兜で隠れて見えないが、その表情が曇っていることは、わかっている。
育ての親であるバロン王の命令とはいえ、罪もない人々を手にかけるなど・・・そんなことは、したくないに決まっている。
ありがたいことに「赤い翼」の一員になれたは、ここ最近沈みがちな隊長セシルを案じていた。
一隊員である自分に、一体何ができるのか。たかが知れている。それでも・・・。
「セシル隊長・・・!」
飛空艇を下りたセシルに、は声をかけた。振り返ったセシルの表情は、兜が邪魔してわからない。喜んでいるのか、怒っているのか、迷惑がっているのか。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「うん? 大丈夫だよ?」
見た目は恐ろしい暗黒騎士だけれど、素顔の彼は、そのギャップに驚くほどの、柔和な美青年だ。彼が声を荒げているところを、は見たことがない。
「けれど、少しお疲れのようです。休めていますか?」
「うん。心配かけてごめん」
「いえ、謝ってほしいのではありません」
「え?」
少々強い言葉で言えば、セシルは戸惑ったような声をあげた。
ああ、表情が見えないのがもどかしい。今すぐ、その兜を脱いでほしい。
「心配しているのです」
「うん。それはわかっているよ」
「・・・謝ってほしいわけではないのです」
ああ、このままでは堂々巡りだ。だが、セシルはの言いたいことをわかってくれたようだ。
「ありがとう、。心配してくれて」
「隊長・・・」
「君がいてくれて、とても頼もしいよ。いつも傍にいてくれる。感謝している」
「ありがたいお言葉です、隊長」
「君も無理はしないようにね」
「はい!」
セシルに敬礼をすると、彼はに背を向け、去って行った。
ああ・・・けれど、このままでいいのだろうか。バロン王の行動は、日に日に残虐性を強めている気がするのだ。
自分はセシルのために何もできないのか。見るからに悩み、心を痛めている彼のために。
このままでは、セシルは心も暗黒に捕らわれてしまうかもしれない。
「次はミシディアへ向かえ。水のクリスタルを奪取せよとの命令だ」
近衛兵長ベイガンの言葉に、セシルは一言了承の返事をした。
はその命令に目を丸くした。クリスタルというものが何かは知らないが、奪取しろとは・・・。譲り受けることができないことをわかっているということか。
そこまでしなければならない理由はなんだ。セシルは恩があるとはいえ、そこまでしなければならないのか。
「・・・隊長」
ベイガンが立ち去ってから、その場に残っていたセシルに、は声をかけた。
今のセシルは鎧兜を脱ぎ、素顔だ。表情の変化もわかる。カインのようなポーカーフェイスでは難しいが、セシルはそこまで無表情ではない。
「ああ、。今度はミシディアだ。準備を整えておいてほしい」
「隊長は、よろしんですか?」
「うん? 何がだい?」
「私は・・・バロン王の考えがわかりません。こんな、略奪や殺戮を繰り返すなんて・・・」
「シッ」
セシルが口に人差し指を当て、周りの様子を窺う。フゥと息を吐き、困ったような笑みを浮かべた。
「、誰かに聞かれでもしたら大変だよ。国王への暴言だ」
「あ・・・申し訳ありません。そうしたら、隊長にまでご迷惑を・・・」
「僕のことは気にしないでいいんだ。君のことが心配だ」
「え・・・?」
は目を丸くするが、「ああ」と思い当たる。彼は部下思いのいい人だ。心配するのは当然である。
こっちへ・・・と言われ、はセシルと共に兵士の詰所へ行く。兵士たちが立ち上がり、敬礼をした。セシルは「みんな、ご苦労様」と温和な笑みを浮かべた。
「そろそろ訓練の時間です」と言われ、セシルはうん、とうなずいた。
「先に行っててくれ。僕もすぐに行く」
「はい!」
セシルの言葉に、兵士たちが詰所を出て行く。もそれに続こうとしたが、「」セシルに呼び止められた。
「君は、いつも僕を気にかけてくれるね」
「え・・・!? あ、部下が隊長を気にかけるのは当然です!」
「そうか。本来は上司である僕が部下を気にかけるものなんだろうね」
「隊長は、十分に私たちをきにかけて下さってますよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
セシルがフッと微笑むので、もつられるように笑った。
ゆっくりとした動作で、セシルは椅子の背もたれに後ろから寄りかかった。テーブルにぶつかった椅子がガツンと音を立てる。
「・・・」
「はい」
「手を貸してほしい」
「え? 当然です。言われなくても・・・」
至極、真面目には答えたというのに、セシルがクスクスと笑った。
「・・・隊長?」
「すまない。言い方が悪かったかな。手を、差し出してほしい」
「はい」
そっと手を差し出せば、セシルが手招き。なんだろう?と思いつつ、近づく。手は差し出したまま。
セシルとの距離が縮まる。触れ合える距離。セシルの手が、の手を捕まえた。
ドキッとした。セシルの温かい大きな手が、ギュッとの手を握り締める。
「僕は、暗黒騎士だ。その力と引き換えに、人々に恐れられている。普通に接してくれるのは、ほんの一握りだ」
「そんなこと・・・!」
「だけど、守りたいものがある」
の声を遮って、セシルが言葉を続けた。は口を噤む。
「いつか・・・守らせてくれるかい?」
「え!? わ、私・・・ですか??」
「うん」
カァ・・・と一気に頬に熱が集まった。いつか、なんて。今だって、守られているというのに。
「いつか・・・僕が暗黒騎士じゃなくなった時に・・・」
「隊長・・・」
「“隊長”から“セシル”になった時に」
ニッコリと、セシルが柔らかな笑みを浮かべた。
「・・・いつか、きっと」
「うん?」
がつぶやくと、セシルが小首をかしげた。
「願ってます。そうなることを」
「・・・うん」
微笑み合って、ギュッと手を握り合った。
「さあ、訓練に行こうか」
「はい!」
その約束は、そう遠くない未来。
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