オーブの土地で、キラは静かに夜空を見つめていた。 少しずつ少しずつ、そして緩やかに私は罪を重ねた
哀しいほど静かに佇む 緑成す窓辺 美しい夜明けを ただ待っていられたら 綺麗な心で 暗い海と空の向こうに 争いの無い場所があるのと 教えてくれたのは誰 誰もが辿り着けない それとも誰かの心の中に》 「笑ってくれてかまわんよ」 あ然としてモニターを見つめていたアスランに、デュランダルが自嘲するように言った。 「君には無論、わかるだろう?」 「あ・・・」 その言葉に、アスランは再びモニターに目をやる。 このラクス・クラインは・・・やはり、偽者・・・。 「我ながらこざかしいことをと情けなくなるが・・・だが、しかたない。彼女の力は大きいのだ。私のなどより、はるかにね」 アスランは透き通った声で歌い続ける目の前のラクス・クラインを見つめた。歌声、歌い方までラクスそのものだ。 ラクス・クラインの人気は、戦後になってなお根強い。かつてのプラントの歌姫は、先の大戦で反戦を叫んだことにより、その評価を高め、カリスマ的人気を博していた。確かに、誰が訴えるより、ラクスの言葉の方を皆が聞くだろう。 だが・・・。 『こんなこと・・・が知ったら、どんなことになるか・・・』 がラクスをどれほど大切に思っているか、アスランもキラもカガリも、よく知っていた。そのラクスを、こんな形で偽者を作り出し、市民を騙そうとしているのだ。 「・・・バカなことをと思うがね。だが今、私には彼女の力が必要なのだよ。また、君の力も必要としているのと同じにね」 「私の・・・?」 アスランは呆気に取られ、そんな彼にデュランダルは微笑み、デスクを回ってドアに向かった。 「一緒に来てくれるかね?」 *** 執務室からエレベーターに乗り込み、案内された場所は、軍の施設のようだった。 数人のザフト兵が待ち受け、ゲートを開放すると、デュランダルは迷いも無く中へと入っていく。アスランもそれに続き・・・そこが格納庫であることに気づく。 そして、その格納庫にたたずむ一機のMSの前で、デュランダルは足を止めた。 「ZGMF−X23S“SAVIOUR”・・・性能は異なるが、例のカオス・ガイア・アビスとほぼ同時期に開発された機体だよ」 デュランダルは誇らしげに機体を見上げ、アスランを振り向く。 「この機体を君に託したい・・・と言ったら、君はどうするね?」 「・・・どういうことですか? また、私にザフトに戻れと?」 硬い口調で問い質すと、デュランダルは笑みを浮かべて首をかしげた。 「うーん・・・そういうことではないな。ただ、その言葉の通りだよ。君に託したい。・・・まぁ、手続き上の立場では、そうなるかもしれないが。今度のことに対する私の思いは、先ほど私のラクス・クラインが言っていた通りだ。だが相手・・・様々な人間、組織・・・そんなものの思惑が複雑に絡み合う中では、願うとおりに事を運ぶのも容易ではない・・・」 その通りだ。だからこそ、カガリも・・・オーブでその意見を通すことができず、悩んでいるのだ。 「だから、思いを同じくする人には、共に立ってもらいたいのだ。できることなら、戦争は避けたい。だが、だからと言って、銃も取らずに一方的に滅ぼされるわけにもいかない。そんな時のために、君にも力のある存在でいてほしいのだよ、私は」 「議長・・・」 力がなければ何も守れない・・・それは、あのミネルバ出会った少年と同じ意見だ。そして、守りたいものがあるから、力を得た彼の幼なじみと・・・。 だが、力持つものは、必ずや誰かを傷つける。アスランは、そのことに戸惑っているのだ。かつて、キラを殺そうとした時のように、再び誰かを傷つけるのではないだろうか・・・。 「先の戦争を体験し、父上のことで悩み、苦しんだ君なら、どんな状況になっても道を誤ることはないだろう」 デュランダルの言葉に、アスランはハッとして彼の顔を見返した。デュランダルの視線は、真っ直ぐに自分を見つめている。 「我らが誤った道を行こうとしたら、君もそれを正してくれ・・・。そうするにも力が必要だろう? ・・・残念ながら」 力ない者の言葉など、争いの中では誰も耳を貸さない。