ホバー船で移動すること数時間・・・すっかりとリディアは居眠りをしてしまい、セシルに肩を揺すられ、目を覚ました。
眠ってしまっていたことに慌てて謝り、はリディアと手を繋いでホバー船を下りた。
山肌にぽっかりと開いた洞窟の入り口。ここがアントリオンの生息地だという。
中の構造に詳しいギルバートを先頭に、洞窟の中へ足を踏み入れる。今まで通った霧の立ち込める洞窟、水の流れる洞窟とはまた違ったところ。今までの洞窟よりか、幾分歩きやすいのは、今まで何人もの人々が、さばくの光を求めてこの洞窟を訪れているからだろう。
「アントリオンは、満月の夜にしか産卵しないんだ・・・。今夜はちょうど満月。きっと、さばくの光を手に入れることが出来るさ」
「そうなのか・・・。やはり、高熱病にかかる人は多いのか?」
「うん、そうだね。砂漠の暑さに慣れていない人や、女、子供、老人がかかりやすい。とリディアが無事なのが不思議なくらいだよ」
とくに、リディアは無理な召喚をして、体力を消耗していた。高熱病にかかっていても、不思議ではなかった。セシルとが彼女を必死に守ったおかげだろう。
洞窟の中はヒンヤリとし、進んでいく中でモンスターに襲われた。
「この洞窟に魔物が出るなんて・・・今まで、そんなことはなかったのに」
「他の魔物も凶暴化している。一体、何が起こっているのか・・・」
今まで大人しかったモンスターが、人々を襲うようになっている。世界各地を回っていたセシルは、それを痛感していた。
「なんだか怖いね・・・。魔物が凶暴化して、町にいる人々を襲い始めたら・・・」
「一体、どうしてこんなことに・・・」
「・・・・・・」
バロン王がクリスタルを集め始めた頃から、おかしくなったような気がする。いや、それはセシルの考えすぎだろうか?
だが、優しかったバロン王の豹変・・・モンスターの凶暴化・・・それが無関係とは思えないのだ。
「セシル? どうしたの?」
押し黙ったセシルに、が声をかける。慌てて、セシルはに顔を向ける。こういう時、兜で顔が隠れていてよかったと思う。表情を曇らせているところを見せたくはない。
様子のおかしいセシルに、は少しだけ眉根を寄せる。
ミシディアから戻って来てから、セシルはおかしい。いや、おかしいというか、思案することが多くなった。
休む時以外、兜を脱がないので、彼がどんな表情をしているのかは、わからないが、その表情が暗いことくらいはわかる。
バロン王に謀反の疑いをかけられ、カインと共に隊長の座を剥奪。そのセシルの後釜についたゴルベーザという人物。
ギルバートが言うには、黒い甲冑に身を包み、人とは思えぬ強さでダムシアンを襲い、火のクリスタルを奪ったという。
いずれ、会うことになるだろう。クリスタルをゴルベーザから取り戻し、それぞれあった場所へ戻す・・・それがセシルの新たな目標だ。
「少し、休憩しようか。魔法陣がある」
ギルバートの言葉に、3人がうなずく。
こうして見ると、セシル以外の3人は旅慣れていない。ギルバートは王族だ。旅をするといっても、せいぜいカイポへ行くぐらいだろうし、それにはホバー船を使えばいい。
もずっとバロンで修行中の身だった。実戦経験は今回の旅が初めてである。
リディアなど、まだ子供だ。旅などしたこともなければ、唐突に巻き込まれ、こんなことになったのだ。
ローザを早く助けたいと思うが、たちのことにも気を配らなければならない。
リディアの様子を見ていたが、不意に立ち上がり、セシルのもとへ寄って来た。
「・・・セシル」
「うん? どうしたんだ?」
「ごめんね・・・」
いきなりの謝罪に、セシルは目を丸くする。ああ、いけない・・・今は兜を脱いでいる。表情には気を付けないと・・・。
「いきなりどうしたんだ? なんで謝るの?」
「だって・・・私、やっぱり足手まといになってる。バロンを出るときに、セシルが危惧した通りだわ」
「・・・」
「あなたの言う通り、バロンに残っていれば、こんなことには・・・」
の気弱な言葉に、セシルは眉根を寄せる。
何を今さら・・・というよりも、なぜそんなことを言うのか・・・という戸惑いが大きい。
「、リディアもギルバートも弱音を吐かずにがんばっている。もちろん、だってここまでがんばってきたじゃないか」
「セシル・・・」
「それに、今のバロンは危険だ。君を残して来なくて良かったと安堵してるくらいだよ」
「・・・うん」
「君は足手まといなんかじゃない。魔法だって、色々と覚えてきているじゃないか。剣だって・・・良ければ、僕が稽古をつけるよ」
「本当!?」
パァ・・・とが顔を輝かせる。突然の変わりように、セシルは戸惑いがちに「うん」とうなずいた。
「うれしい・・・。私、バロンにいた頃は、はみだし者だったから、なかなか教えてくれる人がいなくて・・・。赤魔道士なんて、中途半端なもの、辞めてしまえって言われてたから・・・」
「そうなのか?」
「うん・・・。白魔法はローザが教えてくれてたけど、黒魔法と剣については、ほとんど独学。だから、周りのみんながラ系の魔法を使えるのに、私は基本の3種の初期しか使えないの」
「・・・君がそんな目に遭ってたなんて、ちっとも知らなかった」
「あ、そんな大げさに考えないでね?」
いけない。セシルに余計な心配をかけてしまった。表情を曇らせたセシルに、慌てては言葉を足した。
「赤い翼の隊長に、剣を教えてもらえるなんて、すっごいうれしい!」
「・・・元隊長、だけどね」
「元でも現でもいいの! セシルの剣の腕は、間違いないでしょ! あ、私も暗黒騎士になろうかな~」
