オーブの土地で、キラは静かに夜空を見つめていた。

 「・・・キラ」

 穏やかな声に、キラが慌てて振り返る。ラクスがゆっくりと、こちらへ歩み寄ってきた。

 「どうかしましたか?」
 「いや・・・」

 キラが再び夜空を見上げる。ラクスは、そんなキラの後ろ姿を見つめ、静かに目を伏せる。

 「・・・のことを、思い出してましたの?」
 「・・・うん」
 「お元気そうで、良かったですわ。あの頃とは変わって、ずい分とお綺麗になってましたわね」
 「・・・うん」

 恐らく、あの時一緒にいた少年が・・・今の、の恋人・・・。

 「ねぇ・・・どうしたのぉ?」

 聞こえてきた子供の声に、キラとラクスが我に返って振り返る。
 目をこすりながら、一人の男の子が不思議そうにキラとラクスを見上げていた。

 「あらあら・・・起こしてしまいましたか」

 ラクスが男の子の近くにしゃがみ込み、そっと頭を撫でる。キラも微笑んでその子供を見つめた。フト、男の子が目をこすっていた指を、キラの背後の空へと向けた。

 「うっわぁ・・・すごい」
 「え?」

 振り返ったキラとラクスの目に飛び込んできたのは、不思議な色に光るいくつもの眩い光・・・それを、キラもラクスも、何度も目の前で見た。

 「あれは・・・」
 「核の光だ・・・
!!

少しずつ少しずつ、そして緩やかに私は罪を重ねた


 「そんな・・・まさかっ
!!

 ようやく、デュランダルと二人で向き合うことができたアスランは、告げられた言葉に、思わず声をあげた。彼によって、地球連合軍が核を使用したことを知らされたのだ。

 「・・・と、言いたいところだがね、私も。だが事実は事実だ」

 デュランダルはリモコンを操作して、壁面のモニターを点けた。そこにニュース映像が映し出され、アナウンサーが緊迫した声でニュースを読み上げている。

 《繰り返しお伝えいたします。昨日午後、大西洋連邦を始めとする地球連合各国は、我らプラントに対し宣戦を布告し、戦闘開始から約一時間後、ミサイルによる核攻撃を行いました・・・》

 アスランは食い入るようにその画面を見つめた。画面は、戦闘の様子を記録した録画映像に切り替わり、望遠で捉えたらしいMS戦のあと、核ミサイルを装備した地球軍のMS隊が映った。ウィンダムが放ったミサイルが全て、次の瞬間には白い光に包まれる。

 《・・・しかし、防衛に当たっていたザフト軍はデュランダル最高評議会議長指揮のもと、最終防衛ラインでこれを撃破・・・現在、地球軍は月基地へと撤退し、攻撃は停止していますが、情勢は未だに緊迫した空気をはらんでいます》

 地球軍の、この攻撃に、プラントの市民は黙っていない。デュランダルを責め立てる者もいた。

 「・・・君もかけたまえ、アレックス君」

 一人掛け用ソファーに座ったデュランダルが、彼の目の前に置かれているソファーを示し、声をかけた。

 「ひとまずは終わったことだ。落ち着いて」

 今だ呆然としたまま、アスランは勧められるままに彼の正面に腰を下ろした。

 「しかし・・・想定していなかったわけではないが、やはりショックなものだよ・・・。こうまで強引に開戦され、いきなり核まで撃たれるというのはね・・・。この状況で開戦するということ自体、常軌を逸しているというのに、そのうえこれでは・・・。これはもう、まともな戦争ではない」

 デュランダルのその言葉に、アスランもうなずいた。

 「・・・連合はいったん軍を退きはしたが、これで終わりにするとは思えんし・・・逆に今度はこちらが大騒ぎだ。防げたとはいえ、またいきなり核を撃たれたのだからね・・・」

