その日は、朝からお祭りだった。
 白夜王国の第一王子であるリョウマが、国王として即位したのだ。戦時中、王のいなかった白夜国にとって、これほどうれしいことはない。
  は、賑わう町の様子を店先から眺めていた。楽しそうな子供たちの笑い声に、 も自然と笑みがこぼれる。

 「 、今日は店を閉めるから、お前も祭りを楽しんでくるといい」
 「いいの? お父さん」
 「ああ、行ってこい」

 父の言葉に「ありがとう」と答え、 は店を出た。
 さて、どうしようか。オボロを誘いたいが、彼女がどこにいるか、わからない。一人で祭りを歩いてみるか。町の人たちに声をかけて歩くのも悪くないかもしれない。

 「あ! タクミ様!」

 背後からそんな声がして、 は振り返った。確かに、そこにいたのはタクミだ。 を見て、優しく微笑んでくれた。

 「タクミ様・・・!」
 「やあ、 。会いに来たんだ」
 「え?」
 「一緒に祭りを見に行こう」

 タクミのその提案に、 は目を丸くする。まさか、タクミが一人で来るとは。

 「カムイ様やヒノカ様たちは、いいのですか?」
 「兄さんたちとは、さっきまで一緒だったんだ。今は、みんな好きな人と出て歩いてる」

 好きな人・・・なるほど。伴侶がいるという話は聞いたことがある。末の姫サクラは、まだそういった相手がいないようだが、友人であるカザハナと一緒なのだろう。そうでなければ、タクミはサクラと一緒のはずだ。

 「あ、もしかして先約があった? オボロとか」
 「いえ。一人で回ろうかと思っていたところです。タクミ様が声をかけて下さって、よかった」
 「なんだ。だったら僕のところへ来てくれればよかったのに」

 クスッとタクミが笑う。まさか、王子相手にそんなことは・・・!と慌てる に、タクミはさらに笑みを濃くした。

 「それじゃ、行こうか」
 「はい」

 タクミと並んで歩き出そうとした時だ。店の中から両親が顔を出した。

 「タ、タクミ様!」
 「やあ、こんにちは」
 「こ、こんにちは。って、そうではなく! いつも娘がお世話に・・・」
 「世話なんて、そんなつもりはないよ」
 「え?」

 あっさりと言ってのけたタクミに、 の父は目を丸くする。

 「僕と は対等な立場だからね。お世話をしているつもりはないよ。逆に、僕が世話になってるくらいだ」

  の父が一瞬、呆気に取られ、次いで深々と頭を下げた。そんな父に、タクミは「そんなにかしこまらないでくれ」と苦笑した。
 かつてのタクミからは、それは想像出来なかった。以前のタクミは、なかなか人に心を開かず、近しい者にしか優しい言葉をかけなかった。
 恐らく、先の戦争で、この王子も成長したということなのだろう。

 「じゃあ、 をお借りするよ」
 「は、はいっ! 娘をよろしくお願いします!」

 再び深々と頭を下げ、嫁に出す父親のような言葉を発する父に苦笑し、タクミは に「行こうか」と声をかけた。

 「父上、驚いていたね」
 「はい。まさかタクミ様がいらっしゃるなんて、思いもしなかったんだと思います」
 「そうか。まだきちんと挨拶をしていなかったね。今度、改めて挨拶に伺うよ」
 「そんな、挨拶だなんて」

 そんな風に考えなくてもいいのに・・・と、 は思った。
 タクミと並んで歩くと、町の人たちが頭を下げて来る。白夜の王族は、気さくな人たちで、よくこうして城下に来ているようだった。
 話しながら歩いていると、次第にタクミの口数が減ってくる。疲れたのだろうか?

 「タクミ様?」

 名前を呼んだ瞬間、 の指先に、タクミの指先が微かに触れ、慌ててタクミは手を離した。

 「あ、ご、ごめん!!」
 「いえ。どうかしましたか?」
 「いや・・・」

 なんでもない、と言いつつも、タクミの様子はおかしい。もしや、と思い当たる。

 「タクミ様、あの」
 「うん?」
 「手を、繋いでもいいですか?」
 「え!?」

  のそのお願いに、タクミは目を丸くする。タクミが手を繋ごうとしていたことを、 は気づいていた。
 照れ屋で、なかなか自分の気持ちを伝えられないタクミに代わり、 が行動したということだ。

 「嫌、ですか?」
 「嫌だなんて、そんなこと・・・!」

 そっと、 がタクミの指先に触れると、タクミがおずおずと の手を握ってきた。

 「い、行こう」
 「はい!」

 うれしそうな の笑顔に、タクミも安心したように微笑んだのだった。