ、家族4人でその下を走り抜ける。

 「急げ、シン!」
 「マユ! がんばってぇっ!」

 やや息を切らせた父の声と、上ずった母の声。必死に足を動かし、脱出用の艦艇に向かう。その視界にその艦艇が見えたとき、シンは少なからずホッとした。
 上空では青い翼のMSが5つの砲口から炎を迸らせている。その近くでは、その友軍機である青い機体に白い翼のMSの姿も見えた。
 今にも泣き出しそうな顔で、母に手を引かれ走っていた妹のマユが、そのとき不意に声をあげて立ち止まった。

 「ああん! マユの携帯っ!」

 見れば、マユのバッグからピンク色の携帯電話が飛び出し、道をそれて斜面を転がり落ちていった。

 「そんなのはいいから!」

 拾いに行こうとするマユを、必死に母が押し止めた。だが、マユはそんな母の手を振り払い、拾いに行こうと必死になる。マユにとって、何よりも大切なものだった。
 そんな妹の姿に、シンは転がり落ちた携帯電話を追って、斜面を駆け下りた。
 ピンクの携帯電話は木の根に当たって止まった。シンが腰をかがめ、それを拾い上げた瞬間、耳をつんざくような爆音が全身を襲った。
 何が起こったのか、理解できなかった。
 気がついたときには、シンは斜面の一番下まで転がり落ち、港側のアスファルトに叩きつけられていた。
 全身を襲う痛みをこらえながら、シンは周囲を見渡した。先ほどまであった景色は、もはやそこにはなかった。
 斜面は大きく抉られて、赤茶けた土が露出し、木々は倒れ、あるものは炭化してぶすぶすと煙をあげている。

 「大丈夫か!?」

 起き上がったシンに、オーブの軍人が声をかけ、駆け寄って来る。声をかけられ、シンはハッと我に返った。家族は・・・両親は!? マユは!?

 「父さん・・・母さん・・・!? マユは・・・!?」

 声をあげ、周囲を見渡したシンの目に、力なく投げ出された妹の手を見つけて声をあげる。

 「マユ!」

 声をあげ、妹の側に駆け寄ろうとして・・・シンは愕然として立ち止まった。
 そこにあったのは、手だけだった・・・。その先に続くはずの身体は、まるで先ほどまで生きていたのがウソのような姿へと変わり果てていた。
 妹だけではない、母も・・・父も・・・まるで人形か何かのように、身体がありえない形に変貌していた。
 一瞬にして、家族の命は奪われ、見るも無残な姿へと変わっていたのだ。

 「あ・・・あ・・・」

 声にならない声を発し、シンは妹の千切れた手へと手を伸ばす。

 「うわああああああっ!!!!!」

 悲しみ、怒り、恨み・・・全てが一気に身体になだれ込み、シンは咆哮にも似た絶叫をあげた。
 キッと青い空を睨みつける。紅い瞳が怒りでギラギラと燃えていた。
 そこには、相変わらずに青い翼と白い翼のMSが、砲撃を繰り返していた・・・。

***

 宇宙港は多くの人でにぎわっていた。
 シャトルから降り立ったアスラン・ザラは、その喧騒に不審と警戒の入り混じった視線を向けた。出迎えに来ていた駐在員が、彼の背後にいる人物に説明する。

