ドリーム小説
なんと、月へはあっという間に到着していた。5人は魔導船を飛ばし、月の様子をうかがう。
「あれ、なんだろう?」
キラキラと輝く建造物のようなもの。入口のようなものが見える。中に入れるということか。
だが、魔導船の船体は大きく、その建造物の近くには停められない。よく見ると、洞窟の入り口なようなものも見える。とりあえず、船を下せる場所に停め、5人は月の大地へ降り立った。
外は真っ暗・・・いや、月の周りが暗いのだ。月面自体は、太陽の光があるおかげで明るい。セシルたちの住む世界と、あまりに違う世界だ。
空気は薄く、少し肌寒い。洞窟のような道を抜け、たどり着いたのは、クリスタルで出来たかのような、立派な館だった。
「あたしたちを呼んでた人って、ここにいるのかな?」
「たぶんな。他に人がいそうなところなんて、なかったし」
中へそっと足を踏み入れる。意外と普通の屋敷だ。真っすぐ進んでいくと、中央に台座のようなものがある。誰もいないが、これは一体・・・?
「よくぞ参られた!」
誰もいないはずの館内に声が響き、台座に光が集まった。目を丸くする一同の前に、1人の老人が姿を現した。
「あなたは・・・?」
「私は、月の民の眠りを守る、フースーヤ」
「月の民?」
フースーヤの言葉に、が聞き返し、首をかしげる。フースーヤは「さよう」とうなずいた。
「もう遥か昔のことだ・・・。火星と木星の間にあった星が、絶滅の危機に瀕した。その星で生き残った者たちは、船で青き星へと脱出した・・・」
「青き星とは・・・?」
「青き星、それはそなたらの住む大地のことだ。青き星は、まだ進化の途中にあったため、その者たちは、もう一つの月を作り出し、そこで永い眠りについたのだ・・・」
「それが・・・月の民か」
エッジが腕を組んでつぶやく。フースーヤは肯定する。その表情が険しいものへと変わった。
「しかし・・・ある者は眠りを嫌った! 青き星に存在する全てを焼き払い、そこに自分たちが住めばよいと考えた」
「ひどい・・・!」
「そんなのメチャクチャだわ!」
リディアとが声をあげると、フースーヤはゆっくりとうなずいた。
「・・・私は、その者を封じ込めた。しかし、永い眠りの間に、その者は思念を強化したのだ! その思念が、そなたらの星の邪悪なものたちを、より悪しきものとし・・・クリスタルを集めさせたのだ」
「では、ゴルベーザもその者に!」
セシルがそのことに気づく。もしも、彼がその悪しき思念に捕らわれているとしたら?
だが、だからといって、彼を許す理由にはならない。セシルの中のゴルベーザは“憎き敵”だ。
「そのろくでもねー奴は、なんて奴なんだ!?」
「その者は、ゼムス! クリスタルとは、我々のエネルギー源。ゼムスは恐らく、バブイルの塔の次元エレベーターを作動させるため、クリスタルを集めさせた。次元エレベーターで、バブイルの巨人をそなたらの星に降ろし、全てを焼き払おうとしている・・・!」
「そんな・・・焼き払うだなんて・・・!」
ローザが顔を青ざめさせ、口に手を当てた。月の民が恐ろしいものに思えてきた。
「しかし、多くの月の民は、悪しき者ではない。青き星の者たちが、我々と対等に話し合えるほどの進化を見守っていたのだ・・・。皆、その日を夢見て眠り続けている」
フースーヤは背後を振り返る。奥に通じる道があるようだ。仲間たちは、そこで眠りについているのだろう。
と、セシルが顔をあげ、フースーヤに「あの」と声をかける。
「僕らが乗ってきた魔導船、あれは“月よりの船”だと聞きましたが・・・?」
「遥か昔に私の弟クルーヤが造り、青き星へ降りていったときのものじゃ。クルーヤは未知のそなたらの星に憧れておった・・・。デビルロードや飛空艇の技術は、その時もたらされたのだ。そしてクルーヤは、青き星の娘と恋に落ち、2人の子供が生まれた。そのうちの1人が・・・そなただ」
フースーヤが真っすぐにセシルを見つめる。5人が「えっ!?」と驚愕の声をあげた。
「僕・・・が?」
月の民と青き星の人間との間に生まれた子供。そして、フースーヤの甥ということになる。
と、セシルはパラディンの試練を思い出す。
「じゃあ、試練の山で聞こえた声は?」
「お前の父・・・クルーヤの魂だ・・・」
答え、フースーヤがセシルを見つめて、穏やかに笑う。
「なるほど・・・若い頃のクルーヤによく似ている・・・」
「あの声が・・・父さん!」
「我が息子よ」と語り掛けてきた声。しっかりとした、強い意志を秘めた、そんな力強い、だが我が子への愛情にもあふれた・・・そんな声だった。
