ホブス山を越えて東へ・・・。ファブールへの道のりは、思ったよりも長かった。
 途中、夜になったため、テントで休むことになった。先を急ぐ旅だが、女性たちのことを考えると仕方ない。

 「・・・

 食事の仕度をしていると、不意に背後から名前を呼ばれた。振り返らなくてもわかる。ローザだ。

 「ローザ? どうしたの?」

 笑みを浮かべて尋ねるも、ローザの表情は硬い。どうかしただろうか? は首をかしげた。

 「・・・後で、話があるの」
 「? うん」

 やはり表情の硬いローザに首をかしげ、は仕度に戻った。
 お嬢様育ちのローザは、食事を作るなどといったことは出来ず、もっぱら作る担当はだ。セシルやリディアもそれを手伝ってくれる。
 が作った食事を取り、仲間たちが休む準備を始めた頃、ローザが再びを呼んだ。
 セシルたちからそれほど離れず・・・だが、会話は聞こえないだろう位置まで歩いた。

 「ローザ? どうしたの?」

 一体、彼女の表情の硬さは、なんなのか。心当たりのないは、いつもと変わらぬ調子で声をかけた。ローザがクルリと振り返り、を睨みつけるように見やった。

 「は・・・セシルを好きなの?」

 問われたその言葉に、は目を丸くした。突然、何を言い出すのか。の口角が引きつったように上がった。

 「そうでしょう? 追いかけて、セシルと一緒に危険な旅に出るなんて・・・。セシルの迷惑も考えずに・・・!」
 「それは・・・」
 「いいわ、言い訳なんてしなくても。ただ、私はセシルが好き。私はと違って、セシルの役に立てるもの。この白魔法で、彼を助けてみせるわ」
 「・・・・・・」
 「何も反論しないの?」
 「・・・私は・・・セシルのこと、そういう目で見てないし、ローザとセシルのこと、応援してるわ」
 「信じられないわ! そんなの」

 ローザが強い口調でそう言い放つ。は戸惑うばかりだ。
 確かに、はセシルに惹かれている。だが、セシルと恋人になりたい、といった、そういう想いはないのだ。ローザとセシルの仲を応援しているというのは、本音だ。

 「お願い、ローザ・・・。変なふうに勘繰らないで?」

 ローザは黙り込み、そのままの横を通り、テントの方へ戻って行った。

***

 翌日。ファブールへの道を歩きながら、は昨夜のローザの言葉を思い出していた。
 あんな風にはっきりと、「セシルが好き」と言われるとは思っていなかった。しかも、確実に自分を敵視していた。ローザを大切に思っていたからしたら、ショックな出来事だ。

 「おねえちゃん・・・」

 聞こえてきたリディアの、不安そうな声に、我に返る。慌てて笑顔をリディアに向けた。

 「どうしたの?」
 「ううん、なんでもない。ちょっと考え事してただけよ」

 とは言っても、モンスターが襲ってくるこの状況で、考え事をするのは危険なのだが。
 ようやくファブールの城が見えてくる。ゴルベーザの手にかかる前に、なんとしてもファブールを救わなければ・・・自然と歩く速度もあがる。

 「あれがファブール城です。急ぎましょう!」

 見えてきた城の姿に、一同は歩を進めた。
 襲い掛かるモンスターがわずらわしい。セシルとヤンが先陣を切り、リディアとローザ、ギルバートが援護する。
 も剣を持ち、斬りかかり、そのまま魔法も叩き込む。独自で編み出した戦法だ。赤魔道士ならではの戦い方だろう。
 戦闘の後、リディアのために少し休み、再びファブール城を目指す。
 バロンほどではないが大きな城。城門には見張りのモンク僧が立っており、ヤンの姿を見ると、急いで城門を開けてくれた。

 「国王に会ってくだされ」
 「はい・・・」

 協力を得るのには、国王の許可がいるだろう。6人は玉座の間に向かう。その途中、そこにいたモンク僧たちが目を丸くしている。何せ、暗黒騎士に赤魔道士に白魔道士、幼女という変わった顔ぶれである。一体、何事かと思われたことだろう。