 「新造戦艦の進水式にともない、明日は軍事式典が予定されておりまして・・・」

 話しかけられた人物は、紫色の簡素な上下に身を包み、金の髪を振って周囲を見渡した。その金に似た褐色の瞳が微かに細められる。現在はオーブ連合首長国の代表となった、カガリ・ユラ・アスハだ。若干18歳の国家元首は、“プラント”側の係官に誘導されてVIP用の通路を進みながら、漏れ聞こえる人々の会話を耳にしてやるせない表情になる。
 ここ“アーモリーワン”は、先の大戦後に建設されたプラントだ。内部には工廠も存在する。このL4は、コーディネイター、ナチュラル双方のコロニーが併存する中立地帯ではあるが、そんな場所でも堂々と戦いのための艦船を製造しているということだ。
 2年前の戦争後、世界は平和を取り戻し、コーディネイターとナチュラルは表面的には和平を保っている。それなのになぜ、こんなものが必要なのか・・・。
 カガリの後を行くアスラン・ザラは2年前の大戦で、名をはせたザフトの英雄だ。だが、今は身分を隠し、名を偽り、オーブに身を置いていた。
 フト、人混みでごった返す人々の中に、人目を引く3人の少年少女がアスランの目に飛び込んできた。その容姿もさることながら、彼らが発する雰囲気が、なんとなくアスランには気になった。
 そのアスランがそっとカガリに身を寄せ、耳打ちするように声をかける。

 「服はそれでいいのか? ドレスも一応持ってきてはいるよな?」
 「な、何だっていいよ! いいだろ、このままで」

 突っぱねるようなカガリの言葉に、アスランはハァ・・・とため息をこぼした。

 「必要なんだよ、演出みたいなことも。わかってるだろ? バカみたいに気取ることもないが、軽く見られてもダメなんだ。・・・今回は非公式とはいえ、君も今はオーブの国家元首なんだからな」

 アスランの言葉に、カガリは押し黙る。その顔を彼女らしくもない沈鬱な表情が覆う。最近の彼女は、よくそういう表情をするようになった。たぶん、自分も同じだろう、とアスランは思った。
 先の大戦が終わった後、彼らは1人の少女を失っていた。いや、失うといっても、命を落としたわけではない。
 その姿を、忽然と消したのだ。
 ・・・黒い髪に黒い瞳をしたコーディネイターの少女。カガリやアスランにとって、とてもとても大切な存在だった。アスランは、彼女に恋心を抱いていた。
 その少女が、失踪時に残した言葉が頭から離れないのだろう。

 “戦いのない、平和な世界に生きて”

 誰よりも、平和を愛する少女だった。戦いを終わらせたいと願い、その願いとは裏腹に、彼女は戦火の中心へと巻き込まれていった。
 “青空の聖域・蒼穹の楽園”と呼ばれ、彼女の名前はアスラン同様、ザフトやオーブでは知らない人はいないほどだ。
 ザフトにとっては畏怖の存在。オーブにとっては憧れの存在。
 その少女が願ったことが、こんな形になって失われてしまうとは・・・。
 アスランは小さくため息をつき、思いを寄せる少女の笑顔を頭から追い払った。何度、こうして彼女のことを思い出したか数えきれないほどだ。
 今どこで、何をしているのだろうか・・・?
 エレベーターに乗り込む。砂時計によく例えられるプラントの視点に宇宙港は造られ、人々の居住区である底部までは高速エレベーターが連絡している。エレベーター内のソファに腰を下ろしたカガリが、傍らに立つ係官を見上げ、口を開く。

 「明日は軍艦の進水式ということだが・・・」
 「はい。式典のために少々騒がしく、代表にはご迷惑のことかと存じますが・・・」
 「こちらの用件はすでにご存じだろうに、そんな日にこんな所でとは、恐れ入る」

 どこか棘のある口調でそう言い放ったカガリに、係員は表情を硬くする。そんなカガリを守るように、アスランが静かな口調で口をはさんだ。

 「内々、かつ緊急にと、会見をお願いしたのはこちらなのです・・・アスハ代表」

 第三者の前で、彼らは対等に話すことなどできない。現在のアスランは、公にはカガリの護衛に過ぎないのだから。

 「プラント本国へ赴かれるよりは目立たぬだろう・・・という、デュランダル議長のご配慮もあってのことと思われますが」

 カガリはちらっとアスランに目を向け、どこか納得のいかない表情で黙り込む。
 その時、周囲に明るい光が満ち、カガリはガラス壁面の向こうに目をやった。見えてきた景色に、思わず目を見張るが・・・これらはすべて人間の造ったもの。外殻の自己修復ガラスを隔てた外には真空の宇宙が広がっているのだ。

