砂漠の国ダムシアン・・・クリスタルを守る国家の1つである。
東の洞窟にはアントリオンという巨大な生物が住んでおり、そのアントリオンが産卵の際に出すものは「さばくの光」と呼ばれ、それを高熱病にかかった人物に照らすことで、病が治るという。
テラは、ダムシアンに向かった娘を連れ戻すため、セシルたちは、さばくの光を求めるのと、バロン国を裏切ったセシルたちの身柄を保護し、またバロンに立ち向かうための協力を仰ぎに来た。
「、リディア、もう少しだよ」
砂漠の中の移動は、とにかく疲れる。暑さで体力がどんどんと奪われていく上、砂に足を取られる。慣れてないと、歩くのにも一苦労だ。
女、子供、老人には厳しい道中なのだが、さすがは賢者のテラ。老人とは思えぬその体力で、近づいて来たダムシアンを目指す。
だが、ダムシアンはもうすぐ・・・というその時、上空から聞き慣れたプロペラの音がし、セシルとはハッとなった。
顔を上げて空を見上げれば、数隻の空飛ぶ船・・・バロンが誇る飛空艇団「赤い翼」がそこにいた。
「赤い翼・・・? なぜここに?」
と、その飛空艇から、いくつもの爆弾が投げ落とされ、砲撃により城が攻撃され・・・大きな爆音と共に、砂埃が舞った。
慌ててがリディアを胸に抱きしめる。爆風が4人を襲い・・・やがて、静かになった。
「・・・そんな・・・なんで・・・」
セシルが呆然とつぶやく。自分がいなくなった後の赤い翼。未だこのような侵略を続けているのか・・・。
「アンナ・・・! アンナ!!」
テラがたまらず走り出す。セシルともそれを追いかけ、リディアはセシルが抱き上げた。
ダムシアンにたどり着いた時、すでにバロン兵の姿はなく・・・いたる所にダムシアン兵や人々の死体が転がっていた。
「、あまり見ない方がいい・・・」
爆撃により、無残な姿をしている者が多かった。リディアの顔を、自身の胸に押し付け、幼い彼女には見せないようにする。
足が竦みそうになり、は必死に自分を奮い立たせた。火薬の匂いと血の匂い・・・気分が悪くなった。
奥へ進み、階段を上る。いたるところに死体が転がっているが、中の人々は剣で斬られた痕や、槍で貫かれたような痕が多かった。
やがて、最上階が見えた。開けた場所には、やはりそこにも死体。はとうとうこらえきれず、口を押さえて後ずさった。
「!?」
「ごめ・・・セシ・・・」
「無理はするな。ここで待ってるんだ」
をその場に残すのは気が引けるが、これ以上は立っているのも辛そうだ。足はガクガクと震え、顔は真っ青だ。ぐっと込み上げてくる吐き気を必死で押さえた。
と、辺りを見回していたテラが、「あれは・・・!」と声をあげ、床に倒れていた1人の女性に走り寄った。
「アンナ! アンナ!!」
テラが抱き起こし、必死にケアルの魔法をかける。テラが必死になる視界の隅で、何かが映った。
現れたのは1人の男性。金色の髪に竪琴を持った男。その人物を認めた瞬間、テラがガバッと立ち上がった。
「貴様、あの時の吟遊詩人! 貴様のせいで、アンナは!」
「ち、違うんです・・・! 僕とアンナは・・・!」
テラが杖を取り出し、吟遊詩人に殴りかかるも、彼は慌ててそれを交わす。「うぬぅ! こやつめ!」と再び杖を振り上げた時だ。
「やめて・・・! お父さん・・・!!」
小さな声で、必死にテラを止めるその声に、ピタッとテラの動きが止まり、驚いてアンナを振り返り、走り寄った。
アンナの体を抱き起こせば、そっと目を開け・・・苦しそうに言葉を紡いだ。
「お父さん・・・彼・・・ギルバートは、このダムシアンの王子・・・。身分を隠すため・・・吟遊詩人として、カイポに来たの・・・。ごめんなさい・・・お父さん・・・」
アンナがそっと手を伸ばす。その手をテラが握りしめる。「謝らんでもいい・・・!」とテラは首を横に振った。アンナがテラに告げる。
「勝手に飛び出したりして・・・ごめんなさい・・・でも、私、ギルバートを愛しているの・・・」
吟遊詩人・・・ギルバートがゆっくりとテラとアンナに近づいて来る。
セシルとは、それを見守ることしか出来ない。これは彼らの問題だ。口を出すべきではない。
