元来た道を戻り、アントリオンの巣を出ると、辺りは闇に包まれ、空には2つの満月が輝いていた。
 夜闇の中を歩くのは得策ではない。夜は魔物も凶暴化する。ホバー船の近くでテントを広げることにした。

 「そういえば・・・テラさん、どうしたかな?」

 食事をしながら、がポツリとつぶやく。横で乾パンを食べていたリディアが顔を上げ、ギルバートの方を向いた。
 ギルバートは浮かない表情で視線を落とした。笑顔を見せるようになったとはいえ、まだ葛藤は続いている。

 「あ・・・ごめん、ギル。別に、あなたを責めてるわけじゃないのよ?」
 「うん、わかってるよ」
 「・・・・・・」

 うつむいてしまったに、リディアがそっと手を重ねてくる。「だいじょうぶ? おねえちゃん」と気遣ってくれる少女に、は微笑んだ。

 「・・・テラなら、大丈夫さ。僕たちと合流するまでは、1人だったんだし・・・そんなにヤワじゃないさ」

 セシルがそうつぶやけば、も「そう・・・よね・・・」と安心した表情を浮かべた。

 「あ・・・そうだ! セシル、剣を教えて! さっき約束してくれたでしょ?」
 「え? あ・・・ああ、いいよ」

 剣を持ち、ギルバートとリディアからあまり離れていない所へ。剣を構えてみせると、まず「構えは、こう。剣の持ち方も変えた方がいいよ」と直されてしまった。

 「う~ん・・・やっぱり、独学ってよくないのね・・・。ありがとう、セシル」
 「どういたしまして。でも、筋はいいから、きっといい剣士になるよ」
 「本当? わぁ・・・セシルにそう言われるとうれしいな」

 2人でそんな会話を交わしながら、テントへ戻ると、ギルバートとリディアはすでに眠っていた。

 「2人とも・・・やっぱり疲れてたのね」
 「そうだね。リディアにいたっては、カイポからずっと野宿だったわけだし」

 7歳の子供には、やはり酷な旅だろう。は優しい眼差しでリディアを見つめる。妹のように可愛いリディア。出会った時は、どうしたものかと戸惑ったものだが、今ではそんなことが信じられない。

 「・・・がいてくれて、良かったな」
 「え?」

 セシルがぽつりとつぶやいた言葉に、はドキッとする。足手まといだと思っていたのに、そう言われるのはうれしい。

 「がいなかったら、リディアがここまで心を開いてくれなかったと思う。やっぱり、女性の存在は大きいよ。正直、リディアと2人きりだったら、どうしていいかわからなかったよ」
 「そうかな? セシルなら、優しいからリディアも懐くと思うよ? 現にリディアはセシルにも心を開いてるし」
 「・・・強い子だな。あんな風に母親と故郷を失ったっていうのに」
 「セシル・・・」

 何も知らなかったとはいえ、セシルはリディアの母を殺し、ミストの村を大火事にさせた。少女から何もかも奪ったのだ。

 「ねぇ、・・・僕、君に言わなきゃいけないことがあるんだ・・・」
 「・・・ん?」
 「君は、ローザと僕の関係を勘違いしているよ。確かに、ローザは大切な子だよ? 幼なじみだ。守ってあげなければならない存在だとも思っている。だけど、僕はローザのことを・・・」

 トン・・・と、腕に重みが。驚いて隣を見れば、が眠ってしまっていて・・・セシルは呆気に取られた。今のセシルの告白は、聞かれていなかったということだ。

 「・・・ハァ」

 思わずため息がこぼれてしまうが・・・今はまあいいか、と思うことにし、セシルはの体をそっと敷いた布の上に横たえ、自身も彼女の隣に寝転がった。

***

 翌朝・・・目を覚ましたが、セシルが隣にいたことに悲鳴をあげ、ギルバートとリディアを驚かせるという一件が起きた。セシルが慌てて謝罪し、が落ち着きを取り戻すと、一行はカイポまで戻ることにした。
 ホバー船に乗りながら、はどこか上の空。隣に座るリディアが首をかしげている。
 まさか、目が覚めたらセシルがいるとは思わなかった。だがしかし、騒ぎすぎただろうか・・・? 後悔が胸をよぎる。

 「さあ、カイポに着いたよ」

 ギルバートの声に、ハッと我に返る。気づけば、いつの間にかカイポに到着していて・・・セシルたち3人がホバー船を下りる。も慌てて下りた。
 カイポに入り、ローザを看病してくれている夫婦のもとへ。はローザの姿を認め、慌てて駆け寄った。

 「ローザ・・・!」
 「、これを」

 セシルがさばくの光をに渡す。はそれでローザを照らした。やわらかな光がローザを包み、息苦しそうだったローザの呼吸が穏やかなものになっていく。

 「ローザ・・・?」

 が声をかけると、ローザがゆっくりと目を開けた。その視線がゆっくりと辺りを見回し・・・に向けられ、の背後にいるセシルに向けられると、パァ・・・と顔が輝いた。

 「セシル! 生きていたのね! よかった・・・」

 起き上がろうとしたローザを、セシルが慌てて押しとどめる。

 「無茶だよ、君は・・・。どうして、こんな危険な真似を・・・」
 「ミストの地震で、あなたは死んだと聞いて・・・でも、信じられなくて・・・」
 「すまない・・・。それより、聞きたいことがある。ゴルベーザのことを知っているかい?」
 「あなたに代わって赤い翼を指揮させるため、バロン王が呼んだの。彼が来てから、王はますますおかしくなって・・・。きっとゴルベーザが王を操り、クリスタルを集めているんだわ」