***

 白地にいくつかのスパンコールがついたキャミソールに、下はデニムのミニスカート・・・少女の長い黒髪は、耳の横の毛を少しだけ残し、あとはアップにまとめてある。
 少女が道を歩いていくと、通り過ぎる若い男の子たちが声をあげて振り返る。それらを無視するかのように、少女はスタスタと先を急いだ。
 ドックへと続く曲がり道まで来て、少女は足を止める。
 誰かを捜しているのか、キョロキョロと辺りを見回し・・・。

 「〜!! こっち、こっち!!」

 よく通る少女の声・・・名前を呼ばれ、彼女は振り返った。
 見れば、ジープの上から自分に手を振る見知った友達の姿・・・。と呼ばれた少女は、ニッコリ笑ってジープに駆け寄った。

 「ルナ・・・ごめんね、予想外に手間取った!!」
 「いいって、いいって〜! のことだから、また色々と詰め込みすぎて、困ってたってとこじゃない?」
 「そんなことないよ・・・。私、ルナほど荷物は多くないし」
 「あのウサギとクマのぬいぐるみは? アカデミーに置いてきちゃったの?」
 「・・・ルリにあげた!」

 ジープに乗り込み、はハァ・・・とため息を吐く。
 そんなを、ルナ・・・と呼ばれた少女が不思議そうに見つめた。

 「どうしたの? なんか、疲れてる??」
 「ううん、そんなことない」
 「ルナマリアが騒ぐから、テンション下がったんだろ〜?」
 「何よ、ヴィーノ!! それどういう意味よっ!?」
 「言ったまんまだよ」

 ギャアギャアと賑わう車内。目の前で繰り広げられる口論に、は頬を緩ませた。

 (ものすごく幸せな時間・・・ね。あの頃も、そうだったなぁ・・・ヘリオポリスのカレッジで・・・みんなと一緒に騒いで・・・)

 少女の脳裏に蘇るのは、数年前の記憶・・・。
 あの頃も平和だった。傍にいてくれた愛しい少年、仲のいい親友の少女、そして、仲間たち・・・。

 ――― ・・・・・・!!

 褐色の髪の少年・・・彼に名前を呼ばれ、はハッと我に返る。

 (いけない・・・忘れなきゃ・・・。私は今は“”なのだから・・・!!)

 そう・・・それは、もう捨てなければならない記憶・・・。
 まるで夢のようで・・・微かでおぼろげな記憶・・・。

 (キラ・・・アスラン・・・カガリ・・・ラクス・・・ミリィ・・・サイ・・・みんな、今頃どうしてる・・・?)

 漆黒の瞳を作られた青空へと向け、・・・今は“”となったは心の中で問いかけていた。

 「そういえば、シンは? 一緒じゃないの?」
 「うん。ホントはミネルバに乗り込む前に、ちょっと時間があるからデートしよう、って言ってたんだけど・・・なんか、バタバタしちゃって。シンにはヨウランと一緒に先に行っててもらったの」

 町中をジープで駆けながら、はキョロキョロと辺りを見回す。

 「あっ・・・!!」

 ジープの車内から、アーモリーワンの町並みを見つめていたは、突然声をあげた。

 「どうしたの? ・・・」
 「ヴィーノ、止めてっ! 止めて!」
 「え? なんで??」
 「いいから、と・め・て!!」

 優しい声でニッコリ笑ってそう頼むと、ヴィーノはほんのり頬を赤く染めた。
 素直に車を止めると、はドアを開け、再び車外へと飛び出す。
 不思議に思ってを見守るルナマリアとヴィーノ。その二人の目の前で、は一人の少年に背後から声をかけていた。
 声をかけられた少年は、見るからに驚き、焦っていて・・・傍から見ると面白い光景ではあったが・・・。

