暗夜との戦争が終結し、数日が経った。
戦場にもなったシラサギ城は、今も復興中であり、王族の臣下たちもその仕事に追われていた。
もその1人であった。リョウマの幼なじみとはいえ、彼女は王城兵士の1人だ。特別扱いはされたくない。自ら進んで手伝っている。
そろそろ、陽も沈む。今日の分の作業は終わりだ。疲れた体で、自室へ戻ろうとし、横顔を照らす夕陽の存在に気付いた。思えば、こんな風に自然の景色を見ることも、しばらくしていなかった。
体は疲労を訴え、休息を求めているが、はその景色から目が離せなかった。
「?」
しばらく、そうして夕日に見惚れていると、背後から名を呼ばれた。振り返って微笑む。幼なじみの実弟であるタクミだ。
彼にニコリと微笑めば、笑みを返される。猜疑心の強い子だが、根は優しい、いい子だ。
「何しているんだ?」
「夕陽を見ていたのよ」
「夕陽? へぇ・・・。僕もご一緒しても?」
「ええ、もちろん」
タクミがゆっくりとに歩み寄り、同じように外を眺めた。地平線へ沈みゆく太陽は、本日の役目を果たし、静かに眠りにつく。
「空気が澄んでいるから、とても綺麗ね」
「うん」
しばらく、そうしてお互い無言で夕陽を見つめていたが、タクミはフト隣を盗みを見る。
漆黒の髪は夕日に照らされ、キラキラ輝き、同じく黒い瞳は細められ、うっとりとした表情で沈みゆく夕陽を見つめていた。
綺麗だ・・・と、そう思った。常時から美しい女性だが、今この瞬間の彼女もひどく美しい。
と、がタクミの方を向いた。ニコリと微笑まれ、ドキッとする。
「とても綺麗ね。あ、タクミの髪の毛も、夕日に照らされて、とても素敵ね」
は手を伸ばし、タクミの前髪にそっと触れ、指で梳く。サラサラと指の隙間をこぼれる銀の髪。
この弟も同然の少年が、にとって特別な存在になったのは、いつからだっただろうか?
「? どうかした?」
ジッとタクミを見つめると、彼が不思議そうに首をかしげた。は微笑み、首を横に振る。途端、タクミはムッとした表情をした。
「なんでもないって? 人のことジッと見てたのに?」
「・・・タクミのこと、いつから好きになったんだろうってね」
「そうだね。僕もそれは知りたいよ」
「本当。不思議ね」
まるで他人事なに、タクミは少しだけ不機嫌顔になる。タクミとしては、このなんともフワフワして掴みどころのない女性を、少しでも知りたいと思っているのだ。
「そんな顔しないの」
タクミの顔を見やり、眉間に皺の寄ったその表情に、は苦笑する。本当に、この少年は感情が表に出やすい。
「」
「なに?」
「・・・明日も明後日も、その次の日も、僕と一緒に夕陽を見てくれる?」
「ええ、いいわよ」
ニッコリ微笑んでそう答えれば、タクミが安心した表情を浮かべた。
「タクミ」
「え?」
夕日に視線を戻したタクミの名を呼ぶ。不思議そうに声のした方を向いて・・・その唇にやわらかい何かが触れた。
「・・・・・・」
突然の接吻に、タクミはあ然としている。その表情がおかしくて、はクスクスと笑みをこぼした。
「ぼ、僕のことをからかったな!」
「そんなことないわよ」
「いや、そんなことある! ずるいぞ、! 大人げないぞ!」
顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげても、可愛いだけで迫力がないのに・・・と、は心の中でそう思った。もちろん、そんなことはおくびにも出さず、は「じゃあね」と手を振り、タクミの前から離れた。
「・・・まったく」
遠ざかるの背中を見つめ、そっと先程彼女の唇と触れた己のそれに触れた。
まるで恋に恋する乙女のようだ・・・と独りごち、タクミもその場を離れる。
今日も明日も明後日も。
君と、ずっと一緒にいられたら。
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