朝日が部屋に差しこみ、セシルはフッと目覚めた。
隣のベッドを見れば、とリディアが身を寄せ合って眠っている。昨夜、心を開いてくれた少女は、優しいにすぐに懐いた。
水分を補給すると、ようやく落ち着いたらしく、が「一緒に寝てもいい?」と尋ねると、うれしそうにうなずいていた。
リディアだけでなく、も慣れない旅で疲れている。目的はあるようでない旅だ。急ぐこともあるまい。
だが、姿が見えないカインのことだけは心配だ。もしや、追いかけてくるのでは?と思ったのだが、今のところその様子はない。
バロンを離反し、昨夜は兵士に襲われた2人だ。完全にバロンを敵に回したことになる。
他の国へ援助をしてもらおうかとカインと話していたのだが、そうなると・・・ここから近いのはダムシアンになる。
とリディアはまだ起きる気配がない。セシルは少し外へ散歩に出ることにした。
宿屋の主人は「昨夜、何か騒ぎがあったようだが?」と尋ねてきたが、リディアが熱を出して、てんやわんやしていたと嘘をついた。騙すのは心苦しいが、余計な心配はかけたくない。
そうだ・・・バロンにセシルたちの居場所は知られている。早々にここを出るのが賢明だろう。
「あら、どうも、奥さん」
「おはようございます」
宿屋を出た目の前で、2人の中年女性が挨拶を交わしていた。
「そういえば、昨日、町の外で倒れてた子の様子は?」
「それがねぇ・・・ひどい高熱病にやられてて・・・かわいそうに」
「あの子、バロンの白魔道士でしょ? まだ若い娘さんなのに、1人でここまで来るなんて、よっぽどのことがあったんだろうねぇ・・・」
思わず「え・・・?」と声をあげていた。
今、バロンの白魔道士・・・若い娘、と言った。もしや、と頭を過ったのは、幼なじみの女性。
「すみません! その白魔道士の女性はどこに!?」
「え? なんだい、お兄さん・・・あら、いい男ね・・・」
「僕の知り合いかもしれないんです! 会わせて下さい!」
セシルの言葉に、片方の女性が「ウチへおいで」と案内してくれた。
町の奥の方にあった一軒家。中へ通され、そこにいたのは、確かに幼なじみの女性。
「ローザ!」
名前を呼び、駆け寄る。ローザは美しい顔を苦悶の表情に変えながら、呻いている。時折「セシル・・・」とうわごとのようにセシルの名を呼び、「死なないで・・・!」と悪夢にうなされている。
「彼女は・・・どうすれば・・・!?」
「“さばくの光”というものが、高熱病に効くといわれておるが・・・」
近くにいた男に食ってかかる勢いで、セシルは尋ねれば、そう答えが返ってきた。初めて聞くその名前に、セシルは小首をかしげた。
「さばくの光・・・?」
「ダムシアンの近くに住む、アントリオンが産卵の時に出す分泌物から出来るものじゃ」
「・・・ダムシアン・・・」
セシルが向かおうとしていた場所だ。ちょうどいい。ローザを救い、ダムシアンに応援を要請するのだ。
「けれど、テラ様がいらっしゃったら、もう少しなんとかなかったかもしれないのにねぇ・・・」
「テラ・・・?」
先ほどの女性がつぶやいた名前を反復する。聞いたことのない名前だ。“様”というからには、それなりの身分の人なのだろう。
「賢者テラ様だよ。なんでも、1人娘さんが男に騙されて出て行ってしまったんだって。テラ様は娘さんを追って、ダムシアンへ行っちまったのさ」
「・・・そうですか。とにかく、さばくの光があれば、ローザは助かるんですね? わかりました。それを入手してきます。申し訳ないのですが、それまでローザを・・・彼女をお願いできますか?」
「それは構わないけど・・・気をつけるんだよ?」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げ、セシルは急ぎ足で宿屋へ戻った。部屋に入ると、すでにとリディアが起きていた。