 「・・・あ〜あ・・・。やっぱ、ってシンのモノだよなぁ〜」

 ハンドルに体をもたれかけ、ヴィーノが残念そうにつぶやくのを、ルナマリアは横目で見た。

 「なによ、あんた・・・まさか、シンからを奪おうとか思ってたわけ!?」
 「いや、奪おうとは思ってないけど・・・。いいなぁ〜・・・と」
 「あんたにはもったいないっ! シンにだってもったいないのに!!」
 「あ、ヒッデ〜!!」
 「事実、事実」

 先ほどと同じように口論を始める二人を、止める者はいなかった・・・。

***

 楽しそうにクルクルと踊っていた金髪の少女は、道の向こうからやって来た黒髪の少年とぶつかった。
 その瞬間に、シンは少女を抱きとめようとし・・・勢いあまって彼女の胸を触ってしまっていたのだ。
 そんなシンを、一緒にいた色黒の少年ヨウランは「このラッキースケベ!」とからかった。それを必死に弁解しようと必死こいていたところを、いきなり後ろから声をかけられたのだった・・・。

 「大丈夫だよ、には黙っててやるから」
 「だっ、だから・・・あれは事故だって・・・!」
 「結構カワイイ子だったよな〜。いいなぁ、シン君。役得だぁ」
 「おいっ、こら、ヨウラン!」

 そんなやり取りをしていた2人の前に、が姿を見せたので、慌てて会話は打ちきりだ。

 「な・・・・・・!!」
 「なぁに〜?? なんでそんなに泡食ってるの???」
 「い、いや・・・べっ、別に泡食ってなんか・・・!!!」

 相手の少女は、胸を触られたとか、そういうことに気づいていなかったかのように、あっという間にシンたちの前から走って行ってしまったので、ヨウランが余計なことを言わない限りは、知られることはないと思うが・・・。

 「アッヤシーなぁ・・・何か、私に隠してる?」
 「隠してないって!!」
 「シ〜ン〜? 今後のこともあり、素直になった方がいいんじゃないかぁ?」
 「ヨウランっ!! もう、おまえはあっち行ってろよっ!!!」

 首を突っ込んできたヨウランを、シンは思いっきり怒鳴りつけ、背中を押して遠ざける。

 「冷たいこと言うなよ、シン」
 「邪魔するなよ・・・。オレとは、これから・・・」
 「ごめんね、ヨウラン・・・。私たち、これからデートなの♪」
 「えっ・・・あ、そ・・・」
 「そうだ、あのジープ・・・ルナとヴィーノがいるから、一緒に行動したら?」

 にそう言われ、ヨウランは渋々といった様子でジープへと乗り込んだ。
 ようやっと去って行ったジープに、シンはハァ・・・とため息をつく。そんなシンを、は不思議そうに見つめた。

 「どうしたの? シン」
 「いや・・・なんか、ドッと疲れが・・・」

 シンの言葉に、はクスクスと笑い、そっとシンの手を握る。
 触れ合った手と手に、シンはドキッとするが・・・。

 「もうすぐミネルバの進水式だし、今のうちにデート楽しもう??」
 「うん・・・そうだな!」

 手を繋ぎ、恋人たちは進水式で賑わう町中へと歩いて行った。

***

 アスランたちの前で、執務室のドアが開いた。秘書官らしき随員と言葉を交わしていた黒髪の男性がこちらに目をやり、カガリの顔を認めると、柔和な笑みを浮かべて歩み出る。
 この男性が、ザフトの現評議会議長、ギルバート・デュランダルだ。