だから、争いがなくならないから、力が必要・・・デュランダルは、確かにそう言った。 それならば・・・自身も力を・・・そうすれば、守りたいものも守れるではないか・・・。 あの、心の底から愛している、彼の幼なじみの少女を・・・。 「急な話だ。すぐに心を決めてくれとは言わんよ」 デュランダルは、あくまで穏やかな声でそう言った。 「だが、君に出来ること・・・君が望むこと・・・それは君自身が、一番よく知っているはずだ。何を守りたいのかも、ね・・・」 自分を信頼しているその声の響きに、アスランはただ遠ざかるデュランダルの背中を見つめていた。 *** 宿泊先のホテルに送り届けられ、アスランは先ほどのことを考え込みながら、エントランスに足を踏み入れた。 「あ、アスラン!」 考え事をしながら歩いていたアスランは、聞こえてきた声に、驚いて顔をあげた。 「お帰りなさい! ずっと待ってましたのよ!!」 ラクスそっくりの少女は、そう声をあげて、ギュッとアスランに抱きついた。 「えっ・・・あ、君・・・あのっ」 アタフタと言葉を発するアスランに、少女はニッコリ笑い、そっと囁く。 「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、他の誰かがいるときは、“ラクス”って呼んでね?」 もはや、呆気に取られ、言葉も出ず・・・アスランは咄嗟に目を逸らした。だが、ミーアはそんなアスランに気づくことなく、腕を引っ張って歩き出した。 「ね、ご飯まだでしょう? まだよね? 一緒に食べましょ!!」 「ええっ!? いや、あの・・・」 強引に誘い、エレベーターの方へと歩き出すミーアに、アスランは戸惑ってしまう一方だ。 「アスランはラクスの婚約者でしょぉ?」 「いや、それはもう・・・」 すでに、無くなった話だ。先の大戦で、ラクス・クラインは反逆者の汚名を着せられ、その時点で二人の婚約は破談となっていた。もともと、アスランはラクスに恋愛感情は抱いておらず、ラクスの方もアスランのことは“良き友”と思っていたせいか、あまり戸惑いもなかったが・・・。それでも、彼女に喜んでもらおうと、何度も努力したことは事実だ。 そのことを知らないミーアは、ラクスになりきって未だに“アスランの婚約者”を演じているのだろう。 『ますます・・・こんな様をに見せられないな・・・』 レストランに着き、椅子に勧められるがまま座り、アスランはため息をついた。 「えっとぉ・・・アスランが好きなのは、お肉? それともお魚?」 VIPルームに通され、ミーアはメニューに目を通している。アスランは、窓の外にある夜景に目をやり・・・フト、目の前の少女に視線を移した。 その柔らかな面差し、可憐な表情、透き通った声・・・かつての婚約者、ラクス・クラインの様々な表情がアスランの脳裏によぎった。 花束を受け取り、微笑むラクス。ハロを見つめ、「とても気に入りました」と笑むラクス。壊されたステージの上で、静かに自分に向かって言葉を紡いだ凛々しい表情のラクス・・・。 「あ、そうだ。今日のあたしの演説、見てくれました?」 「えっ・・・」 思わず、見入っていたアスランは、ミーアのその言葉にハッと我に返った。 「どうでしたか? ちゃんと、似てましたか?」 ミーアのその姿は、ラクス・クラインそのものと言っても良かった。だが、アスランほど付き合いの長い者だと、そこに多少の違和感を覚えるが・・・画面の中の“歌姫”としてのラクスしか知らない者ならば、演技をしている最中の彼女を見れば、容易に騙されてしまうだろう。だが、そんなことを認めたくない。彼女は・・・ラクス・クラインは“アスランの最愛の少女”が大切にしている存在なのだから。 言葉を返さないアスランに、ミーアはシュンとしてしまう。 「ダメ・・・でしたか?」 「あ、いや、そんなことはない・・・けど」 女の子の泣き顔や、悲しそうな表情は苦手だ。アスランは、言葉を濁しながらも答える。 「え、ホントにっ!?」 途端に、ミーアは手に持っていたメニューを胸に抱きしめ、顔を輝かせた。 