 その言葉が、アスランの胸を突き刺す。彼の脳裏には、あの日・・・ユニウスセブンが核によって撃たれた記憶が蘇っていた。

 「問題はこれからだ・・・」
 「議長、あの・・・それで、プラントは・・・この攻撃・・・宣戦布告を受けて、今後・・・どうしていくおつもりなのでしょうか・・・?」

 どこか怯えたようなそのアスランの表情に、デュランダルは深々と息を吐き出した。

 「我々がこれに報復で応じれば、世界はまた泥沼の戦場となりかねない・・・。わかっているさ。むろん、私だってそんなことにはしたくない」

 デュランダルの言葉に、アスランは目の前の青年が自分と同じ思いを抱いていることに胸を撫で下ろすが・・・

 「・・・だが、事態を隠しておけるはずもなく、知れば市民は皆、怒りに燃えて叫ぶだろう・・・“許せない”と。それをどうしろと言う?」

 告げられたその言葉に、アスランは返す言葉もなくうなだれた。

 「今また、先の大戦のように進もうとする針を、どうすれば止められると言うんだね? すでに再び、我々は撃たれてしまったのだよ、核を」

 彼の言うことは、最もで・・・アスランだって、それは理解している。プラントの市民だって、当然納得できないだろう。

 「しかし・・・それでも、どうか! 議長・・・
!!

 アスランの記憶が蘇る・・・それは二年前、父の暴挙を止めようと、国防本部に乗り込んだこと・・・そして・・・親友の乗る機体と真正面から撃ち合い、死闘を繰り広げた時のこと・・・。

 「怒りと憎しみだけで、ただ撃ち合ってしまったらダメなんです! これで撃ち合ってしまったら・・・世界はまたあんな、何も得るもののない、戦うばかりのものになってしまう!」

 キラの友が乗っていた機体に、自分の投げたシールドが直撃し・・・爆破し・・・一晩だけ、敵だった最愛の少女と、無人島で出会ったあの夜の・・・彼女の涙を思い出す。
 あの時、彼女は何と言った? 何を自分に願った? 愛しい少女の涙が、アスランの胸にどれだけ強く響いた?

 ――― アスラン、お願い! もうやめてっ
!!
 ――― 撃ち合うことに、何の意味があるのっ!? キラと殺し合って、それで何が生まれるの!!?
 ――― 私は・・・アスランもキラも、失いたくないっ
!!!

 「・・・どうか・・・それだけは・・・」

 搾り出すように、喉の奥から言葉を発すれば、デュランダルは眉間に皺を寄せた。

 「アレックス君・・・」
 「オレは・・・オレは、アスラン・ザラですっ
!!!

 膝の上で拳を握りしめ、アスランが叫ぶ。

 「二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です! 父の言葉を正しいと信じ! 戦場を駆け、敵の命を奪い、友と殺し合い・・・間違いと気づいても何一つ止められず、全てを失って・・・!」

 キラを・・・幼なじみの親友を、この手で殺したと・・・あの時のカガリの言葉が蘇る。

 ――― 殺して殺されて、それで本当に最後は平和になるのかよっ
!!?

 敵だから・・・だから撃つしかないじゃないか!そう叫んだ自分に、カガリはどんな顔をしただろうか? 自分の愛した少女までもを敵にして・・・そうまでしたというのに、自分は何も変えられなかった。

 「・・・なのに! 未だそんな父の言葉に踊らされた人たちがっ・・・! そして、その結果がこんな・・・!」

 ギュッと拳を握りしめて言葉を続けるアスランに、デュランダルは穏やかに名前を呼ぶ。

 「もう、絶対に繰り返してはいけないんだ! あんな・・・
!!
 「アスラン!」

 デュランダルの強い口調で自分を呼ぶ声に、アスランはハッと我に返った。感情に任せて吐き出した言葉に、息が上がっていた。

 「・・・ユニウスセブンの犯人たちのことは、聞いている。シンの方からね・・・。君もまた、辛い目にあってしまったな・・・」
 「いえ、違います。オレはむしろ、知ってよかった。でなければオレはまた、何も知らないまま・・・」
 「いや、そうじゃないアスラン。君が彼らのことを気に病む必要はないんだ」