 「陛下、モンク僧長ヤン、ただいま戻りました」
 「おお・・・! ヤンよ、戻ったか」

 ヤンの姿にファブール王が顔を輝かせる。城の守りについていたのは、若いモンク僧たちだと聞いた。どこか不安だったのだろう。

 「陛下・・・ゴルベーザなる者が、バロンを動かし、我が国のクリスタルを奪いにきます!」
 「まことか!?」
 「この方たちはそれを知らせに来てくれたのです」

 ヤンがセシルたちをファブール王に紹介すると、王は怪訝な表情を浮かべた。

 「その方たちは何者じゃ?」
 「ファブール王、時間がありません。早く守りを固めないと!」
 「しかしその姿、そなたはバロンの暗黒騎士じゃな? バロンの者の言葉を信じてよいものか・・・」
 「王よ! 信頼できる方たちです! 私が襲われていたところを助太刀して・・・」

 ヤンの説得も、どこか疑うような表情だ。
 と、スッ・・・とギルバートが前へ進み出た。

 「お久しぶりです、ファブール王」
 「これは、ギルバート王子!」

 あ・・・とが声をあげる。そうだ、彼はダムシアンの王子だ。他国の王と面識があっても不思議ではない。ようやく、ファブール王の表情が和らいだ。

 「我が国ダムシアンも、ゴルベーザに襲われ、クリスタルを奪われたのです。父も母も・・・恋人も失いました! このファブールをダムシアンの二の舞にされるおつもりですか!」
 「すまぬ! まことじゃったか!」

 ギルバートの言葉に、ようやくファブール王はセシルたちの言葉を信じたようだ。深く玉座に座り、目を閉じて思案した。

 「だが、主力のモンク隊もなしに・・・そなたらも力を貸してはくれぬか」

 ファブール王の視線が、セシルたちに向けられる。それを見て、ヤンが大きくうなずいた。

 「この方たちは素晴らしい腕をお持ちです! 私と共に最前線についていただきます!」
 「お主がそこまで言うのなら、そなたらに賭けてみよう! 娘たちは救護の任についてもらおう」
 「はい・・・!」
 「わかりました」

 ファブール王の言葉に、とローザが答えた。ケアルの使えるたち3人が救護にまわるのは最適だろう。それに、彼女たちを最前線に送り込むわけにはいかない。熾烈な戦いとなるであろう戦場だ。

 「頼むぞ、ヤン!」
 「はッ! では、セシル殿、ギルバート殿」
 「ああ・・・!」

 ヤンの言葉にうなずき、セシルが玉座の間を出て行こうとする。

 「セシル!」

 咄嗟に、ローザがセシルを呼び止めた。その声に、セシルがローザを振り返る。

 「気をつけてね・・・」
 「ああ・・・君も。、リディア、君たちも気をつけて」
 「うん」

 玉座の間を出て行ったセシルたちの背中を見送り、ローザはギュッと両手を握り合わせ、祈りを捧げた。

 「ローザ、救護室へ行きましょう」
 「・・・ええ」

 心配そうなローザの様子に、は心がざわついた。
 だって、セシルたちが心配だ。だが、同じように彼らを信じている。それに、自分がセシルたちと共に戦っても、足手まといになるのはわかっていた。
 だが、次々と運び込まれてくる若いモンク僧たちに不安にもなる。ケアルの魔法をかけながら、ローザをチラッと見やれば、彼女はケアルの上級魔法であるケアルラを使っていた。
 ハァ・・・とため息がこぼれる。果たして、自分はセシルの役に立っているのか・・・何度も思ったその考えが再び頭を過ぎってしまう。
 今のバロンにいるよりは、一緒にいてくれた方が安心だと言ってくれた。確かにその通りだろう。
 どれほどの人数が救護室に運ばれてきただろうか? だが、セシルやギルバート、ヤンの姿はない。未だ戦っているのだろう。
 と・・・突然ローザが立ち上がる。どうかしたのか?と首をかしげるの前で、ローザが走り出し、救護室を飛び出して行ってしまった。

 「ローザ!? どこへ行くの!?」

 慌てても追いかけ、リディアもを追いかけてくる。

 「リディアは残りなさい!」
 「いや!」

 の言葉を突っぱね、リディアが必死にを追いかけてくる。しばし逡巡したのち、はリディアの手を引いてローザの後を追いかけた。
 ローザが向かっているのは、玉座の奥だ。まるで何かに導かれるようにそこへ向かっていく。
 キラキラと輝く部屋・・・そこにたどり着いた時、目に映ったのは・・・床に倒れるセシルと、その前に立つ1人の竜騎士。見覚えのあるその姿。