「ゼムスの謀略を食い止めるために、クルーヤはその力をそなたに授けたのじゃ。ゼムスを止めなければならない! 青き星と、そして月の民のために!」
「はい・・・! しかし、どうやって?」
「エブラーナのバブイルの塔へ急ぐのだ!」
「バブイルの塔!? でも、あそこにはバリアが・・・」
エッジが声をあげると、フースーヤは「わかっておる」とうなずいた。
「私ならば入れるはず! バブイルの巨人を青き星に降ろしてはならぬ。私も共に行こう!」
「あなたが・・・?」
「案ずるな。白魔法と黒魔法の全ては習得済みだ。足手まといにはならん」
「わかりました。よろしくお願いします!」
セシルとフースーヤは、力強く握手を交わし、共に戦うことになった。
その様子を見つめていたは、一歩仲間たちから遠ざかる。そっとその場を後ずさり、仲間たちのもとを離れた。
***
月の館から、1人で外へ出た。きっと、みんなもすぐに外へ出てくることだろう。それまでに、覚悟を決めなければならない。
「・・・」
「??」
だが、聞こえてきた声は意外な人物の声。てっきり、セシルかリディアが来るかと思っていた。
「ローザ・・・!」
「黙って出ていくから、みんな心配していたわ」
「ごめんなさい。少し、考えたいことがあって・・・」
「セシルのこと?」
「・・・うん」
が正直に答えると、ローザは「そう・・・」とつぶやき、の隣に歩み寄った。
「・・・正直言って、のことは許せない。けど」
「けど?」
「以外の人じゃなくて良かった、って思ってもいるの」
ローザの言葉に、は目を丸くした。ローザはへ視線を向け、「フフッ」と笑った。
「なんて顔してるの、」
「だって・・・私、もうローザに許してもらえないと思ってた。もう、私と口もきいてくれないんだ、って・・・」
「そうね。そう思った。あなたの顔なんて見たくもないと思った。バブイルの塔で、あなたがモンスターに襲われた時だって、私はあなたを見捨てた」
「・・・・・・」
ハッキリと告げられ、胸がズキンと痛む。それほどまでに、ローザは自分を憎んでいたということだ。
「もしかしたら、私もゴルベーザに操られてもおかしくないのかもね」
「え?」
ローザのつぶやきに、が首をかしげる。ローザは自嘲気味に微笑んだ。
「ゴルベーザは、人の心の闇を操るのが得意だわ。私、知ってたの。カインの気持ち」
「・・・ローザ」
「彼が私を好きなことを知っていて・・・セシルへの想いを吹っ切れなかった」
「ごめんなさい・・・本当に・・・」
「やめて、。もういいの。もういいのよ」
ローザがの手を握りしめる。優しくて温かい。彼女のこんな温もりに触れるのは、いつ以来だろうか?
手を握りしめたまま、ローザがの顔を覗き込んできた。
「セシルのこと・・・幸せにしてあげて」
ローザが告げたその言葉に、がキュッと唇を噛む。なぜそんな表情をするのか、ローザにはわからない。
だが、そっとが口を開いた。
「・・・ローザ、ごめんね。それ、果たせそうもない」
「え?」
「セシルのこと、ローザが幸せにしてあげて?」
が告げた言葉に、ローザが驚愕に目を見開いた。一体、どういう意味か。
「な・・・に言ってるの? ・・・」
声が掠れる。驚きで、うまく言葉が出てこない。なんの冗談かと思った。
「私、この前の一件でわかったの。やっぱり、私は足手まといなんだって。カインに人質にされて、結果的にクリスタルを奪われてしまった。私のせいだわ」
「、それは違うわっ!!」
「私・・・地上に戻ったら、バロンへ戻るわ」
「!!」
ローザが首を振る。そんな彼女に、は優しく微笑んだ。
「バロンに帰って、お父さんとお母さんに挨拶して、どこか別の国へ行くつもり。探さないで」
「そんなの、ムリに決まってるじゃない! セシルは必ず、あなたを追いかけるわ!」
「そうさせないために、ローザがいるんじゃない」
微笑んだまま、が告げる。
ダメだ・・・いけない・・・このままでは、彼女は本気でセシルの元を離れてしまう。
「セシルたちには言わないでね? 私とローザだけの秘密」
唇に指をあてる仕草はかわいらしい。ローザの瞳にジワリと涙が浮いた。
「ローザ・・・大丈夫よ。セシルは、絶対にあなたの魅力にすぐ気づくから。私のことなんて、忘れて?」
なんて残酷なことを言うのだろう。
セシルたちに告げ口をするな。セシルの気持ちは十何年も変わらなかったというのに、自分へ向けろ。こんな無理な話があるだろうか?