 低い声で、まるでアスランを宥めるかのように、デュランダルが言葉を発する。

 「君が父親であるザラ議長のことを、どうしても否定的に考えてしまうのは、仕方のないことなのかもしれないが・・・だが、ザラ議長とて、初めからああいう方だったわけではないだろう? 彼は確かに、少しやり方を間違えてしまったかもしれないが・・・。だが、それも皆、元はと言えばプラントを、我々を守り、よりよい世界を創ろうとしてのことだろう」
 「それは・・・まぁ・・・」
 「思いがあっても、結果として間違ってしまう人は沢山いる。また、その発せられた言葉が、聞く人にそのまま届くとも限らない。受け取る側もまた自分なりに、勝手に受け取るからね」
 「・・・議長・・・」
 「ユニウスセブンの犯人たちは、行き場のない自分たちの思いを正当化するために、ザラ議長の言葉を利用しただけだ。自分たちは間違っていない。なぜなら、ザラ議長もそう言っていただろう、とね」

 デュランダルの言葉は、今までアスランが思いつきもしなかったものだった。目を見開き、アスランは相手の言葉に聞き入る。

 「だから、君までそんなものに振り回されてしまってはいけない。彼らは彼ら、ザラ議長はザラ議長、そして・・・君は君だ。たとえ誰の息子であったとしてもね」

 きっと、自分は誰かにそう言ってほしかったんだ・・・デュランダルの言葉を聞き、アスランはそう思った。どこか、心が晴れるようだった。
 キラももカガリもラクスも、アスランの心の傷に恐れて、敢えてその部分に触れようとはしなかった。こんな風に、言ってくれた人はデュランダルが初めてだった。

 「そんなことを負い目に思ってはいけない。君自身にそんなものは何もないんだ。今こうして、再び起きかねない戦火を止めたいと、ここに来てくれたのが君だ。ならば、それだけでいい。一人で背負い込むのはやめなさい」

 優しい笑みを浮かべ、穏やかな声でそう告げるデュランダル。まるで、子供を宥める父親のような優しい態度だった。

 「だが、うれしいことだよ、アスラン。こうして君が来てくれたのがね」
 「いえ、あの・・・」
 「一人一人のそういう気持ちが、必ずや世界を救う。・・・夢想家と思われるかもしれないが、私はそう信じているよ。だから、そのためにも・・・我々は今を踏みこたえなければな・・・」

 そっと視線を逸らしたアスランの耳に、ニュース映像が途切れ、少女の声が飛び込んできた。

 《みなさん!》

 その少女の声に、アスランは閉じていた目を開き、執務室のモニターに映し出された映像を食い入るように見つめた。
 ピンクの長い髪をした・・・ラクス・クラインの姿がそこにあった。

 《わたくしは、ラクス・クラインです。みなさん、どうかお気持ちを静めて、わたくしの話を聞いてください》

 まるでラクスそのものだ。だが、どこか違和感を覚える。短い付き合いではない自分とラクスだ。しかも、今のラクスの衣装は、まるで今までの彼女と正反対だ。
 やたらと胸を強調し、際どい部分まで下げられたスカート・・・確実に、ラクスが絶対に着ないような衣装に身を包んでいる。

 《この度のユニウスセブンのこと、また、そこから派生した、昨日の地球連合からの宣戦布告、攻撃は実に悲しい出来事です。再び突然に核を撃たれ、驚き憤る気持ちは、わたくしもみなさんと同じです・・・。ですが、どうかみなさん、今はお気持ちを静めてください・・・》

 ピンクの髪を揺らし、少女が凛とした声で語りかける。先の大戦中、反逆者としてプラントに追われながら、ゲリラ放送によって呼びかけたときと同じように・・・。

 《怒りに駆られ、思いを叫べば。それはまた新たなる戦いを呼ぶものとなります》

 彼女は、ラクスではない。アスランは驚愕の眼差しをデュランダルに向けた。彼は、そんなアスランの視線を受け止め、苦笑を浮かべた。

 《最高評議会は最悪の事態を避けるべく、今も懸命に努力を続けています。ですからどうかみなさん、常に平和を愛し、今また、よりよき道を模索しようとしているみなさんの代表、最高評議会とデュランダル議長を、どうか信じて・・・今は落ち着いてください・・・》

