ドリーム小説

 お前たちが乗ってきた船は、見知らぬ巨体の男と、フースーヤが乗って行ってしまったぞ

 一息つくと、シドがそう告げてきた。2人は月に向かったのだ。
 セシルたちはバロンに戻ってきていた。とりあえず、混乱の最中にあるセシルを落ち着かせなくては。
 ヤンやパロム、ポロムと再会を喜びたいところだが、まずエッジには言いたいことがあった。

 「おい、カイン! お前、どの面下げてオレたちの元に戻ってきたんだ!?」

 セシルの部屋に、エッジたち6人が集まっていた。他の仲間たちは、今頃、巨人討伐に浮かれていることだろう。

 「やっと自分の心を取り戻すことができた・・・。今さら許してくれとは言わんが・・・」
 「当たりめーだ! てめえのせいで巨人が現れたも同然だ!」
 「やめて!」

 カインに掴みかかろうとしたエッジの前に、ローザが立ちふさがり、両手を広げた。

 「ローザ・・・」
 「ゴルベーザも、正気に戻ったから、術が解けたのよ! カインのせいじゃないわ!」
 「ゴルベーザ・・・も?」

 ローザの言葉に、カインが訝しげに尋ねる。ローザはこくんとうなずいた。

 「ゴルベーザはセシルのお兄さんだったの」
 「なに?」

 ローザが告げた真実に、カインが驚きの声をあげる。セシルはベッドに腰掛けたまま、うつむいている。そんな彼の傍らにはがピッタリと寄り添っていた。

 「ゼムスという月の民が、ゴルベーザの月の民の血を利用していたらしいの」
 「それで、ゴルベーザはゼムスを倒すために、フースーヤと月に向かったの」

 ローザとリディアの説明に、カインは「そうか・・・」とつぶやいた。

 「ゴルベーザが・・・セシルの兄・・・。ならば、俺もこの借りはそのゼムスとやらに返さねばなるまい!」
 「フン。また操られたりしなきゃいいんだがな」
 「・・・その時は、遠慮なく俺を斬るがいい!」

 エッジの挑発に、カインがハッキリとそう告げる。カインのその確固たる信念に、エッジはヘヘッと笑った。

 「なら、オレも行くぜ! そいつに一太刀浴びせなきゃ、気がすまねえ!」
 「エッジ・・・」

 カインがエッジに手を差し伸べる。エッジがガシッとカインのその手を握った。

 「でも、魔導船はないのよ? どうやって、月まで行くの?」
 「それなんだよなあ」

 リディアの問いかけに、エッジは腕を組んで天を仰いだ。魔導船がなければ、月まで行くことができない。
 と、カインがセシルに視線を向ける。ベッドに腰かけ、うつむいたままのセシル。この話し合いにも参加しようとしない。
 ショックだったのだろう。今までさんざんセシルを苦しめた男が兄・・・肉親だったのだ。いきなり、憎んでいた相手を兄として認識するなど、難しいに決まっている。

 「とりあえず、今日はもう休もう。会いたい人たちもいるだろう?」
 「あ・・・ヤン! ギルバートにも会いたい!」

 リディアが声をあげ、ローザを見やる。ローザも笑顔でうなずいた。

 「ギルバートはあなたの姿を見て、驚くでしょうね」
 「そっか。知らないんだもんね。それじゃ、あたしたち、2人に会ってくるね、おねえちゃん」
 「ええ、行ってらっしゃい。私も落ち着いたら行くわ」

 リディアとローザが部屋を出て行く。カインがエッジに目配せし、部屋を出て行くよう促す。

 「、セシル・・・先に皆のところに行ってるぞ」
 「うん」

 カインが声をかけると、は笑顔でうなずいた。その様子に、セシルを任せても大丈夫と判断し、2人も部屋を出て行った。
 誰もいなくなり、2人きりになると、途端に静寂に包まれた。壁の時計が時を刻む音だけが響く。
 は何も言わず、ただセシルの隣で彼の手を握り続けた。今は、そうすることが最善の方法だと思った。

 「・・・

 どれだけ、そうしていたのだろうか。ようやく、セシルが口を開いた。

 「なぁに? セシル」
 「・・・僕は、どうするべきなんだろう?」
 「え?」

 セシルの問いかけに、首をかしげる。自分の行き先に悩んでいたのか。

 「セシルは、お兄さん・・・ゴルベーザのことを、許せない?」
 「どうしたらいいのか、わからないんだ・・・! あんなに憎んでいた人が、僕の兄で・・・僕は一体、誰を憎めばいいんだ!」
 「憎むことはオススメしないけど・・・でも、怒りをぶつける相手なら、いるでしょ?」
 「え・・・?」