「私・・・大好きなお父さんに・・・彼とのことを許してもらいたくて・・・カイポに戻ろうとした時・・・」
「ゴルベーザと名乗る者が率いる赤い翼が・・・」
ギルバートの言葉に、セシルがハッとなる。「赤い翼」・・・セシルにとっては、馴染み深すぎる名前だ。だが・・・。
「ゴルベーザ? 一体、そいつは何者なんだ!?」
「わかりません・・・。黒い異様な甲冑に身を包んでいて・・・人とは思えぬ強さで・・・」
「なぜ、赤い翼が!?」
「奴らはクリスタルを奪うと火を放ち・・・父と母もやられ・・・アンナも・・・僕をかばって弓に・・・」
赤い翼・・・いや、バロン王は、まだクリスタルを集めているというのか。
一体、クリスタルを集めて何をするつもりなのか・・・不安ばかりが胸を過る。
「・・・こやつを庇うなど・・・そんなにまで、こやつのことを・・・」
「お父さん・・・私を許して・・・。ギルバート・・・」
アンナがギルバートに手を伸ばす。慌てて、ギルバートはアンナの手を取った。
「愛・・・してる!」
「アンナ!?」
「アンナ! アンナーッ!!」
ギルバートとテラがアンナの名を叫ぶが、アンナは静かに息を引き取った。
テラがギュッと拳を握り締める。その手が怒りで震えていた。
「ゴルベーザの目的は、一体なんなのだ! なぜ・・・こんなことを・・・! 私のアンナを・・・!!」
「最近バロンにやって来て、赤い翼を率い、クリスタルを集めているとしか・・・」
涙を流しながら、ギルバートが小さくつぶやく。テラは、そんなギルバートを冷たく見やり、アンナの遺体をそっと床に横たえると、スッと立ち上がった。
「情けない! 泣いてもアンナは生き返らん!」
「え・・・」
「バロンのゴルベーザ・・・! 私がアンナの仇を取って来る!」
「テラ、1人では・・・!」
セシルが慌てていきり立つテラの前に立ち塞がるが、テラは乱暴にセシルの体を押しやった。
「助けなぞいらん! ゴルベーザは私1人でやる!」
「テラ・・・!」
セシルが呼び止めるのも無視し、テラは階下へと向かった。追いかけようと思ったが、ギルバートが気になる。アンナの体に覆いかぶさって、嗚咽をこぼしていた。
「よわむし!」
突然、セシルの腕に抱かれたままのリディアが声をあげた。
「おにいちゃんは、おとこでしょ! おとなでしょ! なのに・・・! あたしだって・・・」
「リディア・・・」
そうだ・・・この幼い少女は、母親を亡くしたのだ。それでも、必死に前を向き、現実を受け入れた。泣きたい。つらい。それでも、セシルとを許した。
と、ギルバートが顔を上げる。涙に濡れた瞳で、リディアを見る。
「そうさ・・・君の言う通り、僕は弱虫さ! だからずっとこうして、アンナの傍にいるんだ! もう、何がどうでもいいんだ!」
「な・・・!」
自暴自棄なギルバートの言葉に、セシルが絶句する。と、ツカツカ・・・ギルバートにが歩み寄った。しゃがみこんだ彼女は右手を振り上げ、そのままバチーン!とギルバートに平手打ちをした。いきなりのことに、セシルはあ然とするが・・・彼女の気持ちはわかる。
「・・・この意気地なし! あなた、それでも男なの!? 幼いリディアにまで叱咤されて、恥ずかしくないの!? あなたに出来るのは、アンナさんを思って泣くことだけなの!? そんなことして、彼女が喜ぶと思う? 今頃、アンナさんはあなたのこと見損なったって思ってるに決まってるじゃない! 私がアンナさんだったら、間違いなくそう思ってるわ!」
「な・・・んだって・・・?」
「そうだよ。そんなことをしていても、アンナも喜びはしない!」
セシルも声をあげた。ギルバートはに殴られた頬を押さえ、呆然としている。セシルがリディアを抱っこしたまま、ギルバートとに近づいた。
「ギルバート、今の僕らには君の助けが必要なんだ!」
「僕が君たちを助ける?」
「僕はセシル。カイポで高熱病に倒れている仲間を助けるため、さばくの光がどうしても必要なんだ。それには・・・君の助けがいる」
「僕が助ける・・・」
セシルの言葉を反芻するギルバート。が「そうよ!」と声をかける。