 静かな音楽が流れ始める・・・。ラクス・クラインの歌だ。

水の中に夜が揺れてる
哀しいほど静かに佇む
緑成す窓辺
美しい夜明けを
ただ待っていられたら
綺麗な心で

暗い海と空の向こうに
争いの無い場所があるのと
教えてくれたのは誰
誰もが辿り着けない
それとも誰かの心の中に


 「笑ってくれてかまわんよ」

 あ然としてモニターを見つめていたアスランに、デュランダルが自嘲するように言った。

 「君には無論、わかるだろう?」
 「あ・・・」

 その言葉に、アスランは再びモニターに目をやる。
 このラクス・クラインは・・・やはり、偽者・・・。

 「我ながらこざかしいことをと情けなくなるが・・・だが、しかたない。彼女の力は大きいのだ。私のなどより、はるかにね」

 アスランは透き通った声で歌い続ける目の前のラクス・クラインを見つめた。歌声、歌い方までラクスそのものだ。
 ラクス・クラインの人気は、戦後になってなお根強い。かつてのプラントの歌姫は、先の大戦で反戦を叫んだことにより、その評価を高め、カリスマ的人気を博していた。確かに、誰が訴えるより、ラクスの言葉の方を皆が聞くだろう。
 だが・・・。

 『こんなこと・・・が知ったら、どんなことになるか・・・』

 がラクスをどれほど大切に思っているか、アスランもキラもカガリも、よく知っていた。そのラクスを、こんな形で偽者を作り出し、市民を騙そうとしているのだ。

 「・・・バカなことをと思うがね。だが今、私には彼女の力が必要なのだよ。また、君の力も必要としているのと同じにね」
 「私の・・・?」

 アスランは呆気に取られ、そんな彼にデュランダルは微笑み、デスクを回ってドアに向かった。

 「一緒に来てくれるかね?」

***

 執務室からエレベーターに乗り込み、案内された場所は、軍の施設のようだった。
 数人のザフト兵が待ち受け、ゲートを開放すると、デュランダルは迷いも無く中へと入っていく。アスランもそれに続き・・・そこが格納庫であることに気づく。
 そして、その格納庫にたたずむ一機の
MSの前で、デュランダルは足を止めた。

 「
ZGMFX23SSAVIOUR”・・・性能は異なるが、例のカオス・ガイア・アビスとほぼ同時期に開発された機体だよ」

 デュランダルは誇らしげに機体を見上げ、アスランを振り向く。

 「この機体を君に託したい・・・と言ったら、君はどうするね?」
 「・・・どういうことですか? また、私にザフトに戻れと?」

 硬い口調で問い質すと、デュランダルは笑みを浮かべて首をかしげた。

 「うーん・・・そういうことではないな。ただ、その言葉の通りだよ。君に託したい。・・・まぁ、手続き上の立場では、そうなるかもしれないが。今度のことに対する私の思いは、先ほど私のラクス・クラインが言っていた通りだ。だが相手・・・様々な人間、組織・・・そんなものの思惑が複雑に絡み合う中では、願うとおりに事を運ぶのも容易ではない・・・」

 その通りだ。だからこそ、カガリも・・・オーブでその意見を通すことができず、悩んでいるのだ。

 「だから、思いを同じくする人には、共に立ってもらいたいのだ。できることなら、戦争は避けたい。だが、だからと言って、銃も取らずに一方的に滅ぼされるわけにもいかない。そんな時のために、君にも力のある存在でいてほしいのだよ、私は」
 「議長・・・」

 力がなければ何も守れない・・・それは、あのミネルバ出会った少年と同じ意見だ。そして、守りたいものがあるから、力を得た彼の幼なじみと・・・。
 だが、力持つものは、必ずや誰かを傷つける。アスランは、そのことに戸惑っているのだ。かつて、キラを殺そうとした時のように、再び誰かを傷つけるのではないだろうか・・・。

 「先の戦争を体験し、父上のことで悩み、苦しんだ君なら、どんな状況になっても道を誤ることはないだろう」

 デュランダルの言葉に、アスランはハッとして彼の顔を見返した。デュランダルの視線は、真っ直ぐに自分を見つめている。

 「我らが誤った道を行こうとしたら、君もそれを正してくれ・・・。そうするにも力が必要だろう? ・・・残念ながら」

 力ない者の言葉など、争いの中では誰も耳を貸さない。だから、争いがなくならないから、力が必要・・・デュランダルは、確かにそう言った。
 それならば・・・自身も力を・・・そうすれば、守りたいものも守れるではないか・・・。
 あの、心の底から愛している、彼の幼なじみの少女を・・・。

