「セシル!」

 鍛錬を終えたばかりのセシルに、 は声をかけた。
 鎧兜を脱いでいるセシルは、動きやすい服装に素顔だ。ニッコリ笑った彼の顔がよくわかる。

 「お疲れさま、セシル」
 「ありがとう。 は何してたんだい?」
 「私は魔法の特訓。ね、今から時間ある? 剣の稽古つけてほしいな」
 「え? 今から? 疲れてるんじゃ・・・」
 「大丈夫よ! あ、でも、セシルが疲れているなら・・・」
 「僕は大丈夫さ」

 じゃあ、とセシルは来た道を戻った。隣を歩く は、うれしそうだ。

 「なんだか、ご機嫌だね」
 「ええ! だって、セシルに剣の稽古をつけてもらえるんだもの! “赤い翼”の隊長殿である、セシルに!」
 「大げさだな、 は」

 セシルがクスクスと笑えば、 は「大げさじゃないわよ!」と声をあげた。
  にとって、セシルは幼なじみであり、大切な人だ。その彼と、少しでも一緒にいたい。だが、彼はバロンが誇る“赤い翼”の隊長だ。なかなかこうして2人でいられないし、剣の稽古だってつけてもらえないのである。
 だから、今日は特別。いつまた出撃命令が出るか、わからないのだ。今のうちに、存分に甘えたい。
 甘える手段が剣の稽古というのも、おかしな話だが。

 「ハァ〜・・・疲れた!」

 小一時間ほど、セシルに付き合ってもらい、 は息を吐いて鍛錬場に置いてある長椅子に腰を下ろした。

 「お疲れ様。そこそこ形になってきたんじゃないかな」
 「そこそこ〜? うーん・・・セシル先生、厳しい」
 「でも、上達は早いと思うよ。魔法も勉強しているのに、剣もここまで扱えるなんて、すごいよ」
 「ありがとう。ねえ、今度実戦がしたいな。モンスター討伐に連れて行って?」
 「え・・・実戦かい?」

 途端、セシルの表情が曇る。あ、これはいい返事が聞けそうもない。

 「まだ実戦には早いんじゃないかな」

 ああ、やはり。
 セシルは少々過保護なのだ。 をまるで子供扱いだ。まあ、それは彼女がまだ未熟なせいなのだが。

 「あまり僕を心配させないでくれると、うれしいな」
 「セシル・・・。うん、わかった。ワガママは言わない」

 きっと、もう少し が剣も魔法もうまくなったら、連れて行ってくれるはずだ。それまでガマンしよう。

 「今日の鍛錬は、ここまでだね」
 「はい。ありがとうございました」

 立ち上がってペコリと頭を下げた に、セシルがクスッと笑う。 もつられるように笑った。

 「汗をかいたね。湯浴みをするだろう?」
 「ええ。セシルは部屋に戻るでしょ? それじゃあ・・・」
 「おいでよ、僕の部屋に」
 「え・・・」

 セシルは隊長ということもあり、部屋が広く、小さな台所と、浴室がついている。 のような集団部屋で生活している人間とは違う。浴室も交代制だ。そのため、セシルのお誘いは、ありがたいのだが。

 「? 何か不都合でもある?」
 「う、ううん! なんでもない!」

 小首をかしげるセシルに、 は慌てて首を振ったが・・・男の部屋に女1人で入るのに、少し抵抗があった。いつもは、ローザが一緒だったから・・・。
 だが、何を警戒しているのか。相手はセシルだ。人畜無害な好青年。その辺の兵士たちとは違う。
 西の塔の最上階に、セシルの部屋はある。疲れた体には、少し酷だが、仕方ない。城の状況が見えるように、ということらしい。

 「先に入ってきていいよ」

 剣を定位置にしまい、セシルが声をかける。 は小さく「うん」とうなずくと、ありがたく浴室を使わせてもらうことにした。
 浴室を出ると、セシルは書類のようなものに目を通していた。兵士たちからの報告書か何かだろう。

 「ありがとう、セシル」
 「うん。じゃあ、僕も入ろうかな」
 「あ、じゃあ私は部屋に戻ろうかな」
 「え? いいじゃないか。もう少しゆっくりしていきなよ。 の部屋じゃ、ゆっくりできないだろ?」

