白夜王国の第三王子。“風神弓”の使い手。容姿端麗。私が知ってるタクミ様の情報は、その程度だった。
 女王ミコト様の死をきっかけに本格化した暗夜との戦。私は無謀にもそれについて行くことにした。
 カムイ様は何の力も持たない私を快く迎え入れて下さった。その気持ちに報いたいと思った。
 途中でヒノカ王女とも合流し、リョウマ王子とタクミ王子の救援へ向かおうとしていた時だ。
 私たちの前に、タクミ様が現れたのは。
 だが、どこかおかしいその姿。近づいたヒノカ様に向かって弓を射、私たちを騒然とさせた。タクミ様を相手に戦うことなど出来ない・・・と逡巡していると、アクア様が進み出て。その美しい歌声で、タクミ様を救って下さった。
 フウマ公国を制圧し、星界へと戻り、しばしの休息。

 「 〜!」
 「え? あ、オボロさん」

 駆け寄って来たのは、タクミ様の臣下であり、槍術士のオボロさんだ。私に声をかけてくるなんて、めずらしい。
 私みたいな一兵卒に声をかけてくれるのは、ノスフェラトゥに村を滅ぼされてしまった、モズメくらいだと思った。

 「私のことは“オボロ”でいいわよ。私だって、あなたのこと“ ”って呼んでるんだから」
 「けれど、私はオボロさんと違って、一兵卒ですから」
 「そんなこと気にしないでいいのよ」

 優しくて気さくな人だ。その厚意に甘えることにした。年もそう変わらないし。

 「あ、それでね。 、タクミ様を見かけなかった?」
 「タクミ様? いいえ。私は見かけてないけど」
 「そっか・・・。ね、 。タクミ様のこと、誤解しないでね? この前のは、操られていただけだから。本当はすごくお優しい方だから!」
 「ええ、わかってます。大丈夫」
 「うん。それならいいんだけど。ごめんね、疑ったりして。じゃあ、私はもう少しタクミ様を探してみるから」
 「ええ」

 オボロが離れて行く。私は踵を返し、この星界の端にある門へと向かった。あそこから見える景色が好きなのだ。
 そして、フトさっきのオボロの言葉を思い出す。「タクミ様はすごくお優しい方だから」。それは本当に知っている。
 けれど、タクミ様は白夜軍に加わってから様子がおかしい。あまり皆と一緒にいたがらない。距離を取っているようだ。
 あんなことがあったのだから、当然なのかもしれないけど・・・ヒノカ様やサクラ様に対してもそうだなんて。
 私には、どうすることも出来ない。わかっている。けれど。

 「あ」

 思わず声が洩れた。目的の場所に着くと、そこには先客がいた。
 高い位置で結われた銀の髪、真っ直ぐに前を見据える瞳。憧れの人がそこにいた。

 「タクミ様」
 「!」

 私が声をかけると、タクミ様はビクッと肩を震わせた。いけない。驚かせてしまった。

 「も、申し訳ありません! いきなり声をかけたりして、失礼いたしました!」
 「いや、いいよ。何か用?」
 「あ、えっと・・・オボロが探してました。何かご用がおありみたいで」
 「フーン」

 そう小さくつぶやくと、タクミ様は視線を前に戻した。
 あれ? それだけ?? オボロのところへ行かないのかな?

 「何? まだ僕に何か用?」
 「えっ!? あ、えっと・・・」

 いけない。用もないのに突っ立ってちゃ駄目だよね。でも、ここで立ち去りたくもない。えーい!!

 「タ、タクミ様! よろしかったら、私めに弓を教えていただけませんか!?」

 うわ! 言っちゃった! あぁ〜! で、でももう後には引けない。
 タクミ様を見れば、明らかに不機嫌で。これは失敗しただろうか?

 「君、弓使いなの?」
 「はい!」
 「フーン。それで弓を教えてくれって? なんで僕が・・・。セツナにでも頼みなよ」

 セツナさんは、ヒノカ様の臣下である女性だ。私やタクミ様と同じ弓使いである。
 確かに同性だし、それがいいのかもしれない。けど・・・。

 「タクミ様がいいんです!」

 食い下がってそう言い、失礼ながらもタクミ様に詰め寄った。タクミ様が私の勢いに気圧される。

 「タクミ様の技術を、教えていただきたいんです! 私、まだ見習いで、弓の扱いも下手ですけど・・・ヒノカ様やカムイ様、サクラ様のお力になりたくて・・・」
 「・・・わかったよ。ただ、僕だって暇じゃないんだ。手が空いた時じゃないと見てやれないよ」
 「はい! それで構いません!」

 嘘みたいだ・・・タクミ様が私に弓を教えて下さるなんて。
 ニコニコ笑う私とは対照的に、タクミ様は呆れ顔。だけど、それでもいい。
 こうして、同じ空の下に一緒にいられるだけでなく、弓の手ほどきもしてもらえるようなんて、夢のようだ。

 「よろしくお願いします、タクミ様!」
 「そんなに気は進まないけどね」

 それでもいい。少しでもタクミ様が1人でいる時間が減れば。
 私がタクミ様の力になれれば、なんて図々しいことは言わない。だけど、傍にいさせてください。