ダムシアンの東に、ホブス山がある。ファブールに向かうには、その山を越えて行かなければならない。
ホバー船でホブスの山へ向かう途中、ローザがを見やり、尋ねてきた。
「は、いつセシルに追いついたの? 私、すぐにセシルたちを追いかけたけど、あなたには追いつけなかった」
「あ・・・私は、セシルたちと一緒に行ったの。朝、2人を待ち伏せしてね」
「・・・そうなの?」
ローザは目を丸くする。まさか、待ち伏せして一緒について行ったなど、予想もしなかっただろう。
自分の腕に自信があるのならまだしも、は見習い赤魔道士だ。足手まといになるとわかっていて、ついて行くなど・・・。
「セシルには反対されたけど、カインが賛成してくれて・・・。あ、カインのことは聞いた?」
「・・・ええ。ミストの大地震で行方知れずになったそうね」
「うん・・・。無事だといいけど・・・」
と、リディアがの手を握ってきた。どうかしたのか・・・?と視線を向ける。表情が強張っていた。
ああ・・・と思い当たる。彼女にとって、あの時の出来事はトラウマになっているのだ。あの日のことを思い出し、恐怖が蘇ったのだろう。
小さなリディアの肩を抱きしめ、は「大丈夫」とつぶやいた。
***
ホブスの山に到着し、5人はホバー船を下りる。そこで、ギルバートが「あ・・・」と声をあげた。
「そうだ・・・ファブールへ向かう途中の山道は、厚い氷で塞がれているんだ」
「大丈夫よ、私がファイアの魔法を使えるし、リディアだって・・・」
「・・・あたし、つかえない」
「え?」
リディアの言葉に、は目を丸くする。そうこうするうちに、氷の壁が見えてきた。
「リディア・・・? 黒魔法の基礎は使えるはずでしょ? どうして・・・」
「どうしたの? リディア」
ローザがしゃがみ込み、リディアの顔を覗き込む。リディアはフイ、と顔を横に逸らした。
「大丈夫よ、リディア。ファイアを唱えるだけでいいの」
「・・・いや」
「え?」
「ほのおはいや!」
ギュッと目を閉じ、叫んだリディアにセシルとがハッとなる。
「そうか・・・あのボムの指輪の炎でミストは・・・」
「そうよね。リディアから全てを奪ったのは炎だわ。ごめん、リディア。ここはやっぱり私が・・・」
「いいえ」
の言葉を突っぱねるローザ。「え・・・?」とは首をかしげる。
「リディア、逃げちゃ駄目。あなたがつらい思いをしたことは知ってる、けれど、ここで逃げたら弱いままよ」
「ローザ、無理強いは・・・」
「は黙ってて」
ピシャリと言い放たれ、は言葉を失う。ローザはリディアの小さな手を取り、ジッとリディアを見つめた。
「あなたなら必ず出来る。ここの氷を溶かし、ファブールへ行かなければ、もっとたくさんの人たちが恐ろしい目に遭うことになるの・・・。お願い、勇気を出して!」
ローザのその言葉に、見守っていたギルバートが「勇気・・・」とつぶやいた。
「リディア、お願い!」
セシルとは、けしてリディアに無理強いはできなかった。
ミストの村の惨事を目の前で見ている。何も知らなかったとはいえ、2人は見てしまったのだから。
うつむいていたリディアが、おもむろに顔をあげる。ゆっくりと氷の壁の前に立ち、呪文を詠唱した。
「ファイア!」
リディアが炎の魔法を唱えれば、炎が氷に直撃し、厚い氷に閉ざされていた道が開けた。
「すごいよ、リディア!」
ギルバートの喜びの声に、リディアは照れくさそうにしている。
「ありがとう、リディア!」
ローザがリディアの頭を撫でてやる。リディアはうれしそうに微笑んだ。
道が開けた山道を登りだすも、の足取りが重い。どこか調子が悪いのか。セシルが「どうしたんだ?」と声をかけた。
は「あ・・・」と小さくつぶやき、視線を彷徨わせた。
「私・・・リディアに回避させることばかり考えてて、あの子が前へ進むための努力を、ちっともしてなかった・・・。でも、ローザは違った。リディアに勇気を与え、前へ進む道を示してあげた・・・」
「・・・」
「リディアのお姉ちゃんぶってたけど・・・結局、私・・・なんの役にも立たなかったね・・・」
「そんなことはないさ。それでも、リディアは君のことを慕ってくれている」
前を見れば、リディアが歩いてくるセシルとを待ってくれている。そのリディアの傍へ近づくと、リディアはニコリと笑い、そっとの手を握り締めてきた。
「はやくいこう! おねえちゃん!」
「あ・・・うん・・・」
リディアの言葉にうなずき、セシルを見やれば、彼はこくんとうなずいた。何も不安になる必要は、ないと。
「うん・・・行こう、リディア!」
手を繋いで歩き出すとリディアの姿を、セシルは微笑んで見守った。
ホブスの山を歩き、山頂近くまでやって来た時だ。前方で1人の男性がモンスターの集団に襲われていた。セシルたちが加勢しようとしたが、男は素早い動きでモンスターたちに蹴りを入れ、倒して行く。鮮やかなその足技に、思わず見惚れた。
「あの衣服はファブールのモンク僧だ」
「ファブールの?」
