白夜城下にある武器問屋の店先を、は箒で掃いていた。これは、彼女の日課である。
 白夜は今日もいい天気だ。思わず笑みがこぼれ、はキョロキョロと辺りを見やり・・・親友の少女が見知らぬ少年と歩いて来るのを発見した。

 「!」
 「オボロ。いらっしゃい」

 オボロが笑顔で手を振って来る。も小さく手を振り返した。
 王城兵士であるオボロが、こうして会いに来てくれることは、めずらしいことではなかった。
 2人が近づいて来るにつれ、オボロと一緒にいた少年の姿が認識でき、は驚愕に目を丸くした。

 「タクミ王子!?」

 少年は、この白夜王国の第二王子・タクミだったのだ。慌てては姿勢を正した。まさか、なぜこんな所にタクミ王子がいるのか。

 「私、タクミ様の臣下になったのよ」
 「え? す、すっご~い!! でも、さすがオボロね。槍の腕は一流だものね」
 「まあね。あ、タクミ様、私の親友のです」
 「初めまして、タクミ王子」
 「・・・初めまして」

 つっけんどんなタクミの様子に、少しだけ気遅れする。タクミは先ほどから、けしての方を見ようとしない。

 「タクミ王子、お忙しいみたいですので、ご用があるのでしたら、そちらを優先して下さいね」
 「え?」

 の言葉に、タクミがようやくこちらを見た。目が合い、ニッコリ微笑むと、フイッと目を逸らされた。

 「オボロ、僕は弓の訓練があるから、もう行くよ」
 「はい。お付き合いいただいてありがとうございます」
 「ゆっくりしておいで」

 それじゃ、と言い残し、タクミは2人の傍を離れ、王城向かって歩き出した。その後ろ姿を、は静かに見送った。
 そんなの様子に、オボロがフフッと笑う。

 「びっくりした? 私がタクミ様の臣下になって」
 「そりゃ、びっくりするよ・・・。まさか、王子の臣下になってるなんて」
 「えへへ。の驚いた顔が見たくてね~」
 「もう、オボロったら」

 呆れた声でそう言えば、オボロは嬉しそうに笑った。悪戯が成功した、というところか。

 「時間、あるの? お茶でもどう?」
 「うん。タクミ様は、ゆっくりしてこいって言ってたでしょ?」
 「あ、そうだね。どうぞ、入って」
 「お邪魔しま~す」

 それから、年頃の少女2人は、お茶を飲みながら、話に花を咲かせたのだった。
 そして、そんな出会いから数日後。は、偶然町中で書物を眺めていたタクミに遭遇した。
 声をかけようか迷う。先日、タクミはほとんどを見ていなかった。自分のことなど、覚えていないかもしれない。図々しい娘だと思われたくない。
 と、タクミが書物を置き、本屋の主人に声をかけると、体の向きをこちらに変え、歩き出した。

 「あ」

 目が合った。タクミが一瞬、表情を変える。何かを考えているような顔だ。
 やがて、うんとうなずき、タクミがの方へ近づいてきた。

 「やあ。オボロの友達だったよね」
 「え? あ、はい!」

 驚いた。タクミから声をかけてくるとは。しかも、自分のことを覚えている。微笑みすら浮かべていた。

 「この前は失礼したね。どうも人付き合いは苦手で」
 「いえ、気になさらないで下さい。お忙しいのに、顔を見せて下さって、ありがとうございました」
 「オボロが、評判のいい武器問屋を知っていると言うから、ついて行ったら、いきなり君を紹介されたんで、少し戸惑ってしまった」
 「そうだったんですか・・・。もう、オボロったら」

 タクミに店を紹介してくれたのか・・・。王子であるタクミが贔屓にしてくれるなら、店の評判も上がるかもしれない。そんな浅ましい考えに至ってしまい、は慌てて首を横に振った。

 「どうしたの?」
 「え!?」
 「いきなり頭振るから・・・何かあった?」
 「あ・・・いえ! なんでも・・・!!」

 ああ、何をしているのか。王子の御前だ。はしたない態度を取ったら、評判に傷がつく。

 「店に行ってもいいかい?」
 「はい! もちろんです」

 ああ、なんて偶然だろう。もう会うことはないだろうと思っていたタクミと、こんな風に再会できるとは。しかも、店にも来てくれると言う。両親はどんな顔をするだろうか?
 ドキドキする。タクミが隣を歩き、色々なことを尋ねて来る。その姿を眺める町人たち。なんだかひどく、くすぐったくて・・・嬉しかった。
 感じたことのない気持ち。この気持ちの正体に気づくのは、もう少し後のこと。