に事情を説明し、急いでダムシアンに出発することにした。
食事をし、買い物をし、カイポの町を出て北へ。そこにある洞窟からダムシアンへ行けるという。
気持ちは逸るが、何せこちらはリディアという幼女を連れているし、も女性だ。1人でスタスタと進むわけにはいかない。
一度はとリディアに、カイポに残ることを提案したのだが、バロン兵の追手のことを考え、2人を残しておくのは得策ではないと考え至った。
ほぼ1日かけて北の洞窟へたどり着き、中へ入ると外の熱気が嘘のようにヒンヤリとしていた。水が流れているおかげだろう。
気を付けなければ、水の中へ落ちてしまいそうな道を、とリディアが手を繋いで進む。本当にたった1日で仲良くなったものだ。
と、道の先に1人の老人がこちらに背を向けて立っていた。こんな所に人が・・・?と、セシルとが顔を見合わせる。
その次の瞬間、人の気配に気づいたのか、老人が振り返り・・・セシルの姿を見ると、「おぉ!」と声をあげた。
「お主、暗黒剣の使い手じゃな! 頼む、手を貸してくれ!」
「どうしたんです?」
「娘のアンナが吟遊詩人に騙され、ダムシアンに行ってしまったのじゃ! ダムシアンに不吉な気配が立ちこめておる!」
「え・・・? 娘さんが・・・。では、あなたが賢者テラ!」
「いかにもテラじゃ! 心配になって、ダムシアンに向かう途中なんじゃが、この先の地下の湖におる巨大な魔物に手こずっとる。とてつもない力を持ったヤツじゃ!」
「とてつもない力を持った魔物・・・?」
一体、どんな魔物なのか・・・。恐怖からなのか、リディアがギュッとの手を握りしめた。
「ダムシアンへは僕らも行かなくてはならないんです!」
「ならば決まりじゃ! 一刻も早くダムシアンへ!」
テラを加え、4人で洞窟を進む。いくつかの戦闘で分かったのだが、テラは賢者と呼ばれていたが、今は魔法の記憶を失くし、初歩の魔法しか使えないという。
ファイアにブリザドにサンダーにケアル・・・が使いこなせる魔法ばかりだ。せっかく、あの高名な賢者テラに会えたというのに、非常に残念だ。
「よし、ここで休んでゆこう。この魔法陣の上ならば、結界が張られていて、魔物が入って来れんのじゃ」
小さな空間に、大きな魔法陣が1つ。セシルがテントを取り出し、慣れた手つきで組み立てる。とリディアにテントの中を譲り、セシルとテラは外で眠ることにした。
テントの中から穏やかな寝息が聞こえてくると、がノソノソとテントから出てきた。
「、休まないでいいのかい?」
「少しだけ、私も話に混ぜて」
「うん・・・でも、無理はしないでくれよ?」
「わかってる」
仲睦まじい2人の様子に、テラがフッと笑みをこぼす。セシルとが不思議そうにテラを見やった。
「私の娘も・・・あの吟遊詩人とそうして仲良くしておるのじゃろうか?」
「え・・・? 娘さん? そういえば、騙されたとか」
「ただ1人の娘じゃ。吟遊詩人とダムシアンへ駆け落ちしてしまってな・・・。私が許さなかったばかりに・・・」
「・・・テラさん」
フゥ・・・と息を吐き、テラがたちに視線を向ける。
「お主らは、なぜダムシアンに?」
「僕たちの仲間が、カイポで高熱病にかかっているんです」
「さばくの光か・・・。あれがないと、私でもどうにもならん。お主たちも急ぎか・・・」
お互い、目的地はダムシアンだ。短い付き合いになるだろうが、この先に強力な魔物がいるという。協力して倒すべきだろう。
「娘さんは、賢者の卵かな?」
「え・・・? 私ですか? いえ、私は赤魔道士見習いです」
「ほう、そうか・・・。よい資質を秘めておるな。その娘もそうじゃが」
「私とリディアが?」
思わずセシルと顔を見合わせてしまった。は、バロンでは落ちこぼれの赤魔道士だったのだ。魔法も剣も中途半端。そんなが、よい資質を秘めている?
