霊峰ホブスで出会った1人のモンク僧。
 セシルたちが向かおうとしている、ファブールのモンクだという。
 風のクリスタルを守るため、セシルたちはファブールへ急いだ。国には手練れのモンクのほとんどがいないのだという。

 「今度こそ・・・今度こそ、クリスタルを・・・」

 ダムシアンでは、あと一歩というところで、ゴルベーザによって奪われた。
 ミシディアのクリスタルは、セシルの手により、すでにバロン王の元。残るクリスタルは2つ・・・。

 「セシル、待って・・・!」

 気を急くセシルの背に、少女の声がかかる。振り返れば、セシルの想い人である が不安そうな表情で立っていた。

 「リディアが・・・」
 「あ・・・」

 焦り、足を動かす速さがいつもより早くなっていたことに、セシルは気づいていなかった。
 幼女であるリディアには酷だっただろう。今はヤンに抱っこされている。

 「すまない・・・」
 「ううん、大丈夫」
 「君は? どこか痛めたり・・・」
 「大丈夫よ。ローザは?」

  が親友の女性に声をかければ、彼女も笑顔で「大丈夫」と答えた。

 「すまない、みんな。だけど、急いでファブールへ向かわなければ・・・!」
 「わかってる。わかってるよ、セシル」

 焦るセシルに、 が柔らかく微笑んだ。セシルの好きな、彼女の優しい笑顔だ。

 「ヤン、もう少しだけリディアを抱っこしてもらっていても平気?」
 「もちろんです。リディアの重さなど、けして苦にはなりません」
 「ありがとう。戦闘の時は、私がヤンを援護するわね」

  はローザと同じ白魔道士だ。
 ローザが魔法を得意とするのに対し、 は弓の扱いに長けていた。その弓さばきは見事で、狙った獲物は逃さない。ヤンも安心して任せられるだろう。
 幾度目かの戦闘の後、傷ついた体を癒そうと、セシルは道具袋からポーションを取り出そうとした。その時、フッと影が落ちた。

 「私のケアルでよければ、治すけど?」
 「 ・・・。当然じゃないか」
 「ローザほど上手じゃないわよ?」
 「知ってるよ」
 「あ! ひどい・・・!」

 クスクスとセシルが笑い、 もつられるように笑った。兜を脱ぎ、フゥ・・・と一息。素顔のセシルに、 は一瞬見惚れて・・・すぐに我に返った。
 セシルの素顔なら、バロンにいた頃に何度も見ていたのに・・・改めて見ると、彼は綺麗な顔立ちをしている。
 肩まで届く、柔らかな銀糸の髪。風に揺られて、フワリとなびいた。

 「 ?」

 どうしたの? 小首をかしげるセシルに、 は再び我に返る。いけない。ついボーッと見つめてしまった。

 「僕の顔に、何かついてる?」
 「え!? う、ううん! そうじゃないの。その・・・綺麗な顔だな〜って。その兜、セシルの顔が見えなくて嫌いだけど、セシルの綺麗な顔を守ってくれてたなら、いいかな、って」
 「え?」
 「あ、ごめんなさい! 男の人に“綺麗”なんて・・・うれしくないわよね!」