 「急な話だ。すぐに心を決めてくれとは言わんよ」

 デュランダルは、あくまで穏やかな声でそう言った。

 「だが、君に出来ること・・・君が望むこと・・・それは君自身が、一番よく知っているはずだ。何を守りたいのかも、ね・・・」

 自分を信頼しているその声の響きに、アスランはただ遠ざかるデュランダルの背中を見つめていた。

***

 宿泊先のホテルに送り届けられ、アスランは先ほどのことを考え込みながら、エントランスに足を踏み入れた。

 「あ、アスラン!」

 考え事をしながら歩いていたアスランは、聞こえてきた声に、驚いて顔をあげた。

 「お帰りなさい! ずっと待ってましたのよ!!」

 ラクスそっくりの少女は、そう声をあげて、ギュッとアスランに抱きついた。

 「えっ・・・あ、君・・・あのっ」

 アタフタと言葉を発するアスランに、少女はニッコリ笑い、そっと囁く。

 「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、他の誰かがいるときは、“ラクス”って呼んでね?」

 もはや、呆気に取られ、言葉も出ず・・・アスランは咄嗟に目を逸らした。だが、ミーアはそんなアスランに気づくことなく、腕を引っ張って歩き出した。

 「ね、ご飯まだでしょう? まだよね? 一緒に食べましょ
!!
 「ええっ
!? いや、あの・・・」

 強引に誘い、エレベーターの方へと歩き出すミーアに、アスランは戸惑ってしまう一方だ。

 「アスランはラクスの婚約者でしょぉ?」
 「いや、それはもう・・・」

 すでに、無くなった話だ。先の大戦で、ラクス・クラインは反逆者の汚名を着せられ、その時点で二人の婚約は破談となっていた。もともと、アスランはラクスに恋愛感情は抱いておらず、ラクスの方もアスランのことは“良き友”と思っていたせいか、あまり戸惑いもなかったが・・・。それでも、彼女に喜んでもらおうと、何度も努力したことは事実だ。
 そのことを知らないミーアは、ラクスになりきって未だに“アスランの婚約者”を演じているのだろう。

 『ますます・・・こんな様をに見せられないな・・・』

 レストランに着き、椅子に勧められるがまま座り、アスランはため息をついた。

 「えっとぉ・・・アスランが好きなのは、お肉? それともお魚?」

 
VIPルームに通され、ミーアはメニューに目を通している。アスランは、窓の外にある夜景に目をやり・・・フト、目の前の少女に視線を移した。
 その柔らかな面差し、可憐な表情、透き通った声・・・かつての婚約者、ラクス・クラインの様々な表情がアスランの脳裏によぎった。
 花束を受け取り、微笑むラクス。ハロを見つめ、「とても気に入りました」と笑むラクス。壊されたステージの上で、静かに自分に向かって言葉を紡いだ凛々しい表情のラクス・・・。

 「あ、そうだ。今日のあたしの演説、見てくれました?」
 「えっ・・・」

 思わず、見入っていたアスランは、ミーアのその言葉にハッと我に返った。

 「どうでしたか? ちゃんと、似てましたか?」

 ミーアのその姿は、ラクス・クラインそのものと言っても良かった。だが、アスランほど付き合いの長い者だと、そこに多少の違和感を覚えるが・・・画面の中の“歌姫”としてのラクスしか知らない者ならば、演技をしている最中の彼女を見れば、容易に騙されてしまうだろう。だが、そんなことを認めたくない。彼女は・・・ラクス・クラインは“アスランの最愛の少女”が大切にしている存在なのだから。
 言葉を返さないアスランに、ミーアはシュンとしてしまう。

 「ダメ・・・でしたか?」
 「あ、いや、そんなことはない・・・けど」

 女の子の泣き顔や、悲しそうな表情は苦手だ。アスランは、言葉を濁しながらも答える。

 「え、ホントにっ
!?