 「やあ、これは姫。遠路お越しいただき、申し訳ありません」
 「いや。議長にもご多忙のところ、お時間をいただき、ありがたく思う」

 カガリもまっすぐに彼に歩み寄りながら、握手の手を差し伸べる。デュランダルが恭しい手つきでその手を握った。
 と、デュランダルの視線がアスランへと向けられる。その視線が何かを感じさせ、アスランは内心ドキッとした。今は偽名を名乗り、顔を濃いサングラスで隠してはいるが、ここはかつて彼の属した場所だ。デュランダルとは面識がなかったはずだが、メディアなどでアスランを見知っているものは多い。何せ、彼はかつてのザフト評議会議長、パトリック・ザラの実子なのだから。
 だが、デュランダルはアスランに気づいた様子もなく、カガリに向き直ってソファを勧めた。

 「お国の方はいかがですか? 姫が代表となられてからは、実に多くの問題も解決されて・・・私も盟友として、大変うれしく、また羨ましくも思っておりますが」
 「まだまだ至らないことばかりだ」
 「・・・で? この情勢下、代表がお忍びで、それも火急のご用件とは、一体どうしたことでしょうか?」

 用件など、聞かずともわかっているだろうに・・・デュランダルは温和な態度を崩さずに尋ねる。

 「我が方の大使の伝えるところでは、だいぶ複雑な案件のご相談・・・ということですが・・・?」
 「・・・私には、そう複雑とも思えぬのだがな」

 投げやりな言い方で、カガリがつぶやく。

 「だが、未だにこの案件に対する、貴国の明確なご返答が得られないということは、やはり複雑な問題なのか?」
 「ほう・・・?」

 室内にいる双方の随員たちが、カガリの喧嘩腰な物言いに緊張した表情になるが、デュランダルは気を悪くした風もなく、興味深げに首をかしげる。カガリは、正面から相手の目を見据え、告げた。

 「我が国は再三再四、かのオーブ戦の折りに流出した我が国の技術と人的資源の、そちらでの軍事利用を即座にやめていただきたい、と申し入れている」

 大戦前より、オーブは中立の立場を取り、またコーディネイターを差別しない、地球上において数少ない国家だった。だが、地球連合軍の侵攻に伴い、安住の地は失われ、彼らの多くがプラントにその行き場を求めた。
 そのプラントが、終戦協定締結後も、軍備の増強をしていることが、カガリの耳に入って来た。必要のない力は得ない・・・そう願うカガリは、どうしてもそんな流れを止めたいと思っていた。
 だが、それだけにとどまらず、この案件にはさらに複雑な要因があった。
 カガリの言葉を聞いても、デュランダルは顔色一つ変えない。アスランは、そんなデュランダルの様子を見つめ、そっと息を吐いたのだった。

***

 アスランとカガリはデュランダルに伴われて司令部を出た。突然、議長が工廠を案内しようと言いだしたのだ。周囲には格納庫が建ち並び、時折広い路面をMSが地響きを立てて横切る。アスランはカガリの後ろにピタリとついた。辺りは明日予定されている式典のためだろう、ひどくごったがえしていた。

 「姫は先の戦争でも、自らMSに乗って戦われた勇敢なお方だ。また最後まで圧力に屈せず、自国の理念を貫かれた“オーブの獅子”、ウズミ・ナラ・アスハ様の後継者でもいらっしゃる」

 父の名を出され、カガリの表情が翳る。あの日の、父の最期を思い出したのだろう。

 「・・・ならば、今のこの世界情勢の中、我々がどうあるべきかは、よくおわかりのことと思いますが・・・」
 「我らは自国の理念を守り抜く。それだけだ」
 「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない?」
 「そうだ」

 それは、かつてウズミが誓った理念だ。

 「それは我々もむろん、同じです。そうであれたら、一番よい。・・・だが、力なくば、それは叶わない」

 あくまで温和な態度は崩さず、デュランダルはそう言い切った。

 「・・・それは姫とて、いや、姫の方がよくおわかりでしょうに? だからこそ、オーブも軍備は整えていらっしゃるのでしょう?」
 「その“姫”というのは、やめていただけないか」