 「カイン・・・!?」

 が咄嗟に名前を呼べば、カインが振り返る。その傍に、見覚えのない黒い甲冑の大きな男が立っていた。身長はゆうに2メートルは超えているだろう。けして小さくないカインよりも、さらに大きく、またその黒い甲冑が男を大きく、恐ろしく見せていた。

 「カイン・・・あなた・・・」
 「う・・・ううっ! 俺を・・・見るな!」
 「何を血迷っているのだ、カイン」

 頭を押さえ苦しむカインに、甲冑の男が低い声でつぶやいた。迷いを見せていたカインが、ハッと我に返ったように姿勢を正す。

 「ゴ・・・ゴルベーザ・・・!」

 ギルバートが苦々しくつぶやく。あの甲冑の男がゴルベーザ・・・。

 「貴様が、ゴルベーザ・・・!」

 呻き声をあげながら、セシルが顔を上げる。ゴルベーザがゆっくりと、立ち尽くすセシルに近づいた。

 「お前がセシルか。会えたばかりで残念だが、これが私の挨拶だ!」

 ゴルベーザの手に闇が集まる。セシルはクッと歯を食いしばった。

 「セシル!」
 「させるものか!」

 ヤンとギルバートが咄嗟にセシルの前へ出る。その2人目がけ、ゴルベーザは闇の波動を放った。2人の体は、いとも簡単に弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。

 「ヤン! ギル!」

 が声をあげる。倒れた2人を見やり、ゴルベーザは鼻で笑った。

 「虫ケラに用はない! カイン・・・遊びはその辺にして、クリスタルを手に入れるのだ」
 「はッ!」

 カインがツカツカとクリスタルへ歩み寄り、手を伸ばす。その時だ。

 「ゴルベーザ!」

 が叫び、腰の剣を抜き、ゴルベーザに斬りかかる。が、その剣はゴルベーザの小手に阻まれ、届くことはなく・・・ゴルベーザはそのまま右手をなぎ払った。
 の小さな体が吹っ飛び、壁に叩きつけられ、動かなくなった。

 「小娘が・・・生意気な真似を・・・」

 ゴルベーザが小さくつぶやく。カインはその手にクリスタルを持ち、ゴルベーザの元へ戻ってきた。

 「やめて、カイン!」

 ローザがカインの前に立ちはだかると、カインは一歩後ずさった。カインにとって、ローザは愛する女性だ。彼女の声は、何よりもカインの心を揺さぶる。

 「さ・・・下がるんだ・・・ローザ・・・!」

 セシルが必死に声をあげると、ゴルベーザは鼻でフッと笑った。

 「ほう、そんなにこの女が大事か。ならば、この女は預かっていこう。お前とは、ぜひまた会いたい。その約束の証としてな」
 「キャ・・・」

 ゴルベーザがローザに手をかざすと、ローザの意識がフッと途絶え、小さな体がゴルベーザの腕の中へ倒れこんだ。

 「行くぞ、カイン!」

 ゴルベーザがローザの体を抱え、クリスタルルームを出て行く。カインが足を止め、セシルを振り返った。

 「命拾いしたな。セシル!」
 「ま・・・て! くっ・・・」

 追いかけようにも、体が動かない。
 事の成り行きを見守ることしか出来なかったリディアが、ようやく我に返り、慌ててケアルを唱えた。

 「だいじょうぶ?」
 「ありがとう、リディア」

 ギルバートの礼に「ううん」とリディアが首を横に振り、傍らのセシルが立ち上がる。フラフラした足取りでにそれでも走り寄った。

 「・・・!」

 抱き起こして体を揺する。リディアもに駆け寄り、再びケアルを唱えた。

 「う・・・」
 「・・・!」

 呻き声をあげたに、セシルがホッと息をついた。リディアも「よかった・・・」とつぶやく。

 「とにかく、殿をベッドへ・・・!」
 「ああ・・・」

 の体を抱きかかえ、セシルはヤンの後に続いてクリスタルルームを出た。