 途端に、ミーアは手に持っていたメニューを胸に抱きしめ、顔を輝かせた。

 「あぁ、よく似てたよ。まぁ・・・ほとんど本物と・・・変わらないくらいに」
 「やぁん! うれしいっ
!! 良かったぁ・・・アスランにそう言ってもらえたら、あたしホントにぃ!」

 ミーハーな少女のように、喜ぶミーアに、アスランはハァ・・・とため息をついた。
 考えてみれば、にしろカガリにしろ、ラクス本人にしろ、アスランの周りにいる“女の子”は、どこか普通の女の子とは様子が違っていた。それは、戦場に身を置いていたせいもあるかもしれないが、アスランはあの身近な三人の少女たちが、綺麗な服に身を飾って、キャーキャー騒いでいる場面を見たことが無い。
 それなりに、も小さい頃は可愛い洋服を着て、アスランやキラと出かけたことはあったが、それでも彼女はどこか落ち着いていて、大騒ぎをするということがなかった。
 目の前の少女のテンションに、ハッキリ言ってついていけない部分があった・・・。

 「あたしね、ホントはずぅ〜っと、ラクスさんのファンだったんですぅ」

 運ばれてきた食事を口に運びながら、窓の外を見つめていたアスランに、ミーアが告げた。

 「彼女の歌も好きで、よく歌っていて・・・その頃から、声は似てるって言われてたんですけど・・・そしたら、ある日、急に議長から呼ばれて・・・」
 「それで、こんなことを?」
 「ハイ! 今、君の力が必要だ・・・って、プラントのために。だからぁ・・・」

 同じ事を、アスランも言われていた。不意に、視線を窓の外へ戻しながら、アスランは言う。

 「・・・君の、じゃない。ラクスだ。必要なのは」
 「そうですけどぉ・・・今は・・・ううん、今だけじゃないんですよね。ラクスさんはいつだって必要なんです。みんなに」

 ミーアのその温かな声に、アスランは視線を目の前の少女に向けた。

 「強くて、綺麗で、優しくて・・・」

 ミーアはどこか憧憬の眼差しを、窓に映る自分の顔に向ける。

 「・・・ミーアは別に、誰にも必要じゃないけど」
 「あ・・・」

 先ほどの言葉に、ミーアが傷ついただろうかと、アスランが口を開くが、ミーアはパッと表情を変え、熱心に訴えかけた。

 「だから、今だけでもいいんです、あたしは。今、いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみなさんのためのお手伝いができたら、それだけでうれしい」

 笑顔でそう告げるミーアに、アスランは少しだけ彼女に対する見方が変わった。彼女も彼女なりにプラントのことを思い、自分にできることをしようとしているのだ。

 「アスランにも会えて、ホントにうれしい」

 頬を染めて、本当にうれしそうに言う彼女に、アスランは戸惑った。

 「アスランはラクスさんのこと、色々知ってるんでしょう? なら、教えて下さい。いつもはどんな風なのか、どんなことが好きなのか・・・えぇと、あと、苦手なものとかぁ、得意なものとか・・・」

 ――― 名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら?

 ――― へぇ・・・ちょうど貴方たちの話をしていたところです、アスラン・ザラ。それに・・・

 ――― 確かに、無理な話ね。今は他国の民間人であるあなたに、そんな許可が出ると思って?

 ――― ホントは私たちみんな、あなたのことよ〜く知ってるわ

 ――― あなたもまた、戻るんですか? オーブへ・・・

 ――― 人の心は脆いから・・・簡単に、思いは消えないから・・・

 様々な人の言葉が蘇る。愛しい少女の言葉に、アスランはギュッと口唇を噛み締めた。

 ――― 君に出来ること、君が望むこと・・・それは、君自身が一番よく知っている

 デュランダルの声が、アスランの心を激しく揺する。

 ――― 何を守りたいのかも、ね・・・

 守りたいもの・・・それは・・・昔から同じだったはずだ。ただ一つの存在・・・それだけだ・・・。

 ――― アスランっ
!!

 の笑顔を思い出し、アスランは静かに窓の外の夜景をジッと見つめていた。