「ローザのために・・・お願い!」
「・・・ローザという人は、君にとって大事な人なんだね」
「ええ。大事な友達よ!」
「そうか・・・大事な人を・・・失ってはいけない」
男女の愛情と、同性の友情だが、相手を思う気持ちは同じだ。
グイッと頬の涙を拭い、ギルバートが立ち上がる。
「さばくの光は、東の洞窟に住むアントリオンのもとへ行かなくては手に入らない。洞窟には、浅瀬を渡らなければ行けない。ダムシアンのホバー船なら浅瀬を越えられる。カイポにも浅瀬を越えて行けるはずだ。さあ、急ごう!」
「その前に・・・せめて、アンナさんだけでも供養を・・・」
の言葉にうなずき、ギルバートはアンナの手を胸の上で組ませた。そして、祈った。
ギルバートが再びこの国へ戻り、復興を遂げるその日まで・・・もう少しだけ待っていてくれ、と・・・。
***
ホバー船は、飛空艇のように空を飛ぶことは出来ないが、浅瀬の上を通るほどの高さまで浮き、移動できる乗り物だ。
セシルとギルバートがそれを城から押し出し、乗り込む。リディアもピョンと乗り込んだが、が動こうとしない。
「どうしたんだ? 」
セシルが首をかしげ、に声をかける。はモジモジしている。
「こ、これって、重量オーバーとかない? 大丈夫?」
「6人乗りだよ? 大丈夫に決まってるじゃないか。何を心配しているんだ?」
「セシルのドンカン!」
リディアが言い放ったそれに、セシルがあ然とする。幼女にわかって、自分にわからない何かがあるのか。ギルバートがそんな3人を見て、クスクスと笑う。
「の体重くらいで沈んだりしないよ」
「・・・その言い方もどうかと思うわよ、ギルバート」
だが、良かった。ギルバートが笑ってくれた。そのことにセシルたちはホッとしていた。
リディアが自分の横をポンポンと叩く。ここに座れ、との催促だ。はうなずくと、ホバー船に乗り込んだ。
「君たちのこと、兄妹だと思っていたけど、違うんだね」
「ええ、私とセシルは幼なじみ。リディアは私の妹みたいなものだけど」
ねー?と顔を見合わせるとリディアの2人に、セシルは兜の下で微笑む。
「とセシルは、恋人同士?」
「え!?」
ギルバートのとんでも発言に、2人が同時に声をあげる。慌ててがブンブンと首を横に振った。
「ち、違うわよ、ギルバート! 私とセシルは幼なじみって言ったじゃない! それに、セシルの大切な人は、カイポで高熱病に・・・」
「ああ、そうなのか・・・。ごめん、カン違いして」
「・・・いや」
ギルバートの言葉に、セシルが小さく答え、リディアがに「コイビトってなーに?」と尋ねている。
「恋人っていうのは・・・あ、いや、リディアにはまだ早いわね」
「えぇ~! そんなの、ずるいよぉ!」
「いいの! あと10年したら、教えてあげる」
顔を赤くさせ、そう答えるに、リディアは首をかしげている。「へんなの・・・」とつぶやいていた。
恋人・・・セシルと・・・ギルバートの言葉を反芻する。そんなこと、ありえない。自分とセシルの間に、恋愛感情などない。
先ほどのギルバートとアンナの最期のやり取りを思い出す。
アンナは、ギルバートを庇い、弓に射られて命を落とした。愛する人のために、命を賭して、庇い倒れたのだ。
もしも、同じ状況に立たされた時、はどうするだろうか?
そして、ローザ・・・。白魔道士である、戦いの術を持たない彼女が、愛するセシルを追ってきた。セシルの力になりたい一心で、彼を追いかけてきたのだ。
アンナとローザ・・・恋する2人のそれぞれの愛の形・・・。到底、自分には真似の出来ないことだ。
『そもそも私、よくわからないし・・・』
自分の気持ちがよくわからない。セシルとローザにうまくいってほしいと思いつつ、だがセシルに優しくされると、胸が疼く。どうしようもなく、胸が苦しくなるのだ。
『私・・・セシルのこと・・・好き、なのかな・・・?』
いや、違う。これは違うのだ。恋心なんかではない。
どうしてだろう? まるで言い訳のように聞こえた。
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