ギルバートの言葉に、が聞き返すと、彼は「間違いない」とうなずいた。
セシルがそのモンク僧に声をかけようとした時だ。巨大な炎の塊が、モンク僧に襲いかかってきた。
「リディア!」
「うん!」
の掛け声に、リディアがうなずき2人でブリザドの魔法を放つ。いきなりのセシルたちの登場に、モンク僧が驚いた様子で振り返った。
「助太刀する!」
「かたじけない!」
ブリザドの魔法を食らったモンスターに、セシルとヤンが直接攻撃を加え、ローザは援護するように、後方から弓を放つ。ギルバートは竪琴を奏で、セシルたちの体力を回復させる。
セシルの一撃により、炎の塊だった姿が大きな風船のようになり・・・大爆発を起こし、分裂した。
あの日、ミストを襲ったボムが現れ、リディアがビクッと肩を震わせる。がそのリディアの手を握り、再びブリザドの魔法を放つ。
爆発により負った傷をローザが回復させ、セシルがいつぞやの衝撃波を放ち、モンク僧が再び鮮やかな蹴り攻撃で、モンスターを一掃した。
フゥ・・・と息を吐き、お互いに顔を見合わせると、モンク僧が片手の平に拳を当て、一礼した。
「危ないところを・・・かたじけない。私はファブールのモンク僧長ヤン。このホブスの山で修行中、魔物の群れに襲われ、私を残し全滅してしまった。あれほどの手だれの者が・・・」
「そうだったんですか・・・。実は、僕らはファブールへ向かっている途中なのです」
「ファブールへ? それは、なぜ・・・」
「ゴルベーザという男が、バロンを利用し、クリスタルを狙っているんです」
ローザの説明に、ヤンが「なんと!?」と声をあげる。
「ということは、ファブールの風のクリスタルも!」
「ええ・・・。ダムシアンのクリスタルは、すでに奪われてしまいました」
ギルバートが苦々しくつぶやく。ヤンが「では・・・ファブールの風のクリスタルが狙われていると・・・?」と問う。セシルたちは一斉にうなずいた。
「・・・なんということだ。主力のモンク隊は全滅。城にいるのは、まだ修行も浅い者ばかり。今、攻め込まれてはひとたまりも!」
「恐らく、さっきの魔物たちも、ゴルベーザに遣わされたはず」
「我らを消して、ファブールを無防備にするため!?」
ローザの推理は当たっているだろう。この隙に、ゴルベーザはファブールを攻め、クリスタルを奪うつもりなのだ。
「ここでこんなことをしてる場合じゃないわ! 早くファブールへ・・・」
「僕らも手伝います! ファブールへ連れて行って下さい!」
「しかし、そなたたちまで巻き込んでは・・・」
とセシルを見やり、ヤンは視線を落とした。その体を一歩後ろへ下げた。迷っているようだ。
「これは僕らの戦いでもあるんです。ゴルベーザにクリスタルを渡してはいけない。協力させてください」
「・・・僕は、ダムシアンの王子です」
ギルバートが小さくつぶやくと、ヤンは顔をあげ、目を丸くして彼を見た。「なんと・・・!?」と声が上ずった。
「では、ダムシアンが襲われたというのは、真か・・・」
「僕と・・・彼女たちはバロンにいました。この子も・・・バロン王に騙されて、僕が・・・」
セシルがうつむき、自分たちの状況を告げた。
ヤンがと手を繋いでいるリディアを見やる。「このような幼子が・・・」とつぶやいた。
「みな、訳ありか・・・。かたじけない! 助太刀を願えるか?」
「もちろんです! さあ、ファブールへ!」
セシルの言葉にヤンはうなずき、先に立って歩き出した。ローザとギルバート、リディアがそれに続く。
「今度こそ・・・守れるかな? ファブールを」
がボソリとつぶやく。ダムシアンは目の前で、手の届きそうな所で襲われた。その悔しさは消えない。
「守る・・・いや、守らなければならない・・・!」
力強いセシルの言葉に、が微笑む。セシルが首をかしげると、は「あ、ごめん・・・」と謝った。
「セシルが、前を向いていることがうれしいの。バロンにいた頃は、うつむいて、後ろ向きな考えばかりだったでしょう?」
「・・・そうだね。そうだったね」
からは、セシルの兜の下の表情は見えない。彼がどんな表情でいるのか、窺い知ることが出来ない。
「私、バロンを出て、それで良かったって思うよ? あのまま、バロンにいたら、セシルは押し潰されてた。求めていない殺戮を繰り返して、心を殺して、正真正銘の暗黒騎士になってしまっていたと思うの」
「・・・」
「だから、これで良かったんだと思う。バロン王も、ゴルベーザを倒せば、正気に戻ってくれるわよ! 元の、優しかった頃のバロン王に」
どうしてだろう。の言葉は何よりもセシルを勇気づけた。前へ向く力をくれた。
「・・・ありがとう、」
セシルの礼に、ニッコリ微笑んで、は「さ、行きましょう!」と声をかけた。
ホブス山を越えれば、ファブールまで少しだろう。今は一刻も早く、ファブールへ向かう・・・そう決心した。
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