 デュランダルの言葉に反抗するように、カガリがぶっきらぼうに言い放つ。

 「これは失礼しました・・・アスハ代表」

 歩を進めながら、デュランダルは中断された話の続きを口にした。

 「・・・しかし、ならばなぜ? 何を怖がってらっしゃるのですか、あなたは? 大西洋連邦の圧力ですか? オーブが我々に条約違反の軍事供与をしている・・・と?」

 その言葉に、カガリの顔色が変わる。それが図星だったからだろう。

 「・・・だが、そんな事実はむろん、ない。かのオーブ戦の折り、難民となったオーブの同胞たちを、我らが温かく迎え入れたことはありましたが・・・その彼らがここで暮らすために、持てる技術を活かそうとするのは、仕方のないことではありませんか?」
 「だが! 強すぎる力はまた争いを呼ぶ!」

 キッとデュランダルを睨みつけ、カガリが叫ぶ。カガリは見て来たのだ。相手が持つから、こちらも持つ・・・そういう考えのもと、様々な兵器が生み出され、そしてジェネシスのような恐ろしい兵器が生まれたことを。

 「いいえ、姫。争いがなくならぬから、力が必要なのです」

 真っ直ぐに、カガリを見つめて言葉を返すデュランダルに、カガリは息を飲んだ。
 その時だった。工廠内に警報が鳴り響いたのは。

 「・・・なんだ?」

 周囲を見回す。サイレンは鳴りやまず、工廠内の兵士たちはにわかに緊迫した表情で事態を把握しようと動き始める。
 と、一棟の格納庫から、巨大な扉を貫いて数条のビームが放たれた。扉は吹っ飛ぶように溶け落ち、ビームの飛び込んだ向かいの格納庫で何かが誘爆する。

 「カガリ!」

 アスランは咄嗟にカガリを抱いて物陰に飛び込んだ。爆風がさっきまで彼らのいた道路を駆け抜けて行く。

 「何・・・っ!?」

 カガリが呆然とした様子で声をあげる。デュランダルも随員たちに守られて無事のようだ。
 慌てて辺りを見回すアスランの視界に、巨大なMSが姿を見せた。しかも三機・・・見覚えのあるシルエットは、今まで格納庫で見た量産型のMSとは明らかに違っていた。

 「あれは!」
 「ガンダム!?」

 アスランとカガリは、愕然と声をあげた。

***

 「姫をシェルターへ!」

 最初の衝撃から立ち直ると、デュランダルはまず随員にそう指示した。それに従って、1人の兵士が「こちらへ!」と先に立つ。アスランは呆然としているカガリの肩を抱き、素早く彼の後に続いた。

 「何としても押さえるんだ! ミネルバにも応援を頼め!」

 さすがにデュランダルはすぐさま落ち着きを取り戻すし、事態の収拾にかかっている。その声を聞きながら、アスランは走った。
 先導されてアスランとカガリは格納庫の間を走っていた。が、建物の陰を出たところで、アスランは足を止める。ほんの10数メートル先でMS同士が戦闘を繰り広げていた。緑色の新型機がビームサーベルを抜き放ち、ジンの機体を貫く。それを見てとったアスランは、カガリを引きずるようにして建物の陰へ跳び下がる。爆発が起こり、反応が遅れた先導の兵士が、あっという間に炎に飲まれる。

 「こっちだ!」

 案内人を失った今、アスランは出来るだけ戦闘区域から離れようとカガリを促して走る。だが、彼らの退路を阻むように、四足歩行の黒いMSが道路の向こうから躍り出た。
 そのMSを狙い、ザフトのMSが砲撃を行う。慌ててアスランはカガリの身体を抱きしめ、物陰に飛び込んだ。