 セシルが顔を上げ、を見つめる。は真剣な眼差しで、「ゼムス」と告げた。

 「あなたとゴルベーザを引き裂いた張本人だわ。ゼムスのせいで、ゴルベーザはあなたを憎んだ。でも、最後の良心だったのね。あなたをバロンに捨てたのは」
 「・・・・・・」
 「自分の手で殺そうとしたセシルを、弟を、手の届かないところへ置き、あなたを守った」
 「だが、結果的にゴルベーザは僕を殺そうと・・・」
 「でも、あなたは何の力も持たない赤子ではなかったでしょう? 戦う力を持った騎士。だから、こうして今も生きているんじゃない」
 「・・・」
 「憎むべき、倒すべき敵はゼムス。ゴルベーザじゃないわ。そして・・・今、ゴルベーザとフースーヤさんは、ゼムスと戦おうとしている。命を懸けて」

 の真っ直ぐな瞳が、セシルの瞳を貫く。咄嗟に目を逸らしてしまった。

 「今すぐ答えを出せとは言わない。けれど、時間はないわ」

 ポンとがセシルの手を叩く。立ち上がると、部屋のドアへ向かっていく。

 「・・・っ!」

 セシルもその後を追いかけ、ドアノブに手をかけたの手を掴んだ。

 「・・・僕は、どうするべきか、もう決まっているんだ」
 「え?」
 「大丈夫。自分を見失ってたりしないさ」
 「セシル・・・」

 振り返って恋人を見つめる。セシルはいつもの笑顔を取り戻していた。は「うん」とうなずき、セシルの首に腕を回して抱きついた。

***

 「パロム! ポロム!」

 が双子に声をかけると、2人が同時に振り返った。はそんな双子に駆け寄り、その小さな体をギューッと抱きしめた。途端、パロムが暴れ出す。照れているのだろう。

 「よかった・・・2人とも! 本当に・・・!」
 「さん、ありがとうございます。さんとセシルさんが、ちょうろうにたすけをもとめてくれた、とききましたわ」
 「ううん! 長い間、助けてあげられなくて、ごめんね・・・」
 「さんのせいでは、ありませんわ」

 相変わらずパロムは顔を真っ赤にして暴れている。

 「ねーちゃん、はなせって! くるしいんだよっ!」
 「あ・・・ごめんね」

 「苦しい」と訴えかけると、ようやくは2人を放し、ジッと双子を見つめた。

 「パロム、ポロム・・・よかった、助かって」
 「セシルさん!」

 ゆっくりとセシルも双子に歩み寄ると、ポロムが頭を下げ、パロムは「よっ! ひさしぶり、あんちゃん」と片手を上げた。

 「おふたりとも、ごぶじでなによりです」
 「ありがとう」

 ポロムに優しく微笑むセシル。そこへ、他の仲間たちも集まってきた。

 「セシル殿、殿」
 「ヤン!」

 その中にモンク僧の姿を見つけ、声をあげる。体の所々に傷跡が見て取れた。

 「幻獣のシルフに助けてもらったんですって。シルフには、傷を治す力があるから」
 「そうなのか・・・。とにかく、生きていてくれてよかった」

 セシルとヤンが握手を交わし、パロムとポロムに視線を落とした。「そなたらも助かってよかった」と破顔した。

 「さて、セシルよ・・・。これから、どうするつもりじゃ?」
 「・・・月へ行く」

 シドの問いかけに、セシルはハッキリと告げた。ギルバートが「月!?」と声をあげる。セシルはうなずく。

 「行かなければならないんだ」
 「・・・覚悟は決まったか」
 「ああ」

 カインが声をかけると、セシルは親友を見つめ、大きくうなずいた。
 セシルとの2人が、何を話していたかは知らないが、彼を立ち直らせ、月へ行かせる決心をさせるとは、は大したものである。

 「けど、魔導船は?」

 ローザが尋ねる。

 「魔導船なら、地上に戻っておる」

 聞こえてきた声に、一同がそちらへ視線を向ける。ミシディアの長老が立っていた。

 「恐らく、セシル殿の意志に反応し、月から戻ってきたのだろう」
 「僕の・・・意志・・・」

 セシルの強い意志が魔導船を呼んだということか。月の民の1人である彼ならではの力なのだろう。

 「今日は1日休んで、明日出発しよう。大丈夫。2人とも、きっと無事さ」

 セシルのその言葉は、自分に言い聞かせているかのようにも聞こえた。