「さて・・・私もそろそろ休ませてもらうよ」
「はい、おやすみなさい」
横になったテラの背中を見つめ、はセシルを見やった。そのの視線に気づき、セシルは首をかしげる。
「? どうしたんだ?」
「ううん・・・。なんだか、予想外な展開になっちゃったけど、セシルと一緒でよかった」
「え・・・」
ドキッとした。は優しく微笑むと、「それじゃ、私も寝るね」とテントの中へ戻って行った。
フゥ・・・と息を吐き、セシルも横になり、休むことにした。これから先、とてつもない力を持った魔物と戦うのだから。
***
気づけば朝になっていた。テントの外で人が動く気配を感じ、は目を覚ました。
傍らに視線を落とせば、未だスヤスヤと眠るリディアの姿。に寄り添うように小さくなって眠る姿に笑みがこぼれた。
「おはよう、セシル。テラさん」
「おはよう、」
「おはよう。よく眠れたかな?」
「はい。ごめんなさい、テラさん。私がテントを使ってしまって」
「いや、構わんよ」
笑顔で答えるテラに申し訳ないと思いつつ、朝食の準備をする。出来あがった頃、申し訳ないがリディアを起こした。
4人で朝食を取り、洞窟を進む。やがて見えてくる外の光。
「ここから一旦、地上に出られる。奴は、この先の滝の下におる」
テラの言葉通り、洞窟を抜けた先に再び洞窟があり、大きな滝がザーザーと音を立てていた。
この滝を下るのか・・・とリディアの足がすくみ、2人はギュッと手を繋いだ。
老人だというのに、テラは臆することもせず滝へ飛び込み、流れに乗って下へ。と、セシルが立ちすくんでいる2人に気づいた。
「、ほら」
「え・・・」
セシルがに手を差し出す。は目を丸くし、マジマジとセシルの手を見やった。
「僕がついてる。大丈夫だよ。君が不安がったら、リディアも怖がるだろう?」
「セシル・・・ごめんなさい」
「謝ることはないさ。おいで、リディア。僕にしがみついててごらん」
セシルがリディアを片手で抱き上げると、リディアはセシルの首に腕を回してしがみつく。もう片方の手は、とギュッと手を繋いだ。
「行くよ・・・!」
せーの・・・!と、セシルが掛け声と共に一歩踏み出す。水の流れに沿って体が押され、そのまま滝壺に落っこちた。
ザバァ・・・と水面から立ち上がり、ハァハァ・・・と息をする。セシルの手の感触が、今は救いだった。
そうして、滝の下の洞窟を進んで行くと、テラが「奴じゃ!」と指を差した。
見えたのは、8本の足を持つ魔物・・・オクトマンモスいうらしい。セシルたちの存在に気づき、襲いかかってくる。
セシルが剣を構え、いつぞや見た衝撃波を放つと、オクトマンモスの動きが止まる。
「! リディア! サンダーじゃ!」
「はい!」
水棲動物には雷の魔法が効果的だ。すかさずサンダーの呪文を詠唱し、稲妻を発生させる。
セシルの暗黒剣は、オクトマンモスの動きを鈍くし、たち3人のサンダーの魔法が功を奏し、ようやくオクトマンモスの退治に成功した。
フゥ・・・と息を吐き、額の汗を拭う。リディアを見やれば、魔法を連発したせいか、グッタリしていた。慌ててが手を引き、小休止の後、先へ進む。
再び外へ出る。北へ向かえばダムシアンに到着だが、リディアを気遣って、とりあえず休憩することにした。
「すみません、テラさん・・・。早くダムシアンに行きたいでしょう?」
「大丈夫じゃ。それに、リディアに無理をさせたのは私の方じゃしな」
テントの中で眠っているリディアを見つめ、テラが微笑む。一人娘の子供の頃を思い出しているのだろう。
「も疲れているんじゃないか? 大丈夫かい?」
セシルがに顔を向け、声をかけてくる。そんなセシルに、は「大丈夫」と微笑んだ。
「こう見えても、毎日魔法の練習をしてましたからね! バロンで唯一の赤魔道士として、努力したんだから!」
「知ってるよ。が努力してたこと」
「ホントに~?」
「うん。いつも見てたからね」
兜を脱いだセシルが、ニッコリ笑ってそう告げる。は目をパチクリさせ、テラが「オホン・・・」と咳払いをした。
「お主らが仲睦まじいのは十分わかった・・・。しかし、この私の前で、甘いひと時を過ごすのはどうかな?」
「え!? あ、甘いひと時?? やだ、テラさん! 私とセシルはそんなんじゃありません!」
が慌ててテラの言葉を否定する。彼は大きな誤解をしている。
「セシルの大事な人は、今カイポで苦しんでいるんです」
「高熱病にかかっているという仲間か・・・。そうか、セシルの大切な人だったのか・・・」
「え・・・? あ、はい。大切な幼なじみです」
テラが首をかしげる。なんだか、とセシルの間で「大切」の意味が違っているように感じた。
と、リディアがテントの中から顔を覗かせる。「もうげんきになったよ」と笑顔で告げるリディアに、「じゃあ、行こうか」とセシルが兜をかぶり、立ち上がった。
「さぁ、ダムシアンまでもう一息じゃ!」
テラの言葉に、たち3人がうなずく。
遠くに見えるダムシアンの城。それを目指し、4人は歩き出した。
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