 「なんで・・・!? なんで、こんな・・・!」

 アスランの腕の中で、カガリが悔しそうに言葉を吐き出す。
 幼なじみの少女が、守ろうとした少女。2年前、いなくなってしまった彼女に代わり、カガリを守ろうと決めた。それが彼女の願いなら、アスランは自身がその願いを叶えようと決めたのだ。
 アスランの視界に、路上に倒れたままの機体に入り込んだ。さきほど見た緑色の量産型MS・・・ザクだ。アスランは迷うことなく、カガリの腕を引いた。

 「来い!」

 ザクのコックピットは運よく開いていた。

 「乗るんだ!」
 「え・・・!?」

 戸惑うカガリを抱きあげ、アスランは開いたコックピットハッチから身をくぐらせる。素早くシートに着き、アスランは慣れた動作で機体を立ち上げ始めた。

 「お前・・・?」
 「こんなところで、君を死なせるわけにいくか!」

 先の大戦以来、MSに触れるのは久しぶりだ。幸い、ザクはどこにも損傷がなさそうだった。操縦系統も旧型とは異なっているものの、おおかた見当がつく。操れないことはないだろう。
 エンジンが滑らかな駆動音を伝え、モニターに光が入る。アスランは状況を掴むためにザクの身を起こさせた。胸の排気口から排気が噴き出し、機体の上に積もっていた瓦礫がバラバラと落下する。
 その音に気付いたのか、前方にいた黒いMSにその気配を気取られてしまった。
 しまった・・・と思った時には、もう遅い。黒いMSはビームライフルを構える。アスランは考える間もなく、レバーを操作しペダルを踏み込んでいた。

***

 聞こえてきた警報に、手を繋ぎながら歩いていた2人はハッと顔色を変えた。どうやら、デートどころではなくなってしまったらしい。

 「・・・シン!」
 「うん」

 緊張した面持ちで、シンがうなずく。確実に、よくないことが起ころうとしているのだ。

 「ミネルバへ急ぎましょう!」

 突然の警報に、慌てふためくザフトの兵士たちを掻い潜り、シンとは最新鋭艦“ミネルバ”へと急ぐ。そのミネルバの艦橋では、艦長であるタリア・グラディスが部下たちに指示を出しているところだった。

 「彼を出して!」
 「はい!」

 命令を受け、管制担当の少女が慌てて格納庫へと指示を出す。
 格納庫へ駆けこんできた緑色のつなぎを着た少女は、急いで1体のMSへと駆け寄った。

 『何事も起こらなければ・・・と思ったけれど、もう遅いよね』

 ギュッと胸元を握りしめ、そこに感じる硬い感触にホッとする。

 《インパルス、発進スタンバイ。パイロットはコアスプレンダーへ》

 聞こえてきた声に、我に返る。警報の原因は、奪取された三機の新型MSだという。まるで、あの時と同じだ。2年前の・・・ヘリオポリスで起きたザフトによるMS奪取事件・・・。

 「!」

 名前を呼ばれ、顔を動かせば見慣れないパイロットスーツに身を包んだ恋人が駆け寄って来て・・・は一つうなずくと、彼もうなずき、そのままコアスプレンダーに乗り込んだ。

 『どうかどうか・・・無事に帰ってきますように・・・!』

 ミネルバを飛び立った新型戦闘機を見送り、は拳を握り合わせ、胸の中で祈った。

***

 シンの視界に入って来た、黒いMSとそれと対峙する緑色のザク。ギリッと歯噛みし、シンは眼下の黒いMSを睨みつけた。
 もう二度と、大切な者を失いたくない。誰にも奪わせない。そう決めた。
 コアスプレンダーが、ミネルバから射出されたパーツと合体し、1機のMSへとその姿を変える。背中に背負った巨大な対艦刀を振りかざし、シンは黒いMSとザクの間に立ちはだかった。
 “インパルス”・・・その白い新型MSは、そういう名だ。
 そして、黒いMSは、友軍機となるはずだった“ガイア”。
 そのガイアを睨みつけ、シンはコックピットの中で憎しみをこめて叫んだ。

 「また戦争がしたいのか!? あんたたちはっ!!」