ドリーム小説
フト、空を見上げる。綺麗な青い空だ。当たり前だ。ここは白夜王国なのだから。明けない夜が来ない暗夜とは違う。
町の人々は、皆笑顔で、行き交う人々を呼び止める店の人間も笑顔だ。
その町の人々を見ながら、タクミはフフッと笑んだ。こうして、白夜の人たちが幸せなのは、ミコト女王のおかげだ。ミコト女王がいる限り、この平和は壊されはしない。
子供たちが笑い声をあげながら、タクミの横を走り抜けて行く。子供たちだって幸せそうだ。
変わらない。そうだ、ずっと変わらない。この平和はずっと・・・。
それなのに、なぜだろう。嫌な予感が頭から離れないのは。
今も冷戦状態にある暗夜。だが、本当にこのままでいられるのだろうか? 嫌な予感は、これが原因なのでは?
「タクミ様」
その嫌な思考を遮らせるような、優しい声。すぐに顔が綻ぶ。振り返って、相手を認めて微笑んだ。
「やあ、」
「こんにちは」
心優しい少女は、今日も優しい笑み浮かべていた。手には籠。そこからいくつかの根野菜が見える。買い物帰りなのだろう。
少女はゆっくりと歩み寄り、タクミと人一人分ほど空けて立ち止まる。この距離が少しもどかしい。
だが、そんなことはおくびにも出さず、笑顔でと接する。
「買い物?」
「はい。母に頼まれて。タクミ様はお散歩ですか?」
「うん」
行き交う人々の邪魔にならないよう、二人は歩き出す。自然と目指すはの家だ。
通り過ぎる人たちは、皆ゆったりとした足取りで。子供と手を繋ぐ親は、笑顔で献立の話をしている。若い娘たちは、年頃の少女らしく恋の話や甘味の話で盛り上がっていた。
そういえば・・・このという少女は、あまり年頃の少女らしくオボロと騒いだりしないな、と思った。
タクミの臣下であるオボロは、確かに稽古や兵士の指導等、やることはあるのだが、タクミは率先して休みを取るように言っている。オボロもタクミに「と会ってきます」と報告してくることだってある。
そうだ。二人は親友なのに、その二人が一緒にいるところを、タクミはほとんど見ていないのだ。
と、一人の兵士がタクミの前から走ってやって来る。いや、あれはヒナタだ。
「タクミ様っ! 失礼します!」
「ああ、ヒナタ・・・どうしたの?」
「リョウマ様がお呼びです。城へお戻りください」
「兄さんが? ああ、わかった。すぐ戻るよ」
「・・・すみません、邪魔してしまって」
申し訳なさそうなヒナタに、苦笑を浮かべ「先に行ってて」と告げる。ヒナタは「はい」と返事をし、元来た道を戻って行った。
「リョウマ様がお呼びですって。タクミ様、早く戻らないと」
「うん。でもを家まで送らせてよ」
「そんな・・・」
「迷惑?」
尋ねれば、はブンブンと首を横に振った。タクミはそんな彼女にクスッと微笑む。
の家までを歩きながら、タクミは小さくつぶやいた。
「近い将来、暗夜との戦争が激化しそうな気がするんだ」
「え? で、でも、ミコト女王がいらっしゃるのに・・・」
「・・・そうだよね。母上がいるのに、そんなことになるはずないよね」
少し無理したような笑み。は首をかしげた。なぜ、タクミはこんな表情をするのか。何を不安になる必要があるのか・・・。
ゆっくり歩きながら、の家へ向かう。二人の心など知らず、町の人々は明るく賑やかだ。
少しだけ、空気の重い二人になど、誰も気づかない。
「あ・・・タクミ様、ここまででいいです」
の家が見え始めたところで、がそう言って、タクミを振り返った。
「リョウマ様のところへ、行ってください。また、お会い出来たら」
「・・・うん」
「それでは」
少しだけ、納得のいってなさそうなタクミに、は頭を下げ、その場を駆け去った。
タクミは、なぜあんなことを言ったのだろう? この今の平和が壊れるなどと。何を不安に思っているのか。
家に帰り、自室に入ると、オボロからもらった反物が目に入った。オボロの実家にあったものだという。今は必要ないから、もらってくれと言われた物だ。
その反物に触れ、は「うん」とうなずいた。すぐに作業に取り掛かる。こういう時、器用でよかったな、と思う。
王子であるタクミに、そう軽々と会えるものではないが、にはオボロという親友がいる。めったに頼ることはないので、少しくらいはいいだろう。
「タクミ様、が来ています」
「え・・・?」
弓の稽古をしていたタクミが驚いた様子で振り返った。そのタクミに、はペコリと頭を下げる。
「じゃあ、私はこれで」とオボロが二人の傍を離れて行く。
「どうしたんだ? 」
「あの・・・タクミ様、これを」
胸元から、が小さなお守りを取り出し、タクミに差し出した。
「え? お守り?」
「はい。手作りなので、格好は悪いですけど・・・。あ、迷惑でしたら、捨ててしまって構いません」
「そんなことしないよ。ありがとう、」
の手からお守りを受け取り、タクミはギュッとそれを握り締めた。
タクミが優しく微笑む。その微笑みが優しすぎて、はキュッと唇を噛んだ。この優しい人が、戦に出る時が来るかもしれない。そんなこと、望みはしない。タクミには、平和な世界で優しく微笑んでいてほしい。
「? どこか苦しいのか?」
険しい表情をしていたに、タクミが心配そうに声をかけた。は「いいえ」と首を横に振る。
「・・・タクミ様」
「うん?」
名前を呼べば、タクミはいつだって笑顔をくれる。年相応の、少年の笑顔を。
ああ、私はこの人を慕っている。この人の隣に立ちたいと思っている。まざまざとそう思わされた。
「・・・タクミ様、私はこれで失礼しますね」
「ああ、送るよ」
「いいえ、一人で大丈夫です」
「僕がそうしたいんだ。そうさせてくれ」
そんな風に言われたら、うなずくしかなくて・・・。いつものように、タクミと二人並び、家路を歩いた。
「、これありがとう」
別れ際、タクミはそう言って先ほどのお守りを取り出した。はニッコリと微笑む。
「大事にするよ。のことだと思って」
「タクミ様・・・」
胸が苦しくなる。こんなにも愛しいなんて。「それじゃ」と言い、タクミが背を向け、去って行く。その姿を、は静かに見送った。
恐れ多い気持ちだとは自覚している。それでも・・・それでも、はタクミへの気持ちを押さえることができなくなっていた。
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