***
ローザがそれに初めに気づいた。チラッと様子をうかがえば、がゆっくりと自分たちから離れようとしている。
何か思うところでもあるのだろう。黙っていたのだが、リディアが「おねえちゃんは?」と仲間たちに問う。そこで、セシルが探しに行こうとしたのだが、それを遮ったのはローザだった。
「私が探しに行くわ。セシルたちは、ここにいて」
「え・・・? けれど、ローザ・・・」
「大丈夫よ、セシル。私を信じて」
微笑んでそう告げれば、エッジが「任せればいーんじゃないか?」と声をかけてきた。対照的に、リディアはどこか心配そうな表情だ。
「・・・わかった。頼むよ、ローザ」
セシルの答えに、リディアが「えっ?」と驚きの声をあげる。まさか、セシルがローザにを託すと思わなかったのだろう。
ローザは優しく微笑むと、踵を返して館を出て行った。
「セシル・・・! いいの?」
リディアが不安げに眉根を寄せる。セシルが「うん?」と首をかしげる。
「だって、おねえちゃんとローザは・・・」
「ローザがああ言ったってことは、何か気持ちの整理がついたっていうことだよ」
館の入り口の方を向き、セシルが穏やかな笑みを浮かべた。それを見ていたエッジが「それよりよ、セシル」と声をかける。
「お前、カインとはどういう関係なんだよ。ただの仲間、ってわけじゃないだろ?」
「セシルとカインとローザ、それにおねえちゃんは、子供の頃から一緒なのよ」
「ああ、幼なじみってヤツか。それで? あの行動の意味は? を人質に取って、クリスタルを奪った。その意味は? あいつはスパイだったのか?」
「違う! スパイなんかじゃない!」
セシルが声を荒げた。いつも温和なセシルの、その様子にエッジとリディアは息を飲んだ。
我に返ったセシルが「・・・すまない」と小さく謝った。エッジが「いや・・・」と頭を掻く。
「ゴルベーザは、以前もカインを操ったことがあるんだ。詳しい話は聞かなかったから、わからないけれど・・・。ミストではぐれてから、何かがあったんだと思う」
「洗脳された・・・ってとこか?」
「おそらく」
そして、今回もそうだ。
彼は、心の中で葛藤している。セシルへの劣等感、ローザへの想い・・・とくに、ローザへの気持ちが強い。なぜ、自分を見てくれない男を想い続けるのか・・・カインはヤキモキしているはずだ。
「お前ら4人って、もどかしい関係なんだな。これでローザがカインとくっつきゃ、万事解決だと思うんだけどな」
「もう! エッジってば無神経よ! ローザの気持ちを考えてよね!」
リディアに叱られ、エッジが肩をすくめる。セシルはうつむいた。そして、おもむろにフースーヤを見た。
「フースーヤ、聞きたいことがあるのですが」
「どうした? セシル」
「僕の母は・・・どうなったのでしょう? それに、僕のきょうだいは・・・」
「そなたの母は、産後の肥立ちが悪く、亡くなったと聞いた。そなたの兄・・・セオドールの行方は知れていない」
「セオドール・・・兄さん・・・」
ポツリとセシルがその名をつぶやく。
天涯孤独の孤児だと思っていた。だが、兄がいるという。今は、どこにいるかわからないが、いつか探し出して、出会えるかもしれない。
「さーてと・・・。そろそろ親友同士のお話も終了したかねぇ」
茶化すようなエッジの物言いに、リディアがドンと肘でエッジの腹を突いた。「なんだよ、リディア・・・」とエッジが下唇を突き出す。
セシルたちが外に出ると、ローザは下を向いて涙をこらえているように見えた。は背中を向けていて、表情はわからない。
「、ローザ」
セシルが声をかけると、2人がこちらを向いた。はニッコリと微笑んでいる。そのことに、セシルはホッとした。
「さ、早く私たちの星へ帰りましょう!」
「ああ! バブイルの塔へ急ごう!」
の言葉に、セシルが大きくうなずく。リディアとエッジもうなずいた。
「ローザ? 行くよ?」
「・・・ええ」
立ち止まって動かないローザに、リディアが声をかけた。
ローザは視線を泳がせ、セシルたちを追いかける。
自分はいったい、どうするべきなのか・・・ローザは苦悩した。
|