「あぁ、よく似てたよ。まぁ・・・ほとんど本物と・・・変わらないくらいに」 「やぁん! うれしいっ!! 良かったぁ・・・アスランにそう言ってもらえたら、あたしホントにぃ!」 ミーハーな少女のように、喜ぶミーアに、アスランはハァ・・・とため息をついた。 考えてみれば、にしろカガリにしろ、ラクス本人にしろ、アスランの周りにいる“女の子”は、どこか普通の女の子とは様子が違っていた。それは、戦場に身を置いていたせいもあるかもしれないが、アスランはあの身近な三人の少女たちが、綺麗な服に身を飾って、キャーキャー騒いでいる場面を見たことが無い。 それなりに、も小さい頃は可愛い洋服を着て、アスランやキラと出かけたことはあったが、それでも彼女はどこか落ち着いていて、大騒ぎをするということがなかった。 目の前の少女のテンションに、ハッキリ言ってついていけない部分があった・・・。 「あたしね、ホントはずぅ〜っと、ラクスさんのファンだったんですぅ」 運ばれてきた食事を口に運びながら、窓の外を見つめていたアスランに、ミーアが告げた。 「彼女の歌も好きで、よく歌っていて・・・その頃から、声は似てるって言われてたんですけど・・・そしたら、ある日、急に議長から呼ばれて・・・」 「それで、こんなことを?」 「ハイ! 今、君の力が必要だ・・・って、プラントのために。だからぁ・・・」 同じ事を、アスランも言われていた。不意に、視線を窓の外へ戻しながら、アスランは言う。 「・・・君の、じゃない。ラクスだ。必要なのは」 「そうですけどぉ・・・今は・・・ううん、今だけじゃないんですよね。ラクスさんはいつだって必要なんです。みんなに」 ミーアのその温かな声に、アスランは視線を目の前の少女に向けた。 「強くて、綺麗で、優しくて・・・」 ミーアはどこか憧憬の眼差しを、窓に映る自分の顔に向ける。 「・・・ミーアは別に、誰にも必要じゃないけど」 「あ・・・」 先ほどの言葉に、ミーアが傷ついただろうかと、アスランが口を開くが、ミーアはパッと表情を変え、熱心に訴えかけた。 「だから、今だけでもいいんです、あたしは。今、いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみなさんのためのお手伝いができたら、それだけでうれしい」 笑顔でそう告げるミーアに、アスランは少しだけ彼女に対する見方が変わった。彼女も彼女なりにプラントのことを思い、自分にできることをしようとしているのだ。 「アスランにも会えて、ホントにうれしい」 頬を染めて、本当にうれしそうに言う彼女に、アスランは戸惑った。 「アスランはラクスさんのこと、色々知ってるんでしょう? なら、教えて下さい。いつもはどんな風なのか、どんなことが好きなのか・・・えぇと、あと、苦手なものとかぁ、得意なものとか・・・」 ――― 名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら? ――― へぇ・・・ちょうど貴方たちの話をしていたところです、アスラン・ザラ。それに・・・・ ――― 確かに、無理な話ね。今は他国の民間人であるあなたに、そんな許可が出ると思って? ――― ホントは私たちみんな、あなたのことよ〜く知ってるわ ――― あなたもまた、戻るんですか? オーブへ・・・ ――― 人の心は脆いから・・・簡単に、思いは消えないから・・・ 様々な人の言葉が蘇る。愛しい少女の言葉に、アスランはギュッと口唇を噛み締めた。 ――― 君に出来ること、君が望むこと・・・それは、君自身が一番よく知っている デュランダルの声が、アスランの心を激しく揺する。 ――― 何を守りたいのかも、ね・・・ 守りたいもの・・・それは・・・昔から同じだったはずだ。ただ一つの存在・・・それだけだ・・・。 ――― アスランっ!! の笑顔を思い出し、アスランは静かに窓の外の夜景をジッと見つめていた。
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