 う・・・と言葉に詰まる に、セシルは不思議そうだ。一体、何を警戒しているのか。
 だが、うまく説明できない。いや、ハッキリと言うのは憚られる。モゴモゴと口を動かす に首をかしげ、「もう少し、一緒にいたいんだ」と告げ、浴室へ入って行った。
 もう少し一緒にいたい・・・それは だって同じだ。セシルはいつ、遠征に駆り出されるか、わからないのだから。
 落ち着きなく、部屋の中をウロウロし・・・フト、机の上の書類が目に付く。兵士たちからのものかと思ったが、バロン王からのものだった。慌てて目をそらした。王からの書状を、 が勝手に見るわけにはいかない。しかし、気になってしまうと、人はなかなか好奇心に勝てない。

 「・・・クリスタル?」

 チラリと見えた言葉。書物や話で知っている。この世界には4つのクリスタルがあり、それぞれをダムシアン、ファブール、トロイア、そしてミシディアが守っていることを。
 と、浴室の方で物音がする。 は慌ててその場を離れた。盗み見していたなどと知られたくない。

 「よかった。まだいてくれた」
 「う、うん」

 セシルがうれしそうに言い、 に近づく。少し濡れたセシルの銀髪から、ポタリと雫が落ちた。

 「もう、ちゃんと髪の毛乾かさないと!」

  が呆れた口調でそう言い、タオルでセシルの髪を拭いてやる。その手をセシルが掴んだ。
 変わらない。小さな頃、繋いでいたセシルの手の温もりと。優しく触れるその手も。

 「 ・・・」

 そっと、セシルが顔を近づけてきて、2人の唇が重なる。セシルはそのまま、何度も にキスの雨を降らせた。

 「セシ・・・」

 息苦しくなり、 が両手でセシルの唇を塞ぐ。その手をセシルはどかしてしまい、再びキスの雨を降らせる。額に、瞼に、頬に、唇に。
 どんどんと、 の頭が痺れる。セシルから与えられる甘いキス。崩れ落ちそうな体を、必死で奮い立たせた。
 その の体を、セシルが抱きかかえる。そこで我に返る。まんまと流されてしまったが、この展開はマズイ。 が危惧した通りの展開だ。

 「セシル! ちょっと待って・・・!」

  の抗議の声を無視し、セシルが の体をベッドの上に横たえる。ああ、こんなに明るいうちに、そんなことにはならないだろうと思った自分が恨めしい。

 「 、好きだよ」
 「わ、私もセシルが好きよ? で、でも・・・」

 こうなることは、初めてではない。だが、いかんせん今はまだ外が明るい。こんな時間に、こんなこと・・・。
 だが、セシルの手は優しく の体を愛撫し始める。ここで抵抗をして、セシルに嫌われたりしたら・・・考えただけで恐ろしい。

 「あっ・・・!」

 セシルの手が の服の中へ滑り込む。柔らかな、艶やかな肌。その感触を楽しむかのように、セシルは の体をなぞる。やがて、セシルの手が の豊満な胸へとたどり着いた。
 年の割に大きな の胸。初めて彼に見られたのは、いつだったか。
 服をたくし上げられ、光の下で の胸があらわになる。 はギュッと目を閉じた。

 「怖い?」

 セシルが優しく尋ねる。 は小さく「恥ずかしい」と答えた。

 「僕にしがみつけばいい。何も恥ずかしいことなんてないよ」

 そうすれば、セシルの視界から の姿は消える。セシルの首に腕を回し、 はギュッと彼にしがみついた。
 セシルが を“女”に変えた。2人が恋人同士になったきっかけは何だったか。幼なじみだった2人は、当然のように、お互いを意識し、恋をして・・・。
  が過去に思いを馳せている間に、2人の体が何も身に着けておらず。セシルが の中へ入り込んできた。
 何度経験しても、慣れない痛み。それに目を閉じ、セシルの体にしがみつく。
 体を揺さぶられ、 の手が離れる。シーツの上へ投げ出された手に、セシルが指を絡ませた。

 「セシ・・・ルっ!」

 達する直前に、あげた声。セシルの絡んだ指に力がこもり・・・2人は同時に達した。
 息が整うと、 はカァ・・・と頬を染め、枕に顔を押し付けた。

 「 ? どうしたんだい?」
 「も、もう! セシルのバカ!」

 予想通りの展開に、 は声を荒げた。当のセシルは、首をかしげて。
 ああ、恥ずかしい。セシルに流された自分も自分だが。
 けれど、 の頭を撫でるセシルの手が優しかったから・・・ は少しだけ溜飲を下げるのだった。