 ローザの言葉に、セシルは「やはりそうか・・・」とつぶやく。

 「あなたが取って来たミシディアのクリスタル。ダムシアンの火のクリスタル。ファブールの風のクリスタル。それにトロイアの土のクリスタル・・・」

 それが4つのクリスタルだ。だが・・・。

 「火のクリスタルは、すでに彼の手の中です・・・」

 ギルバートが苦々しくつぶやく。そう、ゴルベーザはダムシアンを襲い、クリスタルを奪ったのだ。
 ローザがギルバートと、その傍らにいたリディアに目を向け、セシルに「この方たちは?」と尋ねる。

 「彼はギルバート。ダムシアンの王子だ。彼の協力があって、君のことを治すことが出来たんだ。それから、この子はミストの村の、リディア」
 「・・・だいじょうぶ?」
 「ありがとう、リディア。大丈夫よ。ギルバートも・・・」

 ローザが2人に優しく微笑みかけ、セシルへ視線を戻す。

 「ダムシアンがすでに襲われたとしたら、次はファブール! セシル、急がないと!」
 「わかっている。ローザ、君はここに残るんだ。ファブールへは僕らが行く!」
 「そうよ、ローザ。無茶はいけないわ」

 の言葉に、ローザが首を横に振り、セシルの腕を取った。

 「私なら大丈夫! それに私も白魔道士。足手まといには、ならないはずよ・・・! より強力な白魔法も使えるし!」
 「しかし・・・」
 「セシル、ローザは君と一緒にいたいんだよ」

 ギルバートの言葉に、セシルは「え・・・?」と声をあげ、ローザを見る。ローザは照れくさそうに視線を落として・・・。
 だが、不思議となんの感情も湧かなかった。ローザが自分のことを・・・?と思ったくらいだ。

 「・・・わかった。一緒に行こう。けれど、君は病みあがりだ。出発は明日の朝にしよう」
 「ええ・・・ありがとう、セシル・・・」
 「それじゃ、僕たちは・・・」
 「セシルは、ローザについててあげて?」

 振り返ったセシルに、がそう声をかけてきた。思わず「え・・・?」と声をあげてしまう。
 はそんなセシルにニッコリと笑いかけた。

 「いや、でも・・・」
 「大丈夫よ! ギルもいるし。バロン兵が来たら、私が追い返してやるんだから!」
 「・・・・・・」

 グッと拳を握りしめ、力強くそう言い放つだが、セシルとしては心配だ。セシルとの稽古で、少しは剣の扱いが上手くなったとはいえ、彼女はまだ半人前だ。
 だが、そのセシルの手を、ローザがそっと触れる。

 「セシル、の言う通りよ。少しは、のことを信頼してあげて?」
 「あ・・・ああ、わかったよ。だけど、・・・けして無茶なことはしないでくれよ?」
 「もちろん! わかってるわよ」
 「ギルバート、リディア、を頼む」
 「ああ」
 「うん!」

 幼子であるリディアに任せるのはどうかと思うが、当の本人はセシルに頼りにされ、うれしそうだ。
 不安そうな表情のセシルを残し、3人は宿屋へと向かった。

***

 その日の夜・・・はフト、竪琴の綺麗な音色に目を覚ました。どこか物悲しいメロディ。隣のベッドを見ると、ギルバートの姿がない。きっと、彼がアンナを想い、この音色を奏でているのだろう。
 と、その音色は不自然なところで止まる。次いで「うわぁ!」という悲鳴。ガバッと起き上がり、傍らのリディアを起こさないように、ベッドを出て、窓の外を見た。
 川岸にいたのは、ギルバート・・・そして、その彼の前にはモンスター。慌てて剣を手に、宿屋を飛び出した。

 「ギル!」

 声をあげれば、ギルバートが「・・・!」と安堵の表情を浮かべ・・・ハッとなった。

 「アンナ・・・?」

 え?とつぶやく。ジリジリと近づいてくるモンスターの向こう・・・ギルバートがそちらを見つめ、彼の恋人の名をつぶやいた。
 も視線を向けるが、何も見えない。それどころか、モンスターが腕を振り下ろそうとしているではないか。

 「ギル、危ない!」

 の声に、寸でのところで攻撃を交わし、竪琴をかき鳴らす。人間にとっては心地よいその音色は、モンスターには不快なもののようである。

 「・・・やってみるよ、アンナ!」

 うん、と大きくうなずき、ギルバートが歌声と共に竪琴をかき鳴らせば、モンスターは苦しみ・・・息絶えた。
 ホッとして、ギルバートに近づく。だが、ギルバートは一点を見つめ、悲しそうな表情を浮かべている。

 「アンナ! 行っちゃいやだ!」

 手を伸ばし、ギルバートが叫ぶ。その頬を一筋の涙が伝う。には見えない何か・・・アンナの姿が見えているのだろう。

 「アンナ、戦うよ! でも、勇気といっても・・・アンナ、僕はどうしたらいいんだ・・・」

 うつむくギルバートの肩を、ポンと優しく叩けば、ギルバートがハッとを振り返った。

 「大丈夫?」
 「・・・ああ、大丈夫だよ。宿に、戻ろうか」

 と連れ立って、宿屋へ向かうギルバート。途中で、1度・・・先ほどアンナの姿が見えた場所を振り返り・・・頭を振って、その場を離れた。