ドリーム小説

 「〜! それ、こっちに持ってきてくれる?」
 「は、はい・・・!!」

 指示されたものを持ち、先輩侍女のもとへ向かう途中、足がもつれ、つんのめった。
 積まれていたお椀が床に散らばり、「ああ・・・!」と声をあげるに、先輩侍女は「またか・・・」と呆れた表情を浮かべた。

 「まったく・・・あんたは、いつまでたっても相変わらずね」
 「ご、ごめんなさい!」

 汚してしまった床を拭き、は必死に謝罪する。だが、先輩侍女はため息をついた。

 「あんたの“ごめんなさい”は、もう聞き飽きたわよ」
 「う・・・」
 「ほら、ここはいいから、タクミ様の部屋の掃除へ行きな」
 「はい・・・」

 またやってしまった。どうしてこう、自分はおっちょこちょいなのか。「あーあ・・・」とつぶやき、は掃除用具を持ち、白夜の第三王子であるタクミの部屋へ向かった。

 「失礼します」

 声をかけ、襖を開ける。部屋の主は、そこにいなかった。
 水に濡らした雑巾を絞り、窓を拭く。掃除の手順は覚えている。万が一、水桶を蹴って倒してしまわないよう、廊下に出しておくのも忘れない。畳の上に水をこぼしたら、大変なことになる。
 毎日繰り返す行為。窓を拭き、埃をはたき、畳をから拭き。

 「フゥ〜! 綺麗になったかな」
 「毎日ご苦労様」
 「わっ!」

 一息ついた瞬間、聞こえてきた声に、はビクッと肩を震わせ、振り返った。
 風神弓を手にした部屋の主が、そこに立っていた。慌てて姿勢を正し、頭を下げた。
 過去に何度かタクミと遭遇したことはあるが、はタクミが少々苦手であった。
 他の白夜のきょうだいと違い、タクミは少々とっつきにくい。ぶっきらぼうなのだ。

 「あ、ありがとうございます!」
 「いつも掃除してくれてるのは、君?」
 「えっと・・・そうだったり、そうでなかったり・・・」
 「フーン」

 タクミが部屋の中に入って来る。ちょうど掃除も終わったし、ここは出て行くべきだろう。

 「し、失礼しました!」

 部屋を出て行こうと、一歩踏み出した先が悪かった。そこは、ちょうどが畳を拭いていたところだった。つまり、使っていた雑巾が落ちていた。
 慌てていたは、それに気づかず、踏んづけて・・・ツルっと滑った。

 「うわわっ!」

 前には壁があった。やわらかい壁。ボスンとぶつかる。いや、待てよ。やわらかい壁ってなんだ?
 そーっと顔を離せば、目に飛び込んできたのは着物。サァ・・・と顔から血の気が引く。

 「きゃああ! も、申し訳ありません、タクミ様っ!!」

 あろうことか、タクミの胸に飛び込んでしまったのだ。悲鳴をあげ、パッとタクミから離れた。

 「大丈夫?」
 「は、はい・・・! 以後気をつけます!」
 「・・・もしかして、侍女の間で有名なおっちょこちょいの侍女って、あんた?」
 「う・・・お、恐らく・・・」

 王族の間でも有名な話なのか。は少しだけ気落ちする。

 「僕は、あんたみたいなドジな侍女を知ってるよ」
 「え? どなたですか?」
 「カムイ兄さんの奥さん」
 「え! フェリシア王妃ですか!?」

 透魔王国の王妃であるフェリシアが、かつてはドジなメイドとして有名だったという。
 そうか・・・王妃フェリシア様も・・・なんとなく、ホッとしてしまう。

 「・・・そこで親近感湧かないでくれる?」
 「え!? そ、そんなことは・・・!」

 思わず後ずさり、首をブンブンと振り、後ずさった瞬間に再び雑巾を踏んだ。

 「キャア!」

 後ろに倒れそうになったの手を、咄嗟にタクミが掴み、引き寄せる。ドサッと、の体がタクミの胸に飛び込んだ。
 ドクンと心臓が高鳴る。今度はタクミだと認識しているのだ。さっきと違う。

 「まったく・・・以後気をつけるんじゃなかったわけ?」
 「は、はい! ごめんなさい!」

 スッとタクミがから離れる。は勢いよく頭を下げ、雑巾を拾い上げると、タクミの部屋を出た。

 『うわぁ! うわぁ! ど、どうしよう!!』

 顔が熱い。頬を手で押さえ、高鳴る心臓を必死になだめる。

 『鎮まれ・・・鎮まれ、私の心臓!!』

 ギュッと目を閉じ、自分に言い聞かせた。

 「、何してるの! 次の仕事は?」
 「は、はいっ!!」

 水桶を持ち、慌ててその場を離れた。
 さっきのことは、忘れよう。ただの事故なのだから。この胸の高鳴りはなんでもないと、自分に言い聞かせながら。