 ワタワタと慌てる に、セシルはフッと微笑んで。そっと、その手が の頬に伸びてきた。
 籠手がはめられた手だというのに、その感覚はとても優しい。

 「僕は、 の方が綺麗だと思うよ」
 「えっ・・・!? う、ううん! 私なんか・・・!」
 「 の顔、好きだよ」
 「・・・えっと」

 「顔が好き」・・・なんだか微妙な言われ方をされてしまった。だが、「好き」と言われたことは事実だ。

 「あ、あの・・・セシル・・・わ、私・・・」
 「うん?」
 「私も、セシルのこと・・・」

 ギュッと目を閉じ、蚊の鳴くような声で告げた。
 「好き」と。
 だが、セシルは鈍感だ。それを親愛の情だと思ったのだろう。ニッコリ笑って「ありがとう」と言った。

 「さあ、もう少しでファブールだ。がんばろう」
 「う、うん・・・」

 通じなかった。いや、今はそれでいい。いつか、バロンに帰った時に、改めて告げよう。
 小休憩の後、一行は再びファブールへ向かった。やがて見えてきたのはファブール城。
 大陸の東端にある宗教国家。町自体が城の中にあり、四方を山と海に囲まれた強固な城である。いかにバロン軍とはいえ、そうやすやすと攻め込んでは来られないだろう。
 ヤンの案内で、国王の元へ。半信半疑だった王も、ギルバートの言葉に、城の守りを固めることにした。
 とはいえ・・・残っているのは、まだ年若い修行僧たち。セシルたちは協力することにした。もちろん、最初からそのつもりだったが。
  とローザとリディアは、白魔法が使えるということで、救護班だ。 は一緒に戦いたいと申し出たが、セシルに却下されてしまった。

 「セシル、私のこと信用してないのかしら」
 「そうじゃないでしょ。心配なのよ」

 ぶつくさ文句を言う に、ローザが優しく告げる。

 「戦いの最前線だもの。私だって、そんな所へ を連れて行きたいとは思わないわ」
 「でも、私だって、一緒に戦いたい」

 ギュッと拳を握り締める。その の拳に、ローザが優しく触れた。

 「ダメよ? あなたはすぐに無茶をするから」

 くぎを刺されてしまった。ローザだって、セシルたちが心配だろう。運び込まれてくるモンク僧たちの元へ戻り、ケアルを施す。
 わかっている。無茶をする性分なのも、行っても足手まといになることも。
 それでも・・・!

 「セシル・・・!!」

 弓を握り締め、 は救護室を飛び出した。
 場内を駆け、セシルの姿を探す。こういった場合、城の奥へと向かうものだろう。玉座の間を目指し、ようやくたどり着くも、誰もいない。
 と、玉座の間の奥へと繋がる扉を見つけた。もしや、そこに?

 「セシルっ!」

 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、床に倒れているセシルの姿。そして、その傍らにいた竜騎士。 が「カイン!?」と声をあげた。

 「カイン・・・これは、一体どういうこと!?」
 「お前には関係のないことだ」
 「カイン! セシルをこんな目に遭わせたのは、あなたなの?」

  の声に、カインが「くっ・・・」と小さく呻く。

 「何を迷っている、カイン」

 聞こえてきた男の声。 から見て左の位置に、巨大な体躯の男がいた。
 カインが頭を振り、クリスタルへ手を伸ばす。その手にクリスタルが収まった。

 「カインっ!」

  がカインの元へ駆け寄ろうとするも、その腕を巨体の男に掴まれた。
 セシルが「 ・・・っ!!」と呻く。「ゴルベーザ・・・その手を離せ・・・!」と呻くのを聞き、 はハッとする。こいつが、ゴルベーザ。

 「何するのっ! 離してっ!!」

 こいつがゴルベーザならば、戦わなければ。 は必死に手を振り払おうとするも、無駄な努力だ。

 「セシル、お前とはまた会いたい。その約束の証として、この娘はいただいていく」
 「くそっ! そんなこと・・・させるものかぁ!!」

 最後の力を振り絞るように、剣を持ち立ち上がったセシル。だが、その体にゴルベーザがファイラの魔法を放つ。

 「セシルっ!!」

  が悲鳴をあげ、ゴルベーザは低く嗤う。それでも尚、セシルは立ち上がる。

 「セシル・・・お願い、もうやめて・・・!」
 「渡す・・・ものか・・・っ! ゴルベーザっ! その手を離せっ!!」

 剣を握り締め、ゴルベーザに走り寄ろうとするも、その前にカインが立ち塞がり、セシルの太刀を槍で受け止めると、その体を蹴り飛ばした。

 「セシルっ!」
 「もういい、カイン。退くぞ」

  が必死にセシルへ手を伸ばす。届くはずのない手。セシルは未だ、立ち上がろうとしていて。

 「セシ・・・」

  の声がセシルの名を紡ぐ前に、ゴルベーザたちの姿は消えていた。

 「くそっ・・・!  ・・・!!」

 ダン!と床を叩く。悔しさで、拳が震えた。
 けして、許さない。ゴルベーザは、必ずこの手で・・・!
 セシルの胸に、激情が沸き起こった。ギリッと歯噛みし、ローザの「みんなっ!」という声を最後に、プツリと意識が途絶えた。