「駄目だっ!!」
声を荒げたセシルに、だけでなく、ギルバートとリディアも驚き、セシルへ視線を向けた。いつも穏やかなセシルが声を荒げるなど、めずらしい・・・。
「ああ・・・大きな声を出してごめん・・・。でも、暗黒騎士になるなんて、駄目だ。こんな忌まわしい力・・・」
「セシル・・・」
「僕は・・・今までバロン王のために、この力を使いたいと思っていた。けれど・・・バロン王を信じていいのかわからない今は・・・」
頭を抱え、悩むセシルに、はそっとその手を取った。
「セシルはセシルだよ」
「・・・え?」
の言葉に、セシルは小首をかしげ、彼女を見つめる。フフッ・・・とが微笑む。
「セシルは優しすぎるよ。誰かのことを思って、悩みすぎ。今もそう。私の悩みを自分のことのように悩んでた。でも、セシルはセシル。あなたが暗黒騎士であろうが、竜騎士であろうが、あなたはあなたでしょう? 大丈夫。私は、どんなセシルでも好きよ」
優しいの言葉に、セシルはそっと目を閉じ・・・「ありがとう」と小さくつぶやく。
その2人の仲睦まじい姿に、ギルバートとリディアは顔を見合わせ、微笑んだ。
***
満月の夜に産卵するというアントリオン。都合のいいことに、今宵は満月。4人がアントリオンの巣に辿り着いた時、ちょうど産卵が始まる時だった。
のそのそと動く、赤い巨大な生き物に、リディアが驚いて「キャ・・・!」と悲鳴をあげる。ギルバートが「シッ!」と小さく注意した。
「大丈夫。アントリオンは大きな体をしているが、大人しいんだ、もう少し待とう。産卵が終われば、近づいても大丈夫だ」
ギルバートの言葉に頷くも、リディアはまだ不安そうで・・・ギュッとの手を握り締めてきた。
やがて、産卵を終えたアントリオンがその場を離れ、地中へと潜って行く。
「僕が取ってこよう。みんなはここで待ってて」
「ああ、頼む」
ギルバートがアントリオンの産卵地へ足を踏み入れた時だ。巨大な角のようなものが2本、地中から生え、ギルバートを襲った。
「ギル!」
慌ててブリザドの魔法を放つ。寸でのところで角を回避するギルバート。アントリオンが、さばくの光を奪いに来たセシルたちを攻撃してきたのだ。
「行くぞ、!」
「うん!」
剣を抜き、セシルがに声をかける。はうなずき、リディアを振り返った。
「リディアは安全な場所に隠れてて!」
「う・・・うん・・・」
セシルと共に、はアントリオンに向かって行く。ギルバートも竪琴を奏で、何かの歌を歌う。きれいな歌声だ。まるで癒されるような・・・。
セシルの暗黒剣と、の剣。それらに対し、アントリオンは反撃を繰り返す。
「・・・あたしも!」
リディアは決心し、呪文の詠唱を始める。無理をしては、体に大きな負担がかかり、セシルたちに迷惑をかけてしまうことは理解している。
それならば・・・自分の力で呼べる幻獣を・・・。
アントリオンの鋭い牙がに襲いかかろうとした時・・・空間が歪み、そこからチョコボが姿を現した。
に襲いかかろうとしていたアントリオンの顔面を、チョコボが何度も蹴りつける。チョコボはその脚力もさることながら、蹴りの威力は並みのモンスター以上の打撃だという。
顔面を何度も蹴られ、アントリオンがのたうちまわり、砂埃が舞う。そのまま、逃げるように砂の中へとアントリオンは逃げて行った。
「・・・今のチョコボは、リディア?」
セシルが振り返って問う。リディアは「う、うん・・・」と小さくうなずいた。いけないことをしてしまったかと、不安になる。
「すごいわ! リディアのおかげで助かったもの! ありがとう!」
に抱きしめられ、感謝の言葉を告げられ・・・リディアはキョトンとする。怒られるどころか、感謝されてしまった。
なんだか、むずがゆい。今までセシルに守られてばかりだったというのに、役に立つことが出来た。それが素直にうれしいと思った。
「今のが召喚魔法かい? 初めて見たけど、すごいんだね」
ギルバートも感心したように声をあげ、リディアを見つめるので、気恥かしさから、うつむいてしまった。
「ギル、さばくの光は?」
「ああ・・・ここに・・・」
ギルバートが持っていたのは、手の平サイズの丸い物体。だが、宝石のように美しい。これがさばくの光か。
「これを高熱病にかかった人に照らすことで、体内の熱が冷めて、治療することが出来るんだ」
「光を当てるのに、体温が下がるの? 不思議ね」
「僕も子供の頃に1度だけ高熱病を患って、さばくの光のお世話になったことがあるけれど、驚くほどに体温が下がって楽になるんだ」
「へぇ・・・」
興味深そうにマジマジとさばくの光を見つめる。彼女はどちらかというと、探究心が強い。物珍しいものが面白いのだろう。
「しかし・・・大人しいアントリオンが人を襲うなんて・・・」
ギルバートが表情を曇らせ、地中に逃げたアントリオンを思い出す。アントリオンが人を襲うなど、見たことのない姿だった。
「最近、魔物の数が増えた。今まで大人しかった獣たちまで襲ってくる。やはり、何かの前触れ・・・」
嫌な予感しかしなかった。今まで良くないことが続いている。これを「気のせい」で済ませてしまっては、いけない気がした。
そんなセシルに、が急かすように声をかける。
「セシル、早くローザのところへ戻りましょう」
「ああ・・・行こう」
の声に、セシルは顔をあげ、うなずいた。
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